ミサイルよりも現実的な脅威に
佐賀県神埼市千代田町嘉納の民家に5日午後4時43分、陸上自衛隊目達原(めたばる)駐屯地所属のAH64D戦闘ヘリコプターが墜落し炎上した。同機に乗っていた2人の乗員のうち、副操縦士の男性(26)が死亡しているのが見つかり、もう1人の機長(43)は行方不明となっていたが、6日午前8時過ぎに燃えた機体の真下から遺体の一部が見つかった。事故現場は目達原駐屯地から6㌔離れた農地のなかにある住宅密集地で、ヘリは上空からほぼ垂直に落下し民家を直撃した。当時民家には10歳の少女が1人でいたが、墜落直後に逃げ出したために命は助かった。住民を直接巻き込んだ前代未聞の大事故に現場一帯は騒然となった。
陸自の発表では、ヘリは飛行50時間ごとの定期点検を終えたばかりで、5日午後4時36分に同駐屯地の管制官から許可を得て離陸し、2分後の38分に「駐屯地の管制空域を出る」という交信をしたが、そのさいには異常はなかった。しかし5分後の43分ごろ、管制官が南西に約6㌔離れた神埼市千代田町嘉納の住宅地上空で機首から落下していくヘリを目視で確認し、無線で呼びかけたが応答はなく、そのまま墜落したという。
6日になって小野寺五典防衛相は、ヘリは4枚の羽根をつなぐメインローター(主回転翼)のヘッドを交換した後に点検飛行していたと明らかにした。同駐屯地を離陸して7分後に何らかのトラブルが発生し、上空でメインローターが機体から分離して落下したと見られることが複数の目撃証言などから判明している。付近の農地や道路には機体の残骸が転転と散乱しているほか、500㍍離れた用水路にまで主回転翼と見られる部品も落下していた。多くの住民が上空で爆発音のような音を聞いており、爆発などで機体を激しく損傷し、そのまま落下したことをうかがわせている。
現場には事故直後から自衛隊や警察が大勢やってきて現場をテープで封鎖し、事故の調査や遺体の捜索などにあたっていたが、燃焼の激しい民家の奥側や焼けたヘリの機体などは報道関係者も見ることができないようになっていた。
一夜明けた6日にも大勢の自衛隊車両や警察車両が路肩に並び、自衛隊員が農地の中や住宅の敷地内で部品の捜索活動をおこない、住民のもとには自衛隊幹部や警察官が聞き込み調査をおこなっており、物物しい雰囲気に包まれていた。その周囲には一連の動向を見守る住民に加え、友人や親戚を心配して遠方からかけつけた人人も見られた。さらに外に出られない住民のために地元消防団員が物資を届ける姿もあった。
声震わせ恐怖語る住民
住民のなかでは、事故への驚きと当時の自身の経験が口口に語られている。この地域の上空では普段から自衛隊機が編隊を組んで飛んでいるという。
事故現場から100㍍ほど離れた場所に住む男性は「この地域の上空では、昔から自衛隊機の訓練がおこなわれている。近頃は編隊飛行で上空を行き来する様子を頻繁に目にするようになり、北朝鮮のミサイル問題が話題になっていた時期も重なっていたため“やっぱり自衛隊が出て行くのだろうか”と近所の人とも話をしていた。夜遅くまで上空を飛んでいることもある。住民はみなヘリの爆音くらいには慣れているが、今回のように墜落事故が起きるとは、まったく考えもしなかった。今回は偶然あのお宅に墜落したが、他人事とは思えない」と話していた。
事故当時、現場から数百㍍の自宅にいた80代の女性は、「自宅にいたところ、バリバリとものすごい音がしたので、雷でも落ちたのかと思っていた。すると隣の奥さんが駆けてきて“ヘリが落ちた”といったのでまさかと思ったら本当に落ちていた。あっちこっちから消防車や救急車が来ており、消火活動にあたっていた。まさかこの地域でこんなに大きな事故が起きるとは思っていなかった。普段からヘリコプターが上空を飛んでいる。朝や晩もしょっちゅうで、どこかに飛んで行って帰ってきているようだった。具合が悪くて寝ているときに何機も飛んでいるのがわかるほどなので嫌だなと思っていた。このような事故が起きて驚いている」と語った。
