山口県萩市の陸上自衛隊むつみ演習場とならび、イージス・アショア配備計画地となっているのが秋田市の新屋演習場だ。同演習場は学校や住宅密集地があまりにも近く、住民たちは生活や子どもの未来を脅かすとして地元自治会を中心にPTAなども反対の声を上げている。また市民・県民の6割が配備計画に反対の意志を示し、7月の参院選でも自民党議員を落選させるなど、国策に対する根強い反対世論が渦巻いている。秋田市民の思いや反対の動きを取材した。
イージス・アショア配備計画地の新屋演習場のすぐそばには閑静な住宅街が広がり、勝平小、勝平中、そして秋田商業高校が集中する。地図でも示すように、秋田商業高校の正面玄関から演習場のフェンスまでは200㍍も離れておらず、あまりの近さに驚く。勝平小学校は市内でも有数の大規模校で児童数が600人をこえ、勝平中学校は約300人、秋田商業高校は約700人の生徒が通っている。そして新屋勝平地区は現在、5400世帯、1万3000人が住んでいる。また演習場北側には県立プールや高校野球の決勝戦などもおこなわれる野球場、スケートリンクなど市民、県民が利用する公共施設が並び、4㌔圏内には県庁や市役所などもある。そのような環境下にある新屋演習場に浮上したのがイージス・アショア配備計画だ。
これに対して住民組織である「新屋勝平地区振興会」の他、6つの振興会・町内会が反対を表明し、PTAなども一緒になって反対している。「住宅街や学校にあまりにも近すぎる」「秋田市がミサイルの標的にされる」「もし地上イージスができれば、日常的に発する強力な電磁波によって人体はもちろん、飛行機、船舶、ドクターヘリの運行に支障をきたす恐れがあり、地域住民は平穏な暮らしができなくなってしまう」「敵国からの攻撃だけでなく、テロの攻撃も予想されるため、この地域は250人の自衛隊による警備や日常監視がおこなわれ、監視体制をとっている状況は想像するだけでも恐怖を感じる」「想定されている相手国のミサイルは核ミサイルであり、もし惨事がおこれば秋田県全体、日本全体にかかわる問題となる」「陸上イージスがあるルーマニアは配備地の3㌔圏内には住宅地がない」などの切実な意見が上がっている。
また今年5月に防衛省が公表した杜撰な調査結果、さらに6月の説明会での防衛省職員による居眠りといったいい加減な対応は、県民や市民感情の火に油を注ぎ「白紙に戻すべき」との世論が圧倒している。
参院選で自民候補破る 草の根で圧力一蹴
県民の民意が最も示されたのは7月の参院選だ。秋田選挙区は自民党議員と「配備反対」を掲げた野党候補による実質の一騎打ちとなった。参院選挙期間中、自民党議員はイージス・アショアの是非についてほとんど語らず争点隠しをする一方、安倍晋三が2回、官房長官の菅が3回、さらに小泉進次郎が秋田に乗り込んだ。そして地元の土建屋に対して「(従わないと)干上がるぞ!」といった強力な圧力があったり、菅による個別電話作戦などもおこなわれたという。
市民のなかでは「なぜこんな小娘(野党議員)に対して、大物政治家が来るのか」「まるで蟻と象のたたかい」と揶揄する声もあがるなか、結果は野党議員が約24万票を獲得し、自民候補に2万票の差をつけて当選した。秋田は、前回2016年の参院選で東北6県のうち唯一、自民党候補が当選したいわゆる保守の牙城ともいわれる地域だ。前回選挙は自民党候補が29万票を獲得しており、今回は7万票減となった。
市民は「子どもたちのために自然環境や平和を守るという、女性たちの緩やかなつながりが後押しした。政党色を出さず、野党党首の応援などは受けずに草の根で回った。防衛省による杜撰な調査、説明会でのいい加減な対応など不信感もあった」「選挙後は“安倍、菅効果で反対が勝った”と話題になった」と語っていた。また「イージス・アショアは迎撃用ではなく攻撃用で、ロシアや中国が反応しており軍拡競争になりかねない。東西冷戦構造が崩壊した今、日本が新たな冷戦構造の扉を開けるようなことをしていいのか。日本は東アジアや国際的な平和に貢献すべきだ」という声もあった。
秋田市の男性は、最近になって地元選出の自民党・冨樫博之衆院議員(秋田一区)が「反対」を表明したことについて「来年の自分の選挙のために“反対”をいっているのだろう。最後まで“反対”をいわせないといけない」と話していた。
地元紙が参院選の際におこなった県民を対象とする世論調査では、新屋演習場配備に「反対」と答えた人が60%をこえ、「賛成」の28%を大きく上回った。配備への反対世論は、候補地になっている秋田市だけにとどまらず、県内全6地域で「反対」が50%をこえている。秋田市のほか「大仙・仙北」「横手・湯沢」の両地域でも60%を上回り、年代別では20代以下と30、50、60代で「反対」が60%をこえ、他の年代でも50%をこえた。
忘れられぬ空襲の体験 次世代に語り継ぐ
このような秋田市民、県民の根強い反対世論の根底には戦争体験がある。1945(昭和20)年8月14日の深夜から翌15日にかけての空襲では、秋田市土崎の旧日本石油秋田製油所が米軍の標的となり、死者は250人以上、負傷者は200人以上と記録されている。これは太平洋戦争最後の空襲であり、秋田県で唯一の大規模空襲となった。数回にわたって落とされた爆弾は、100㌔爆弾が7360発、50㌔爆弾が4687発に及んだ。爆撃目標の日石製油所は全滅状態となり、港、市街地は大きな被害を受けた。
