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ゆりかごから墓場まで

 山口県宇部市で64歳の男性が同居していた85歳の母親に熱湯をかけて殺害し、逮捕されるという痛ましい事件が起きた。「産んでくれた親は自分が面倒を見る」と周囲には話し、30年近くにわたって献身的に介護していたことを近所の住民たちも目撃してきたが、胸が締め付けられるようなつらく悲しい家族の別れがニュースで伝えられた。いわゆる怨恨などではなく、誰がどう見ても介護に絶望した末の出来事なのである。

 

 要介護5というと、もっとも介護を必要とする段階で、意思疎通が困難であったり、自分で身動きすらできない寝たきり状態であり、食事や排泄など日常生活すべてに介護者を必要とするレベルだという。親を思い、こうした状態の母親を施設に入れて丸投げするのではなく、長年にわたって面倒を見ていた男性が、最終的には精神的にも追い詰められた末の行動だったことは想像に難くない。逮捕すればそれで解決という代物ではなく、男性が何年かの懲役で罪を償ったところで、産んでくれた大切な母親は帰ってはこないのである。

 

 今回の宇部市の例だけではない。長年介護してきた妻を殺害した等等、近年は介護苦を理由にした肉親殺害の事件が後を絶たない。共通しているのは、長年にわたって献身的に介護をして、大切に思っている家族でありながら、日々の介護で肉体的にも精神的にも疲労困憊(こんぱい)してしまい、一家族のなかだけではどうしようもない極限状態に追い詰められていくことである。現役世代であれば、カネがなければ施設に預けることもままならず、かといって介護離職してしまえば収入も断たれてますます首が絞まり、逃げ場のない袋小路へと追いやられる。

 

 近年あいついでいる介護苦による親殺し、配偶者殺しはこうした状態が普遍的になっていることの結果であり、一家族だけで抱え込まなければならない構造をどうにかしないことには解決などしない。人口としても多い団塊世代が介護を必要とする世代になっているなかで、放置すればますます同じような事件が増えるだけで、その度に当事者を逮捕したところで何も解決などしないのである。

 

 介護で追い詰められた人々、家族をどう社会全体として支えていくのかもあるが、それ以上に大切なのは介護で追い詰められないようにするには何が必要なのかであって、少子高齢化社会の現実に見合った社会制度すなわち「公助」の体制を構築することに尽きる。現状では「自助」にすべてを押しつけることで無理が生じ、家族すら殺めなければやっていけないほど苦しんでいる個別家庭が量産されている。介護保険制度が始まって20余年が経過したが、既に破綻していることは歴然としており、介護をまともに受けられない人々のなかで一連の悲劇はくり返されている。こうした類似事件が多発する現状は社会的構造が背景にあることを物語っており、介護の社会化こそが必要とされていることを浮き彫りにしている。

 

 「ゆりかごから墓場まで」の社会福祉政策を綺麗事ではなく、現実に即して実施すること以外に解決の道などない。

 

吉田充春     

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