翁長雄志知事の死去にともなって9月30日に投開票を迎える沖縄県知事選が13日に告示され、17日間の選挙戦に突入した。翁長知事の遺志を引き継ぎ辺野古新基地建設の阻止を掲げる玉城デニー・前衆議院議員と、自民・公明・維新が推す佐喜真淳・前宜野湾市長の事実上の一騎討ちの構図となっている。前回選挙と同様、新基地建設阻止の一点で結束した「オール沖縄」で国に対峙してきた沖縄県民と、知事ポストを奪還して新基地建設を進めたい政府与党との真っ向対決となっている。前回まで「自主投票」を装ってきた公明党などが組織を挙げて自民党と徒党を組み、金力・権力をフル動員した企業に対する締め上げもかつてないものとなるなかで、選挙戦は熾烈なものになっている。
辺野古に触れぬ佐喜真陣営
自民・公明与党が抱える佐喜真陣営は、8~10万票(基礎票)といわれる公明党(創価学会)をはじめ、建設土木業界、土地改良組合、医療業界など、水面下での組織票固めに注力。安里哲好・県医師会長が選挙母体の会長に就き、仲井真前知事の出身である沖縄電力(石嶺伝一郎会長)や建設大手・國場組(国場幸之助衆議院議員)などの自民党系の業界団体が選対を固めている。
告示前から自民党の二階幹事長や竹下総務会長が、政府の予算権限をバックにして市町村や業界を回って選挙協力を訴え、塩谷選対委員長が選対に常駐するといわれる。16日には、菅義偉官房長官や小泉進次郎筆頭副幹事長も応援演説に駆けつけ、「沖縄はありえないほどの低所得だ。佐喜真さんならそれを解決できる」と風呂敷を広げた。7日には、台風災害対応の渦中にあるはずの松井一郎・大阪府知事(維新の会代表)が、わざわざ応援に駆けつけたことも驚かれている。
公明党は総決起大会に山口代表みずから駆けつけて「全力応援」を約束し、創価学会の佐藤副会長が現地に貼り付いてハッパをかけるなど異例の力の入れようを見せている。「本土からは5000人規模の学会員が押し寄せている」「もう何十年も会っていない東京にいる同級生(学会員)から佐喜真さんをよろしくと電話がかかってきて驚いた」「数人で何度も店にやってきて選挙協力をお願いされた」と各所で話題になっている。
政策では、前回選挙で「辺野古新基地容認」を掲げた仲井真前知事が10万票の差を付けられて翁長前知事に完敗したことから、辺野古新基地問題にはいっさい触れず、「普天間基地の返還が実現できるのは私だけ」「日米地位協定の改定を求める」と主張するなど、米軍基地に対する県民世論を強く意識したものになっている。また「県民の暮らし、最優先」を掲げ、「県民所得300万円の実現」を柱に「保育料・給食費・医療費の無償化」「中小企業支援制度」に加え、リゾート開発や地元プロ野球チーム創設、スタジアム建設などにも言及するなど景気・経済問題を強調しているのが特徴だ。なかには「携帯料金の4割削減」など県政とは直接関係のないものまで政策に入れ込んでいる。「(翁長前県政では)国からの一括交付金が500億円あまり減額され、県民生活に大きな影響を及ぼした。対立や分断ではなく、対話を通して県民の暮らしを豊かにできる」と訴えている。
辺野古問題を争点からはずして勝利した「名護市長選方式」を貫く構えだが、県知事が埋め立ての許認可権を持ち、県の将来を決定づける辺野古新基地問題については、他人事のように「法廷闘争の行方を見守る」としかいわないことは県民の強い疑念を集めている。
“新時代沖縄”を築くと訴える玉城陣営
