新型コロナウイルスの感染拡大は第4波に突入した。大阪や兵庫では感染力の強いイギリス変異株が猛威を振るい、東京では他国から「日本株」と呼ばれるような由来の不明な変異株があらわれるなど、明らかにこれまでとは段階を画した様相を見せている。感染者数が増えると、その度に緊急事態宣言とかまん延防止等重点措置とか、強い調子での自粛が呼び掛けられてきたものの、結局のところ防疫対策としてはPCR検査もさぼり、無症状の感染者について野放しで何もしていないことから、リバウンドする度に感染者数のグラフの波がそれ以前よりも高くなっていく趨勢に歯止めがかからない。
日本政府がPCR検査を抑制し、無症状の感染者の保護・隔離に力を入れないのはなぜなのか不思議で仕方がないが、一方でそれはワクチン頼みの姿勢をあらわしているのだろうか? とも思っていた。ところが、ここにきてそのワクチンすら入手できず、人口に占めるワクチン接種率はわずか0・65%と、世界のそれと比較しても極端に出遅れている状況が明るみになっている。世界各国がワクチン争奪戦をくり広げていた昨年の夏から秋にかけて、日本政府がうつつを抜かしていたのはGoToキャンペーンだったが、獲得競争の蚊帳の外に置かれていたか、はたまた出遅れていたのか、いずれにしても後回しになっていることが浮き彫りになっているのである。
かくして医療従事者にも行き届かず、高齢者に接種開始といってもアリバイのように少数に打ってしまったらたちまち底をつき、残りの圧倒的多くの高齢者はワクチン待機組となった。その光景たるや、まるで「欲しがりません、勝つまでは」のワクチンバージョンではなかろうかと思えてくる。だって、漠然とした辛抱と我慢だけが延々と強いられて、コロナからはやられっぱなしなのである。
欧米の製薬メーカー頼みでワクチンが届くのを待ち焦がれている状況を見ていて思うのは、もともとワクチン開発国だったはずなのにメイド・イン・ジャパンのワクチンは作れないのか? という点だ。そのことについて、ちょうど手元に届いた『世界』5月号のなかでノンフィクション作家の山岡淳一郎氏が連載「コロナ戦記 第8回 “死の谷”に落ちた国内ワクチン」のなかで触れていたのが興味深かった。詳しくは『世界』5月号を買って読んでもらいたいが、曰く、2015年に韓国でMERS(中東呼吸器症候群)が問題になったのを受けて、2016年から2018年にかけて日本でも感染症のmRNAワクチンのプロトタイプが作成され(現・東京大学医科学研究所の石井健教授と製薬会社・第一三共の共同研究)、動物試験でも非常に良い免疫原性が確認されていたが、いざ臨床試験へと進む段階で厚労省が治験の予算を認めず、カネを出し渋ったことや、ならばと企業に投資を望もうにもワクチンの市場規模としては医薬品全体から見れば非常に小さく、しかも流行が終息すれば製剤が在庫の山と化すなど、投資に見合う利益が望めないため及び腰となり、こうして日本初の感染症mRNAワクチンは官と民の「死の谷」に落ちてしまった--というものだった。
しかし、この度の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、石井教授と第一三共は新型コロナウイルスのmRNAワクチンの開発に照準を定めて研究を進め、今年3月に第一三共は健康な成人152人を対象に治験を開始し、2022年中の供給を目指しているのだという。石井教授の「動物実験では完璧です。ファイザーやモデルナのワクチンにもひけをとらないものができたと思います」というコメントも記載されており、今後の臨床試験にも期待が持てるのではないかとページを読み進めながら少しばかりの光明を感じたのだった。
コロナ対策はワクチンさえあれば万全というものでもないが、7000億円かけて欧米の製薬会社から購入したり、後回しにされるようなら、いっそのこと石井教授と第一三共の研究を全面バックアップして国産ワクチンの開発と供給に力を注ぐことの方がはるかに有益ではないかと思う。 武蔵坊五郎