国際政治や歴史家、紛争解決の専門家などでつくるグループが1日、 「今こそ停戦を! Cease All Fire Now!」の第5回シンポジウムを衆議院第一議員会館で開いた。今回は「『停戦』をためらう構造について」をテーマに、開戦から3年目に入ったウクライナ戦争の現状分析とともに、国内のとくにリベラル勢力のなかにある停戦を拒む風潮について論議。この戦争を契機に、日本国内でも急速に軍拡が進み、東アジアの「ウクライナ化」といえる状態が作られようとしているなかで、日本の平和運動の将来にかかわる焦眉の問題として意見が交わされた。パネリストの伊勢崎賢治・東京外国語大学名誉教授、羽場久美子・青山学院大学名誉教授(オンライン参加)、和田春樹・東京大学名誉教授の発言要旨を紹介する。
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・紛争当事国社会のどのような声に私たちは寄り添うべきか
元国連PKO武装解除部長 伊勢崎賢治
今日は実務家としての観点から申し上げる。
現在のように世界を巻き込む戦争が起きると必ず分断が起きる。これは別に珍しいことではない。僕は国連ニューヨーク本部(国連安保理)の命を受けて現場で働いたときも、同じ国連のジュネーブ(欧州本部)からは糾弾された。いわゆる武装解除や停戦をさせるための交渉を担う実務家の仕事は「悪魔」と交渉することだ。「戦争犯罪を裁く」というようなことをいえば、相手は絶対に銃を下ろさない。だからそれを一旦「凍結」する。そういう実務家の態度は、特にジュネーブなどから「不処罰の文化:Culture of impunity」を流布する者という批判を受ける。でも実務家は、この批判を当然のこととして考え、粛々と実務を遂行する。
では、壊された正義はどうするのか? 実務家を導く指針は「移行期正義」という考え方である。戦争が起きた時点で、すでに正義は壊れている。国連憲章は破られている。戦闘が起きれば、戦争犯罪が累積していくので、国際人道法も破られている。この二つの大きな正義がすでに傷つけられている。だから、いち早く戦闘を止めて(即時停戦)、傷つけられた正義を修復するという考え方である。
戦闘を長引かせれば長引かせるほど戦争犯罪は累積する。今ガザでのイスラエルの行為をジェノサイドとして認定するという動きが出ているが、それを認定するにも証拠が必要だ。それは現場にある。だが、時間がたてばたつほどその証拠を確保することも困難になる。移行期正義(正義の修復)にとって不利になる。それが即時停戦を促す動機だ。
もう一つ申し上げると、停戦ができる、できないという話によくなるが、停戦は必ずする。永久に続く戦争などない。それを休戦と呼ぼうが、停戦と呼ぼうが、戦闘はいつか止まる。戦争を継続する政治的動機は、経済的要因を相まって必ず疲弊する。実務家の正義というのは、どうせ終わるのなら、それを「1日でも早く終わらせる」ということだ。停戦の原理というのは、そこだけだ。
戦闘継続支持へ翼賛化する政治
今からちょうど2年前の2022年4月、ウクライナ戦争が開戦してから2カ月後、僕は2人のある現役政治家と一晩中、議員会館にこもってある提言書を作った。その2人とは、自民党の防衛大臣経験者の石破茂、中谷元の両氏だ。それは次のような内容だ。
【提言(案)】
2月24日に開始された、ロシアによるウクライナへの侵略は、2カ月を経ても停止されていない。ウクライナ国民の自国を守るための懸命の努力が続く中、国際社会として、なによりもこれ以上無辜の民が命を落とすような事態を防ぐことを第一に考え、行動を起こすべきと考える。
我々は人道的観点を優先し、まずは戦闘行為を中断させる方策を採るべきであり、これを国連緊急総会に提案し、国際社会の多数の意思として可決させることを目指すべきである。
