文在寅支える民主派勢力が圧勝
韓国では13日、全国同時地方選挙と国会議員補選の投開票が実施され、首都ソウルなど17広域自治体の首長選で、文在寅大統領を支える与党「共に民主党」が14カ所を抑えて圧勝した。保守系の最大野党「自由韓国党」はわずか2カ所にとどまり、地方選挙が始まった1995年以来、与党にとっては「史上最大の勝利」、野党にとっては「史上最悪の敗北」の結果となった。投票率は史上2番目に高い60・2%を記録した。文在寅政府の1年を「審判」する選挙となったが、南北対話を足がかりとした米朝和解による朝鮮戦争の終結を後押しする方向へ国民世論は雪崩を打ち、旧植民地体制と南北分断時代の尾を引く保守系の残存勢力を一掃する国民的意志を突きつけるものとなった。
4年に1度の韓国地方選挙は13日、全国17自治体で一斉におこなわれた。前回選挙(2014年)は、ソウルなどの広域自治体首長選で、朴槿恵前大統領の与党「セヌリ党」(のちに自由韓国党)が8カ所、野党の「新政治民主連合」(民主党と新政治連合が統合)が9カ所を獲得していた。基礎自治体の首長選(226選挙区)では、セヌリ党の117に対し、新政治民主連合が80と劣勢であった。国会(一院制・定数300議席)では、「共に民主党」が118議席、「自由韓国党」が113議席と拮抗しており、昨年5月の文在寅政府誕生後、野党保守勢力は与党のスキャンダルを摘発しながら、大統領弾劾に持ち込む動きを強めてきた。
文政府誕生後初となった今回の選挙は、文在寅大統領の与党「共に民主党」が、国内人口の約半分が集中するソウル市、仁川市、京畿道の首都圏3カ所で全勝したほか、全羅道や忠清道、江原道など全17カ所のうち14カ所を抑え、事実上全国の地方自治体を掌握する大勝をおさめた。
とくに保守色が強く激戦区といわれた慶尚南道で、文在寅大統領誕生の立役者で「ポスト文在寅」とも目される金慶洙(キム・ギョンス)前議員が当選したのをはじめ、同じく釜山市、蔚山市でも民主党候補が当選した。これら保守の基盤である地域で革新系が完勝したのは初めてのことであり、地元出身の政治家や地元に地盤を持つ政党に投票する地域主義政治を覆す大きな変化となった。
最大野党の「自由韓国党」の候補が当選したのは、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領と娘の朴槿恵前大統領の出身地である慶尚北道、大邱市の2カ所だけに終わり、事実上、国政政党から地域政党へと転落した。今後は解党に向かうか、他の野党と統合するなど再編をよぎなくされることになった。
ソウル市長選では、昨年5月の大統領選で、米国との協調と「高高度防衛ミサイル(THAAD)配備」を主張して文在寅と争った安哲秀(アン・チョルス)が中道保守系の「正しい未来党」から出馬したものの3位に凋落し、政治生命の危機に追い込まれた。
地方選と同時に実施された国会議員の再・補欠選でも、「共に民主党」は全国12選挙区のうち、候補を擁立しなかった1選挙区を除く11選挙区で圧勝した。選挙によって129議席を固めた民主党は第1党の地位を盤石にし、名実ともに「政権交代」を成し遂げたことになる。
区長など基礎自治体首長選でも、民主党が151カ所を抑えて圧勝し、自由韓国党(53カ所)を大きく上回った。そのうちソウル市の区長選では、25区のうち瑞草区を除く24区で民主党が勝利した。自由韓国党が独占していた大邱市の地方議会も民主党系が多数当選し、歴史的な保守地盤に風穴を開けた。
広域自治体首長選で「共に民主党」の得票率は58・0%で、昨年大統領選挙時の文在寅の得票率(41・1%)を大きく上回った。さらに民主党と共同歩調をとる新興勢力の「正義党」が各地の地方議会選で10%以上(前回3・6%)を獲得して躍進したことも新しい動きとして注目されている。
候補者の顔ぶれだけを見ると、セヌリ党から民主党へ鞍替えして当選した候補者も見られ、単純に二大政党対決として捉えられない側面もあると指摘されている。選挙は旧来の「保守・革新」のイデオロギーをこえて、文在寅政府が進める南北の平和的統一と主権回復をさらに押し進めるのか、旧態依然の民族分断への逆戻りを許すのかという政治的争点を明確にしてたたかわれ、選挙結果はその民意を明確に示した。この国民の統一した意思表示は、「圧勝」した文在寅政府自身をもしびれさせるものとなった。
選挙で示された民意 南北の平和統一を支持
経済では大企業、安全保障では米国との連携を重視してきた保守勢力は、米国強硬派と同じく「北の対話姿勢は圧力の結果」「北の核放棄が体制保障の条件だ」と主張し、南北会談が実現すると「北朝鮮への妥協」「赤化(共産主義)統一だ」と批判してきた。だが南北の平和的統一に向けて国民世論が湧き上がるなかで、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵と2代続いた保守政権を支えた自由韓国党は、選挙戦に入る前から泥沼の様相となった。
