地裁下関支部の判決にどよめく世論
下関市安岡沖の洋上風力発電建設をめぐって、事業者の前田建設工業(東京)が風力発電建設に反対する会の4人の住民に多額の損害賠償を請求した訴訟の一審判決が、17日、山口地裁下関支部で下された。泉薫裁判長は前田建設工業の主張をほぼ認め、4人に測定機器の修理費524万7336円の支払いを命じた。住民たちがこの5年間、どのような思いで風力反対の訴えを続けてきたのかを汲みとることなく、また機器損壊のまともな立証もないまま、大企業の主張をそのまま受け入れた判決内容に、安岡地区のみならず全市的に疑問や怒りの声が巻き起こっている。この新しい局面でどのように運動を切り開いていくか、記者座談会を持って論議した。
A 裁判での前田建設工業の主張は、反対する会元会長の有光哲也氏ら4人が共謀し、住民を扇動して環境アセスを妨害し測定機器を壊したというもので、住民4人に1134万4701円の損害賠償を請求した。その金額は、機械の修理費だけでなく、調査準備費や従業員派遣費なども含めていた。
これに対して住民側は、4人のうちすべての測定機器設置地点に行った者も、すべての機器に触れた者もおらず、数十人の住民による自発的な抗議行動であったと主張。前田側が前岡製綱駐車場で測定機器のダミーを用意し、住民の抗議を誘い訴訟を起こして反対運動を封じ込めようとしたこともあばき、前田側の環境調査は環境アセス法の趣旨や下関市議会決議を無視したもので、4人の行動は住民の正当な抗議活動であると主張した。
17日の判決は、主に前田建設工業が忍ばせていたボイスレコーダーの音声データを根拠に、4人は現場で測定機器が収納された箱を撤去・運搬することについて共謀していた、だから10カ所での共同行動と認められるとし、誰がどうやって壊したかの立証はないまま、「実際に測定機器に触れたかどうかは明らかでない」という住民側の主張を退けた。
また、精密機器をとり扱うさい強い衝撃や振動を与えたり、横倒しにすれば壊れる可能性が高いことは、常識的に考えれば容易に想像できるという一般論で、「壊れないように丁寧に運んで返却した」という住民側の主張を退けた。
さらに判決は、アセス法は調査をおこなうに当たって住民の同意を求めておらず、下関市議会決議も調査における住民同意を求めていないうえに、調査は住民の不安を解消するためのものであるから、住民の行動は社会通念上認められる範囲を逸脱した抗議行動であるとした。注目された風力発電の健康被害については、それが運転によって生じるかどうかは問題にせず、「調査がおこなわれることによって住民が懸念する健康被害がただちに生じる可能性はない」と問題をそらした。
判決はその後、安岡地区の住民に伝わったが、これを聞いて素直に納得する者はいない。「なぜ機械を壊した証拠もないのに500万円も払わなければならないのか。修理代だけで本当に500万円もかかるのか」「だいたい4人だけがやったのではない。あの日は数十人の住民が一緒に機械を運んで返しにいった。あの場にいた者はみんな知っている」と口口に語っている。「判決は前田側の主張をなぞっただけで、住民に目が向いていない」という人もいた。裁判所が住民の主張を認めてくれると期待していた人も多かったようで、当初はガックリくる人もいたが、日がたつにつれて不当判決だと怒りが沸き上がっている。「前田建設は住民のあきらめを狙っているだろうが、そうはいかない」「下関市民のなかにもっと広げたい」と話されている。
B 各地で風力発電の問題点を講演している三重県の医師・武田恵世氏は「事業者は住民が機械を横倒しにしたためにバッテリー液が漏れて機械が壊れたといっているようだが、普通バッテリー液はそんなに簡単に漏れない。裁判所にその機械を持ってきて、漏れるかどうかその場で検証することが必要だ。機械を保存していなければ企業側の問題になる。裁判所は何をやっているのか」とのべている。同じ事件で刑事裁判にもなっているが、検察は機器損壊については証拠不十分で立件せず、1カ所だけ「威力業務妨害」で立件していることから見ても、今回の判決は不可解というほかない。誰が壊したのか、どのような物理的構造で壊れたのかもわからないまま、社会通念を逸脱した行動であるから500万円支払えというのはむちゃくちゃな話だ。
C 風力発電事業者が住民を訴えた全国初の裁判であり、全国的な注目度も高い。紙面を読んで、驚いて本社に電話してきた人もいた。びっくりするような判決だからだ。
D 市内各所でも判決に話題しきりだ。ある学校の職員室では「誰が見ても安岡の人たちは地域のために頑張っているとわかっているのに、あんな判決が出たことにびっくりした」「4人だけの責任にすることは安岡の人が認めないだろう。4人が安岡のためにやっているのは、みんなが認めていることだ」「もし自分だったら訴えられた時点であきらめていたかもしれないが、それが企業の狙いなんだろう。あきらめずに頑張ってほしい」と大注目だった。