停戦は事実行為であり、戦争の結果とは無関係である。当事国双方の合意条件や、戦争犯罪の取扱いは、むしろ戦闘行為が中断されてから時間をかけて議論されるべきものである。
わが国は戦後、敵国条項が残る中にあっても新しい国際連合に希望を託し、国連とともに国際平和のために努力を重ねてきた。その国連が、いま常任理事国制度の壁にぶつかっているからと言って、国際平和に対して何の役割も果たせないはずはなく、またそのような国連にしてはならない。
人道的観点を優先する国連による行動は、今までにも数多(あまた)の前例がある。また国連は、停戦監視や人道支援の効果的な方法も熟知している。今こそ、我々が戦後70年余りをかけて蓄積してきた叡智を、ウクライナの国民のために使うときである。
わが国は客観的立場にある多くの国家の一つとして、今まで信じてきた国連の力をいま一度取り戻すことを、世界中の国々に訴えるべきである。
国際連合緊急総会による停戦勧告と、国連の仲介による停戦合意の実現、そして国連による停戦監視団の派遣を、日本政府として正式に働きかけることを、ここに提言する。
(引用終わり)
あれから2年たった今もこの提言書を作った私たちの気持ちにブレはない。
最近ではさらに、この2氏の尽力により、ガザの持続性のある即時停戦を訴えるための超党派議連(事務局立憲民主党の阿部知子議員)がつくられた。日本政府がアメリカに追従して停止したUNRWA(国連パレスチナ救済事業機構)への資金拠出を再開するための運動にも2氏は力を注いだ。日本政府は今、拠出金停止措置の解除に向けて動き出している(2024年4月2日、上川陽子外相は、資金拠出停止を解除すると発表した)。
どんな正義で始まった戦争でも、まず人命の救済を謳い、即時停戦を希求する気持ちについては、自民党か、野党かでは括れない。平和主義の野党だから停戦を支持してくれるというものではないのだ。
上記の提言書を作ったのは、ウクライナ戦争開戦直後だ。当時は、停戦という言葉を使うだけで「お前はプーチンの味方か」と膝蓋腱(しつがいけん)反射的にレッテルを貼られた時期だ。2人の防衛大臣経験者と僕のこの時の思惑は、与党・野党の中にも同じような意見を持つ人が実は一定数いて、だからこの提言文をもって一人一人個人的に働きかけて輪を広げていこうというものだった。結局、それ以上広がることはなかった。九条護憲を標榜する野党の政治家には僕が働きかけたが、ダメだった。「ウクライナ戦争においてゼレンスキー政権を応援することは、9条護憲派にとっての“聖戦”ですから」と言われる始末だった。ウクライナの平和を“いきなり”破壊したロシアに、憲法9条が許す「専守防衛」をしているウクライナを支持する、というロジックだろう。
与党をはじめとする保守勢力を席巻するロシアの絶対悪魔化と戦闘継続支持への、みごとな翼賛化だ。
「戦う総意」は存在しない
もう一つ話したい。国連というのは奇々怪々な組織であり、ニューヨークにある国連安保理は民主的な集まりではなく、戦勝5大国の「王様クラブ」であり、この最高議決機関が機能不全になると何も動かない。だが、上記のように国連総会にはそれを補完する機能がある。それと忘れてはいけないのが、UNRWAも含む様々な国連機関がある。UNICEF(国際連合児童基金)とか、緒方貞子氏の活躍で日本でも認知度が高いUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などがそれだ。現在進行する二つの大きな戦争においては、常任理事国の拒否権によって安保理が機能していないが、国連組織ではかつての僕のような実務家の集団が粛々と動いている。
ウクライナ戦争について最新のことを少しだけお知らせする。最近、ある国連機関(名前は伏せる)から僕に意見具申の依頼があった。僕は一応、国連のDDR(Disarmament, Demobilization & Reintegration)――戦ってきた人たちを武装解除、動員解除させ、二度と動員されないように職業訓練等をへて社会に復帰させるというプログラム――の第一人者ということになっているので、ことあるごとに国連機関から相談がくる。今回はウクライナ国防省と企画進行中のプロジェクトについての相談だ。
