米朝会談は70年近く戦争状態にあった米国と北朝鮮のトップが直接会って共同声明を発表し、非核化と体制保障に向けて新たな段階に進むことをアピールする場となった。包括的合意であれ何であれ、戦争という野蛮な選択を回避し、長年にわたって分断されてきた南北朝鮮が民族統一の願いを実現する道を歩み始めたこと、さらに東アジアの軍事的緊張が緩和することはなにより喜ばしいことだ。
「南北朝鮮の命運はみずからが決定していくのだ」と宣言して以後の急展開は、北も南も外交戦略が相当にしたたかであることを伺わせた。多極化する世界情勢やパワーバランスの変化を的確に捉えて中国及びアメリカと渡り合い、第2次大戦や冷戦構造の置き土産としての硬直しきった半島情勢を打開する方向へ、思いきり舵を切ったのである。睨み合いではなく、経済発展の利をもって大国をいなし、恫喝に屈服する形ではなく主体性を持って朝鮮半島の未来をつくりだそうとしているのである。
北朝鮮としては、中国における共産党一党独裁下の改革開放路線を踏襲し、外国資本を導入しつつ経済発展を遂げようとしていることは明らかだ。660兆円規模ともいわれるレアアースはじめとした鉱山資源の開発、観光開発、南北を結ぶ高速鉄道の建設やインフラ整備など目白押しで、そうした開発利権や社会主義体制のもとでの良質な労働力に目を付けた各国資本が色めき立ち、今後は工場建設等も進んでいくのだろう。既にEU各国やロシア、中国の資本が食い込んでおり、アメリカとしても睨み合って省かれるより、利権争奪に食い込む方が得策という判断なのは疑いない。非核化交渉といいながら、トランプはあけすけに近未来の朝鮮半島のプレゼン映像をプレゼントしている始末で、本音は隠せなかった。
資本主義体制がボロボロになり、先進各国は自国を搾取し尽くして新市場を追い求め、グローバルに未開の地を彷徨っている。このなかで中国が主導して進める一帯一路やAIIB(アジアインフラ投資銀行)とも関わって、アジア圏が経済成長の軸になることは目に見えており、資本主義発展の不均等性に依存せざるを得ない事情を抱えている。冷戦構造崩壊によって社会主義陣営が敗北したかに見えたが、一方で資本主義陣営そのものも明るい未来が見えないまでに腐朽衰退し、今度は何周遅れかで台頭した資本主義の次男坊(兄貴の失敗を見て学習している)ともいうべき変質した社会主義陣営の経済発展に寄生し、依存しているという不思議な光景である。朝鮮半島の緊張が緩和した後の展開も、決してこの流れと切り離れたものではない。イデオロギーや感情どうこうではなく、世界がそのように動いているのである。
近隣諸国の躍動的な外交交渉から取り残された蚊帳の外で「日本のリーダーシップによる圧力外交の成果」などとピントぼけ発言をしているのがいる。そして、気づいたらアメリカからも梯子を外され、非核化の費用までみな拠出させられるのだという。世界情勢に置いてけぼりをくらってなお自画自賛に溺れ、願望で世界を捉えるがために現状認識がまるでついていけてないのである。ATM外交の惨めさが浮き彫りになっている。 吉田充春