故・翁長知事の支持母体であるオール沖縄が推す玉城デニー陣営は、「翁長知事の遺志を継ぎ、新基地建設を断固阻止する」ことを柱に、翁長県政が進めた「国際物流拠点」をアジアとの経済・文化交流などを通じて拡充させるなど、かつてない好調を見せてきた沖縄の自立型経済を推進し、「国の交付金に縛られた基地と振興のリンクでは、誇りある豊かさは得られない」「軍事拠点ではなく平和交流拠点として“新時代沖縄”を築く」と強調している。自主財源をもとに医療災害センターの設置、農畜産業支援の強化、中高校生のバス通学無料化などの政策を掲げている。
佐喜真陣営が強調する普天間基地問題については、「県内移設ではなく、1日も早い運用停止と閉鎖・撤去を政府に強く要求する」とし、「県民同士に負担を付け替え、新たな犠牲を強いることは、私たちが望む解決の道ではない。生まれる不安の隙を突いて“アメとムチ”で揺さぶり、県民の中に対立と分断を持ち込もうとする今の政府の対応は民主主義国家として恥ずべきもの」「“イデオロギーよりアイデンティティ”で、県民とともに翁長知事が命をかけて貫いた辺野古新基地建設阻止の遺志を受け止め、国民として等しく平和を希求する権利を行使する」とのべている。
保守・革新の県議などでつくる「オール沖縄会議」が選対を担い、支持団体会長には金秀グループの呉屋守將会長が就き、辺野古新基地建設反対で結束する経済界なども巻き込みながら、地元主導の選挙戦に力を入れている。選対や県民の間では、「いわゆる保守革新のたたかいではなく、新基地建設を許さない島ぐるみの世論を束ねるべき」「政治団体や既存の平和団体が前面に出た浮ついたお祭り騒ぎでは、国の総力戦には勝てない。多くの県民生活に根を張った選挙戦をしなければいけない」との声は強く、名護市長選の教訓を生かすことが全県的認識となっている。
水面下での攻防 将来めぐる活発な論議
県民の中では「沖縄を軍事基地化させないため命をかけてたたかった翁長知事の遺志を無駄にしてはいけない」「これまでの市町村選挙とは違い、辺野古新基地問題は県知事の態度が決定的になる。選挙のためだけのリップサービスではなく、日本政府にもアメリカにも県民を代表してものがいえる人を選ばなければいけない」という声は強い。
表面上の論戦は控えめで「思った以上に静か」といわれる。組織固めをしている自民党陣営でも表だって「佐喜真さんを!」と広く市民の中で公言して活動する空気は乏しく、「水面下での攻防が始まっている」「組織票では自民党有利の情勢と感じるが、まったく読めない状況」と語られる。
県内のある大学教員は「安倍政府の露骨な沖縄に対する兵糧攻めのなかで、沖縄県内の経済は“脱基地依存”で堅調に実績を積んできた。一括交付金の削減で市町村まで締め上げられるなかで、基地返還跡地の活用や観光振興、情報関連産業、農業振興などで県内総生産は4年前から3300億円も増加し、経済成長率は2・5%で全国平均を超えている。だが、今回の選挙にあたって国は、辺野古問題への態度によってはさらに予算をカットすることをちらつかせたり、子どもの貧困対策事業の削減まで公言している。食っていけないようにして、さらに交付額を減らすというやり方で、沖縄県民はまさに暴力団を相手にたたかっているようなものだ。身売りをしながら国に予算増額を請う体質に戻るのか、覚悟を決めて自律型経済を目指すのかが問われている」とのべた。
また「前回の知事選で沖縄県民は10万票差をつけて民意を示したが、司法までも政治に支配されるという実態を見せつけられてきた。強権的に浮き輪も奪いとって、太平洋の真ん中に突き落とすようなことを平気でやるのが今の自民党だ。そのなかで、オール沖縄を押し上げて県民の民意が勝つというのは相当なパワーが必要で、フワッとした弔いムードだけで勝てる選挙ではないと思う。一部では“玉城陣営がダブルスコアで優勢”などという情報が流れていたが、完全に架空の情報で、むしろ形勢は逆だとさえ感じる。デニー陣営は、翁長知事の遺志を引き継いで新基地を阻止するだけでなく、米軍支配の枠組みから脱却する明確な態度を貫かないといけないし、基地問題で争点を逸らして逃げる自民党陣営に追い打ちをかけるくらいのパワーが必要だ」と強調した。