付近には小学校やこども園もあったことから、保育関係者や教育関係者からも驚きと恐怖が語られていた。こども園関係者の女性は「シャッターを開けていたら大きな音がして、なにかと思ったらすぐ近くで火の手が上がった。一旦帰った保育園の先生も“園のあたりが燃えている!”と慌てて戻ってきた。園にはまだ残っている子どもたちがたくさんおり、怖がって泣いている子もいた。慌てて迎えに来た保護者もたくさんの救急車や消防車で身動きがとれなかったり大変だった。この上空ではヘリコプターが頻繁に飛んでいたので、飛行そのものは珍しいことではなかった。ただただ驚いている」と語った。
別の女性は、「このような事故が起きるなど夢にも思わなかった。外に出ていたときに“嘉納にヘリが墜落した”と聞いて、自宅がどうなっているだろうかと不安に駆られとんで帰ってきた。近所のお宅から黒煙がもくもくと上がって激しく燃えていた」と様子を語り、「この上空では、小学校や幼稚園があるにもかかわらず普段から目達原から自衛隊のヘリコプターが上空を通過していく。3、4機の編隊を組んで飛んでいることも多く、ものすごい音になる。今思うとよくこれまで事故が起きなかったと思う。乗っていた自衛隊の方が亡くなったことには心が傷むが、このような事故を二度と起こさないでほしい。墜落したお宅の子どもさんも泣きながら逃げたといっていた。本当に怖かっただろう。こんなことが二度とあってはいけない」と声を震わせた。
心配して近隣地域から来ていた男性は、「昔、玉名で米軍機が2機墜落事故を起こしたことがあり、そのときに見た悲惨な光景を思い出した。大牟田でも最近、自衛隊機と思われるヘリが頻繁に飛ぶようになっており、闇夜に紛れてオスプレイでも飛んでいるのではないかと思うほどだ。世界各地に戦争をしかけているのがアメリカだが、そのアメリカと一緒になって自衛隊も軍備を強化し戦争準備をしている。単なる自衛隊ヘリの事故ではなく、戦闘用だ。事故もそういう視点で見ないといけないのではないか」と語っていた。
佐賀空港へのオスプレイ配備動くなかで
今回の墜落事故は、現在防衛省が自衛隊オスプレイ17機を佐賀空港に配備する計画を打ち出している川副町でも話題となっている。オスプレイ配備計画は、2014年に浮上したもので、佐賀空港の西側用地33㌶を買収して、陸上自衛隊のオスプレイ輸送部隊17機を常駐させ、このたび墜落したヘリの所属する陸自目達原駐屯地の対戦車攻撃ヘリコプター50機を移転配備し、沖縄普天間基地に常駐する米軍のオスプレイ部隊の訓練基地としても使用するというものだ。墜落したAH64D戦闘ヘリも佐賀空港へ移設計画中の50機の中に含まれている。
現在この計画に対して、配備予定先となっている空港西側用地を所有する佐賀県有明海漁協をはじめとした地元漁業者らや地域住民のあいだで、反対運動が強まっている。配備計画に反対する地域住民の会の関係者は、「最近になって、目達原の自衛隊ヘリが編隊で筑後川の上方から有明海へ抜け、音が聞こえなくなったと思ったらまた引き返して筑後川沿いに帰って行くルートを飛行するようになっていた。このコースは防衛省が示しているオスプレイの訓練飛行のルートと似ており、“デモンストレーションをやっているのだろう”という気がしていた。オスプレイ17機に加え、目達原からヘリを50機も佐賀空港に配備し、訓練もおこなうようになればどうなるか、今回の事故で考えさせられたと思う。対朝鮮問題も絡んだ政策であり、これとセットでついてくるのが米軍だと思っている。夜の騒音がどうこうという問題ではなく、佐賀空港を一大軍事拠点にする計画だ。沖縄で近頃頻繁に事故が起こっているが、とうとう佐賀でも沖縄と同じ問題がやってきたかというのが実感だ。オスプレイも戦闘ヘリも配備すれば事故のリスクは高まるばかりだ。周辺にも幼稚園や小学校がある。日本一の海苔の漁場である海もある。こういう問題は、一般庶民に真っ先に降りかかってくる。一旦配備を許してしまえば、国はなりふり構わず攻勢に出てくる。われわれは日本一の海苔の漁場を守る。軍事拠点にさせないという意志でやっているが、これまで関心のなかった人のなかでも今回の事故で他人事でないと気づく人も出てくるのではないか」と話していた。