フランス国内で11月初旬から燃料課税を契機にして表面化したマクロン政府の退陣を要求する抗議行動は、マクロン大統領が燃料増税の中止や最低賃金の引き上げなどの譲歩を示した後も形態を変化させながら継続している。この直接行動の機運は欧州各地に飛び火し、グローバル化による金融支配に対抗する国境をこえた運動となって広がっている。
フランスでは22日、6週連続となる全国一斉行動がおこなわれた。政府が治安部隊による厳戒態勢を敷くなかでデモの規模は縮小したものの、フランス全土を席巻している。そのためマクロン政府は11日、最低賃金の月額手取り100ユーロ(約1万3000円)引き上げ、残業手当の非課税化、月収2000ユーロ(約2万6000円)以下の年金受給者に対する社会補償負担の減額などの譲歩案を示したが、国民の要求とは程遠いものであることから抗議の熱はさらに高まった。
抗議参加者たちは、「マクロンは国民を侮辱している。辞任するまで運動を続ける」「マクロンは金持ちのための大統領だ。生活費の高騰はわずかに最低賃金が上がっただけでは解決しない。構造的な解決のために富裕税を復活させるべきだ」「運動をやめる理由はない。最低賃金引き上げは一時的なものにすぎず、来年1月からはじまる社会保障や失業問題、年金問題の三大改革にはまったく言及がない。大企業を優遇するCICE(競争力強化・雇用促進税額控除)は今年400億ユーロ(約5兆2000億円)にまで達し、2013年から5年間で政府は税金から993億ユーロ(約12兆9000億円)もの補助金を大企業に与えている。にもかかわらず企業が新たに生み出した雇用はわずか5000~1万人だ。大企業の富を再配分しなければ解決はない」「物価が上昇しているのに年金額は下がっており、生活していくことは不可能だ」と怒りを込めて主張している。
抗議行動の拡大を怖れるマクロン政府は、数万人もの武装警官や治安部隊を投入し、抗議のために集まった一般の市民めがけて催涙弾を投げ込み、放水車やゴム弾で狙い撃ちをするなど武力による鎮圧を強めているが、逆に国民の怒りに火を付ける結果となっている。治安部隊は、教育改革(大学受験者を選別する入試制度の導入)に反対する高校生にも銃口を突きつけて連行したため、パリ周辺の300をこえる高校や大学でもストライキや学生デモが展開されるなど、反マクロンの世論は世代をこえて渦巻いている。
これまで政府の新自由主義的政策や企業の横暴に対して大規模なストやデモがくり広げられてきたフランスだが、今回の特徴は、これまで政治家やメディアから無視されてきた低所得者、非正規労働者、労災事故の被害者、地方農村部の人人、主婦や学生など「目に見えないフランス」といわれる人人による自発的な行動であるだけに画期的といわれ、デモを一時的に鎮静化させても全社会的に共有された行動機運は下からマクロン政府を揺さぶり続けている。
抗議の波はフランスの隣国ベルギーにも飛び火し、首都ブリュッセルでは欧州連合(EU)の本部まで数千人が黄色いベストなどを着用して燃料税の導入や税負担の高騰に抗議した。オランダでもアムステルダム、ロッテルダム、ハーグなどの各都市で同様のデモがおこなわれている。
ハンガリー 「奴隷法」撤回求めデモ
ハンガリーでは12日、「企業の国際競争力を高める」として政府与党が提出した改正労働法が成立し、首都ブダペストで大規模な抗議デモがおこなわれた。オルバーン首相が率いる与党が提出した改正労働法は、雇用主が要求できる残業時間の上限を現行の年間250時間から400時間に引き上げるほか、残業手当の支払いを最大三年延長できるようにするというもので、国民からは「奴隷法」と呼ばれている。
政府は残業規制の緩和について、ハンガリーで深刻化する人手不足に対応するためと説明しているが、国内に進出して低賃金労働を拡大させてきたドイツの大手自動車メーカーの要求に応じたものとみられており、成立に反対する集会が断続的におこなわれてきた。
17日に議会前広場でおこなわれたデモには、主催するハンガリー労働組合連合(MASZSZ)、野党政治家、教員組合、大学生、一般市民など1万5000人以上が参加し、「奴隷法」の即時撤回、裁判所の独立の復活、政権に支配されないメディアの独立性の確保など五つの要求を掲げた。デモ隊はハンガリー公共放送局前まで行進し、生放送による陳情書の読み上げを要求したが、警察が催涙ガスなどで鎮圧する事態となった。
また19日には、警察官2300人が年5万時間分にのぼる未払い残業代の支払いを政府に求める公開書簡を発表し、「1年あたりの未払い額は2億フォリント(約8000万円)であり、警察幹部からの支払いを拒否されている」と異例の抗議をおこなっている。