安岡・綾羅木地区の住民のなかでは、4人が人柱のように前面に立たされて、それでも頑張ってきたことにみんなが感謝している。「私らは日頃から任せっきりで申し訳ない」と口にする人もいる。自分のためではなく、みんなの暮らしのために身体を張ってきたし、本来風力の話さえ持ち上がらなければ警察に家宅捜索されることも、訴えられることもなかった。これまで通り穏やかな暮らしをさせてほしいと願っているだけなのに、どうして犯罪者のように扱われ、弁護士費用も含めて1000万円近い代償を負わなければならないのかと論議になっている。低周波は風力発電が建ってからまき散らされるものだが、建つ前から迷惑をまき散らしているではないかと。洋上風力が持ち上がったばっかりにみんなが難儀な思いをしている。漁師たちも同じだ。
A 前田建設工業のこの環境調査は、2014年9月14日におこなわれた。この年の4月には安岡新町自治会が前田側に環境調査拒否を通知していたし、7月には安岡連合自治会が風力反対決議を採択していた。3月には下関市議会も住民の反対請願を全会一致で採択した。環境調査はその前月の8月にもやられたが、そのときも数十人の住民が夜中まで抗議して11カ所の測定機器をすべて前田の社員に撤去させていた。
そして9月14日当日になるが、前田建設がいうような「4人だけがやった」というものでないことははっきりしている。直後の20日には、今も毎月国道沿いで街頭活動を続けている横野町反対の会の設立総会がおこなわれており、その日も夜遅くまで役員が準備に走り回っていた。そして23日がJR下関駅前でのはじめての1000人デモ行進だ。さらに24日には、山口県漁協下関ひびき支店の漁師たちが、組合員の9割以上の署名捺印をもってはじめて下関市長に反対の陳情に行った。9月14日というのは、その1年前に数人で始めた運動が全市的な大運動になろうとしていた前夜に当たる。日暮れ時に前田の社員がこっそり測定機器を設置したことが人から人に伝わり、自然発生的に数十人が集まって、初対面同士が多かったにもかかわらず、「機械を壊さないよう丁寧に扱って、前田の宿舎に返しに行こう」と声をかけあっての行動となった。それはその場にいた人たちならみんなが知っていることだ。踏んだり蹴ったりしたわけでもないし、どうやって機器が壊れたのか疑問だ。そして、全10カ所の機器にはボイスレコーダーが仕掛けられていた。
E 控訴審を争うだろうし、まだ判決が確定したわけではないが、この局面でどう運動を展開していくのかが注目されている。前面に立っている4人を地域住民みんなの力で支えなければならないし、孤立させてはならない。彼らやその家族は一銭の得にもならないことでありながら、みんなのために頑張ってきた。家宅捜索など驚くような目にもあいながら、犠牲を払ってやってきた。従って、その金銭的な代償も含めてみんなの力で乗りこえなければ、運動は空中分解してしまう。弁護士費用にせよ、賠償金にせよ、決して楽な話ではない。しかし、苦しいからこそ真価が問われている。「負けられないたたかい」ならなおさらだ。
B 当初、住民は「風力発電はクリーンエネルギーでいいことだ」と思っていたが、風力が建っている豊北町で住民が苦しんでいることが伝わり、風力の低周波音が住民に吐き気やめまい、不眠などをもたらし、転居する以外解決策がないこと、ところが科学的な解明をしないまま企業や国が推進し、住民をモルモットにしようとしていることを勉強して知って、これはいけないと次次と立ち上がっていった。安岡の場合、医療関係者が啓蒙していったことも大きかった。私利私欲で反対運動をやっている者など一人もいない。「自分はもう歳だから、調子が悪くなっても我慢する。でも子どもや孫が苦しむことを考えると、黙っていられないのだ」といっている。地域のため、次の世代のためというのがみんなの共通する思いだ。そうして集め始めた反対署名は10万筆をこえた。26万人の人口に対して10万人の署名というのは、いかに重みを持っているかだ。「住民4人に500万円求める判決」は方方で話題になってどよめいているが、それくらいみんなが注目しているということだ。
英知集め兵糧攻め跳ね返す工夫を
B 一審で不当判決が出たからといってそれで終わりではない。辺野古でも祝島でもそうだが、長年国策と対峙してきたところでは「あきらめたら負け」「屈服しない限りは負けではない」が定説だ。泣いたり悲しんだりして現実が変わるのならいくらでも泣いてやるけれども、一つ一つの結果だけに一喜一憂したり、幻滅していても仕方がない。ならば、どうするのかを前向きに捉えて、その先を展望する方が発展的だ。具体的には、現在もっとも難儀している問題は弁護士費用や損害賠償(確定ではない)をどう跳ね返していくかだが、この方策についてみんなの英知を集めて解決することが求められている。
E 反対する会は控訴することを決めたようだ。そうすると裁判費用もかさむ。これまでもカンパを募ってきたが、やはり住民のたたかいが長期にわたると金の問題がネックになる。下手をすると仲間割れの原因にもなってしまう。ここをうまく乗り切って、災い転じて福となすような賢い知恵はないものかだ。
