開催まであと2年となった東京五輪。これまでも開催費の暴騰、エンブレム盗用疑惑、新国立競技場建設をめぐる混乱など、さまざまな問題が露呈してきた。招致時に叫んだ「復興五輪」のかけ声は、建設業界を中心に、五輪特需で東京への人手と資材の集中を生み、むしろ五輪が被災地の復興を遅らせていることが明らかになっている。広告代理店の博報堂で18年間働いていた著者は、東京五輪に動員される「無償ボランティアの労働搾取」について警鐘を鳴らし、「国―メディア―電通という巨大なトライアングルが国民を謀(たばか)ろうとする企み」であることを世に問うている。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下・組織委)は今年3月、東京五輪実施のために延べ11万人のボランティアが必要だと発表した。その主な内容は「1日8時間、10日以上従事できる人」「本番までにおこなわれる研修に参加できる人」を参加条件とし、組織委から給付するものは制服と食事(1日1食との報道も)のみで、会場までの交通費は自己負担、遠方から参加の場合、宿泊費は自己負担としている。オリンピックという美名のもとに巨大商業イベントである東京五輪のボランティアをすべて無償―タダで「使う」こと―を前提としていることはあまり知られていない。
日本の歴史上、災害ではないイベント対応でボランティアを11万人も集めた例はない。自主的な申し出だけでは足りないため、ターゲットになっているのが学生層で、あの手この手で動員を図ろうとしている。その最たるものが、全国800以上の大学と14年に組織委が結んだ連携協定で、要は学生ボランティア集めに便宜を図れというものだ。翻訳や通訳の要員などで学生ボランティアを募集しているものだが、「街角での道案内ならさておき、五輪の管理運営業務に関わる翻訳や通訳をボランティアでまかなおうとしている」ことに大学関係者からも批判が上がっている。
また2017年9月には五輪選手村に設けられる総合診療所のスタッフ募集メールが話題となった。薬剤師という国家資格保有者に対して10日間以上すべて無償で五輪に協力せよという要請だった。ドーピング検査をはじめ選手たちの健康に重い責任を持たなければならない人材についても無償労働を求めたのだ。
7月24日から酷暑下で開催される危険性
2020年の東京五輪の最大の懸念事項は夏の酷暑だ。五輪は7月24日に開会式がおこなわれ、それに先んじて予選が22日に始まり、8月9日まで続く。その後のパラリンピックは8月25日~9月6日におこなわれる。日本がもっとも暑い7月から8月に開催されるのは、米国3大ネットワーク(ABC、CBS、NBC)の夏枯れ対策のためで、その時点でアスリートファーストでも観客ファーストでもなく、スポンサーファーストの巨大な金儲けイベントであることは明白である。しかも東京五輪は、開催費において夏季五輪史上、最大規模といわれ、50社のスポンサーから4000億円以上(非公表のため推定)の協賛金を集めているといわれる。にもかかわらず、ボランティアをタダで使おうする構図に「搾取のシステム」があることを暴露している。
五輪を仕切っている電通社員の平均給与は1200万円といわれる。さらに組織委の人人が、それぞれの所属先から給与を得て五輪の仕事をしており、そのような高給取りの人人が11万人以上もの国民に「おもてなしをするためにタダで働け」とささやくのが東京五輪であり、「オリンピックの権威を借りて一部の者たちが私腹を肥やし、その手段の一つとしてボランティアを利用しようとしている」実態をより多くの人が知るべきだとのべている。また単純計算で11万人に日給1万円を払えば10日間で110億円の経費となり、すでに集まっている4000億円のスポンサー料を考えれば、不可能な数字ではない。現に16年のリオ五輪では有償ボランティアが存在し、18年2月の平昌五輪では宿泊費や交通費、食事(3食)が支給されていた。そのような前例を踏まえれば、東京五輪のボランティア募集の実態が「ブラックボランティア」といわれる所以でもある。
全国紙はスポンサーに メディアが取り上げない訳
東京五輪は頂点にいる組織委や電通社員を無償で働くボランティアが支える仕組みとなっていることについてメディアが一切伝えないのはなぜか。著者は東京五輪のスポンサーとして全国紙(朝日・毎日・読売・日経はオフィシャルスポンサー、産経はサポーター)がすべて協賛社となっている異様さを指摘している。五輪のような国家的行事と密接に関係したり政府など権力側に利用された場合、批判報道が消される危険性をはらんでいるため、アメリカをはじめ世界各国では厳しく制限されている。ところが日本では権力や社会悪を監視する立場の新聞社が、自ら進んでスポンサーになり、組織委に都合の悪い事実については覆い隠している。東京五輪の場合、組織委下に大手メディアを組み入れ、それだけでは足りずにスポンサーにまでなり、「大政翼賛報道スキーム」が構築されている。この体制下で、五輪無償ボランティアと灼熱下での開催への疑問や批判という「核心的問題」はまったく触れない。
著者は、五輪に対するメディアの提灯持ちは、「原発の安全神話」を喧伝してきた構図とまったく同じだと指摘している。1990年代ごろから2011年3月11日の福島第一原発事故発生まで、大手メディアはほとんど原発の危険性を報道しなかった。全国紙や原発立地県の新聞には原発広告が盛んに掲載され、週刊誌や月刊誌では有名タレントが原発の安全性を喧伝する。ほぼすべてのメディアが、東京電力をはじめとする電力会社や経産省を中心とする官公庁が出す巨額の広告費にむらがり、原発の危険性を追及することを止めていた。
著者は、「かつて原発ムラのカネに屈した大手メディアは、再び自ら進んで今度はJOCと電通の傘下に入り、大本営発表を垂れ流す装置になることを選んだ。この意味するところを、1人でも多くの読者に知ってほしい」とのべるとともに、オリンピックという美名に隠れて、巨大資本が搾取するシステムを、現代の一部大企業や富裕層のために、労働者が低賃金で働かされている搾取の構造と重ねて警鐘を鳴らしている。
(㈱KADOKAWA、221ページ、800円+税)