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『低周波音被害を追って』 著・汐見文隆

 和歌山市内の内科医であった著者は、 低周波音の研究では日本における草分け的存在で、 2016年に92歳で亡くなるまで低周波音被害者の救済にとりくみ、 今もその成果は多くの研究者を導いている。 本書は著者の遺稿として刊行された。

 

 低周波音被害(症候群)は、風や波などの自然界の低周波音では発生しない。 それは低周波音を長時間・長期間連続発生させる機械の進歩により、1960年頃にはじめて疾患として登場した。

 

個人差大きく理解されにくい低周波被害

 

 著者が最初に低周波音被害者を診たのは1974年、 和歌山市内のメリヤス工場の隣家に住む主婦だった。 工場の操業時間が長くなり、 年中無休になるなかで、 主婦は頭痛、 不眠、 肩こり、 胸の圧迫感、 両手のしびれ、 めまいなど自律神経失調症に似た症状に苦しむようになった。 あまりに苦しいとき、 車に乗って市内を走ると30分ほどで楽になるが、 家に帰れば元の木阿弥となる。 市役所に訴え工場が騒音対策をとり、 騒音は基準よりはるかに下がったが、 症状は楽になるどころか逆に悪化し、 むしろ今まで騒音に紛れてわかりにくかった不快感がはっきり姿をあらわしたという。

 

 低周波音被害者の悲劇は、 聞こえない音なのに騒音被害よりはるかに苦しいこと、 同居する夫が何も感じなかったように個人差が大きいこと、 つまり周囲の人に理解されにくいことである。 そして著者は35年間の研究で、 まったく別問題である騒音被害と低周波音被害とを区別すらできない事業者や御用学者の情けない思考能力が浮き彫りになったとし、その方が金もうけに都合がいいからだろうと断じている。

 

 医学界では昔から、 聴覚には気導音と骨導音とがあるとみなしてきた。 人間の頑丈な頭蓋骨は遮音壁の役割を果たし、 耳介という集音器で集めた音を外耳、 中耳というトンネルを経由して内耳に導く。 これが気導音だ。 一方、 頭蓋骨を通して振動が直接内耳に到達するのが骨導音である。 低周波音は耳に聞こえない骨導音として頭蓋骨を貫通する。

 

 ところが低周波音を問題にするとき、 産官学から法曹界まで、 国を挙げて気導音としてしか評価しない。 事実、 国際標準化機構 (ISO) による低周波音の感覚閾値、 環境省による低周波音の参照値、 低周波音に対する感覚と評価に関する基礎研究の 気になる―気にならない曲線 の評価値のいずれもが、 強い右肩下がりの折れ線グラフ (気導音) になっている。 一方、 著者が測定した低周波音被害者のピーク値を記入してみると、 緩い右肩上がりになっており、 低周波音被害が骨導音に属することを教えている (グラフ参照)。 こうして国の評価では、 低周波領域にピークがくる低周波音は 基準値以下で問題ない となる。

 

 この環境省の参照値の根拠となったデータは、 一般成人20人、 低周波音被害者9人に対する実験で得られたものだ。 ところが実験後、 参加した主婦から著者に 実験に使われた低周波音は、 自分が日頃被害を受けている低周波音とは音の質が違う と訴える手紙が届いた。 それは実験に使われたのが日常的に被害を受けている骨導音でなく、 気導音だったことを示唆している。

 

脳の動きに注目なぜ個人差は大きいのか

 

 では、 なぜ個人差が大きいのか。 著者は被害者の脳の働きの変化に注目する。

 

 人が大勢集まる駅やデパート、 パーティ会場などでは、 話し声やさまざまな騒音が飛び交っている。 だがそこでもわれわれはめざす相手の声を聞き分けることができる。 それは、 言語は集中力に優れた左脳 (言語脳) が受け入れ、 騒音、 つまり聞きとりたくない非言語音は集中力の弱い右脳が受け入れるからだ。 結果、 より大きな音である雑音より、 より小さな音である言語の方が脳には大きく受け入れられ、 会話が可能になる。

 

 低周波音被害者になるということは、 機械音・雑音である低周波音を、 本来の右脳から左脳で聴取するように変化したということだ。 聞こえない、 あるいは聞きとりにくい音に対し、 まじめで勤勉な左脳は聞きとろう感じとろうと努力する。 普通は20ヘルツが人間の聴取の限界だが、 低周波音被害者で10ヘルツあたりまで聞きとる人が出てくるのも、 その努力の成果だと考えられる。 そして西洋人が雑音としか聞かない虫の声を日本人が聞き分けるように、 日本人は歴史的文化的に左脳が発達している、 と著者はいう。

 

〇六年から各地で風力発電の住民被害を調査

 

 2006年頃から風力発電による住民被害の訴えを聞くようになった著者は、 愛知県田原市、 愛媛県伊方町、 静岡県東伊豆町などに足を運び、 調査をおこなった。 被害の原因を低周波音と評価するためには、 被害者の症状がきついときにその現場で低周波音を測定し、 症状がまったくない場合の同一場所の低周波音を測定して、 両者の測定値に明確な差があるかどうかを見る必要があるからだ。 その一部始終も本書で詳しく報告している。

 

 伊方町では風力発電の運転開始以降、 動悸、 不眠、 耳鳴り、 両下肢がしびれ首が動かないなどの症状に苦しみ、 両親もあいついで体調が悪化した、 ある住民の所を訪ねた。 症状がきついときに低周波音を計ると、 周波数2ヘルツと3・15ヘルツのところで70デシベル前後のピークを示した。 ピークのない風車停止中のときとは30デシベル近い大差だった。 それでも一番きついときに比べると4分の1ぐらいの強さだという。

 

 住民が町役場に風車を止めるよう訴えると、 3日間だけ夜間停止した。 そして事業者・丸紅の担当者が来訪し、 防音工事をするというが断ると、 そのまま帰ってしまい運転再開となった。 住民は両親とともに大阪に引っ越した。 そのほか同町で 今まで船酔いしたことなど一度もない という漁師が、 風力発電が建ってから家の中でしばしば船酔い状態になるという証言など、 多くの被害状況を報告している。

 

 重要なことは、 風力発電が発する低周波音は、 ヒートポンプなどの低周波音と違って、 ①試運転当初から被害が発生する (潜伏期間がない)、 ②個人差が少ない、 ③日本だけでなく世界的に被害が拡大している、 という特徴を持つ。 それほど巨大な音源なわけだ。

 

 著者の全行動は、 結果 (被害) が出ているのに 原因がわからない といって知らん顔を決め込む理工学系御用学者に義憤を抱き、 結果が出ていればその原因を究明して人を治すという、 医師としての人道的使命に貫かれている。 低周波音被害は、 金もうけのために専門知識の少ない一般住民をウソとごまかしで切り捨てる国家的犯罪だと強調し、 今後の風力発電反対のたたかいがこの国の正義と真実のあり方を教えてくれると結んでいる。 それは全国の良心的学者と住民運動を励ますものだ。 
  (寿郎社発行、 B6判・175ページ、 定価1900円+税

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