ドル支配揺らぐなか各国が思惑
中国の習近平国家主席が2013年に提唱した巨大経済圏構想である「一帯一路」が進展している。今年5月には「一帯一路」をテーマとする国際協力会議が北京で開催され、約130カ国から1500人が参加した。日本やアメリカも無視することができず、代表団を派遣した。10月の中国共産党大会でも「一帯一路」を重点として対外貿易を拡大し、貿易強国の建設をおし進め、世界に目を向けた貿易・投融資・生産・サービスのネットワークを形成し、国際経済競争の新たな優位性の育成を急ぐとした。その「一帯一路」構想の中身について見てみた。
「一帯一路」構想の「一帯」とは「陸の経済圏」、「一路」は「海の経済圏」を意味する、中国とヨーロッパを結ぶ巨大な広域経済圏構想である。
中国大陸とヨーロッパが位置するユーラシア大陸は陸続きであり、陸路で中央アジアを経てヨーロッパに続く「一帯」、すなわち「シルクロード経済ベルト」とも呼ばれる。中国から中央アジア、さらには西アジアにつながる地域である。中国はこれに東南アジア、南アジアも包含していこうとしている。この地域ではすでに中国と中央アジア諸国、パキスタン、アフガニスタン、イラクなどとの協力関係が顕著に進展している。さらに、海洋政策をめぐって対立しているインドとの関係改善も始まっており、2014年9月には習近平主席がインドを訪問し、2015年7月にはインドのモディ首相とロシアで会談した。
「一路」は中国から南シナ海、インド洋、アラビア海を経て地中海に至る海上ルートのことで、「海上のシルクロード」または「真珠の首飾り」と呼ばれている。ミャンマー、スリランカ、パキスタン、さらにはギリシャの重要港湾の機能を向上させ、中国の船舶が自由に使用できる体制づくりがおこなわれている。
「一帯一路」構想の沿線の国は約70カ国以上にのぼる。2013年に習国家主席がみずから「一帯一路」構想を提唱してから4年目の今年5月、各国首脳も参加する国際会議が初めて開催された。参加者は約130カ国から1500人。ロシア、イタリア、フィリピンなど29カ国は首脳が参加した。対応が注目されていたアメリカは、会議の直前になってマシュー・ポッティンジャー国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長の派遣を決めた。ちなみに安倍政府は自民党の二階幹事長を派遣した。会議には国連、国際通貨基金(IMF)、世界銀行のトップも参加した。
この会議の基調講演で習主席は、対象地域への累積投資が500億㌦(約5兆5000億円)にのぼると強調した。さらに「シルクロード基金」に1000億元(約1兆6000億円)の追加出資、国営金融機関による3800億元(約6兆800億円)の融資、対象国に今後3年間で600億元(約9600億円)の援助をおこなうといった方針を発表した。
「一帯一路」構想の発表と前後して進んできたのが、同構想を資金面で支える政府系投資ファンド「シルクロード基金」や「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の設立である。「シルクロード基金」は政府の外貨準備、政策金融機関などが資金を拠出する。
AIIBは今年6月、米国の格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスから最上位の「トリプルA」の格付けを得た。このことは低金利で債権を発行して資金を調達できることを意味する。主要七カ国でAIIBに参加していないのは日本とアメリカだけである。日本政府はこれまで「中国主導では信用力に問題があり、高い格付けが得られずに資金調達は困難」として牽制してきたが、思惑は完全に外れた。
ムーディーズが決定理由としてあげたのは「豊富な資金力と運営態勢」である。資金力では自己資本が1000億㌦(約11兆円)としたほか、6月末の投融資は約25億㌦と資本の2・5%で、大半が低リスクの世銀などとの協調融資であることを「手堅い運営」と判断した。
AIIBは、中国を最大の出資国としてロシア、インド、イギリス、フランス、ドイツ、韓国、インドネシアなど57カ国で2015年暮れに発足した。その後1年半で「加盟承認国は80カ国・地域まで増大」し、100カ国に迫りつつある。日米主導で戦後のアジアのインフラ整備を牽引してきたアジア開発銀行(ADB)の加盟国67カ国・地域を大きく上回っている。さらにAIIBはヨーロッパ、アフリカ、南米などアジア以外にも参加を積極的に働きかけている。
ちなみに、第2次世界大戦後の国際金融の世界では、信用力の高いアメリカ、日本が加盟しなければ、高い格付けを得るのは難しいとみられてきた。ところが今回日米が参加していないAIIBが最上位の格付けを取得し、「一流の国際開発金融機関」のお墨付きを得たことは日本とアメリカに大きな衝撃を与えた。ただし、政府としては日米はAIIBに参加していないが、職員にはアメリカ人がおり、ゼネラル・エレクトリック(GE)など米国企業とも密接に連携している。
「一帯一路」構想とかかわって、中国企業の銀行や保険、資産運用会社の海外買収も活発化している。目立ったところでは、今年5月のドイツの保険大手アリアンツ買収の動きだった。結果的には実現しなかったが、中国でもっとも海外買収に積極的な海航集団(HNAグループ)と安邦保険集団がそれぞれ検討していた。そのほか、中国人寿保険や中国光大控股などの大手を筆頭に海外買収が動いている。中国の海外買収の狙いは巨額の資金と技術で、金融の体力強化に迫られていることによる。中国企業による海外の金融機関の合併・買収(M&A)は、今年の初めから5月までで90億㌦近くとなっており、昨年一年間の120億㌦に迫っている。昨年をこえれば2008年以来で最大となる。