ウクライナでは、2年以上にわたって戦争が続き、戦死者、負傷者、離脱者の問題に加え、現場の正規軍や徴兵されたウクライナ兵たちの士気低下の問題に直面している。本来なら兵隊は6カ月ほどの期間でローテーションしなければ、士気が保てない。
新しい徴兵制を敷くことなしには、もはやこの戦争を維持できない。だが、国民の厭戦気分も高まる中、単純に「祖国を守れ」ではもう動員ができない。そこで、ゼレンスキー政権が考えているのは、以下の3つの条件を新たに国民に提示して徴兵制を維持、拡大しようとするものだ。
その条件とは、①徴兵期間は2年を超えない保証、②1度徴兵されたら再度の徴兵を免除する保証、そして、③徴兵終了後には職業訓練を含めて経済的な自立を助ける社会復帰パッケージを保証する。
一番資金を必要とするのは、③の退役兵士の社会復帰である。ここに、いかに国際社会を資金拠出させるか(NATO諸国が中心になるだろう。グローバルサウスが拠出に賛同するとは考えられない。日本はアメリカに頼まれれば出すかもしれないが)。それをどうプログラムするかという意見具申の依頼だった。
こんな依頼は、実務家としての僕も初めてだ。僕がこれまでやってきたことは、戦っている人たちを停戦させ二度と動員されないようにする「平和」のためのDDRだが、このプロジェクトの動機は徴兵制を回すため、つまり「戦争継続」のためのDDRだ。協力するかどうかの返事は、まだしていない。
日本人に理解してもらいたいのは、これが国民を戦争に動員してきたゼレンスキー政権の現状であるということだ。動員される国民に「総意」はない。あったら、こんなプロジェクトが立案される筋合いはない。
どんな国のどんな状況においても、「戦う総意」など存在しない。戦争に動員しようとする政権が同調圧力をどんなに席巻させても、敵との対話を望み動員に抵抗する少数派は、必ず存在する。
戦っている当事国社会のどういう声に、部外者のわれわれ、とくに憲法9条を持つわれわれは寄り添うべきか。普段から「多数派の暴力」を憂う、日本共産党を中心とする護憲派野党勢力に、考えていただきたい。
(東京外国語大学名誉教授)
*ICJ(国際司法裁判所)の判決にみるウクライナ戦争 青山学院大学名誉教授 羽場久美子【別掲】
・ウクライナ戦争停戦論をめぐる平和運動の中の意見対立について
東京大学名誉教授 和田春樹
今日平和運動のなかにウクライナ戦争停戦論をめぐって意見の対立がある。この点について話したい。
まず代表的な日本共産党の主張を検討する。日本共産党は、日露戦争に反対し、朝鮮の併合に反対して、徹底的に弾圧され、大逆事件で中心指導者幸徳秋水を殺された明治の社会主義者グループが第一次世界戦争後に活動を再開し、ロシア革命、コミンテルンの結成という新条件を利用して、1922年に結党した党である。最初の綱領(ロシアの文書館で研究者が発見した新資料)に軍国主義、帝国主義、朝鮮併合に反対することを掲げた。具体的には昭和の戦争の時代に一貫して戦争に反対して闘い抜いて、壊滅させられた。戦後に再生した党は、戦争に反対した党としての栄光を背景にして人々の支持を得たのである。
この党はウクライナ戦争に対してただちに「ロシアはウクライナ侵略を止めよ」「『国連憲章まもれ』の世論でプーチン大統領を包囲しよう」というスローガンを掲げて、ロシアの侵略に反対した。この点は理解できる。だが、戦争は2年も続き、いまは開戦3年目に入っている。今日では立場は変化したのか。
