(2024年11月4日付掲載)
自衛隊と米軍が10月23日から11月1日まで、九州・南西諸島一帯を中心に日本全域で合計4万5000人もの兵力を動員する日米共同統合演習「キーン・ソード(鋭い剣)25」を実施した。日本列島を丸ごと米軍と自衛隊の共同出撃拠点として活用し、台湾近辺や南西諸島一帯での対中国戦争を想定した過去最大規模の演習だ。さらに対ロシア、対北朝鮮も想定したミサイル攻撃演習も同時展開した。しかも今回は反撃力行使にむけた来春の統合作戦司令部設置を想定し、全国の民間空港や港湾を動員したうえ、北海道で実弾射撃訓練を展開した。これに対して中国は台湾をとり囲む大規模軍事演習で対抗し、北朝鮮は長距離ミサイルを発射し、ロシアは日本政府に抗議する事態になっている。どのメディアもキーンソードの全貌を報じないまま中国、北朝鮮、ロシアの軍事行動ばかり報じ「無謀な軍事行動を続ける国」というイメージを煽っているが、日本近隣地域で軍事緊張をエスカレートさせているのは誰なのか? 冷静に見る必要がある。
米軍の「全土基地方式」を具体化
キーンソード開始の前日、米軍と自衛隊は米軍佐世保基地に停泊中の米揚陸艦「サンディエゴ」艦上で共同記者会見を開き基本方針を表明した。吉田圭秀統合幕僚長は中国を念頭に「力による現状変更をインド太平洋では決して認めない強い意志を示す」と強調。米太平洋艦隊のケーラー司令官は「演習期間中、すべての人々が鉄壁の日米同盟の強さと、いかなる侵略者からも日本を守るというわれわれの責務を目の当たりにする」と豪語した。
統合幕僚監部も同演習について「本訓練は、強固な日米同盟の下、日米の即応態勢及び相互運用性を向上させるものだ」「自衛隊と米軍は力による一方的な現状変更の試みは断じて許さないという強い意志の下、あらゆる事態に対応するための抑止力・対処力を強化」すると発表した。
演習自体は10日間に及び、自衛隊は陸・海・空自衛隊あわせて3万3000人動員。軍艦30隻と軍用機250機も投入した。米軍側はインド太平洋軍、海兵隊、在日米軍を中心に1万2000人の兵力と、軍艦約10隻、軍用機約120機を投入。そのほか豪州軍やカナダ軍を一部参加させたうえ、NATO(北大西洋条約機構)、フランス、ドイツ、英国、オランダ、スペイン、インド、韓国、フィリピン、ニュージーランドからオブザーバーを招へいした。たんなる2国間共同演習ではなく、中国やロシア、北朝鮮の動向を意識し、対抗勢力による軍事連携を見せつける演習となった。
しかも今回の訓練実施場所は、「自衛隊施設、在日米軍施設及び区域」に加えて「民間空港・港湾」も活用。昨年「特定利用空港・港湾」に指定した施設を含む36施設(名古屋港、北九州空港、福岡空港、長崎空港、佐世保港、熊本空港、宮崎空港、鹿児島港、徳之島空港、那覇港、那覇空港、宮古空港、新石垣空港、与那国空港等)で軍事作戦を展開した。さらに今回は「奄美大島、徳之島、沖永良部島、我が国周辺海空域等」も訓練地に含め、南西諸島に位置する離島を丸ごと戦時訓練に活用した。こうしたなか戦時訓練会場となった地域は全国23都道府県(北海道、青森県、茨城県、埼玉県、東京都、神奈川県、石川県、静岡県、愛知県、京都府、大阪府、鳥取県、広島県、山口県、高知県、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県)に達した。
実動演習の最大重点は九州南部や南西諸島一帯で「空挺作戦」(パラシュートやヘリ、輸送機で空中から降下して地上戦に加わる軍事行動。重要地点の奇襲攻撃に用いる作戦)、「水陸両用作戦」(海上でも陸上でも活動できる装備を用いた攻撃作戦)、「統合防空ミサイル防衛」(スタンド・オフ防衛能力を活用した反撃能力=敵基地攻撃能力を含む防衛体制)といった攻撃作戦を本格展開することだった【令和6年度日米共同統合演習の図参照】。これは台湾有事やその後方に控える中国との戦争を想定した軍事配置にほかならない。
