防衛省統合幕僚監部の30代の幹部自衛官が、議員会館近くで民進党の国会議員に向かって「オマエは国民の敵だ」とくり返し罵声を浴びせたことが問題になっている。自衛隊のイラク派遣をめぐる日報隠蔽問題が国会で追及され、シビリアンコントロール(文民統制)が機能していないことを問題視されている真っ最中に、逆効果になることをわかっているのか、わかっていないのか、感情を堪えきれぬ軍人が怒りに駆られ、立法府を構成している政治家を恫喝するという前代未聞の挙に及んだ。シビリアンコントロールどころか、軍人が大きい声を出して国会議員を威圧していく社会に逆戻りしているというのである。「統合幕僚監部の幹部自衛官」はエリートに分類される。同じような空気が自衛隊の中枢である統合幕僚監部であったり組織のなかで共有されているのだとすると、問題は深刻である。仮に安倍自民党を守るために軍隊及び軍人が動き出したということになれば、それは名実ともに議会制民主主義の終わりということになる。政治に軍隊が介入することを防ぎ、民主政治を実行していくという近代国家の原則を投げ捨て、軍事独裁政権か何かの類いに転落していくことを意味する。改憲論議も吹っ飛ぶような実力行使である。これは罵声を浴びせられた小西某の好き嫌いであるとかの範疇を超えた問題だ。
かつて2・26事件や5・15事件を契機に軍隊が前面に躍り出て、いっきに軍国主義へと傾斜していった教訓を忘れてはならない。その結末は、100万の軍隊を投入した中国において、泥沼の戦闘で釘付けになった挙げ句、出口戦略を求めて無謀なる太平洋戦争に突っ込み、最後は全国の都市という都市が空襲で焼き払われ、沖縄では20万人を超える県民が殺戮され、広島、長崎には原爆を投下され、国民に塗炭の苦しみを味わわせて幕を閉じた。南方にかり出された兵士たちは戦闘ではなく飢えによって大半が餓死し、負けるとわかっていた戦争を長引かせたために320万人の邦人の生命が失われたのである。「勝った、勝った」と大本営は大嘘を垂れ流して国民を欺き、まさに教育勅語が謳う天皇の軍隊には物言えぬ抑圧のなかで、民主主義を圧殺してくり広げた戦争犯罪だった。この絶対主義天皇制の支配階級が引き起こした戦争犯罪は、侵略したアジア各国に対しても、日本の民衆にたいしても償われなければならないものだ。
あの戦争でアメリカに敗北する道を選択して国体護持と引き替えに単独占領に応じ、武装解除にも全面的に協力したのが戦争指導者どもだった。従って、戦後は統治機構は実質的に解体されることなくそのまま継承され、占領統治に協力する者は支配的地位を守られて今日に至っている。自民党の大物世襲議員なるもののルーツは、それら戦後日本社会を売り飛ばした売国奴どもにほかならない。それが73年が経過したいまも、アメリカに揉み手をしながら、同時に右傾化勢力のような欺瞞的振る舞いをして、しかし浅薄なものだから「国家の底が抜けた」状態を丸出しにして生き恥をさらしている。
幹部自衛官の恫喝事件は、軍隊による政治介入や国家運営への介入を是とするのか否かを巡る曖昧にできない問題である。 武蔵坊五郎