国内経済の混乱が続く南米ベネズエラで、トランプ米政府が軍事介入を示唆し、大統領をすげ替えるための内政干渉を強めている。長きにわたって米国の「裏庭」といわれ、欧米の植民地支配に晒されてきた中南米において、新自由主義改革による収奪を拒否して政治・経済の自立を目指した「ボリバル革命」の成果を潰し、ふたたび対米従属へと逆戻りさせる動きがあらわれている。自国に従わないものには問答無用の制裁を課し、みずから困窮状態を作りながら「人道」を掲げて政権転覆を謀るという手口であり、事態がどのように推移するにせよ、そのなりふり構わぬ内政干渉への南米諸国の反発と国際的な批判は強まらざるを得ない。
ベネズエラでは、反植民地政策を実行したチャベス大統領が死去(2013年3月)して以降、後継者であるニコラス・マドゥロ大統領が「21世紀型の社会主義」を掲げて国政の舵をとってきたが、米国の経済制裁を受けて国内経済は悪化の一途をたどってきた。
その大きな引き金になったのが原油価格の暴落だ。現在、ベネズエラの原油確認埋蔵量は、サウジアラビアを抜いて世界最大規模を誇っている【棒グラフ参照】。1920年、オリノコ油田が発見されたことによって石油資源は外貨を稼ぐうえでの中心産業となったが、その収益の多くはベネズエラ石油公社(PDVSA)を操る寡頭支配勢力とその周囲をとり巻く中間層が独占し、国内で75%を占める貧困層の生活は貧しいままに置かれた。改革によって米石油メジャーの直接支配は排除されたものの、その後も蔓延する汚職と利権の拡大に国民の反感は高まり、1998年、史上最高の得票で大統領に就任したチャベスは、この石油利権にたかる利権構造を一掃し、収益の多くを医療や教育の無償化、社会保障の拡充、農地改革などの貧困層対策に注ぐ政策を進めた。2007年には100㌦を超えて高騰する原油価格を追い風にして、石油メジャーが介入を狙ってきたPDVSAをはじめとする主要産業の国有化に踏み切った。
国際的には、米国が覇権拡大の道具としてきた新自由主義にもとづく米州自由貿易地域(FTAA)や国際通貨基金(IMF)に対抗し、米州ボリバリアーナ対抗政策(ALBA)を中心にした経済協定をキューバやボリビアと結んで新たな貿易圏の確立を目指し、石油をキューバに好条件に輸出するかわりに医師や教師などの人材を導入して国内改革にも力を入れた。2000年代にはブラジル、エクアドル、アルゼンチン、パラグアイなど中南米各国に続続と左派政権が生まれ、南米12カ国の政治統合を進める南米諸国連合の結成にも繋がった。
経済力の弱いカリブ海と中米の国国との間で「カリブ石油協力体制」を発足し、2006年には、ブラジル・アルゼンチン・ボリビアとともに、ベネズエラの石油や天然ガスを将来的に南米南部にまで送るパイプライン建設計画を打ち出してエネルギー統合を進め、欧米の石油メジャーの支配から脱却する道を強めた。これらの改革は、キューバを除くほとんどの国で、植民地時代の寡頭支配が続いてきた中南米の歴史的な要求を反映して推し進められたものといえる。
自国の覇権を脅かすこれらの動きを憎悪する米国は、ベネズエラ国内の旧支配勢力と結託して過去21年間に6回の大統領選挙に対抗馬を立てたものの一度も勝つことができず、2002年には軍の一部によるクーデターをけしかけてチャベスを拘束したり、石油公社のゼネストを仕掛けるなど干渉を強め、昨年8月にはドローン爆弾によるマドゥロ大統領の暗殺未遂事件まで起こした。
現在、急激に進んでいる原油安【折れ線グラフ参照】も制裁措置の一環といえる。投機マネーが暴れ回る原油先物市場は、ベネズエラなどが加盟するOPEC(石油輸出国機構)の価格支配力はすでに失われ、その価格はエクソン・モービルをはじめ原油市場のシェアを寡占している石油メジャー(大手6社のうち3社が米企業)と巨額の余剰マネーを握る投機筋が操作するものとなっている。急激に進んだ原油安は、これらの投機マネーが原油市場から一斉に引き揚げられたことを意味しており、米国内でのシェールオイル増産とあわせて、ベネズエラや中東で反米の旗を振るイランなどの産油国経済を揺さぶるものとなった。
石油収益に依存してきたベネズエラにとって原油価格の暴落は大打撃となり、デフォルト(債務不履行)寸前になるほど国内経済は危機に直面した。さらに米国政府は、ベネズエラへの制裁を強め、経済の支柱である国営石油公社PDVSAを標的にした経済制裁を発動。同社による石油の輸出を禁じ、米国内の資産を凍結した。それによってベネズエラは年間110億㌦(約1兆2000億円)の輸出収入を失い、70億㌦(約7700億円)もの資産が凍結された。ボルトン米大統領補佐官は、米国以外の第3国にもベネズエラ産の原油の取引をしないよう働きかけ、金融大手もあいついでPDVSA債権の取引停止に踏み切った。
ベネズエラ産の原油は硫黄分の多い重質油であるため、米国から輸入するナフサを加えて希釈しなければ製品化できないが、米国内の資産凍結によって輸入できず石油生産そのものが滞る事態となった。ラテンアメリカ地政学戦略センターは、これら制裁によってベネズエラが受けた損失は、2013年~17年で3500億㌦(約38兆5000億円)に上ると発表している。制裁と同時に米国の石油メジャーが、ベネズエラが保有するカリブ海の石油精製施設や輸送施設をあいついで封鎖、買収したことも指摘されている。