こうした九州南部や南西諸島一帯の軍事配置とセットになっているのが宮崎、大分、四国沖にまたがる海域だ。ここでは中国を想定した「統合対艦攻撃」体制に加えて対北朝鮮も想定した「統合防空ミサイル防衛」体制、即ち事実上の「ミサイル攻撃体制」をとる軍事配置だ。
さらに日本列島北側の重点がロシアに面する北海道周辺の海域と青森、岩手近辺の海域だった。この2カ所も表向きはどちらも「統合防空ミサイル防衛」体制となっているが、実際は朝鮮半島やロシアににらみを利かせる「ミサイル攻撃体制」をとる軍事配置にほかならない。
つまりキーンソードは中国、ロシア、北朝鮮に対するあからさまな攻撃体制を構築する軍事挑発演習だった。
沖縄・南西諸島 戦争の重傷者運ぶ訓練
台湾に近い沖縄方面の主な軍事演習の内容を見てみると、沖縄本島のキャンプ瑞慶覧、牧港補給地区、台湾に近い石垣島(石垣駐屯地)と与那国島(与那国駐屯地)の4カ所に陸上作戦を指揮する日米の共同調整所を開設。その指揮にもとづき沖縄一帯で陸上作戦を展開するのが一つの柱になっている。
いわば前線司令部となる沖縄本島では、一二式地対艦誘導弾を用いた対艦戦闘訓練(那覇駐屯地、勝連分屯地)や〇三式中距離地対空誘導弾を使った対空戦闘訓練(那覇駐屯地、南与座分屯地)等の陸上作戦を展開。同時に台湾に近い石垣島では、石垣空港などを使って米軍のハイマース(高機動ロケット砲システム)を石垣島内に持ちこみ、対艦戦闘訓練や対空戦闘訓練を実施した。宮古島と久米島でも対空戦闘訓練を展開している。ただ、こうした陸上作戦の参加は陸自ミサイル部隊420人(車両155両)に対し米軍は150人(車両30両)。危険な最前線には米軍ではなく自衛隊を投入する軍事配置になっている。
さらに台湾からわずか111㌔しか離れていない与那国島には「日米合同救護所」を開設。「災害で重傷患者が出た」と想定し、米軍や自衛隊のオスプレイを使って沖縄本島に重傷患者を搬送する訓練を実施した。地上戦で負傷兵が出ることも想定し後方輸送する実動訓練も開始している。
沖縄近辺ではこうした訓練を軸にして「共同基地警備訓練」(那覇基地、キャンプ瑞慶覧、与座岳分屯基地、宮古島分屯基地、久米島分屯基地)、敵の攻撃で滑走路が損傷した場合の復旧をおこなう「滑走路被害復旧訓練」(那覇基地、嘉手納弾薬庫地区)、「宿営」(嘉手納飛行場、嘉手納弾薬庫)、「日米共同情報収集訓練」(伊江島、伊是名島)、「日米共同防空訓練」(嘉手納基地)、「車両行進訓練」(那覇港湾施設)、「自由降下訓練」(器材投下や兵員のパラシュート降下、うるま市津堅島)も実施。嘉手納弾薬庫では日米の特殊部隊約380人と車両22両を動員してCBRN(生物化学兵器や核兵器)対処訓練(汚染地域の検知・除染、患者の収容等)も実施している。沖縄以南の地域は陸上も海上も戦場と化すことを想定した攻撃と後方輸送が主な内容になっている。
沖縄より後方に位置する鹿児島内では、奄美大島、沖永良部島、徳之島等の離島を丸ごと軍事演習に活用する動きがあらわになっている。もっとも露骨なのは徳之島での演習だ。
徳之島では総合運動公園から飛び立った陸自ヘリが花徳海岸と山漁港海岸上空へ移動し、パラシュートで降下する訓練を実施等に加えて水陸機動団等400人を動員した離島侵攻作戦を展開。海岸で爆発物処理部隊が海中の機雷などをとり除き、陸自ヘリやオスプレイで海上に兵員を輸送し、海上上空から日米のエアクッション艇に飛び乗って海岸へ上陸する着上陸訓練を実施した。その後、島内で部隊展開したり、兵站施設を構築する訓練、偵察ボートによる上陸訓練、山の中を動き回る山地機動訓練、地上偵察訓練、電波妨害などの訓練も展開した。
徳之島にとどまらず、奄美大島、沖永良部島でも対艦攻撃や対空戦闘を想定したミサイル部隊展開訓練を実施している。
九州全域 空自基地の爆撃を想定
さらに鹿児島の後方に位置する九州全域では、空自築城基地(福岡県)と空自新田原基地(宮崎県)の2カ所から四国沖に出撃する攻撃演習を全面展開する動きとなった。