今日の党の公式の立場は、3月13日に『赤旗』に発表された党の平和運動局長・国際委員会事務局次長川田忠明氏の論文「戦争終結へ いま何をすべきか」でうかがえる。論文のタイトル自体が新しい事態に対応しようとしていることを示しているが、内容的には主張に変化はない。
川田氏はまず「ロシアの行為は主権国家に対する侵略であり、あからさまに国連憲章を踏みにじる暴挙です。国連総会はこれまで4度にわたって、…ロシア軍の『即時、完全かつ無条件』の撤退を要求してきました」とのべ、「『国連憲章を守れ』の一点での国際的団結を実現し、ロシアの蛮行を包囲することこそ、戦争を終わらせる道であることを強調したい」と述べている。ロシアの侵攻直後の2022年2月11日に開かれた国連総会は国連加盟国193カ国中の141カ国の賛成でロシア軍の撤退を求める決議を採択したのであるが、うち米国、英国、フランス、ドイツなどの欧米諸国はロシアに制裁を加え、抗戦するウクライナに兵器、情報、資金の支援をおこない、准参戦国の働きをして、国連決議実現のために努力している。
日本共産党はこのような軍事的支援をおこなうことはできないし、日本政府が軍事支援以外の支援をおこなうことを支持することもない。だから、「国連憲章を守れ」という主張を世界の統一した意見にするよう努力して、その圧力でロシアの侵略をやめさせるというのである。それが可能なのか。
国連総会決議に反対したのはロシア、ベラルーシ、北朝鮮など5カ国に過ぎなかったが、棄権した国の中には中国、ベトナム、インド、パキスタン、キューバ、イラン、イラク、南アフリカなど重要な国々が入っていて、全部で35カ国にのぼる。さらに12カ国が出席しなかった。だから、52カ国が賛成していないのである。ざっと世界の4分の1の国がロシア非難決議に不賛成なのである。その後国連総会ではさらに3回ロシア非難の決議がなされているが、賛成国の数はときとともに減少している。そして今日ではロシア非難の決議を提案することもおこなわれなくなった。最初の決議に賛成した国の中からもブラジルやインドネシアのように停戦の仲介、停戦監視のための軍隊の派遣を申し出る国も現れている。
非国家の市民の運動という面からみても、開戦3年目に入って、即時停戦論がそれなりに世界的に拡大している。日本の中でもそうだということは川田氏の論文自体が認めている。
となれば、国連決議を全世界の意見にすることによって実現しようという川田氏の主張は、実現不可能で、ロシアの侵略をやめさせ、プーチンを包囲し、撤退させようとすれば、ウクライナを兵器、情報、資金の提供で支援している欧米諸国に支援を増やしてほしいと要請することに帰着せざるを得ない。それでいいのだろうか。
「ロシア押し戻せ」でよいか
川田氏の論文の中心的主張は、即時停戦論を採用しないことの弁明である。停戦論には「いくつかの問題」があるとして、まず次のように述べている。「ロシアの侵略に対するウクライナの抵抗は正当なものです。…ウクライナの国民の圧倒的多数は、…侵略をやめさせるまで戦うことを支持しています。…侵略に抵抗している人々に『直ちに武器をおけ』と要求するのが適切だとは思えません。」
この主張には問題がある。ウクライナ人に抵抗をやめてくれと誰も要求していない。停戦論はロシアとウクライナの双方が同時に武器をおくことを訴えているものだ。両者がまず停戦するためにすべきことは戦闘を継続しながら停戦会談を再開することである。それは両者が信頼する仲介者が間に立って、説得しなければ不可能である。会談は停戦の条件、なによりも仮の停戦線で合意することだ。それができれば、戦闘行為を停止できる。そのあとでロシアが停戦線から引き下がるか、停戦線に居座るかは、停戦会談から国際会議にいたるつづく経過の中で決まることだ。だから、ウクライナ側に一方的に抵抗をやめろというのが即時停戦論だというのは誤解にもとづく主張である。
