環太平洋経済連携協定(TPP)11が12月30日に発効することが確定した。TPPはアメリカのオバマ政府が主導してきたが、アメリカ国内で批判世論が沸騰し、2016年の大統領選挙では共和・民主両党の候補者がいずれも「TPP反対」を掲げざるをえなかった。また日本をはじめ参加各国で反対運動が高揚した。そうしたなかで当選したトランプは2017年の大統領就任日に「TPP永久離脱」を宣言した。その時点で本来であればTPP協定は破棄されるとり決めになっていた。風前の灯となっていたTPPを2017年3月以降、安倍政府が旗振り役となって息を吹き返らせ、同年11月にTPP11の大筋合意、今年3月に署名式、7月に加盟国で真っ先に国内手続き完了と、「早期発効」に向けて猛スピードで突き進んできた。TPP11の発効が国民生活にどのような影響を及ぼすのかを見てみた。
TPP11の正式名称は「包括的および先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)」といい、協定文は七条ときわめて短い。だが構造は複雑で、第一条には三〇章8000ページ以上におよぶ、元のTPP協定文を「組み込む」ことを規定している。そのうえで、アメリカ離脱後の11カ国の交渉で各国が求めた22の「凍結項目」をあげている。発効要件もTPPより格段に簡素化し、「6カ国が批准すれば発効する」とした。
ちなみに、元のTPP協定は、国内総生産(GDP)の合計が85%以上を占める6カ国以上の合意で発効することになっていた。アメリカと日本でGDPの8割近くを占めており、両国ともが批准しなければ発効は不可能であり、トランプの離脱宣言でTPP協定は破棄となるはずだった。ところが安倍政府は破綻寸前のTPPを丸ごと呑み込んだ形で新協定TPP11を主導し、発効を急いできた。
TPP協定の内容について再度見てみると、首相官邸ホームページでは「TPP協定は、アジア太平洋地域において、モノの関税だけでなく、サービス、投資の自由化を進め、さらに知的財産、金融サービス、電子商取引、国有企業の規律など幅広い分野で21世紀型のルールを構築する」ものだと説明している。
関税に関しては原則撤廃で、すべての農産物が関税撤廃の対象となる。日本では農業者を先頭に、食料自給率が現在(38%)以上に低下し、独立国とはいえない事態になると警鐘を鳴らし反対運動が広がった。TPPに関する国会決議では、重要五品目(コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖)については関税の撤廃・削減はしないことを要求していた。だが政府はこの決議に反して重要五品目の29%(170品目)で関税撤廃に合意し、重要五品目以外では98%の品目で関税撤廃を認めた。
関税即時撤廃を免れたものでも、牛・豚肉は大幅な関税引き下げ、コメ、麦、乳製品、砂糖については無関税の輸入枠が新設された。現在でも年間77万㌧のコメを輸入しているが、加えて8万㌧近く増える。農産物輸出国5カ国との間で日本だけが発効7年後の見直し協議が押しつけられ、さらに厳しい譲歩が迫られる。
漁業に関しては、TPP協定の第二〇章「環境」のなかで、「乱獲や過剰な漁獲能力に寄与する補助金」を規制し、削減・撤廃しなければならないとしている。漁港の整備や燃料への補助金支給、漁船をつくるための低利な融資などが槍玉にあがる可能性が出てきている。また、第一〇章「国境を越えるサービス」にかかわって、外資系水産会社が漁業権に入札できるようになる。また、魚介類の輸入上限を定め、それ以上の輸入を禁じる制度=IQ制度が廃止されることでの漁業への打撃も大きい。関税も昆布を除いて即時撤廃、または16年かけて撤廃される。
林業関連では、合板などの関税が長くて16年で撤廃となる。丸太は1964年に関税ゼロになっており、木材自給率は18・2%に下がっているなかで、さらに林業生産が困難になる。また、地方自治体などで木材の地産地消のための地域材の利用振興策は「輸入材を排除するもの」としてアメリカなどの企業・投資家からISDS条項で訴えられかねない。
食の安全にも影響が出てくる。TPP協定の第八章「貿易の技術的障害」にかかわって、日本の農産物の国産表示が、「輸入農産物に対する差別だ」としてできなくなる可能性がある。さらに遺伝子組み換え(GM)表示が難しくなる。この章には各国が食品表示のルールをつくるさいの規定があり、「義務表示」など強制力のある表示をおこなう場合は、輸出国やGM企業なども利害関係者としてルール策定に関与できる仕組みがある。また、未承認のGM食品を輸出国に送り返すこともできにくくなる。