築城基地を出撃拠点にする攻撃訓練は「福岡県を軸にした演習」と「長崎県を軸にした演習」の2種類がある。福岡を軸にした演習は、築城基地から空自のF15戦闘機6機と米空軍のF16戦闘機10機、空自輸送機が四国沖に出撃。そこで護衛艦と合流し、統合防空ミサイル訓練や統合対艦攻撃訓練に参加するという内容だ。同時に空自基地が攻撃を受けて使用できなくなった場合を想定し、空自芦屋基地(福岡県)と空自小松基地(石川県小松市)から救難機部隊が北九州空港に展開する訓練も実施している。
他方、長崎を軸にした演習は、弾道ミサイル攻撃をさけるため、築城基地から戦闘機が一時的に長崎空港へ退避して燃料を補給し、そこから四国沖へ出撃するという内容だ。こちらも空自基地が爆撃で使えなくなる場合を想定したうえで、空自芦屋基地や新潟分屯基地(新潟県)から自衛隊機を福江空港(長崎県五島市)に展開する訓練を実施した。
これは米軍が台湾有事の際、中継補給拠点と位置づけている築城基地から米軍と自衛隊の戦闘機や輸送機で戦地へ出撃していくための訓練であり、もし築城基地が爆撃で損傷すれば北九州空港、長崎空港、福江空港を補給・出撃空港の代替基地として活用する予行演習にほかならない。
さらに新田原基地を出撃拠点にした攻撃訓練は「宮崎県を軸にした演習」と「熊本県を軸にした演習」の2種類あった。
宮崎を軸にした演習は、新田原基地から米軍のF35B戦闘機6機、F22戦闘機6機、空自のF15戦闘機が四国沖へ出撃。同時に空中空輸機や輸送機で空自高射部隊の人員や装備を運び、四国沖で護衛艦部隊と合流し統合防空ミサイル訓練や統合対艦攻撃訓練に参加する内容だ。
それと同時に空自基地が使用できない場合を想定して、新田原基地や空自浜松基地(静岡県)の救難部隊が宮崎空港に展開する訓練を実施した。
熊本を軸にした演習は自衛隊部隊のみ。新田原基地へのミサイル攻撃を避けるため、F15戦闘機4機を熊本空港に一時的に移動させ、そこで燃料を補給。そのうえで熊本空港から四国沖へ出撃する訓練だった。
これも築城基地の訓練と同様に、米軍が台湾有事の際、中継補給拠点と位置づけていた新田原基地から米軍と自衛隊の戦闘機や輸送機を使って自衛隊高射部隊や装備を運び、戦地へ出撃する訓練であり、もし新田原基地が爆撃されて使えなくなれば宮崎空港や熊本空港を補給・出撃空港として代替活用するための訓練だった。
岩国 呉弾薬庫炎上時の訓練
こうしたなか中・四国地方では、米軍岩国基地を中心にした軍事訓練を展開した。その一つが海上自衛隊の呉弾薬整備補給所(江田島市)が攻撃され使用不能になった場合を想定した訓練だった。呉弾薬整備補給所から弾薬等の作戦資材をトラックで米軍岩国基地まで運び、その作戦資材を米海軍と米海兵隊が米軍岩国基地の岸壁に係留した海自護衛艦「いなづま」に積み込む訓練を実施。それは米軍基地で自衛艦に弾薬を積み込み、戦地へ出撃していく予行演習ともいえる内容になった。
弾薬関連では呉弾薬整備補給所で管理している弾薬を米軍広弾薬庫まで海上輸送するなど、弾薬使用を想定した訓練も実施している。こうして弾薬の保管・供給体制を整えたうえで、米軍岩国基地から米軍と空自の戦闘機が四国沖へ出撃したり、海自岩国航空基地から海自軍用機が四国沖と沖縄東方の海上作戦(統合対艦攻撃)に出動する訓練も展開した。
そのほか中・四国地方では、米軍と自衛隊員による滑走路復旧訓練(米軍岩国基地)、自衛隊と米軍が共同で軍事施設を警備する共同基地警備訓練(米軍岩国基地、見島分屯基地、美保基地、川上弾薬庫、広弾薬庫、秋月弾薬庫)、ミサイル部隊の機動展開訓練(海自呉基地)、統合電磁波作戦(陸自米子駐屯地、陸自高知駐屯地)等を実施した。
近畿地方では米軍と自衛隊が軍事施設を守る共同基地警備訓練を京都(米軍経ヶ岬通信所、経ヶ岬分屯基地、舞鶴基地、宇治駐屯地、福知山駐屯地、長田野演習場)や大阪(信太山演習場、八尾駐屯地)で実施。東京や神奈川県では、自衛隊中央病院や自衛隊横須賀病院で患者を搬送する訓練を実施した。
