銀行やごく一部の大企業だけが莫大な利益を上げ、「アベノミクス効果」「景気回復」とメディアがもてはやすなか、安倍政府が「国家戦略特区」設置を急ぎ、問題になっている。全国で「働きたくても仕事がない」「仕事はあっても派遣ばかり。生活できる職がない」という声が渦巻いているが、地域限定の「特区」を突破口に、解雇規制を撤廃し、残業代も払わない長時間労働を押しつけ、不安定な非正規雇用を拡大しようとしているからだ。小泉改革でさんざん破壊してきた労働法制だが、安倍政府はそれでも不十分と主張。「世界一ビジネスがしやすい国にする」と叫び、派遣法改悪、TPP参加とも連動させ、労働法制を大企業のビジネスを保障する法制へ根こそぎ覆そうとしている。
残業代払わぬ長時間労働も
「解雇特区」は安倍政府が「これまでとは次元の違う国家の戦略を持つ特区を作る」とし、全国で持ち出すと頓挫する極端な規制緩和を特定地域で前例をつくってなし崩しにしていく「国家戦略特区」構想の具体化だ。「雇用分野」が最大の柱で、解雇自由化やホワイトカラーエグゼンプション(労働時間の規制緩和)導入の先行実施が意図されたが、批判世論が噴出し一旦は先送り。内容面は後回しにし、まずは特区設置を先行する動きとなっている。
解雇規制撤廃などを今後、具体化しやすくするため、国家戦略特区関連法案では「抵抗勢力」の厚生労働相をメンバーから除外。首相、官房長官、特区担当相(総務相)、経済財政相の四大臣と民間関係者だけで構成する「特区諮問会議」を設置する方向を打ち出した。11月上旬にも臨時国会に特区関連法案を提出する、としている。
「解雇特区」で追求されているのは解雇規制の撤廃である。特区は外国人労働者が多い企業や開業5年以内の事業所が優遇される仕組みだが、「解雇ルール」は入社時に企業側が解雇要件を定め、その基準に基づけば簡単に解雇できるようにすることが内容だ。「遅刻すればクビ」「ノルマが達成できなければクビ」「失敗すればクビ」など、雇うときに判をつかせておけば、違反すれば即クビにすることが可能になる。事前契約が結ばれていなくても金を払ってやめさせたり(金銭解決)、試用期間(採用六カ月)の労働者の解雇規制を適用除外にするなど、企業都合で簡単にクビを切ることを保障するものにほかならない。
その地ならしをするため、過去の労働紛争の裁判例をまとめた「雇用ガイドライン」の作成、特区ごとに「雇用労働相談センター」を置き企業に助言することを決めている。
あわせて重視されたのが労働時間規制の緩和である。勤務時間、休日、深夜労働など職種ごとに決まっている規制を「本人が希望する場合」という条件をつけて事実上撤廃。2006年に第1次安倍内閣が持ち出して廃案に追い込まれた、ホワイトカラーエグゼンプションと同じ内容だ。
しかし労働者を取り巻く事情は、リーマンショックを経てさらに劣悪化。基本給は引き下げられたうえ、定められた仕事が多すぎて時間内にできずサービス残業を繰り返す労働者、歩合給であるため勤務時間度外視で働く営業職、人員不足で事故が絶えない交通産業など、長時間労働による職業病、過労死は深刻化している。どの産業でも「人を増やし、給与水準を上げろ」と論議されているがそれはせず「本人の希望」と称し労働時間の上限引き延ばしに動いている。
そして有期雇用については企業の無期転換義務を撤廃する。企業側はこれまで有期雇用労働者を5年間雇用すると正社員として雇わなければいけない。だが特区ではその企業の義務を免除する方向だ。一年契約の社員は毎年、次年度に就職できるか考え、不安を抱えながら働き、契約更新直前には新しい就職先探しに動く。こうした不安定雇用を固定化するものだ。しかもこの特区が呼び込みを狙うのは外資や新規事業に参入するベンチャー企業で、堅実に高度な技術を守ってきた地場中小製造業を応援するものではない。
あからさまな解雇特区の姿は一部大企業だけに「首切りの自由」「長時間タダ働きの自由」「不安定雇用継続の自由」を与える一方で、労働者には「生存権否定」「過労死や自殺の自由」を押しつけるものである。
派遣の期間も無制限に
アベノミクスによる成長戦略の柱に位置づけられた「限定正社員」にも疑問が拡大している。表向きの定義は「一定の勤務地や職務、労働時間を事前に決めて働かせる」正社員。安倍政府は「通常の正社員と同様、無期雇用であるうえに、残業や配転や転勤の心配がない」と宣伝し、2014年度中に雇用ルールを定める方向を打ち出している。
しかし「限定正社員」は、政府が宣伝するようなバラ色の雇用形態ではない。これまでの正社員は企業側が簡単に解雇できない雇用ルールがあるため、大企業側が工場閉鎖するときは遠方への配転と賃下げ、早期退職した場合の退職金上乗せなど、アメとムチで「希望退職」に追い込んできた。このなかで企業側の「ルールが厳しすぎる」という要求にそって編み出されたのが「限定正社員」制度である。限定正社員は、契約時の勤務地や職務がなくなれば「契約違反」となるため、工場閉鎖時には「契約時の勤務地がないのだから解雇されて当然」となる。また正社員に「転勤したくなければ限定正社員に」と勤務形態を変更させ、全員が応じた段階で工場閉鎖を発表して解雇することも可能だ。「配転のない正社員が限定正社員かと思っていたらとんでもないことになる」と欺瞞的な実態は見抜かれている。
