今年に入り、コロナも緩和され、また招待も受けて、多くの国に直接行く機会を持った。
2022年8月には、ポーランドのポズナンで国際歴史学会があった。その時ポーランドはロシア研究者にビザを出さず、ロシア人は一人も来られなかった。他方、ウクライナの女性たちが街にあふれていた。
今年は1月にアメリカの国連本部でウクライナ問題を議論。2月にはタイで世界27大学によるEUのインド太平洋戦略についての議論。続いてインドでの平和会議に招聘されて基調講演をおこない、カナダ・モントリオールでのISA(世界国際関係学会)の国際会議に参加した。
6月にはハンガリーでウクライナの平和会議、7月にタイで世界のアジア研究者が集合したユーラシア会議があり、8月には早稲田大学に米欧・アジア・ラテンアメリカなど世界中から研究者が集まった。そこでは600人の報告者が「アジアの平和と発展の役割」を掲げて報告し、数十カ国の人たちと平和と繁栄について歓談した。ポーランドの会議と異なり、東京大会ではロシア人にも中国人にも積極的にビザ発行を支援し、多くのロシア人、ウクライナ人、中国人が会議に参加することができた。
8月には、改めてニューヨークの国連に赴いたが、2月に比べて国連は後退した印象を持った。二月には“ロシアとウクライナ双方に問題があり、ファクツ(事実)を検討している”と言っていたが、8月には“アメリカが戦争継続と言っている以上停戦はない”と、近年の市民の要請とは逆の発言をされたことに絶望した。
その後、韓国ソウルで東アジア共同体会議がおこなわれ、9月中旬は、4日間で実に32時間に及ぶロシア知識人との率直な意見と質疑を、頭がふらふらになりながら行った。元NHK、日経、毎日新聞などメディアOBの方々のご尽力のもと、日本トップレベルのロシア研究者たち、ロシア知識人の身を賭しての率直な意見交換は極めて貴重であった。
今後の予定では、10月に中国・北京大学と日中平和友好条約45周年での講演、11月に釜山での共同歴史教科書の会合に招聘されている。
この間、実にのべ10カ国、アメリカとタイ、韓国、中国には2度、早稲田の国際会議での交流を合わせるとおそらく数十カ国の人々と話したことになる。
また、ありがたいことに、メディアが一斉にロシア批判・中国批判をする中、それに疑問を持つ沖縄をはじめ横浜、神奈川、石川、福岡、四国など、全国の平和団体や自治体、大学に招聘され、市民や地域の研究者と交流することができた。
他方、国内ではこの1年間、安保3文書改定、2+2(日米安全保障協議委員会)、日米首脳会談の中で、防衛費2倍化、ミサイル・戦闘機の購入と沖縄をはじめ日本全国へのミサイル配備、さらに自衛隊基地に地下司令部までつくる計画が急ピッチで進みつつある。
何のために急いで軍事化を進めるのか?
背景には、中国の急速な経済成長がある。さまざまな経済シンクタンクの予想通り、中国がアメリカを数年で追い越すことが現実味を増すなかで、あらゆる手段を使って中国への圧力を強め、中国の「資本主義的成功」を押しとどめるためだ。そのなかで日本にミサイル数百基を中国に向けて配備する。
ミサイル配備と地下司令塔整備が進む沖縄では「沖縄を戦場(いくさば)にしない、平和のハブに!」の動きが広がっている。同様に各県の平和団体からも講演の依頼が来ている。メディアでは伝えられない事実を知るために。
これら国内外での直接交流のなかで明らかになりつつある重要なポイントについてのべておきたい。
米欧秩序の相対的衰退
これら多くの人たちとの話し合いにおいて思うことは、学者は夕闇に飛び立つ「ミネルヴァのフクロウ」ではなく、世界と歴史の大きなうねりを先取り・予見しているということだ。それはほとんどの場合、その国の政府と異なった見解である。だからこそ政府とマスコミに疎んじられる危険性がある。
しかし、私たちが訴えてきた即時停戦の動きもそうだが、1年後、2年後の現実は、透徹した視点を持つ学者たちの発言の通りになる。故にそれを伝え続けることは極めて意義があると思っている。
そこから抽出した重要な事実として、主に三つの点について説明したい。
