昨年の参院選広島選挙区の買収疑惑を巡って自民党の河井案里・克行夫妻が公選法違反容疑で逮捕された。94人に対して2500万円超をばらまいていたというもので、その原資として自民党本部からは破格の1億5000万円が選挙資金として投入されていたというから驚きだ。残りの1億2500万円はどこに消えたのかも気になるが、この間、検察はパソコンから復元した配布先リストをもとに捜査を進め、首長たちや県議、市議、町議たちが幾人も「克行氏からもらった」「私ももらった」「安倍さんからといって渡され、断れなかった」等々と証言し、もはやばらまき放題だった事実が隠蔽できないまで浮き彫りになっていた。
この問題はもともと、安倍晋三が下野した際に「過去の人」呼ばわりされて腹を立てていたとされるベテラン現職の溝手顕正(自民)を落選させるために、先の参院選であえて改選議席2の広島選挙区にもう一人の自民党候補として河井案里をぶつけ、自民党広島県連をひっかきまわしたことが発端だ。克行に広島県連全体を従わせる力などないことは明らかで、選挙には首相の地元秘書、すなわち下関で俗にいう「大和町」こと安倍事務所の筆頭秘書はじめ4人が河井陣営のテコ入れに入り、「まるで陣頭指揮を執っていた」ともいわれていた。そして秘書のみならず実際に本人も応援に駆けつけ「河井案里をよろしく!」と選挙民に訴えていた。
つまり、自民党広島県連の関係者にとっては、時の総理大臣がその威によって広島の溝手派解体に手を突っ込み、制裁しに行ったようなものなのである。安倍事務所としては同時に林芳正が立候補している山口選挙区など知ったことかで、秘書軍団も勢揃いで広島決戦に力を注いでいたようなのだ。これは誰の目から見ても秘書たちの単独行動でできるものではなく、「河井案里の応援に行け」の指示があったと見なすのが自然だ。代議士の意に反して、地元秘書の主力メンバーが他選挙区に駆けつけ、しかも溝手陣営に喧嘩を売るような振る舞いをするなど、常識的に考えてあり得ないことは誰でもわかる。そんな選挙に対して自民党本部から1億5000万円もの軍資金が支給され、広島選挙区はばらまき天国と化していたのである。
検察の捜査がどこまで及ぶのかは、そのさじ加減次第であろうし、一部には黒川検事長の定年延長問題に端を発した首相官邸と検察組織との暗闘の行方と関わっているという指摘もある。とはいえ、残りの1億2500万円はどこに消えたのか、誰が懐にしたのか、法定限度額をこえるばらまき放題の実態についてきっちりとメスが入らなければ、検察対応についても世間は納得しない。
地元山口県の関係者のなかでは「配川(筆頭秘書)が乗り込んで仕切っていた選挙なら、検察は配川を尋問して安倍事務所や東京の自民党本部にガサを入れたらよいではないか」と話題になっている。 武蔵坊五郎