世界各地で人造地震がひんぱんに起こっている。最近の地震学研究では、この10年間だけですでに100カ所以上の場所で起きているという。このことはとくに日本においては、あまり知られていない。科学的にはありえない「地震兵器」などの陰謀論と混同する向きもある。
本書は、地震学(地球物理学)の先端を行く著者によるその実態を明らかにした最初の本である。
人造地震とは、ダム建設、鉱山、地熱の利用、石油掘削、原油や天然ガスの採取、地下核爆発、最近の二酸化炭素の地下圧入など、人為的な生産活動や開発によって図らずも引き起こされた地震である。この点で、地震研究の方法として爆破やエアガンによって地震を起こす「人工地震」とは区別される。
過去150年に人間の活動が原因の地震は728カ所で起きたという研究もある。その大半は、これまで地震活動がほとんどなかった地域で判明したものである。たとえば、アメリカのオクラホマ州は本来、無地震地帯だが、シェールオイルやシェールガスを採掘するために使われる水圧破砕法(水、化学薬品、砂を混合した液体を高圧で地下へ注入する掘削法)が、年間数百回もの地震を発生させる原因となっていることが検証されている。
2008年に発生した中国内陸部の四川大地震(マグニチュード7・9)や2015年のネパール大地震(マグニチュード7・8)も人為的な地震だと見られている。今年2月から、四川省自貢市栄県の県庁前に数千人の市民が押しかけ、水圧破砕法(アメリカの石油大手シェブロンの技術)によるシェールガスの採取によって地震が発生したとして抗議し、地元政府が採掘を停止する事態となっている。
韓国でも水圧破砕法による地熱開発によって、マグニチュード5・4という観測史上2番目の地震が発生した。昨年10月、市民が集団訴訟を起こし韓国政府もこの事業を中止した。四川大地震については、紫坪埔ダムに蓄えられていた3億2000万㌧という大容量の水のせいではないかという研究もある。
これまでの人造地震は、ダム建設が誘発したものが多く、アフリカ、ギリシャ、ソ連、中国などで頻発していた。ダムの高さや水量との関連が指摘されている。しかし、ダムの建設そのものが直接地震と結びつくものではなく、そのメカニズムはまだ解明の途上だといわれる。著者は、ダム地震はダムの決壊や大雨などの自然災害による相乗作用をともなって多大な被害をもたらすことに注意を喚起している。
地下核実験によって誘発された地震についても近年、北朝鮮やパキスタンなどの実験が指摘される。アメリカのネバダ州では地下核爆発による断層のずれで自然地震をも引き起こしていたことが明らかとなっている。
遅れる日本の人造地震研究
本書では、世界的な地震地帯で地震が頻発する日本などでは、人造地震は見つからないできたことを強調している。自然の地震と区別がつきにくいからだ。日本におけるダム地震としては1984年、牧尾ダムが完成した直後に起こった長野県西部地震をあげる研究がある。このほか、御母衣ダム(岐阜県)、九頭竜ダム(福井県)が北美濃地震や美濃中部地震を誘発した可能性も否定できないとされる。
最近、人造地震を誘発する新たな要因としてあげられるのが、地球温暖化対策としておこなわれ始めた大気中の二酸化炭素を地下に貯留する「温室効果ガス隔離政策(GCS)」によるものである。
米国テキサス州では二酸化炭素を油井に圧入するガス圧入法を採用した直後から地震が増え始めた。「地球上から二酸化炭素を減らして、脱炭素社会を実現する」といって、二酸化炭素を水圧破砕法によって地中に圧入する仕組みの装置もふえている。
北海道胆振地震も引き金?
著者は、2016年から北海道・苫小牧沖で大規模におこなわれている「二酸化炭素回収貯留実験」(CCS)が、最近の北海道胆振東部地震の引き金になった可能性を否定できないと指摘している。昨年9月に発生したこの地震(マグニチュード5・8)は最大震度7と北海道では初めての震度で、既存の活断層がないとされていた地域だった。しばらく中止していた苫小牧のCCS実験を12月末に再開した直後、2019年2月に同じ場所で同規模の地震が起きた。余震がほぼ収まってから突然起きた形である。
日本におけるCCS実験と地震の関連でいえば、最初のCCS実験が新潟県の長岡でおこなわれたとき新潟中越地震が起こった。このとき、CCSと地震の因果関係について国会でもとりあげられたことがある。苫小牧の実験規模は、長岡とは一桁違うほどの大規模なものである。
政府は2020年ごろまでにCCS技術の実用化を目指すとして、全国的に候補地を探っているが、欧州では住民の反対によって、CCSが中止に追い込まれたところもある。
人造地震の研究を嫌う政府
こうした人造地震についての研究は、欧米で先行しており、日本は大きく立ち後れている。地震研究者がもっとも多く、高い研究水準を持っている国にもかかわらずである。そこには、日常頻発する自然地震との区別がつかないこともあるが、それをいいことに、人造地震が起きても自然の地震だということにしたいという力も働いている。政府も電力会社もこの種の研究を嫌っているのだ。電力会社がダムに設置している地震計のデータの多くは非公開となっている。
国際的な地震学会が開かれるときは、人造地震(英語では誘発地震)のセッションが設定されるのが普通である。国の研究所に所属する地震学者がこのテーマで発表しようとしたとき、役所から事前に内容を見せるようにといわれ、役人が学会まで発表を確認しにくるという異例のできごともあった。著者は、地震や火山の研究は民間企業に頼ることはできず国の予算しか頼れないのだが、人造地震の研究は研究費が縛られ、この方面の研究者が育たない現実を憂慮、告発している。
(花伝社発行、B6判・174ページ、1500円+税)