一つは、米欧の力は「資本主義」と「民主主義」という米欧秩序の根幹において衰退しつつあり、今や名実ともに「新国際秩序」にとってかわられつつあることだ。そのアクターの主人公は「グローバルサウス」と呼ばれる20世紀の貧しかった国々、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの第三世界、冷戦期の非同盟の国々である。
これを私たちは、すでに2020年12月の日本学術会議の国際シンポジウムで語り合った。「世界戦争100年と地域統合 新国際秩序をどう作るか?」である。当時はまだ中国もインドも、ロシアでさえ、アメリカに対抗するつもりはまったくなかったころだ。
いまやアメリカが最強なのは、資本主義でも民主主義においてでもない。だからこそ、軍事力と情報収集力(諜報活動)に頼ろうとしている。
しかし、そうすればするほど、アメリカ国民そのものが、政府に不信を持って離れていっていることも事実だ。トランプは嫌いだが、不思議なことに彼が逮捕され起訴されるたびに人気が高まる。はめられた動きであると国民が政府を疑り始めている。バイデンは2期目の大統領選に勝利するかはわからない。勝利しても長くは持たないのではないだろうか。
だが、中国を追い落とすことでアメリカの覇権を維持することはできない。むしろ他を攻撃してアメリカの威信を維持しようと焦る姿を世界に見せつけ、失望させているように見える。
独自に動き出す新興国
二つ目は、グローバルサウスの興隆だ。アメリカに代わって登場してきた新興国の中国・インドは、当初は独自の価値を持たなかった。むしろアメリカとともに成長することを望んでいた。
しかしロシア・ウクライナ戦争が始まり、「ロシア100%悪」のプロパガンダが1年半にわたって行われ、調停しようとする中国を無視するばかりか、敵国として排除し続ける動きのなかで、中国もインドもアメリカと欧州を自国の利害に即さないと見限りつつあるように思える。
彼らはいまやはっきりと「平和、経済力、周辺国との地域協力」という「新国際秩序」を、アメリカを反面教師として、みずから形作りつつある。そしてアメリカが作った国連の多数決をまやかしと感じ、今回のようにバイデンとゼレンスキーだけが主役を務め、「長く大きな」拍手(『朝日新聞』)を求める国連総会には欠席することを選びつつある。
19世紀、20世紀においてアジア・アフリカ・ラテンアメリカを植民地として富を収奪した欧米が、ふたたび露骨に自分たちだけの利害を追求し、新興国の独自の利害を尊重せず、かれらを国連の投票マシーンとしてのみ利用しようとするなか、アメリカが作った国連(それもニューヨーク)に集うことが「国際秩序」とは考えられない。これらの国々は、BRICS、G20、「グローバルサウス」として独自の動きをし始めている。
アメリカがウクライナ戦争に加担して、武器と資金の供与をし続け、ロシアと中国排除を求め続ける限り、アジア・アフリカ・ラテンアメリカはアメリカから離れていくであろう。ロシアや中国がエネルギー、穀物、資金、開発分野での協力関係に力を入れるなかで、米欧は何をしてくれたのだろうか、植民地化しただけではないか、今でもこれらの国々を対等な国、対等な人々とみなしていないのではないか、と。
拭えない核戦争の危機
三つ目は、戦争である。それはひたひたと、そしてはっきりと東アジアに差し迫ってきている。
米英はウクライナへの武器供与を続け、とりわけ東ウクライナのロシア占領地域を攻撃するために、劣化ウラン弾とクラスター爆弾の双方を供与し、ウクライナ政府がこれを使用している。
劣化ウラン弾、クラスター爆弾は、いずれも国際的に使用が禁じられている化学毒物兵器であり、戦争後もその地域の住民と環境に大きな被害を及ぼすと指摘されている。ウクライナ政府が積極的にウクライナ東部に向けてそれらを使用していること自体、「東ウクライナの住民を助けるため」ではないことが明らかだ。
さらに、ウクライナ東部のロシア占領地やクリミア、およびウクライナ国境を越えたロシア領内にミサイルを次々に打ち込むことで、ロシア軍に、ウクライナとその周辺で核兵器を使うように挑発している。