具体例としては、パソコン大手レノボ・グループの親会社である中国の聯想控股(レジェンド・ホールディングス)は6月、ルクセンブルグの銀行大手バンク・インターナショナル・ア・ルクセンブルグの株式90%を14億8000万ユーロ(17億6000万㌦)で買収した。こうした海外買収を通じて金融の専門性を高めることで、事業契約の保証や資金調達、保険を確保しやすくするという利点がある。銀行以外にも資産運用会社や保険会社、ウェルスマネジャー(富裕層向け資産運用会社)を狙った買収を進めている。
中国では2002年の共産党大会で、対外投資を積極的に推進する戦略が採用され、投資額は年々拡大している。2016年にはアメリカに次ぐ1700億㌦(約18兆7000億円)と前年比40%以上も増加している。中国は2010年には日本を抜いて経済的には世界第2位の大国となった。2008年のリーマンショック以後は「米中二極時代」とも呼ばれてきている。
海外のインフラに投資
中国の対外投資の筆頭は「一帯一路」構想がらみのインフラ整備である。中国からユーラシア大陸に至るまでいくつもの国の鉄道を利用し、アジアとヨーロッパを結ぶ「ユーラシア横断鉄道」とか、「鉄のシルクロード」「シルクロード鉄道」と呼ばれる事業が進んでいる。
今年1月、ロンドンと中国を結ぶ新たな貨物列車が運行を開始した。中国東部の浙江省の都市・義鳥(イーウー)から出発し、カザフスタン、ロシア、ドイツ、フランスなどを経由し、ロンドンに到着する。貨物列車は18日間で1万2000㌔を走る。
このほか中国はすでに、ドイツのハンブルグ、イタリアのミラノ、スペインのマドリードなどヨーロッパの各都市に向かう貨物列車を運行させている。この鉄道の沿線のカザフスタンやポーランド、ベラルーシなどでは商社や流通会社、製造会社などの企業が関心を寄せている。鉄道輸送のメリットは航空便よりもコストが安く、船便より輸送が速いことで、輸送コストは航空便の3分の1、日数は船便の4分の1という。2016年には年間で約1600本の貨物列車が中国・ヨーロッパ間を走った。また、インドネシアのジャカルタとバンドンを結ぶ高速鉄道の建設を中国が日本を抑えて受注した。融資条件が日本と比べて破格だったことが最大の要因だ。
習政府は鉄道への投資を優先するとし、2020年までに5030億㌦を投じて貨物輸送網を整備する計画である。2016年末現在、中国の鉄道営業距離は12万4000㌔㍍で世界2位、高速鉄道の営業距離は2万2000㌔余りで世界1位で、世界の60%以上を占める。
港湾整備では、スリランカを重視している。インド洋の要衝であり、海のシルクロードの交通拠点としての役割とともに、香港からポートスーダンを結ぶ軍事的な海洋進出の拠点ともなる。また、ギリシャ最大の港であるピレウス港を買収した。中国はギリシャを「ヨーロッパへの入り口」として重視しており、同港を世界規模の海運の要衝にする計画を持っている。
鉄道をはじめ港湾や道路、パイプラインの敷設など、「一帯一路」がらみのインフラ整備はフロンティアを失っている資本主義各国にとって一つの魅力となっている。アジアをはじめとする途上国には膨大なインフラ需要がある。アジア開発銀行(ADB)の試算では2030年までに年間1・7兆㌦(約187兆円)にものぼる。現状の投資額は半分程度にすぎず、大きな余地を残している。
中国は世界人口の6割を占める65カ国でインフラ整備を進め、貿易を拡大するとしている。中国の事情として、国内で投資しきれない金余り状態となっており、鉄鋼やセメントなどの基幹部門の多くで生産能力の過剰に直面し、新市場の開拓が急務となっている。中国は国内経済が巨大化し、GDPはすでに日本の2倍強であり、成長率の低下を想定しても2030年までにアメリカに並ぶとされている。
世界経済は2008年のリーマンショックによる大規模な金融崩壊と世界経済の大停滞に移行したころを境に、「アメリカ一強」の時代が終焉を迎えた。2000年代にはITバブルやサブプライムローンをはじめとした不動産バブルをひねり出し、世界から投資をウォール街に集中させてきたが、それが弾けた。その後、かわりに台頭してきたのが新興国である。2010年の世界GDP構成はG7のシェアは半分程度に下がり、中国、インドなど新興国や東南アジア、南アフリカなどかつての発展途上国といわれた諸国の合計のシェアは35%前後にまで増大してきた。
第2次大戦後の世界経済はアメリカが指揮権を握ってきたが、今やその衰退と中国をはじめとする新興国の台頭という大規模な構造的な変化が起こっている。その流れのなかで中国を中心とした「一帯一路」構想が展開されている。
アメリカの意向を忖度してAIIBに参加していない日本だが、今月史上最大規模の日本の経済界の一行が20日から26日までの日程で訪中した。ここには「一帯一路に乗り遅れまい」という経済界の思惑がある。新日鉄住金会長・宗岡正二、経団連会長・榊原定征はじめ主要企業のトップら総勢250人の訪中団である。中国メディアは「日本の経済界は中日関係の発展に対し積極的な態度を一貫して示しており、安倍政権による歴史や安全問題で両国の貿易関係が巻き込まれることを望んでいない」と報じている。
いまやアメリカを中心とした世界秩序が終わりを告げようとしている。このなかで、対米従属一辺倒では世界の潮流から乗り遅れ、ますます孤立する道を進むことになる。経済的利害だけ見てもアジア近隣諸国と友好関係を切り結ぶことに活路があるにもかかわらず、いつもアメリカに阻まれて独自外交を展開できないのが日本政府なり経済界だった。潮目が明らかに変化している世界情勢とかかわって、これとどう向き合うのかが問われている。