安倍政府が今臨時国会で環太平洋経済連携協定(TPP)批准を強行しようとしている。しかし世界的に見ると、TPPのヨーロッパ版ともいえる環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)が欧州各国の反発によって決裂状態に追い込まれ、さらに本家本元のアメリカ国内ですら多国籍企業や金融資本の横暴なる搾取に批判世論が高まり、11月8日に控える大統領選挙で民主、共和両党の候補者がいずれも「TPP反対」を掲げざるをえなくなっている。TPPの参加12カ国のなかではアメリカ大統領選の動向を静観して、年内の承認には慎重な姿勢を見せているところが少なくない。軍事力を裏付けにしたアメリカの世界覇権が崩れつつあるなかで、中東情勢の変化やフィリピンのドゥテルテ(大統領)に代表されるようなアメリカ離れが顕在化し、世界的にパワーバランスが流動化している。このなかで、安倍政府だけが終わりゆくオバマ政府に追従して「TPP早期承認」で奔走しており、どこまでも対米隷属で尽くす異常さを際立たせている。
米国でもTPP反対世論が圧倒 多国籍企業の直接支配と対決
ヨーロッパ各国ではこの間、TTIP反対の大規模な行動が起こっていた。9月17日にはドイツの首都ベルリン、ハンブルク市、ケルン市、シュツットガルト市、ミュンヘン市の主要七都市でアメリカと欧州連合(EU)が締結を目指しているTTIPの締結に反対し、「多国籍企業の利潤よりも人民生活の向上を第一にせよ」と書いたプラカードを掲げて抗議デモがおこなわれ、30万人以上が参加した。首都ベルリンでは、七万人以上がデモに参加した。
とりわけ、世界の遺伝子組み換え食料を牛耳っているモンサント社が、9月14日にドイツのバイエル社と合併したこともあり、ドイツ国民の反対の声はさらに盛り上がっている。バイエル社はナチスの中核企業であり、遺伝子組み換え食料支配の根幹企業であるモンサントを買収したことで、一握りの多国籍企業が人人の健康や生命を犠牲にしてでも利潤を追求することに怒りが高まっている。
デモ行進では「TTIPが締結されれば、各国の国内法を超越する権限がアメリカ多国籍企業に与えられる。アメリカよりも厳しいEUの労働者保護規定や食品衛生規則、環境保護基準が改悪される。規制緩和によりアメリカ産遺伝子組み換え作物が流入し、労働条件の悪化と環境基準の低下がもたらされ、医療や福祉、教育など公共サービスの民営化に道を開く」と訴えた。
同日には、オーストリアの首都ウィーンやザルツブルク市、スウェーデンの首都ストックホルムやイエーテボリ市でもTTIP反対の抗議デモがとりくまれた。
ヨーロッパでは昨年4月18日の「自由貿易に反対する国際行動の日」に統一行動が各国でおこなわれた。EU本部があるベルギーの首都ブリュッセルをはじめ、ドイツ、スペイン、イギリス、フィンランド、ポーランド、チェコ、オーストリアなど各国でTTIPの締結に反対し、集会やデモをおこなった。ドイツでは、ベルリン、ミュンヘン、ハンブルク、ライプチヒ、シュツットガルト、フランクフルトの各市など230カ所で労働者、勤労人民がTTIPの締結に反対し、集会やデモをおこなった。
デモ参加者は「貪欲な多国籍企業が彼らの営利活動の妨げとなるとみなした各国の規則や法律をとり除くために訴訟を起こすことを可能にする。TTIPによって各国の国内法をしのぐ権限が多国籍企業に与えられるため、民主的に選ばれた各国政府によって定められた労働安全衛生基準や環境保護基準が多国籍企業によってふみにじられる」と訴えた。
首都ベルリンでは、デモ参加者4000人がポツダム広場からアメリカ大使館、ブランデンブルク門、EU事務所までの街路に人間の鎖をつくって抗議した。最大のデモがおこなわれたミュンヘンでは、労働者、農民、青年、婦人など2万3000人が結集し、「多国籍企業の利益を守り国民に犠牲を強いるためのTTIPを阻止しよう」と書いたプラカードを掲げてデモ行進した。デモ参加者は「アメリカの世界支配の道具であるTTIPを断じて受け入れるわけにいかない」と訴えた。