秋田市の女性(50代)は「大空襲を経験した人がおり、今でも毎年追悼平和祈念式典が開かれ、子どもたちにも語り継がれている」と語り、その経験がイージス・アショア反対に繋がっていると指摘していた。秋田県議会が昨年8月にイージス・アショア配備問題について県民から募った意見のなかにも「1945年8月14日終戦前日、土崎の街は米軍の空襲によって250人以上の犠牲者を出しました。私の親父がそうであったように“戦争は絶対だめ”と子どもにいい聞かせ、貧乏ながらも育ててくれました。戦争をしない・させないことの具体化が戦後73年の間、一人の犠牲者も生み出さず今日の平和と繁栄を築き上げてきたことです。私たちの世代は、この土台となった平和憲法の精神、“ひとしく恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利を有する”を次世代に引き継ぎ繋げる責任があります」(秋田市・60代男性)とある。
また秋田市の80代男性は、「私は国民学校6年生のときに土崎空襲に遭い、戦争の恐ろしさと悲惨さを体験しました。それまで海洋少年団の一員として軍事訓練を受け、男の子は大きくなったら兵隊になって戦争に行き、天皇陛下万歳といって死ぬことに何の疑問も持ちませんでした。教育とは恐ろしいものと今になって考えさせられます。そして戦後73年生きてきて、戦争だけは絶対にしてはいけない、日本国憲法九条は変えてはいけないと思っています」と記し、イージス・アショアについて「北朝鮮の弾道ミサイルに対抗して国を守るために必要と政府はことさら強調しますが、この点について私は“まゆつば”もの、戦前の国民を戦争協力に駆り立てたやり方と重なると思っています。実際に、今年に入って朝鮮半島の平和構築の劇変をみれば、日本政府が“北朝鮮脅威論”にこだわる理由は分からないし、弾道ミサイルの脅威がなくなればイージス・アショア配備の根拠もなくなるというものです」と指摘している。
こうしたなかで秋田県下の市町村議会でイージス・アショア配備に反対する陳情や請願を正式に決議する動きが広がっている。能代市議会が6月定例会でイージス・アショア配備計画の撤回を求める請願を採択、八峰町議会が9月定例会本会議でイージス・アショア配備反対の陳情を賛成多数で採択したのを皮切りに、横手市、にかほ市、美郷町、五城目町の4市町議会が反対の陳情を賛成多数で採択した。藤里町、八郎潟町、井川町、上小阿仁村、大潟村の5町村議会は全会一致で新屋演習場への配備反対を決議する動きとなった。現在、秋田県内25市町村のうち、半数近い11市町村議会がイージス・アショア反対を決議したり請願を採択している。
佐竹知事は9月県議会で「住民の安全を脅かす場所への配備は避けるべきだ」とのべ、河野防衛大臣に説明を求める申し入れをおこなう考えを表明した。だが秋田県議会は10月8日、最大会派の自民党が提出した「イージス・アショアの配備候補地選定において住民の安全を最優先にすることを求める意見書」は賛成27、反対15で可決し、複数会派が提出した「イージス・アショアの新屋演習場への配備計画について明確な撤回を求める意見書」は賛成15、反対27で否決した。
周辺市町村が次次と反対決議を上げるなかで、肝心の秋田県議会と秋田市議会が煮え切らない態度をとっているため、計画に反対する市民でつくる会が11月から秋田市議会と秋田県議会に対して「新屋演習場へのイージス・アショア配備計画に反対する決議」を求める県民による10万人署名を始めている。
署名の趣意書には「秋田市新屋演習場への陸上配備型ミサイル迎撃システム『イージス・アショア』配備計画の賛否については、これまで秋田市議会、県議会でも議論され、そのたびに調査結果が出ていないなどの理由から、結論が先送りされてきた。しかし、防衛省がどんなに調査をおこなっても、新屋演習場が住宅密集地に隣接しているという事実は変わらず、いったん配備されれば、その後、何十年も不安と隣り合わせに暮らしていかなければならない。これまで防衛省は、丁寧な説明を行うとしながら、説明会で出された住民の疑問や不安に対し、誠実に答えようとしてこなかった。その上、調査報告書の内容に重大な誤りがあったにもかかわらず、都合の良い理屈で新屋演習場のみを『適地』とするなど、『新屋ありき』で計画を強引に進めようとする態度に、不信感が募るばかりだ」とのべ、「住民の代弁者である議会は、住民の声を重く受け止め、議会の決定に反映すべきだ」と求めている。地元自治会、PTAなども含めて超党派で県民に広く呼びかけているもので、来年1月までに全県で10万人分を集める予定だという。
署名運動にもとりくむ秋田市在住で稲作農家の田口則芳氏(68歳)は、「県議のなかには配備地のルーマニアを見てきた人もいる。それなのに人の命よりも、自民党の組織のメンツが大事なのか。山口県の阿武町長は自民党員でありながら町民を守るために堂堂と反対を表明して感心する」と話していた。田口氏は、「秋田を軍事基地ではなく、食糧基地に」と題して地元紙に農業者としての思いを投稿し、「私の心を大きく揺さぶったのは、未来の子どもたちに、どんな社会を残し、今何をすべきかであった」とのべている。
「子どもたちにどんな未来を、故郷を残すのか――」。イージス・アショア配備計画をめぐって市民、県民のなかで論議になっている。来年1月に向けて県議会や市議会の姿勢を迫る県民署名の動きが注目される。