C 祝島のケースを見てみると、原発問題という注目度もあって、35年来の支持者に呼びかけるなどして全国から多額のカンパが寄せられる仕組みがある。漁協の赤字を理由に組合員が毎年のように負担を迫られ、兵糧攻めみたいな目にあっていると本紙も紙面で暴露してきたが、島民の会が全国にカンパを呼びかけたところ、短期日に2000万円以上が寄せられたこともあった。島民だけではとても跳ね返せないが、全県や全国にガッチリと支えられている。そして、弁護士は手弁当で弁護を請け負っている。全国的にはそのような志を持って住民訴訟の援助に乗り出す弁護士もいる。
D まず第一に、安岡や綾羅木をはじめ、洋上風力に反対してきた住民たちに状況を知らせることが必要だろう。金銭的には兵糧攻めのような目にあってピンチなんだと広く喚起することが重要ではないか。そのようにして志を丹念に束ねていくなら、「知ったことか」といってあしらう住民は少ないと思う。資金を出す余裕がある人間は資金を出し、知恵を出せる人間は知恵を出し、みんなで支えあって乗り切ろうと呼びかけてみたらどうだろうか。まだ、住民全体に周知されているかというと、そうでもないように思う。そして、裁判報道を見て「なにか協力できることはないか」と思っている人もずいぶんいる。
A ある漁師の奥さんがいっていた。安岡地区まちづくり協議会が最近、JR安岡駅前を歩行者天国にして20店の商店を出店させる「安岡マルシェ」をやったところ、幼い子ども連れを中心に一日で約1500人が来場。無料のぜんざいや綿菓子も振る舞われ、子持ちイカや野菜、パンなど完売となる売り場が続出したという。
E カンパを寄せてもらうのがもっとも助かるかもしれないが、同時にそのような地域コミュニティーを強められるようなイベントも開いてみて、みんながワイワイ楽しみながら運動資金捻出のためのバザーであったりをしてみるのも手ではないか。十数年前の有料ゴミ袋値下げ運動の時は、主婦たちが不要品バザーをして活動資金を捻出していた。友人知人や支持者に呼びかけて、家庭で必要なくなった不要品や埋もれた品物を提供してもらい、安い値段をつけてフリーマーケットなどで販売していた。原価ゼロなのだから、必要なのは労力だけだ。
B あるいは漁師がとってきたサザエやウニ、アワビ、魚を販売したり、サザエ飯などの漁師飯を炊き出しして販売するのも喜ばれると思う。農業者がネギなど野菜を持ち寄ったり、それらで汁物をつくったり、みんなで地元の食材を味わいながら、同時に闘争資金を捻出するような仕組みなどどうだろうか。コンテンツは豊富な方がおもしろみが増す。一種の裁判費用捻出フェスタ・祭りで、その趣旨も正面から訴えたらいい。「頑張れよ!」「ありがとね!」のやりとりがあるだけで気持ちも随分違ってくるはずだ。連帯が広がる。そこに足を運ぶ人人は風力には関心がない人もいるかもしれない。しかし、ブースをつくってパネル展示するなどして、運動の趣旨や5年の歩みを理解してもらい、1人でも多く仲間を広げていくとかもありではないか。みんなの接点を作り出す場にもなる。
唐戸市場の土日の寿司でも、十数円のシャリに魚をのっけてうまい商売をしている。1日で40~50万円の売上などざらだという。人が集まるような工夫や努力、宣伝をして賑わえば、なにかしらの打開策や可能性が出てこないだろうか。一挙に500万円を集めなければ死んでしまうというような状況ではないし、だからといって天から降ってくるものでもない。地道に、しかし確実に積み重ねていくような枠組みをみんなで練ったら、もっと豊かな方策や知恵が出てくるのではないか。何万人と暮らしているのだから、必ずうまい頓知が出てくるはずだ。
D みんなの力で乗りこえることで、地域コミュニティーも強まるし、そんな苦労は必ず安岡地域にとって将来の財産になるはずだ。他の地域がうらやむような結束力や団結力となって跳ね返ってくると思う。若者がなにかしら芸事を披露したいのならステージをつくるもよし、若年世代も面白がって加わってくるかもしれない。大人たちがどうしてこんなに必死になっているのか、安岡の未来を担う彼らにも考える機会を与えるかもしれない。そして、みんなのために身体を張ることの尊さを感じてもらいたい。安岡・綾羅木地域に限らず、市内各地から「面白そうだ」とやってくる可能性もある。ピンチで個個バラバラに分断されたまま嘆くよりも、より知恵を絞って、楽天的に乗り切っていくことに展望がある。
B 反対する会は、これまで署名を集めたり、デモ行進をやったり、健康被害の学習会をやったりしてみんなの意識を高めてきた。それでここまで運動が大きくなってきたが、さらに全市的に広げるためには、誰もが注目するような魅力的な企画も必要だと思う。国策で押し込められたとき、苦しい顔をしていると相手は「効いてる! 効いてる!」と大喜びする。よりパワフルに住民の力を結集する以外に打開の方策はないし、まさに真価が問われている。