正月早々、残念だが「時代はとうに戦後から戦前に回帰した」ようである。
今年は“戦後”80年の節目を迎えたが、ここ数年でロシアによるウクライナ侵略戦争に始まり、ハマスによるイスラエル人質事件に始まるイスラエルのガザ地区攻撃は、パレスチナへの戦線拡大、さらに昨年はウクライナ戦争への兵士派遣による北朝鮮の事実上の参戦、さらには欧米各国で極端なナショナリズムと右傾化の流れが加速し、今年も戦禍と硝煙は消えることなく、むしろ世界各地に広がる気配をうかがわせている。
議会制民主主義崩壊の危機
昨年末、12月には隣国・韓国で尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が突然「非常戒厳」を宣言し、言論封殺、議会破壊を仕掛け、国民の弾劾を受けた。
その気になれば、一人の政治家による国家権力の濫用が、いともたやすく行使され、武力による制圧という独裁政権の誕生が可能となる。一人の指導者に国民の生殺与奪権を含む絶大な権力が与えられている現在の政治制度に対する脅威と恐怖を誰もが実感した韓国の大統領の暴走と政変劇である。
軍と警察権力による非常戒厳という事実上の戒厳令による議会制民主主義の停止、言論統制、国民生活の制限という危機を、韓国国民はギリギリのところで回避した。その背景には、過去の軍事独裁政権下で味わった悲劇の経験があった。
すでに尹政権下で、若者らは言論制限・統制に対する危機感を抱いていた。対北朝鮮政策でも尹政権は米国の核シェアリングによる核再配備を進め、アジアの核軍拡に拍車をかけ始めていた。
その米軍との関係では、「非常戒厳」発令にあたってアメリカ政府との事前調整も必要であった。尹大統領は事前にアメリカ政府、米軍との調整もないままに発令したことも米韓関係で問題になった。米韓には防御準備態勢 (DEFCON=Defense Readiness Condition=デフコン)が構築されており、緊張状態となるデフコン3(ラウンドハウス)が発令された場合、韓国軍の指揮権が韓米連合司令部に移管される取り決めとなっている。尹大統領は、アメリカへの打診、調整もなく「非常戒厳」を発令し、緊張状態を宣言したことに、米韓の信頼関係を破損する行為と指摘された。【図表「防御準備態勢=韓国」参照】
※ちなみに日米地位協定にはデフコン規定はない。朝鮮戦争の最中に結ばれたこともあり「デフコン1=戦時・戦闘状態」を前提に、米軍最優先の協定内容となっている。(詳細は平良隆久著・前泊博盛監修『まんがでわかる日米地位協定』小学館)
議会制民主主義の破壊、軍事独裁政権への回帰を図るかのような尹大統領の「乱心」を、国民全体が即座にキャッチし、与野党の国会議員らとともにわずか数時間で行政府と議会を取り囲み、国会決議とデモ行動で非常戒厳措置を封ずる見事な行動力を発揮した。
デモの中心を多くの若者らが担った。軍や警察から銃口を胸に突き付けられてもめげずに抗議を続ける女子学生らの姿に目を見張った。そんな姿を報じるニュース映像に「韓国の学生たちはすごい」「パワフルな若者たちを育て上げている韓国がうらやましい」と沖縄の学生たちからLINEメッセージが届いた。
大学院生からは「日本で同じような状況を迎えた時、果たして日本国民は政府の権力乱用を阻止するだけの動きをすぐにとれるのでしょうか」との不安、国民不信の声。
その背景には、県民が反対の声をあげても強行される名護市辺野古の海兵隊新基地建設や宮古、石垣、与那国島への自衛隊ミサイル部隊の配備・強化など、無法図な軍拡を強行するこの国の政府の強権的政治手法と、その政府を支持する過半の国民、メディアへの不信感がある。
加速する日本の軍拡
一昨年12月に策定・公開された安保関連三文書で、日本の安全保障政策は従来の日米安保第一主義から自主防衛強化に大きく舵を切った。
背景には「見捨てられる恐怖」がある。一昨年の衆議院予算委員会で筆者も含め与党から推薦招へいされた川上高司・拓殖大学教授からも同様の指摘があった。