さらに川田氏は「ロシアは現在、ウクライナ領土の約2割(クリミアを含む)を不法に占領しています」として、「他国領土を占領し続けることはけっして認められません」と主張し、ロシアがクリミアを含めて領土を獲得することに反対だとしている。
しかし、ここで考えるべきことはこの戦争の基礎には、ソ連からウクライナが独立したことをめぐる領土紛争があるということだ。クリミアが18世紀から20世紀の1954年まではロシアの領土であり、フルシチョフがクリミアをロシア共和国からウクライナ共和国につけかえた以後も1991年まではソ連の一部であったのであり、クリミアの住民が2014年にはウクライナからの独立を宣言して、ロシアへの編入を求めたのだと、わが国の最新の研究書(松里公孝『ウクライナ動乱』)が示していることに留意する必要がある。
東部のいわゆるドンバス地方の2人民共和国についても議論がある。南部のウクライナ2州についてはウクライナ語話者も多く、ウクライナの主張が強いが、もともとはロシア革命までは、親ロシアと呼ばれた地域で、ウクライナには含まれていなかった。そういうことを考慮すること、現在までにロシアが占領した地域の問題については単純な議論はできない。
もとより武力で侵攻し、占領して、併合することは不当なことであるが、ロシアの占領地併合を認めないとして、ロシアを1991年の独立時のウクライナの国境線の外に押し戻すためには戦争を続けなければならない。しかし、今やウクライナはこれ以上戦争を続けられるのか、欧米は戦争支援を続けられるのか、世界はこの戦争に耐えられるのか――というのは現実の問題である。
川田論文は、ここまで来て、ロシアとウクライナの「要求が現時点では大きくかけ離れており、…交渉の兆しも見えない」と確認しながら、突然、「戦争は最終的には、交渉をはじめ、外交的な…解決によって終結させる以外にありません」と言い出すのである。そして、どうしたら停戦ができるかについては、川田氏は「欧州の安全保障のあり方の検討」が必要だとして、「国際世論の発展」の必要性を主張する。これは当然必要なことだが、停戦プロセスを開始しないで、このような議論ができるはずはない。
最後になって、川田氏は戦争終結への道を開くのを阻んでいる要因として、バイデン政権の「二つの害悪」を指摘する。一つが「民主主義対専制主義」という世界の分裂認識、もう一つが「ロシアの侵略を批判する一方で、イスラエルのガザ攻撃を擁護するダブルスタンダード」だと言う。「これらを一刻も早く克服しなければなりません。日本政府も米国追従の姿勢を直ちに改めるべきです」と主張する。
「二つの害悪」は『赤旗』の紙面では、はじめは「二つの弱点」と言われたものだが、いずれにしてもこの2点はどちらも深刻な米国政府の基本政策であり、「一刻も早く」克服できるようなものではない。そのことを一番知っているのが共産党ではないだろうか。
2022年3月29日にウクライナがロシアとの停戦会談で画期的な停戦のための方策を提案したとき、それを葬ったのが、民主主義対専制主義の宿命的戦闘の新段階を戦い抜こうと呼びかけた2日前のバイデンのワルシャワ演説であったことを私はすでにいくたびか指摘してきた。
川田氏の言う「二つの害悪」は戦争終結への道を阻んでいる要因である前に、戦争を継続激化させ、戦争を拡大させた要因であったのである。だから、簡単には克服することなど不可能なこの米国要因をなんとか押し戻して、バイデンに停戦交渉に向かうようにゼレンスキーを説得させることが戦争終結の道である。バイデンは迷っているが、「ウクライナ戦争を止める」と主張するトランプと大統領選で闘うためには、戦争をなんとしてもやめなければならないはずである。
川田論文は停戦論を認める方向に進んでいながら、立ちどまっている。それがこの論文の立ち位置だと言わねばならない。
リベラル系新聞や反戦団体の問題
