駆け出しの頃、「タダ酒、タダ飯には気をつけろ(警戒しろ)!」が先輩記者からの教えで、取材先の知人や他社の記者たちと飲食に行くにしても必ず折半で会計を済ませ、安易に奢られるようなことは慎み、貸し借りの関係を作らないことが徹底されていた。奢ってやった、あるいは奢ってもらったことが始まりでその関係性に優劣が生じ、奢ってもらった側は恩義に縛られて物いえぬ立場を強いられ、奢ってやった側からするとそれは先行投資となって、場合によっては相手に物いわせぬ力を発揮するからだ。「かけた恩は水に流せ、受けた恩は石に刻め」という先人の教えもあるなかで、かけた恩を石に刻む人だっているのが世の中で、タダ酒・タダ飯とはある種の毒なのである。そもそも、他人にタダ酒・タダ飯を奢ってもらって平気であったり、ラッキーと喜ぶ感覚自体が狂っていていじましいが、目先得したような気になって毒饅頭を食らったおかげで、下手するとがんじがらめに縛られるケースもままあるのだ。対等な付き合いを保ち、適度な距離感で居続けたいなら、親しき仲においても折半が無難であろう。
さて、安倍晋三後援会が開催した桜を見る会の前夜祭を巡って、大手飲料メーカーのサントリーがタダ酒を提供していたことが発覚して物議を醸している。時の首相の後援会が選挙区である地元からお上りさんの後援会幹部や支持者を大量に招待し、会費5000円で飲めや食えやの大フィーバーをしていたが、そこで振る舞われていたのが実はタダ酒だったというのだ。本当にみっともなくてどうしようもない連中だな……大の大人たちが恥ずかしくないのだろうか? というのが同じ山口県民としての率直な感想だが、恐らく参加者はサントリーから無償提供された酒だったことなど知るよしもないだろうし、そこを問うても仕方がないのだろう。
時の首相という権力に媚びを売って無償提供したサントリーもサントリーで、見返りを求める企業の下心や魂胆があったと見なすのが自然だ。そのタダ酒を平然と受け取って参加者に振る舞っていた安倍事務所についても、まるで境界線なり政治家事務所としての分別がなく、“たかり集団”みたく思えてならない。日頃からの“当たり前”や癖が露見しただけではないか? と感じさせるのだ。
安倍事務所の秘書をもてなし、パーティー券をまとめて買ってやったり、タダ酒・タダ飯を奢って可愛がってやるかわりに、企業であれば見返りを求めるというのは地元では当たり前なのだろう。口利きで小銭稼ぎしている私設秘書がいないかどうか、特定の企業とか病院の口利き役となって役所に無理難題を持ち込んでいるヤツがいないか等々、警察が真面目に捜査すれば一発でわかることだ。下関市役所で介護報酬の3億円にものぼる過大請求事件がスルーされ、役人たちがゴニョゴニョしているのも、そこのオマエが口利いたからだろ? と私設秘書界隈に向かって思うし、山口県警も忖度ばかりしてないで少しはまともに仕事しろ! と思うのである。
選挙で協力するかわりに見返りを求める、あるいは選挙区において支配的地位についたり、安倍事務所が君臨したコミュニティーのなかでそれなりのポジションにありつけるというのもありがちである。そのようにして選挙区で地盤、看板、カバンが引き継がれ、「御恩と奉公」によって山口4区における自民党支配の政治構造は成り立ってきた。傍から見て、それは政治的信念というよりは、利害関係に拠るものが大きく、仮に利害にありつけないなら「安倍先生! 安倍先生!」と持ち上げるメリットなど何もないのだろう。
桜を見る会の前夜祭は、誰がどう見ても安倍晋三及び安倍事務所による有権者の接待であり、結局のところ「次の選挙をお願いします!」の催しにほかならない。東京における権力を田舎者に見せつけたのであろう。ところがあれだけタダ酒でもてなしたのにも関わらず、昨年の選挙では安倍晋三票は8万票を割るところまで落ち込み、前々回の衆院選から実に2万4000票以上減らす結果となった。歴代最長八年の首相在任期間を経て、モリカケ桜等等、目に余る権力機構の腐敗堕落、けじめのない政治の在り方に嫌気がさして、安倍離れが加速したのだった。
タダ酒飲ませるなら、サントリー提供ではなくせめて自腹で奢りやがれ!(法律違反ではある)とも思うが、今回の場合、会費をとっておきながら酒は原価ゼロとなると、それもまたせこいように感じるのだった。
吉田充春