日本が有事になった時、アメリカは本当に守ってくれるのか。そんな疑問を最初に口にしたのが石破茂氏(現首相)だった。「日米安保があるからといって、いざという時にアメリカが自動的に日本を助けてくれるとは、もう思わない方がいい」とテレビ朝日のインタビューに答える形で日米安保体制の脆弱さに論及した。
アメリカに見捨てられたときに、自力で守る力を整える。そんな自主防衛、軍拡容認の論理がまかり通り、5年間で43兆円という「異次元の軍拡」が進められている。
2022年度まで5兆円台で推移してきた日本の防衛予算は、歳出ベースでみると2023年度には6兆8000億円、24年度には7兆7000億円、そして25年度は8兆5000億円と急増し、26、27年度には10兆円前後まで増加する見通しである。
25年度の防衛予算は後年度負担(ローン契約にあたる)を含む契約ベースでは9兆3600億円とすでに9兆円を超えている。
急増した防衛費は、主にアメリカからのトマホークミサイルなど長距離ミサイルの購入など兵器購入費が1兆円から2兆円規模へ拡大したほか、ミサイルなど弾薬の製造・発注・調達費が従来の2400億円規模から、2023年度には8000億円台まで3倍超に激増している。弾薬量の急増に伴い、南西諸島を中心に弾薬庫の建設も進められている。
南西諸島から九州各地への先島住民(与那国島、石垣島、宮古島など)の避難計画が策定され、各島々には数千人規模の防空避難壕となるシェルター建設計画も政府主導で進められている。沖縄県内では一昨年から市民祭りなどに自衛隊が軍服でパレードに参加し、行軍し、存在をアピールするようになっている。急増する防衛費、強権的政治手法で強行される軍拡、自衛隊という軍部の跋扈(ばっこ)、市民生活への浸透と地域社会の浸食は、まさに「戦争前夜」の様相である。
問われるは国民の民度と責任
衆院予算委員会では、日米同盟があるのにいざという時「見捨てられる恐怖」のほかに、もう一つ「巻き込まれる恐怖」も論議した。
アメリカが仕掛ける戦争、あるいはロシアのウクライナ侵略戦争、あるいは台湾有事などに「日本が巻き込まれる危険性」のことである。
アジアの安全保障環境はキナ臭さを増している。万が一にも戦争になれば、軍人よりもはるかに多くの住民が犠牲になることは、80年前の沖縄戦も含めたアジア太平洋戦争に限らず、現在も戦闘が続くロシア・ウクライナ侵略戦争やイスラエル・パレスチナ戦争でのガザ地区攻撃をみれば明らかである。
戦争になれば、国民は敵の攻撃・爆撃にさらされ、命を奪われる。若者の多くが政府指導者によって兵士にされ、敵を殺すために戦場に送られ、命を落とすか、徴兵を忌避して刑務所に送られるか、国外逃亡するしか道はなくなる。
ウクライナ東部のドンバス地方では開戦から3年近くたった現在も砲撃は止まず、住民の多くが狭いシェルターでの不自由な生活を余儀なくされている。
憲法違反の軍隊を保持しながら「専守防衛」という形で「軍ではない」と詭弁を弄し保持してきた自衛隊を「わが軍」(安倍晋三元首相)と公式の場で呼ぶようになり、憲法をないがしろにした。そのうえ「専守防衛」を逸脱する射程1000㌔を超える長距離ミサイル配備による「敵基地攻撃能力」すらも岸田文雄内閣は「閣議決定」ごときで突破している。武器輸出三原則も、次期主力戦闘機開発を他国との共同開発によって解除し、「同志国」や「アジア版NATO」という名の新たな軍事同盟の締結に向けた動きを加速している。
台湾有事も含め、交戦権を前提に武力による威嚇を「抑止力」と言い換え、陸海空軍を増強するこの国の現状をどう捉えるか。
新年を迎え、ここであらためて日本国憲法を確認しておく。
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日本国憲法
第二章 戦争の放棄
第九条