2022年2月、「ロシア軍が侵攻する、侵攻する」と挑発して最終的に侵攻が実現したのと同様に、「ロシアが核兵器を使う、使う」と言いつつ、自分たちが劣化ウラン弾やクラスター爆弾、さらにミサイル攻撃で挑発することは、ロシアに「核を使って反撃しろ」と呼び掛けているに等しい。しかし一旦ロシアが核を使えば、一斉にNATOからもロシアに向けて戦術核が発射されることは目に見えている。
核兵器挑発ゲームが現実になりつつあることである。戦争が怖いのは、ふとした拍子に飛び火し、そして始まったら止められなくなることだ。
ロシアの知識人の多くもこの戦争は長期戦にならざるを得ないこと、ロシアの勝利に至らなければ核戦争が始まることを憂う知識人が多かった。
アジアでも代理戦争か
今うねりのように、日中韓の相互不信が国民の間で高まっている。福島原発の汚染水放出問題は、日本国民のほとんども疑問に思い心配していることであるのに、中国が日本の海産物の禁輸に至ると「挑発だ」と中国批判を一挙に高めている。
米中対立が日中戦争に至ることを何としても避けなければならない。アメリカはみずから中国とは戦争しようとしていない。ロシアとも同様だ。自国の軍隊の代わりに、欧州ではウクライナ政府と軍隊に、アジアでは、台湾・沖縄・日本政府と自衛隊に、中国との戦争を担わせようとしている。
アメリカは20世紀における二つの世界大戦で、戦争の当事者になっていない。なろうとしなかった。戦争の主役にならず、戦後の「新国際秩序」を提案し、第一次世界大戦後は国際連盟、第二次世界大戦後は国際連合を創設することで、「平和秩序」の構築国として、世界の指導国になった。
戦争は常に欧州と東アジアで起こされた。それを繰り返そうとしている。アメリカは、第三次世界大戦を、より小さな規模で構想し、欧州ではウクライナとロシア、東アジアでは、うまくいけば台湾・沖縄と中国、さらにうまくいけば日本列島と中国・北朝鮮・ロシアという、東アジア・極東で戦争の火種が燃え上がることを期待している。主役は日本だ。
アメリカの代理戦争として、沖縄・九州や台湾がミサイルで中国に対峙することを止めるためには、非常に難しいことではあるが、まずは可能な限り早期に、一刻も早くウクライナ戦争を止めなければならない。
ウクライナ戦争が続く限り、東アジアという大きな薪の下の火種がくすぶり続け、燃え盛り始め、なにか小さな事件が勃発すると、そこに飛び火してあっという間に沖縄から日本全国が戦争下に入る準備が着々と進んでいるからだ。これに気づいていながら反対が言えないのは、戦争に反対し、停戦を訴えるような人々を排除するシステムが機能しているからだ。それはとても恐ろしいことだ。
平和と停戦を訴える人々を排除し攻撃する「リベラル」を含む人たちには、正義と悪を決めつけるのではなく、中国やロシア、ASEAN、国内の沖縄の人たちなど、政府や大手メディアと違う意見の人たちの声にも静かに耳を傾けることを望みたい。真の自由主義とは異なる意見を尊重することだからである。
目指すべき新世界秩序
最後に重要な点として、次のことをもう一度強調しておきたい。
1、米欧の支配する時代はゆっくりと衰退に向かっている。新国際秩序はおそらく、米欧の軍事力によってではなく、平和、経済発展、それぞれの国の利害に基づき、地域の協力関係と対話の継続によってつくられていく。
2、それには経済的新興国、「グローバルサウス」が大きな役割を果たすであろう。グローバルサウスは、元防衛大臣森本氏がのべたような「馬鹿にした軽蔑的用語」ではない。むしろ米欧の既存の秩序を超えた、よりSDGsに近い「誰も取り残さない」という弱者保護と平等・共同の理念に基づいた成長を考えているということだ。
3、自分の地域で戦争を起こさないためにも、世界中で起こっている戦争の火種を可能な限り消していくこと、停戦を望み和平を作っていくこと、そして戦争景気や武器販売、封じ込めや経済封鎖で自国だけの経済回復を求めて新興国に打撃を与えるのではなく、世界の貧しい国々、飢餓やコロナに苦しむ国々を包摂した平和と発展を求めていくべきであるということ。
それらを多くの対話の中で理解した。
世界の人々と、対話に基づいた交流と知見を共有することで、世界の多くの国々において、憎しみではなく対話により戦争を止め、平和を作る努力が新興諸小国の側からなされていることを伝えて、私の報告としたい。
(世界国際関係学会アジア太平洋会長)