先月末に開かれた日米首脳会談において、事実上の日米FTAにあたる貿易交渉に入ることを両国が共同声明で発表した。このなかで、いかにも「新たな貿易交渉」という装いでFTAとは別物のように扱い、外務省は共同声明の正文(英文)に一言も「TAG」と表記されていないにもかかわらず、和訳のなかで「日米物品貿易協定(TAG)」と表記していたことが明らかになっている。これはFTAの二国間交渉によってTPP以上に厳しい要求を突きつけられ、関税引き下げにつながることを懸念する農業関係者や国民の目を欺くものであり、あからさまな“嘘”にほかならない。
首脳会談後の会見のなかで首相は「包括的なFTAとは全く異なる」と述べていた。ところが、今後始めようとしている交渉は以前からアメリカ側が求めていた日米FTAそのものなのである。米国では利害の関わる農業団体や業界が正直に「日米FTA交渉入りだ」と大歓迎し、ペンス副大統領も首脳会談後に「日本とのFTA交渉を始める」と述べていた。なによりトランプ自身は大統領選の時から、TPPのような生ぬるいものではなく、二国間交渉で対日要求を突きつけると名指しで放言していた。「TAG」だろうが「FTA」だろうが呼び名に関係なく、安倍晋三の首根っこをつかまえてディール外交を開始する腹づもりなのだ。
こうして日米FTAではあるが、暖簾だけは「TAG」にすり替え、実行することはFTAというような欺瞞を公然とやっている。相撲に例えるなら猫欺しであり、「立ち会いは強く当たって、あとは流れで」みたいな八百長相撲に欺されるわけにはいかない。「TAG」へのすり替えは、やましさのあらわれでもある。日本政府のへっぴり腰から想像してしまうのは、ガップリ四つに組んで渡り合うことなど到底期待できず、アメリカ側の要求を丸呑みしかねないことだ。こうした一方的で隷属的な日米関係、およそ独立国とは言い難い主従関係を断ち切らない限り、国益をむしり取られる運命からは逃れられない。
嘘や欺瞞をくり返し、国会でも「ご飯は食べていない(けどパンなら食べた)」というような子どもじみた“ご飯論法”が平然とまかり通っている。官僚は嘘の答弁に躊躇がなく、行政資料も書き換えられ、真実は闇へと葬り去られる。誠実、丁寧、真摯などの言葉も既に本来の意味と真反対の響きを伴って使われ始め、嘘つきが誤魔化しや開き直りのために駆使する常套句のように濫用されて久しい。かくして「FTA」を「TAG」にすり替えたのと同じように、「日本を取り戻す!」を「日本を売り飛ばす!」に180度転換して実行しそうなのである。
異次元の嘘付き政治によって、政治や行政、統治への信頼は地に墜ちている。翁長雄志前沖縄県知事が指摘していたように、「日本の政治の堕落」は目も当てられない次元にまで進んでいる。まともでないアベコベな世界から、まともな世界に「取り戻す!」ことが必要だ。 吉田充春