第一八章「知的財産」では地理的表示が「一般名称として日常の言語のなかで通例として用いられる言語」だと、利害関係者から表示のとり消しを求められる可能性を指摘している。たとえば「新潟産コシヒカリ」などは使えなくなる可能性がある。国産表示や地域表示が外資から訴えられれば敗訴することになる。
さらに輸出国やGM企業・食品企業に都合のいいように第七章「衛生植物検疫措置」をもうけ、遺伝子組み換え作物など安全かどうか科学的に結論が出ていないものについて、はっきり危険だと証明しなければならなくなった。日本政府はこれに沿う形で、BSE対策や遺伝子組み換え食品の承認、食品添加物の使用基準、農薬の残留基準などについて規制緩和を進めている。
競争原理で規制を撤廃 医療・保健・金融も
医療制度に関連しては、「国民皆保険制度」を守れと医療関係者などがTPP反対の運動を展開した。TPP協定では、すぐに「公的医療保険制度(国民皆保険)」の変更がおこなわれるわけではないが、製薬大企業に有利なルールが盛り込まれた。アメリカの大手医薬品・医療関連企業の要求にこたえて、第一八章「知的財産」の項で、特許期間延長やデータ保護期間を定めた。
日本では新薬のデータ保護期間は最大8年だが、アメリカは一定の医薬品について10年以上にするよう要求している。TPPで、ジェネリック医薬品(特許が切れた薬の同じ成分で安価に製造した薬)の製造に必要なデータに独占的な権利をもうけ、他国で製造・使用できなくなる。
また、薬の価格を決める制度が「企業より」の運用になる。第二六章の「透明性及び腐敗行為の防止」の付属書では、製薬会社が不服を申し立てることができるようにしている。また、日米二国間の交換文書でも外国の利害関係者が政府の審議会に出席することや、意見書を提出できると定めた。アメリカの製薬企業が「透明性」をたてに、発言力を強めていくことは必至だ。
第一一章「金融サービス」では、対象は「すべての保険、銀行、その他の金融サービス」としている。アメリカはかねてより、かんぽ生命や共済(JA共済、全労済、コープ共済、都道府県共済など)に対して「民間保険会社より優遇されている」とし、金融庁に対して民間保険会社と同じように管理・監督するよう要求してきた。
TPPは金融も国境の壁をとり払い、自由に流動させることを根本的な理念としている。ウォール街のメガ金融グループが狙っているのは、ゆうちょ銀行、かんぽ生命やJA共済などの資金、さらには年金(GPIF)、日銀マネー、企業の内部留保などだ。2007年の郵政民営化の際の郵便貯金・簡易保険の資金流出と同様だ。
第一七章「国有企業」の付属書では、日本だけが留保(例外)を出しておらず、日本政策金融公庫など国有企業をすべて民営化し、外資の傘下に置くことも辞さないかまえを見せた。
第一八章「知的財産」の項にかかわっては、財産著作権保護期間が延長される。日本では著作権の保護期間は作者の死後50年だが、アメリカの要求で70年に延長された。また、著作権侵害は、著作者自身が告訴しなければ国は起訴・処罰できない「親告罪」だが、TPPで「非親告罪化」した。さらに著作権が侵害された場合、日本では賠償金での解決がほとんどで、しかも金額は少額だ。アメリカでは法定賠償金という制度があり、実損害の証明がなくても裁判所が懲罰的な賠償金を決めることができる。導入により知財訴訟が頻発する危険性がある。
公共事業に関しては第一五章「政府調達」が関係してくる。国や政府機関、地方政府などが物品やサービスを調達したり、建設工事をおこなうさいのルールを定めており、国内企業と同じ条件を外国企業にも与えることが義務づけられる。入札のさいには英語を使用する。「公正性の確保」と称して「談合を排除」する。中央政府、地方政府のほとんどすべての分野で最大級の市場開放をおこない、そこに世界最大級の建設会社「ベクテル」や資源開発会社「ハリバートン」など巨大外国企業が政府や自治体の公共事業などを落札できるようになる。
また第九章「投資」では、地元から雇用や物品、サービスの調達を求める「現地調達の要求」を禁止している。日本の地方自治体は地域経済の振興のために「中小企業振興基本条例」などを制定し、地元の中小企業への発注を積極的におこなうことが増えているが、こうした条例が制定できず、地域の建設業や中小企業に重大な打撃を与え、地域経済振興の障害になる。