オーストリアのウィーンでは、国会に押しかけた労働者など1万5000人が「TTIPへの参加を中止せよ」「大企業の利潤よりも人民生活と環境の改善を第一にせよ」「TTIPは人民の健康や民主主義を危険にさらす」というスローガンを叫んで、抗議行動をおこなった。
スペインでは、マドリードで2万人、バルセロナ市で4000人が抗議行動に参加した。デモ参加者は「ヨーロッパの人民の長年のたたかいによって勝ちとられた基本的権利がはく奪され、各国の政府や国民に対する多国籍企業の法的権限が強化される。またTTIPが締結された場合労働条件の悪化と環境基準の低下をもたらし、医療や福祉や教育など公共サービスの民営化ならびに規制緩和された遺伝子組み換え作物の流入を招く」と主張した。
チェコのプラハでは各界各層の400人がデモ行進した。デモ参加者は「本当の狙いは米欧間の関税を引き下げ、規制障壁をとりはらうことにより、アメリカ多国籍企業にとって有利な市場を創出するためだ。TTIPの締結によって、消費者や環境を守るための規制措置、医薬品や食品の品質基準、教育や年金や医療などの公共サービス、および労働者の保護措置が脅かされる」と訴えた。
TTIPの本質 各国の独立奪う大企業
アメリカとEUとの間の自由貿易協定の動きは2011年11月から始まり、TTIPという形で交渉を開始したのが2013年6月だ。アメリカの構想は、TTIPを28カ国を有するEUとの間で結ぶことによって世界最大級の自由貿易圏をつくり、これを「国際基準」にして、環太平洋で進めているTPPの締結を促進するとともに、全世界にこの貿易・投資ルールを押しつけるというものだった。ところが、肝心のTTIP交渉がヨーロッパ各国での強烈な反対運動に直面し、締結のメドが立っていない。
現在、アメリカの農産物は人人の健康や生命にとって危険性が高いということで欧州市場から締め出されている。アメリカで生産されている遺伝子組み換えの大豆、トウモロコシ、成長ホルモンを利用した牛肉、塩素消毒水で処理された鶏肉、ラクトパミン(動物用医薬品)を用いた豚肉などは、衛生植物検疫措置(SPS措置)によってEUへの輸入が禁止されている。アメリカとしては、TTIP交渉を通じてこれらの衛生植物検疫措置を緩和し、何とかして輸出したい狙いがある。
しかし、欧州各国でTTIP反対の大規模デモがくり返され、ヨーロッパ労働組合の組織、反グローバル化グループや環境保護団体、中小商工業者と農民団体などが横につながって行動を展開し、インターネットでは100万人以上の署名も集まるなど反対の世論が高まった。TTIPにはEUのすべての加入国が同意しなければならないが、国民の反発を反映してドイツやイタリア、フランスなどがまず不同意を表明した。
今年4月、イギリスの国会議員がTTIPに反対を表明し、「大変な造反行為」と騒がれた。同国会議員は元イギリス貿易産業大臣を務め、現在も保守党議員である。同氏はみずからのブログに「私は自由貿易を信じている。常にそうだったし、今後もそうだ。現在アメリカとEUの間で交渉されているTTIPを自由貿易協定だと思って、私は自動的に支持していた。だがより子細に見ればみるほど、ますます多くの部分が心配になってくる。自由貿易を信じている保守党議員は、TTIP支持には極めて慎重になるべきだ」と警告した。