制裁による物資不足と、自国通貨の価値を裏付ける石油の生産ができないなかで、ベネズエラ国内では物価高騰にともなうハイパーインフレが進行し、1月の物価上昇率が268万%にまで上った。年内には1000万%を超えるといわれ、国民は食料や医療品などの生活必需品も手に入らず、300万人が国外に脱出する事態にもなっている。米国政府は、これをチャベスやマドゥロ政府が進めた「反米社会主義」政策や、貧困層を救済する「バラ撒き」の結果であるとして批判を画一化し、日本の商業メディアもこれに追従しているが、そこに追い込んだ米国の関与を見過ごすわけにはいかない。ベネズエラ国内で起きている抗議デモは、チャベス以来の改革を否定するものでも、米国の介入を支持するものでもなく、むしろマドゥロ政府がこのような外圧の介入に有効に対抗できていないことに対する反発が大勢を占めていると現地のジャーナリストがのべている。
露骨きわまる内政干渉
みずから作り出した混乱につけ込んでさらに介入を強めるトランプ米政府は、一昨年来、軍の一部を使ったクーデターを幾度も仕掛けてきた。だが、昨年1月の大統領選でマドゥロ大統領が再選されたため、国会で多数を占める野党が「野党の有力者が不当に排除された」「正統性がない」として再選挙を要求。親米路線への回帰を主張するグアイド国会議長が「暫定大統領」に名乗りを上げると、すぐさま米国政府は承認したうえ追加制裁を発動し、マドゥロ政府の退陣を要求した。
このグアイド国会議長と米国との背後関係が暴露されている。グアイドは、ベネズエラのベロ・カトリック大学で機械工学を専攻した後、ワシントンにあるジョージ・ワシントン大学で政治学を専攻し、2005年から翌年にかけてセルビアに本部がある「非暴力行動応用戦略センター(CANVAS)」でトレーニングを受けた経歴を持つ。CANVASは、旧ユーゴのミロシェビッチ体制を倒すために1998年に作られた運動体「オトポール(抵抗)!」から派生した組織で、アメリカ開発援助庁(USAID)や共和党国際研究所(IRI)、投資家ジョージ・ソロスが設立にかかわる政府系NGOの全米民主主義基金(NED)などからの資金援助を受けている。民主化要求運動の活動家を養成することを目的としているが、米国務省やCIAの指令を受けて世界各地で活動し、中央アジアでの「カラー革命」や中東の「アラブの春」などで、米国政府の意図に従って反米的な政府の転覆に関与してきたことが広く知られている。
米国やEUのうち17カ国がグアイドを大統領として承認しているものの、現状ではグアイド自身が国内で承認されたという実体はなにもなく、グアイドが主張する「大統領不在時は国会議長が職務を代行する」という憲法の規定もでっち上げであることが明らかになっている。
グアイドは「私が大統領になれば欧米からの支援物資が得られる」と国民に支持を呼びかけているが、制裁によって経済的困難に追い込み、その苦しみを利用して政治的主導権を奪うという手法は、イラクをはじめ世界各地で米国が使ってきた常套手段である。
米国自身も直接関与を隠そうとしない。ボルトン大統領補佐官(安全保障担当相)は、「ベネズエラの広大な未開発の石油埋蔵量のため、ワシントンはカラカス(首都)での政治的成果(クーデター)に大きな投資をしている」「アメリカの石油会社にベネズエラへの投資と石油生産を可能にすることができれば、それは経済的にアメリカにとって大きな利益をもたらす」と放言し、これに対してベネズエラのアレアサ外相は「もはやワシントンはクーデターの黒幕というよりも、攻撃の前線に立ち、暴力を煽って従順なベネズエラ野党に命令を出している。証拠はあからさま過ぎて米国内ですら疑う人はない」と反論している。
この露骨な内政干渉に対して、ロシア、中国、イラン、シリア、トルコ、ニカラグア、キューバ、ボリビアなどは、「ベネズエラの権力簒奪(さんだつ)を正当化している」と批判を強め、メキシコ、ウルグアイ、ローマ法王庁、国連事務総長、EUは、米国協調とは距離を置いて対話を呼びかけているが、米国政府は「対話の時は終わった」と拒否し、ベネズエラの隣国コロンビアにある7つの軍事共用基地への兵力派遣も示唆している。兵糧攻めにするだけでなく、軍事介入の可能性までちらつかせて恐怖心を与え、ベネズエラ国軍と政権の分裂を促そうと躍起になっているものの、それは米国がベネズエラ国内で民主的な政権転覆ができるほどの影響力を持たず、依拠する基盤が極めて脆弱であることを物語っている。
米国の常軌を逸したベネズエラ介入は、世界最大の埋蔵量を誇るベネズエラの石油資源への利権回復とともに、金、ボーキサイト、天然ガス、淡水などの豊富な資源を略奪すること、さらに中南米・カリブ地域を自国の「裏庭」としてきた「モンロー宣言」(米大陸を米国の単独覇権とする)を復権させ、社会主義キューバへの包囲を強化して反米勢力を抑えつけること、自国の覇権を脅かす中国・ロシア・イラン・トルコなどの関係を断ち切る意図を背景にしたものにほかならない。
ベネズエラ国内の深刻な困窮を作り出したのは、自国への服従を目的にした米国による制裁であり、「人道」や「民主主義」を主張するのなら制裁を解除し、主権を踏みにじる内政干渉をやめることが筋といえる。軍事的、経済的な圧力を行使して主権を奪いとる凶暴さは、世界中で覇権が縮小しつつある米国の焦りの裏返しでもある。力ずくの略奪は植民地支配とたたかってきたベネズエラを含む中南米の反発を強め、国際的にも米国の孤立を一層深めることは疑いない。