宜野湾市の商店主は「名護市長選だけでなく、各地の選挙で辺野古問題を争点にせずに自民党側が勝ってきたが、知事選になると辺野古新基地をつくらせるかどうかが大きな争点になると思う。この知事選は候補者の人気投票ではない。新たな米軍基地を押しつける国とたたかって基地のない沖縄をめざすのか、国のいいなりになってそれを容認し、未来永劫沖縄を基地に縛り付けるのかの選挙だ。ただ、4年前に比べると厳しい選挙戦になるし、佐喜真陣営は辺野古問題には触れず、あたかも基地撤去を目指すようなそぶりを振りまきつつ、組織固めに力をしていると聞く。これに対してデニー陣営が対抗できる力をもってやらないといけない。佐喜真さんは“普天間の危険性”だけをいうが、私たち宜野湾市民の“危険な基地を早く撤去してくれ”という願いは名護市民も同じだと思う。翁長知事の死を無駄にしない結果になることを望んでいる」と話した。
那覇市の商店主は「今回の知事選はおとなしい選挙だ。毎回選挙になると、とくに公明党の運動員が応援をお願いに回ってくるのだが、今回はまだない。県内で多くの公共工事に食い込んでいる国場組も選挙になると動きが活発になるのだが、今回はおとなしい印象だ。基地問題に関しては、沖縄だけでなく日本全体の問題だ。“基地を撤去すると中国の脅威に対してどう対抗するのか”と、とくにインターネットやSNSでいわれて、真に受けている若い人もいる。だが中国がもしも本当に日本を攻め落とそうとするなら、日本中に54機ある原発を狙えば基地があろうがなかろうが日本は終わりだ。基地問題がまったく現実味のない論議にすり替えられていくことに危機感を覚える。そして対抗策として必ず出てくる論議が経済・観光推進策で、目の前にニンジンをぶら下げるような甘い誘い文句を選挙戦で展開する。いったいどれほどの県民がそのニンジンにありつけるのかという話だ。いくら金をつぎ込まれても県民までその恩恵は回ってこない」と指摘していた。
那覇市内に住む沖縄戦体験者の婦人は、米軍の艦砲射撃により弟を亡くし、自身も背中半分の肉をえぐられながら一命をとりとめた経験を語り、「辺野古問題には一切触れず、経済問題などを話題にあげているようだが、基地はこれ以上増やしてほしくないというのが私たちの願いだ。“基地の恩恵”というが、それ以上に沖縄の海や山がもたらす恵みは大きい。昔から沖縄の人たちはそうやって生きてきたし、沖縄から“使ってください”といって米軍に明け渡した土地は一つもない。アメリカは戦後自分たちが沖縄の土地がほしいがために侵攻して、ブルドーザーと銃剣で奪いとった。終戦を迎えても沖縄の人たちは米軍に収容され、そこから個個ばらばらの生活を送ってきているため、沖縄戦の実態すらまだ十分に伝えられていない。若い人たちには、まずは自分たちが暮らしているこの沖縄の歴史をしっかり勉強してから沖縄の将来について考えてほしい」と話した。
同じく沖縄戦で鉄血勤皇隊に入隊した経験を持つ男性は、「無謀な戦争を続け、沖縄の土地をアメリカに奪われて基地ができた。基地があるために今に至るまで沖縄の人たちは泣くに泣けない経験をしてきた。沖縄は米軍のための軍事拠点にされ、本来目指すべき姿とはほど遠いと感じる。沖縄は古くからアジアの国国と独自に交流し、中継ぎ貿易の拠点として歴史も文化も栄えてきた経緯がある。沖縄が本来の姿をとり戻すには近隣の国国との平和的な交流の拠点として活躍していかなければならないと思う。今の日本政府のアメリカに対する姿勢は属国そのものだ」と語った。