その理由については「TTIPは関税を廃止することが主眼ではない。ヨーロッパからの商品に対してアメリカが課している平均関税はわずか2・5%だ。それをなくすのは大したことではない。主な狙いは、製品の仕様を調和させ、投資用の特別な体制をつくり出すことだ。有害な添加物などから、国民を保護する議会の権限を放棄すべきではない」としている。さらに「私の主な三つの懸念は、ISDSに関するものだ。これは巨大外国企業が、彼らの投資を損なう政策を推進したかどで政府を訴えることができる(しかし、逆はない)裁定委員会制度=特別裁判所をつくり出す。民間企業が国営医療サービス事業(NHS)や教育、その他でサービスを提供しているものを、イギリス政府が公営に戻そうとしたり、私企業に対し参入を許すサービスを減らしたりしようとすれば、アメリカ企業はイギリス政府を訴えることができ、裁定委員会は無制限の罰金を科することができる。左翼はこれについてとくに激怒しているが、保守党議員も懸念すべきなのだ。TTIPの下で、外国企業は、NHSを犠牲にして、莫大な補償を求めて訴えることが可能だ」とのべている。
TTIPへの不安は交渉に参加していないスイスにも飛び火している。昨年10月にベルリンで開かれたTTIPに反対する催しには15万人以上が参加したが、これを機にスタートした「TTIPに反対する欧州イニシアチブ」は、1年間で320万人以上の署名を集めた。交渉に直接関係のないスイスでも6月に類似の団体が発足した。
スイス政府はTTIP参加準備を表明しており、国民の間には反発が広がっている。消費者のなかにはとくにアメリカの健康を害する食品が流入することを懸念している。農業者はスイスの市場にアメリカの安価な農産物があふれることに反対している。10年前、政府は農業関係者の反対を受け、アメリカと始めていた自由貿易条約に関する交渉をとり止めたこともある。農業団体の幹部は「スイスはアメリカと同じ土俵では戦えないのだから、懸念は大きい。1000頭以上の牛を飼っているようなアメリカの大規模企業を相手にしたところで、勝負にならない」と主張している。
TTIPに反対する世論の主要な論点は、国民、地方自治体、議会、政府、すべてが経済的選択を奪われ、多国籍企業と金融集団によって支配されるという点である。そのことによって、労働基本権、環境保護や食料安保が侵害され、公共サービスや公共の福祉が廃止されることが指摘されている。
アメリカの政治評論家であるスティーブン・レンドマン氏は、アジアやヨーロッパ諸国とのアメリカの自由貿易協定(TTIP、TPP)は、「アメリカの大手企業による各国の独立に対するクーデターである」としている。同氏は「アメリカのオバマ大統領は、任期満了前にアメリカが管轄する多国籍企業による他の国の独立や統治に対するクーデターと称する自由貿易協定を承認させようと努力している」と語っている。また「こうした協定の目的は、このようなマフィア企業の前に立ちはだかるあらゆる障害をとり除き、彼らが完全に自由に他の国の国民を搾取できるようにすることだ」とし、「この協定は、環境や天然資源に大きな被害をもたらし、消費者や農業従業者の自由を損なわせるものだ」とのべている。
米国でもTPP反対 雇用も健康も奪う協定
大統領選挙にも反映されているように、アメリカ国内でもTTIPやTPP反対運動が発展している。アメリカはアジア太平洋諸国と締結しようとしているTPPと、欧州と締結しようとしているTTIPを並行して交渉してきた。両方が締結されると、世界の米国の同盟諸国の全域をおおう「自由貿易圏」ができあがる。ただ、その「自由貿易圏」の実体は国際的に影響力を持つ多国籍大企業が、加盟諸国の政府の政策に介入したり楯突いたりできる「多国籍大企業覇権体制」にほかならない。
アメリカでは昨年3月ごろから、労働組合がTPP締結によってアジア企業に雇用を奪われるなどとして反対を強めた。アメリカは1998年にカナダ、メキシコとNAFTA(北米自由貿易協定)を締結したが、その後、雇用市場は縮小し、賃金上昇も抑制された。労働者をはじめとしてNAFTAの先例を批判し、TPPに反対している。