市民によるデモは連日拡大しながら続いており、来年1月には改定労働法の撤回を求める全国的なストライキが呼びかけられている。
さらにフランス国民の動きに呼応した抗議行動は、イギリス、ドイツ、スペイン、ギリシャ、オーストリア、スウェーデンなどのEU加盟各国で広がりを見せている。グローバル化による負債のツケを各国の国民に押しつける緊縮政策や、大企業優遇のために国民生活や権利を奪う統治に対する鬱積した変革要求が、国境をこえて響き合っている。
各国共通の世論 「収奪者から収奪を」
これらの反グローバリズムの変革機運の高揚は、新自由主義経済のもとで富の一局集中と国民の貧困化が固定化し、一握りの多国籍企業や金融資本が肥え太る一方で、社会を支える働く者が食べていけない状況が各国共通のものになっていることを根底にしている。
2008年のリーマン・ショックに端を発したギリシャ債務危機から経済危機がドミノ現象となるなかで、指揮権を振るうEUや欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)は、財政危機を作り出した金融資本や大銀行に膨大な資金を注いで救済する一方で、各国政府には緊縮財政政策を押しつけ、公共サービスの民営化、社会保障費のカット、公務員の削減、労働規制の緩和などによって公的部門を切り刻んだ。規制緩和で自由度が増した外資大手が進出して荒稼ぎするなかで、国内産業は疲弊し、職を求める移民の流入によって低賃金化が進んだ。フランスのデモで襲撃された店舗の多くが、マクドナルドやスターバックスなどの外資チェーンやメガバンクの支店だったことも国民の怒りの矛先を物語っている。
EU圏内の貧困化は深刻で、人口のおよそ4人に1人に及ぶ1億1750万人が貧困層に転落し、社会的に疎外されている。貧困層がこの10年で3倍近くにも膨れ上がったイタリアでは全人口の約8%に及ぶ500万人近くが生活必需品すら買う余裕もなくなった。イタリア、スペイン、ギリシャでの貧困層は2008年以降だけで600万人近く増加し、フランスやドイツでも、全人口における貧困層の割合は20%台で高止まりが続いている。
フランス革命から国家は国民のために機能すべきとの理念が生き続けるフランスでは、公共支出が伝統的に高く、国有企業も多く存在してきた。それは他のユーロ圏諸国とは異なる再配分方式をとっているからであり、公共サービスや福祉を充実させることは国民の生活と労働力の再生産を支え、生産力を維持していくうえで重要な役割とみなされてきた。だが、公的赤字の削減を要求する欧州委員会はこの財政支出に非難を強め、公的赤字を国内GDPの3%以内に収めるという要求を一方的に突きつけた。
「労働者階級の党」を標榜してきた社会党のオランド前政府がこの緊縮策を実行し、金融取引税の停止、企業への課税免除(CICE)、労働法の改定による35時間労働制の緩和や解雇の簡素化、残業代規定の緩和など、新自由主義にもとづく改革を打ち出した。さらに国営企業や水道、ガス、電気などの公共事業の民営化によって公共分野は資本のもうけの具と化し、国民生活の疲弊に拍車をかけた。
2008年以降、フランスの失業率は10%台となり、とくに若年層は20%をこえる事態となっている。OECDの調査によれば、スペインとギリシャでも生産年齢人口の14%が、働いているにもかかわらず貧困から抜け出せない状態にある。いずれも労働市場の自由化をもっとも進めてきた国であり、従業員に対する年金を除く社会保障給付の企業負担が免除されたことに加え、非正規雇用者が増えて正規採用が極端に減り、若年層の雇用環境は厳しさを増している。そのなかで大企業は内部留保をため込み、税金は免除される。
「右でも左でもない」「政治の刷新」と自称して登場したマクロン(ロスチャイルド系銀行出身)の改革も、この金融資本による支配と搾取を強化するものでしかなく、資本と妥協して有権者を裏切った社会民主主義勢力の欺瞞崩壊にともなって人人の直接行動が拡大している。
フランス国民の要求は、燃料税の廃止など部分的なものにとどまらず、金融資本や富裕層への課税強化、所得税の累進性向上、物価上昇に見合った年金の増額、公共サービスの再公営化、正規雇用の増加など、新自由主義によって荒廃した社会政策の復活・強化を目指す多岐にわたる内容を含んでいる。99%の人人から収奪してきた1%の資本から収奪することによって社会機能を回復させること、金融資本の道具となって社会を食い潰してきた統治を大多数の直接行動によって変革していく動きがヨーロッパ全土に波及している。