そして再浮上しているのが労働者派遣法の大幅規制緩和である。現状は専門性が高いとされる26業務は派遣可能期間の上限がないが、その他は上限が3年と決まっている。「常用代替の防止」が建前だからだ。これをとり除き全業務で派遣可能期間を無制限にし、すべての正社員を派遣労働者へ置き換えることを可能にする。現場労働者はもとより、家族や地域でも「収入がなくて家庭崩壊や一家心中までおきる状況になっているのに、これ以上非正規雇用ばかり増やすなどなにを考えているのか」「なぜ生活できる職を増やそうとしないのか」と国政に向けた憤りが拡大している。
外国人溢れる移民国家
これに追い打ちをかけるのがTPP参加である。
TPPは、農産物貿易の自由化だけを目的にしているのではなく、自由貿易圏内の労働者の国境をこえた移動の自由化を目的にしている。それは日本人の数十分の一の低賃金でアジアの労働者を大量に日本へ連れてきて働かせるためである。経団連など財界は「日本の移民国家化」を奨励している。それは諸諸の労働法制改悪のうえに、日本中で植民地なみの労働条件が強要され、日本の農村も都市も失業者だらけになることを意味している。
米国政府はTPPの「投資」分野で、外資系企業に対する規制を撤廃させ、外資を国内企業と同等に扱わなくてはならないという「内国民待遇」を求めている。米国の投資家やファンドの投資戦略は、日本のどんな企業を買収し、いかに転売して短期で最大のキャピタルゲイン(売却益)を稼ぐかであるが、すでに日米投資イニシアチブなどでは、米国の投資家による日本企業の買収をやりやすくするため「有料職業紹介事業の規制撤廃」「労働者派遣事業の自由化」「労働基準法における労働者の権利や福利の後退」を求めてきており、安倍政府の労働施策もTPP参加もその延長線上にある。
「社会の為」での結束を
しかし「効率」「コスト削減」と叫び、安全も製品の信頼性も無視し、営利一本槍の規制緩和が吹き荒れた結果は生産活動の無惨な崩壊だった。2000年代の小泉改革以後、コンピューター化やコスト削減の結果、熟練工の人減らし、非正規雇用の拡大で技術継承はできず、欠陥品製造、工場の爆発、列車やバスの大事故が絶えない。ガス湯沸かし器の中毒事故など家電製品のトラブルも絶えず、まともな生産ができなくなっている。福島原発事故はその最たる例で「絶対安全」「低コスト」と称して突っ走ったあげく、事故で制御不能状態に陥り、地域全体を廃虚にする事態を招いている。
それは労働者に対して長時間労働、低賃金、過密労働を押しつけ、企業の金もうけのためを優先させ、社会に役立つという労働本来の役割を否定し、労働者の誇りをじゅうりんすることがいかに反社会的であるかを示している。
解雇特区をめぐり、北九州地区で求職活動中の元製造労働者(30代)は「解雇特区をつくるとか、反対が強いから特区の内容を少し見直すとかいろいろ報じられているが、中小企業のレベルでは何年も前から、簡単に解雇されたり、残業代などつかないまま長時間働くこともあたりまえのようにされてきた。“なにを今さら”という気もするが、これまで隠れてやってきたことを大っぴらにやり始めるということだと思う。特区、特区ともてはやすがなんの魅力もないし、自分も行きたいとは思わない。コストが安ければいい、なにもいわず長時間働けというだけでは、いい製品をつくろうという向上心がある人ほどきつくなる。技術も継承されない。目先の企業の利益だけで政府も頭が狂っているのだろうがこんな特区ばかりつくっても国の将来はない」と話す。
日本人が集まらなかったらコストの安い外国人を雇えばいいという動きにも違和感は強く「日本人の失業者が山ほどいるのに、コストが安いからと外国へ工場を移転させ、今度は日本に外国人を連れてこようとする。国民を食わせないで企業の営利ばかりに奉仕する政府というのは、もう日本の国の政府としては認められない」と指摘した。
自治体職員の一人も「生活保護受給者が増えているが、そのほとんどが日雇いなど非正規雇用で年金をかけていなかった人だ。雇用特区が増えていけば解雇される人も増えるが、年をとって生活できない人も増えていく。特区で企業が使い捨てにした後始末は結局生活保護や国民の税金にかぶせられ、財政がパンクしていくことは明らかだ」といった。
社会の生産を担い、富をつくり出しているのは末端で働く労働者である。その労働者に寄生する大企業の株主や重役ばかりが莫大な報酬をせしめる体制にとってかえられ、資本原理で労働法制を覆したことが、労働が愚弄され、労働者家庭の生活も未来も破壊し、日本の国の将来もつぶしている。それでも解雇特区などと叫び、ますます事態を悪化させる安倍政府の末期的な姿が露わになっている。
労働者がまともな生活もできず、子育てもできず、労働力の再生産もできないというのは、富の源泉を破壊することであり、いかなる大資本もつぶれる以外にない。連合など大企業や既存政党に依存する腐った労組幹部と一線を画し、企業や産業をこえ「社会のため」に団結する強力な労働運動の力を下から束ねていくことが現実的な課題になっている。