NAFTAはアメリカ国民にとって何一つプラスにならなかった。それは、アメリカがカナダやメキシコから富を収奪する仕組みであると考えられているが、NAFTAで利益を得たのは多国籍企業などの大企業だけであった。アメリカ国内の企業が賃金の安い労働者を求めて工場をメキシコに移すといったことが頻発し、アメリカ国内で100万人の雇用が失われたといわれている。アメリカの国民世論のなかではNAFTA締結によって「雇用の場が失われた」「賃金が低下し貧富の差が大きくなった」などの理由で、78%がTPPに反対している。アジアから安い労働力が入ってきたらさらに仕事がなくなると考え、「TPPとは一%の人間(資本家・大企業経営者)が豊かになるシステム」といわれ、反対運動が盛り上がっている。
また、製薬会社が強者の象徴として矢面に立っている。「国民は満足な医療を受けられないのに、製薬会社は高価な薬品を売りつけ大もうけしている」と批判を浴びている。ファイザーを始めとする米国の製薬業界は豊富な資金力を使い、TPPを動かす有力ロビー団体といわれてきた。交渉の最終局面でも知的所有権問題で、新薬特許の有効期限を長期化するよう圧力をかけ続けた。こうした強者に丸め込まれる政治に有権者の怒りが爆発し、大統領選を下から揺さぶっている。
1%による強欲支配 各国で高まる反撃機運
オバマ大統領は残る任期で批准を目指すというが、難航は必至となっている。大統領候補の指名レースで、「TPP賛成」だった共和党のルビオ候補が地元フロリダで負け、撤退を表明したのち、「TPP推進」を掲げる候補は一人もいなくなった。票集めを狙って、共和党のトランプも民主党のクリントンも「TPP反対」を掲げている。
他のTPP参加国は、主導権を握るアメリカの大統領選挙の動向を静観し、TPP批准作業は慎重姿勢をとっている。マレーシアのマハティール元首相は、「秘密交渉のTPPには問題があり、政府調達を中心に米国企業の途上国市場への参入を目的とするものである」と批判した。また、TPPを批准すれば「マレーシアは再び植民地化されるだろう」と主張した。マレーシアではアメリカの圧力で不本意な内容で合意させられたという世論が根強く、TPP関連の法改正手続きは進んでいない。
当初早期にTPP承認に進むとみられていたベトナムも年内の承認はしないことを表明した。オーストラリアでも関連法改正が来年にずれこむ可能性が指摘されている。カナダでは、乳製品の輸入増を警戒しており、承認手続きを慎重に進める姿勢を示している。
年内に国内手続きが終わる可能性があるのは、ニュージーランドやメキシコ。ペルーでは国会審議が開始されている。チリは年内に国会に諮る予定ではある。シンガポールも議会に提出すれば可決される見通しではあるが、手続きはされていない。ブルネイは国王の承認があれば関連法を改正できるが具体的な動きはない。
TPPにせよ、TTIPにせよ、その目指している世界は多国籍企業や金融資本による各国政府をしのぐ覇権体制の確立である。資本主義体制が全般的に行き詰まりを迎えたもとで、新自由主義政策をより強烈に推し進め、「グローバル化」「自由貿易体制」に組み込むことによってしかこれらの強欲資本には生き残る道がない。それほど窮地に追い込まれていることを反映している。しかしリーマンショックから8年を迎えた世界では、そうした1%による強欲な支配の姿があぶり出され、かつてなく階級矛盾が鮮明なものになり、各国で大衆的な反撃機運も高まっている。
政府なり統治というのは人人の暮らしを守ることを前提に機能し、役割を果たすことが建前だった。いまや強欲資本によるむき出しの支配、直接支配に進もうとするのに対して、一方で人民生活を守るための斗争がアメリカや欧州を問わず、各国で高揚している。世界を貫いている「1
%VS99%」「上VS下」の階級矛盾に目を向け、共通の敵に対する共同の斗争が国境の垣根を越え、それこそグローバル化していること、旧来の政治勢力の枠組みを突き破って、新しい運動勢力を形成しながら台頭しているのも特徴になっている。日本国内における斗争も、そのような流動化する世界と無関係ではない。