次にとりあげるべきは、リベラル傾向の新聞『朝日新聞』の主張である。朝日新聞は長く戦争に反対し、平和憲法擁護の立場をとり続け、平和運動を支持してきた。この新聞はウクライナ戦争に対しては、ロシアの侵略批判、ウクライナの戦争支持という社論をもって、論陣をはってきた。しかし、本年はじめウクライナ戦争が停戦に向かわなければならない決定的な局面に入ると、朝日新聞は突然停戦を論ずるようになった。
その発端は、朝日新聞1月20日号のオピニオン欄に外務省の元国際法局長石井正文氏の「ウクライナ停戦戦略は」という全面インタビューが載ったことだ。この人はトランプ当選の可能性がありとみて、ウクライナ停戦を模索すべきだと主張した。しかし、提案したことは、ウクライナが停戦するためには戦果が必要だ、集中支援をウクライナに与えて、「クリミアを奪還できれば大きな戦果となる」、目的をそこに絞って支援を増額し、その実現を目指しつつ、停戦を模索すべきだという非現実的な停戦案(戦争継続論)であって、まじめな議論ではない。
ここで朝日新聞の主流の意見を代弁したのは、コラム『時事小言』の筆者・藤原帰一氏である。氏は2月21日のコラムで、イスラエルのガザ攻撃については即時停止を求めるとしながら、「ウクライナについては、ロシアとウクライナとの停戦ではなく、ウクライナへの軍事・経済支援を強化し、侵攻したロシアを排除することが必要であると考える。」「ロシアによるウクライナ侵攻は主権国家の領土に対する侵略であるとともに、軍人と文民を区別することなく…殺傷する、国際人道法に反する攻撃である」と書いている。ウクライナ主戦論としては一貫した主張である。
しかし、朝日新聞は停戦論も載せることをやめず、2月6日には薮中三十二元外務次官と元外務官僚の佐藤優氏をオピニオン欄に登場させ、そこで佐藤氏が即時停戦論、日本政府は和平交渉の仲介国になれ、と述べることを許している。佐藤氏は「命こそ宝」という沖縄発の精神から即時停戦論を説明している。朝日新聞は迷っているのか。
最後にとりあげるのは、民間最大の反戦反軍拡勢力の結集体、「戦争をさせない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会」メインの立場である。これは共産党系の全労連と自治労・日教組がつくる平和フォーラムと市民運動体からなっている。毎年憲法記念日に数万人が集まる憲法集会を開いてきた。今年は第10回目の集会を5月3日に開くことになっており、すでにビラが出ている。
「武力で平和は作れない! 取り戻そう憲法生かす政治を」というこの集会のスローガンの第1は、「改憲発議を許さず、憲法をいかし、平和・いのち・くらし・人権をまもります」で立派なものであるが、第2は「パレスチナ即時停戦とウクライナからの撤退、憲法9条をいかした平和外交をもとめます」であるので、驚いてしまった。多くの団体が集まっているので、意見の一致を得ることが難しいのはわかる。これは妥協の産物なのかもしれない。しかし、このわけのわからない第2スローガンは、平和集会が掲げるスローガンとしては戦後最悪であると思う。
これでは岸田首相の「今日のウクライナは明日の東アジア」というキャッチフレーズを掲げて、軍拡の道を進んでいることに対抗できない。少なくとも「ウクライナ即時停戦」が言えないなら、「ウクライナに平和を」ぐらいは言うべきであろう。5月3日の集会参加者からブーイングが出るのは避けられないと私は恐れている。
和田春樹氏と伊勢崎賢治氏の論考は、3月13日に『赤旗』に発表された党の平和運動局長・国際委員会事務局次長川田忠明氏の論文「戦争終結へ いま何をすべきか」を、一つ一つ批判していて説得力がある。やはりロシアの完全撤退を求めて、ウクライナが戦争を続ける事は犠牲者を拡大するだけであり、正義とも言えないと思う。日本共産党の支持者は是非読んで、考えて欲しい。
長周新聞のウクライナ戦争やイスラエルへのガザ侵攻に関する論評はとても学ぶ事が多い。
大学での授業の資料としても利用しています。