同党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)代表は、選挙戦でも「南北首脳会談は偽装平和ショーだ」「次の大統領は金正恩になるかもしれない」「このままでは一党独裁国家であり、政権に審判を下して独走を牽制するべきだ」と刺激的な言葉で批判を強めたが、党内から「逆効果になる」と批判を受け、今月3日からは予定していた遊説を中断。ソウル市長選を含む広域自治体の首長選では、同党の候補者から「マイナス要因にしかならない」「来てくれるな」と遊説を拒絶され、ついには代表自身がフェイスブックで「明日から遊説には出ない」と宣言した。
南北、米朝首脳会談の実現によって文在寅の支持率が80%台(世論調査)に迫るなかで、「今回の選挙は、文在寅と洪準杓の人気対決ではないし、国政における勢力争いではない。この地方の行政を誰に任せるかの地方選だ」とする論調に力を込めたが、流れを変えることはできなかった。14日、洪代表は選挙の惨敗を受けて党代表を辞任した。
多極化する東アジア情勢と国民世論の変化が捉えられず、ひたすら大企業優遇、親米路線を主張することで立身出世が担保されると信じ込む旧態依然の体質が、保守の自滅路線に拍車をかけ、結果的に「与党への審判」ではなく「野党に審判を下す」選挙になったとの指摘もある。
100万人キャンドルデモ 主権回復と平和求める
韓国では、朴槿恵前大統領が懲役24年の実刑判決を受けた後、その陰に隠れて逃げ回っていた李明博元大統領も約11億円の贈収賄疑惑で起訴されている。2人の大統領を牢獄行きにした国家私物化事件は、「太陽政策」で始まった南北交流を断絶し、再び強硬圧力路線に回帰する対北政策の転換を含め、民族分断と旧植民地時代へと引き戻す動きとして国民の批判を集め、国内では70年代の民主化運動以来となる100万人規模のキャンドルデモが連日のようにくり広げられた。
底流にあるのは、70年におよぶ南北分断と朝鮮戦争を起源とする停戦体制のもとで続いてきた軍事独裁、国民の思想・言論統制、米韓同盟優先による南北危機、主権の蹂躙(じゅうりん)を経験してきた韓国国民の歴史的な意識の変化にほかならない。その意識は、35年間続いた日本の植民地体制をそのまま引き継いだ米軍統治を基盤とする戦後政治からの脱却であり、その力が主権回復と平和構築、南北統一と恒久的な平和体制をみずからの手で実現することを公約にした文在寅を国のリーダーに押し上げた。
軍事独裁に抗し、民族の独立と主権回復を求めて歴史的にたたかわれてきた民主化運動の成果も、あいつぐクーデターや政治家の裏切りによって摘みとられ、そのたびに国民は幾度も辛酸を味わった。いかなる民主化運動の闘士であっても、政権の座に着いた途端に保守派と妥協してきたことへの警戒感も強く、文在寅は就任当初から「積弊清算」(積もり積もった悪弊を清算する)を政治課題に掲げ、腐敗政治の刷新をアピールし続けた。国民のなかでは「植民地時代の亡霊」を一掃することが国の再建にとって第一義的なものと捉えられており、今回の地方選は大統領選の追撃戦の様相を帯びた。
地方選の前日、文在寅大統領は、シンガポールでの米朝首脳会談の成功を「地球上の最後の冷戦を解体する世界史的事件として記録されるものであり、米国と南北が共に手にした偉大な勝利であり、平和を念願する世界の人人の進歩だ」と称賛した。さらに「歴史は行動し挑戦するものの記録だ」と強調し、「この合意を土台に、私たちは新しい道を歩んで行くだろう。戦争と葛藤の暗い時間を後にし、平和と協力の新しい歴史を描いていくし、その道を北朝鮮とともに歩む」「これからも多くの困難があるだろうが、2度と後戻りすることはないし、この大胆な道のりを絶対に放棄しない」と決意をのべたが、国民の総意をくみとった発言であったことを選挙結果は示した。
通貨危機からIMF管理下に置かれた韓国では、国内企業の倒産があいつぎ、文在寅政府になっても若者の失業率が「4人に1人」という深刻な経済不況を解決できないうえに、さらにトランプからは米韓FTA(自由貿易協定)の再交渉を求められ、さらなる市場開放を求められている。南北経済交流の再開は、韓国の国内企業にとっても経済復興の好機として期待を集めており、文在寅政府は同一民族の優位性を維持しつつ、米国の圧力と対峙することになる。
韓国における全国地方選の結果は、南北和解に導いた国民世論の力を改めて内外に示すとともに、植民地時代から朝鮮戦争の停戦体制に引き継がれた旧時代の遺物を政治の世界から退場させる歴史的な一幕となった。この動きは、東アジアの変化を促進する地殻変動として、くたびれた「戦後レジューム」がはびこる日本の政治刷新にも大きな影響を与えることは疑いない。