①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するめ、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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現憲法は、改正(改悪)論議はあるものの、まだ改正も改悪もされていない。その憲法で、武力による威嚇も行使も永久に放棄し、陸海空軍その他の戦力は保持せず、交戦権も認めないと定めている。それにもかかわらず、この国の国民やメディアの多くは、憲法を無視し、立憲主義、法治国家を否定する現状を正すことも、質すことも、糺すこともなく放置し続けている。まさに「放置国家」状態である。
昨年は、政治資金や裏金問題などこの国の政治や政治家の質が問われた。だが、政治家や政治の質を問う前に、問われるべきはこの国の国民の責任である。劣化した政治家を生み、育て、国政に送り込み、政治の劣化を招き、腐敗した政治に辟易し、政治不信に陥る。まさに問われるべきはこの国の国民の民度ではないか。
核戦争の危機
3年目を迎えるロシアによるウクライナ侵攻戦争は、事実上、NATO諸国とロシア軍の代理戦争ともいわれる状況にある。アメリカを中核とするNATO諸国は、ウクライナに大量の兵器を提供し、ウクライナ国内の防衛戦争からロシア国内への攻撃まで戦線を拡大させる軍事支援を続けている。
戦況悪化と長期化にしびれを切らしたロシアのプーチン大統領は「核兵器の使用も辞さず」との核威嚇を繰り返し、NATO諸国のウクライナ戦争への介入阻止に懸命になっている。昨年末にはICBMなど長距離ミサイルを投入するなど火力は破壊力を増し、戦術・戦略核など核兵器がいつ実戦で使用されてもおかしくないほど危険かつ危機的状況に陥っている。
そんな中で、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は昨年6月、2024年1月時点での中国の保有核弾頭数が、前年同月から90発増え推計500発になったと発表した。しかも、そのうち24発が実戦配備済みで、即時使用可能な状態という。中国は「どの国よりも核戦力を早く拡大させている」と指摘し、中国以外の「各国が核抑止力への依存を深めている」との懸念を示した。(2024年6月18日『共同通信』)
台湾有事に備える日本だが、対戦相手は核保有国の中国である。軍拡を進める日本に対し、駐日中国大使は昨年「有事となれば日本中が火だるまになる」と発言している。果たして国民のどれだけが「火だるまになる」覚悟をもって、台湾有事に備えているのであろうか。
世界では1万2000発を超える核兵器が保有され、アジアでも中国を筆頭にインド、パキスタン、北朝鮮などが保有し、さらなる開発を進めている。
高まる核危機は、いったい誰が誰に仕掛けているのか。「抑止力」の名の下で進む愚かな軍拡競争は、核保有国に核武装強化の口実を与え、さらなる軍拡を促す「軍拡のチキンレース」の罠に陥っている。
新たな戦前が確実に訪れる中で、沖縄では「ノーモア沖縄戦」「二度と沖縄を戦場にするな」との訴えが日々高まっている。
「戦後100年」に向けた平和の維持・構築をいかに強化するか。戦後80年の節目の年に、国民全体の覚醒と覚悟、そして非戦・反戦に向けた取り組みを期待したい。
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まえどまり・ひろもり 1960年宮古島生まれ。沖縄国際大学大学院教授(沖縄経済論、軍事経済論、日米安保論、地位協定論)。元琉球新報論説委員長。『沖縄と米軍基地』(角川新書)、『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)、『沖縄が問う日本の安全保障』(岩波書店)など著書・共著書多数。