第一七章の「国有企業」も国民生活や地域社会に深くかかわってくる。国有企業は、政府が出資して公的なサービスを提供する企業を指し、金融、郵便、病院、鉄道、空港、政府機能・政策を担う公有企業などにかかわるが、対象企業は明らかにされず、国会でも審議されていない。TPPでは国有企業は一般の企業と同じ土俵で競争しなければならないとし、必要とされる財政支援を禁止する。鉄道や病院、郵便など地域に欠かせない事業体は公的支援を受けているものがあり、影響が危惧される。
国内法改め外資天国に
グローバル企業が国境をこえて自由に展開することを保障するために重視している労働者について、第一九章「労働」をもうけている。日本ではTPPの先取りともいえる派遣法の改定、解雇規制の緩和、残業代の撤廃、外国人労働者・研修生の受け入れの規制緩和など労働法制の改悪が進んでいる。
第九章「投資」に関連してISDS条項が盛り込まれた。ISDSとは「投資家対国家紛争解決」の略で、投資家が相手国の協定違反によって損害を受けたときに、仲裁申し立てをおこない、損害賠償を求めることができる制度だ。投資先の国・自治体がおこなった施策・規制で不利益を被ったと企業や投資家が判断した場合、その制度の変更・廃止や損害賠償を相手国に求めることができる。たとえば医療関係者はこの制度により、国民皆保険制度が形骸化し、薬価の高騰や、混合診療の解禁、自由診療の拡大、医療への株式会社参入などで、日本の医療がアメリカのようにビジネスにされていくことを警戒している。その他の分野でもアメリカの多国籍企業が不利益と見なす制度を一方的に変更することが強いられ、日本の主権が踏みにじられることが警戒されている。
以上おおまかに見た内容を2016年2月に米国を含む12カ国が署名した。その後、アメリカの離脱によるTPP11交渉のなかでは、アメリカが各国に突きつけ、各国が譲歩した項目の見直しが問題になった。ベトナムは繊維製品の輸出拡大と引き替えに受け入れた、国有企業の外資開放や医薬品特許の長期化に反発した。マレーシアも国有企業の優遇範囲の縮小やバイオ医療品保護データ期間への譲歩の見直しを求めた。各国はアメリカに押しつけられたこうした項目について削除や凍結、再交渉を要求した。当初は70~80項目にものぼり、分野も医薬品特許や国有企業、電子商取引、労働など多岐にわたった。
アメリカにかわって主導してきた日本政府は各国からの要求項目を次次に却下し、最終的に22項目を「アメリカが復帰するまで」という前提で凍結した。半数の11が第一八章の知的財産権の規定であり、アメリカが押しつけたものだ。凍結したなかには著作権の保護期間を作者の死後70年に延長する項目も含まれている。TPP11の加盟国は「アメリカが復帰する」まで、保護期間70年を順守する義務はなく、国内法を改定する必要もない。ところが日本政府は、これまでの50年の著作権保護期間を70年へと法改正し、TPP11関連法として通過させた。国内法を変えてしまえば、適用されるのはTPP11加盟国だけではなく、すべての国となる。それには当然アメリカも含む。
凍結したのは保護期間の延長のみで、非親告罪化と法定賠償金制度は効力を持つ。アメリカが離脱したにもかかわらず、日本はアメリカルールで国内法を改定し、アメリカ式の多額の損害賠償請求を可能にすることで、アメリカ企業が日本で著作権ビジネスを最大限拡大できる。
また、「投資」にかかわる項目ではISDSの定義で一部の条項が凍結されたが、ISDS条項そのものが凍結・削除されたわけではなく、仕組みは丸ごと残っている。日本政府はTPPだけでなく他の貿易・投資協定でもISDS条項を推進している。
22項目を凍結したとはいえ、協定から削除したわけではなく、発効によってTPPのルールを日本が受け入れたという既成事実ができあがり、今後のさまざまな通商交渉において、同水準のルールを要求されることになる。トランプはTPP離脱後、二国間の自由貿易協定である日米FTA交渉に入ることを日本に合意させたが、「TPP水準以上」を掲げてさらなる譲歩を迫ってきている。TPP11及び日米FTAの両刀使いによって日本市場をこじ開け、アメリカの多国籍企業が利益をむさぼるたくらみが進行している。