他方、本州の北方に位置する地域の演習は、遠方から移動して攻撃に参加する訓練を展開。南西諸島以外の軍事作戦展開地域は、北海道西方洋上、青森沖、四国沖の3カ所あるが、こうした軍事要衝へ小牧基地(愛知県)、浜松基地(静岡県)、空自小松基地(石川県)、入間基地(埼玉県)、百里基地(茨城県)、米軍三沢基地(青森県)から戦闘機で出撃したり、物資補給する訓練が主な内容となった。さらに最北端となる北海道では、沖縄から米軍の輸送機で米軍のハイマースなどミサイル発射機材を大量に持ち込み、矢臼別演習場で日米共同実弾射撃演習を実施した。
歴代政府は2016年以後、九州や南西諸島に攻撃部隊の配備を執拗におし進めてきた【防衛白書で公表している九州・南西地域における主要部隊新編状況を参照】。さらに昨年11月頃には台湾有事を想定して全国の空港と港湾を整備する「公共インフラ整備」を具体化し、戦闘機や軍艦が使いやすいように滑走路延長や岸壁拡充を進める候補地として、全国の空港14施設と港湾24施設の合計38施設を選定。政府は自衛隊と海上保安庁が平時も訓練で使うことを目指し、関連自治体との協議を開始した。
そして今年5月には米軍や自衛隊の軍事基地周辺や国境離島の住民を徹底監視する「重要土地利用規制法」(土地規制法)の第4弾目となる指定に基づき、岩国、普天間、嘉手納などの在日米軍施設周辺での規制を開始し、国境離島関連では沖縄本島を丸ごと注視区域に指定した。
その結果、自衛隊施設や原子力関係施設など、合計583カ所の指定区域で周辺住民監視を本格化させる体制となった。
こうして民間空港や民間港も軍事施設として整備し、基地周辺の住民監視体制を強化したなかで、日本全土を日米共同作戦基地に見立て、中国、北朝鮮、ロシアへの攻撃作戦を展開したというのがキーンソードの中身だった。
それは必然的に中国、北朝鮮、ロシアとの軍事緊張が激化させる。
中国は10月中旬、陸海空軍とロケット軍などが台湾の主要港を封鎖し、海上や地上の標的を攻撃する訓練を実施し、中国海軍空母「遼寧」も動員した。中国政府は軍用機153機や中国軍や海警局の艦船をあわせて34隻動員した。中国外務省は「台湾独立と台湾海峡の平和は相いれない」とのべ、台湾独立を主張する頼清徳政府や頼政府にテコ入れする欧米勢力の動きを牽制。露骨な内政干渉に反発している。
ロシアは10月11日に外務省が、在ロシア日本大使館に「地域の国でもないNATOの加盟国が演習に参加しており、その規模が年々拡大していることは断じて容認できない」「ロシアとの国境に近い北海道も含む日本の領土で合同軍事演習が行われる」と抗議していた。だが日本大使館は「抗議は一切受け入れられない」と反論して一蹴している。
北朝鮮は10月31日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射。飛行距離はおよそ1000㌔、最高高度は約7000㌔をこえたと推定され、米本土に到達する可能性も指摘されている。このとき北朝鮮側は「意図的にわが国の安全を脅かす敵にわれわれの意志を知らせる軍事活動だ」「自衛のためだ」と主張している。
ちなみに日本と北朝鮮との関係では10月中旬、日米韓3カ国が主導して北朝鮮に対する制裁の履行を監視する新組織を11カ国で発足させ矛盾が激化していた。北朝鮮制裁をめぐっては国連安全保障理事会が2009年に「専門家パネル」を設置し制裁状況の調査・監視を継続していたが事態が進展しないため、中国やロシアが「制裁や圧力だけでは解決できない」と主張し、今年4月に「専門家パネル」は活動を終了し、各国で外交的な解決を目指す努力が始まっていた。ところが日米韓が制裁強化を主張して賛同国を募り、国連組織とは別の北朝鮮監視組織を立ち上げたため、北朝鮮側は「(監視組織の)存在自体が国連憲章の否定だ」と猛反発。参加した11カ国を名指しし「必ず代償を払うことになる」と非難していた。
国内外のメディアはどこもキーンソードの全貌やこれまでの経緯を覆い隠したまま、断片的な中国、北朝鮮、ロシアの軍事動向を大々的に報じ意図的な印象操作をくり返している。だが実態は、日米の側もアジア地域で軍事緊張を激化させ、相手の反応を軍拡(軍需産業の利益拡大)の肥やしにしている。その軍事的エスカレーションの末、犠牲になるのは誰なのかを冷静に考えないわけにはいかない。