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『超孤独死社会』 著・菅野久美子

 誰にも看とられず、周囲の人たちも気づかぬまま、1人部屋で亡くなる孤独死が、日本で年間3万人をこえるという。そのなかには高齢者だけでなく現役世代もいる。孤独死予備軍は240万人とも、1000万人ともいわれる。

 

 特殊清掃という仕事は、遺体発見が遅れたせいで腐敗が進みダメージを受けた部屋や、殺人事件や死亡事故、あるいは自殺などが発生した凄惨な現場の原状回復を手がける仕事だ。そして、この特殊清掃の仕事のほとんどを占めるのが孤独死である。孤独死の増加に比例して特殊清掃の事業者はうなぎ登りに増え、2013年からの5年間で15倍になった。

 

 本書はフリーライターの著者が、この特殊清掃の現場に同行して取材するとともに、遺族や大家など関係する人に話を聞き、とりわけ特殊清掃作業員の生き様や苦悩を聞き出してまとめたもの。今の日本が抱える孤立化の問題に迫ろうとしている。

 

 特殊清掃の仕事は、とても「大変」の一言では片付けられない。孤独死のうち約8割に見られるのが、ゴミ屋敷化や不摂生などのセルフネグレクト(緩やかな自殺といわれる)である。特殊清掃業者は防毒マスクと防護服の完全装備で部屋に突入し、体液や汚物の異様な悪臭の中、大粒の汗にまみれながら大量のゴミ処理をおこなう。臭いは建材を切り離して物理的にとるか、薬剤を駆使して化学的にとるかの判断が必要になる。終わると薬剤で体中を拭いてから車に乗り、その後浴室に直行し、衣類については必ず2度以上洗濯機を回す。

 

 東京都内で働くある作業員は、熱中症による孤独死が頻発した昨年夏には、4カ月ぶっとおしで明け方から晩まで仕事をしていたと話した。

 

 これほどまでに孤独死が多いのは、都会に出て会社をクビになってからは友人がいなくなり、両親や兄弟姉妹、親戚とは疎遠になったまま、未婚であったり離婚して元妻や子どもとの行き来もなくなり(借金やアル中、ギャンブル依存症などで)、隣近所からも孤立している人が多いからだ。

 

 たとえば55歳の吉川大介(仮名)氏は鹿児島出身で、国立大学を卒業後、東京の一部上場の先物取引企業に入社し、流暢な英語力を活かして一時はシカゴ支店でも働いた。しかしある日、仕事上のミスから会社に損失を出し、そこから上司のパワハラが始まり、屈辱に耐えきれず辞表を出した。その後は脱力してマンションに引きこもり、退職金や貯金も底をついて、20年ぶりに妹が会いに行ったときは白髪で、栄養失調で歯もすべて抜けたおじいさんだった。妹の援助で再就職の手がかりを得たが、その矢先に熱中症で孤独死した。部屋に行ってみるとカビだらけのゴミ屋敷で、エアコンもなかった。

 

 一方で、清掃費がかかるために生活が困難な遺族が「何十年も会ってません」と遺体の引きとりを拒否したり、清掃費を払わずに逃げたり、そうかと思うと、自分は裕福だけど孤立している親族にはかかわりたくないという人もいる。むしろ後者が増えているという。

 

 著者は孤独死の社会的原因を解明しようとしているわけではない。だが、ルポの端端からうかがえるのは、人口の首都圏一極集中と雇用の不安定化・非正規化であり、未婚率の増加と少子高齢化であり、福祉政策の貧困であり(餓死も増えている)、地域の商店街がなくなって世話好きのおじさん、おばさんがいなくなるという地域コミュニティの崩壊である。

 

 特殊清掃の作業員はこうのべている。「この人は今までどうやって生きてきたのかが垣間見える。一番大事なのはそこで、自分自身の生き方を考えることだと思う。この仕事は現場がいろんなことを教えてくれる」「孤独死する人に共通するのは、本人が孤独だったり、親族と疎遠だったりというのがやっぱり大きい。人が社会をつくっているのに。世の中おかしくなっているよね」

 

 本書を読むと、もうけ第一の弱肉強食社会をつくり、それが生む歪みには頬かむりする上層と、凄惨な現場で人の嫌がる仕事を嫌な顔一つせずにおこない、遺族である若い夫婦やその子どもに寄り添おうとする作業員--その両者の対比が鮮明になる。

   
 (毎日新聞出版・発行、B6判・284ページ、定価1600円+税

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