いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

MCS工場閉鎖に全市的怒り  下関・最初から大儲けし潰す想定  三井は閉鎖を撤回せよ   

 下関市では、昨年末に彦島にある三井金属の子会社MCSの工場閉鎖を突然発表したことに対して、全市的な怒りが強まっている。8日には民主主義と生活を守る下関市民の会が工場閉鎖撤回と雇用をつくることを三井資本と中尾市政に求める市内宣伝と署名運動を開始し、市民の強い反響があらわれた。この問題は解雇されるMCS社員や家族だけの問題ではなく、全市にかかわる問題として市民の強い関心が寄せられている。一時は3000人もの労働者が働いており、市内にはその家族などなんらかの形でのかかわりがある人が多い。地域や労働者を食い物にして、もうかるあいだだけもうけ、後はどうなろうとおかまいないというやり方が横行するなかで、「このまま仕方がないといっていたら日本はどうなるのか」との世論が強まっている。
 
 中尾市政に雇用確保を要求

 MCSでは昨年前半には、「再建計画」として150人ほどの正社員の配転をおこなったばかりで、「“再建”というのもウソだったのか」と怒りが語られている。社内では報道発表直前の昼頃に淡淡と報告があり、その後忘年会で「こんな気分では飲む気になれない」と社員のなかで話になったという。前回の1000人規模の配転で国内のグループ会社はほぼいっぱいで、とても200人の受け入れ先はなく、次の就職先を探さないといけない。
 すでに配転で他県の工場へ単身赴任している正社員のなかでは、行った先で「話が違う」ともめていることや、給料が大幅に減ったため家のローンを抱えて苦労していること、また遠方への単身赴任で、休みでも家族に会いに来ることもできない状況になっていることなどが語られている。
 主人が派遣社員で長年働いてきたという婦人は、「11月に、ワールドインテックのMCS事業所がなくなるから、1月いっぱいで解雇だといわれていた。だがMCSそのものがなくなるとは思わなかった」と話す。工場閉鎖が発表されてから一人一人面接があり、新しい派遣先として大分と佐賀が示されたが、仕事内容も給料なども詳しい説明はないまま。行くか行かないかを問われたが行かないと決めた。2月からは夫人一人の収入での生活になるが、1月いっぱいは再就職先を決められないので身動きがとれない。
 「大牟田工場に転勤になって、すぐに閉鎖になったこともあるし、簡単には行けない。子どももいるから今からどうしていくか。長年働いてきてこれか…という気持ちだ」と語った。周囲には彦島製錬の正社員で、妻や子どもたちも一緒に大牟田工場に転勤し、すぐに閉鎖して戻ってきた人もいる。「生活もめちゃくちゃになるし、家族バラバラになるところもある。やってられない」と話した。
 知人が働いているという男性は、「まだ結婚したばかりで、08年の首切り後、辞めたいといったが、会社から“今辞めないでほしい”といわれて踏みとどまっていた。ここまできて、結局つぶすと初めからわかっていたのに、若い者に平気で残ってほしいなどといったその神経が信じられない」と怒りを語る。
 地元彦島の人人や市民のなかで怒りが語られているのは、短期間に高い給料を出し若者をもてあそんだことだ。高い給料を出して労働者を集めたが、それによって水産加工業などは労働者を奪われ、結局中国人労働者が入り、今さら水産加工業には戻れない。
 また地域では、MCSが急膨張するなかで、そんなに短期で閉鎖するとは思わずにアパートを建てて労働者の住まいを提供してきたが、ここもがら空きとなって、ローンをかかえて途方に暮れることになっている。地域の商店や診療所、学校も同じである。
 人人が怒っているのは、三井金属がIT産業の周期は短く、10年ほどで変化していくと見込んで、会社設立のはじめからもうかるあいだだけもうけてあとはつぶすことを想定していたということである。労働者の側は、そうとは思わずに銀行や会社がすすめるまま持ち家を建てたりして、急に工場閉鎖となり途方に暮れることになった。三井資本がまんまとだましたのである。

 不良品増え返品相つぐ 非正規雇用増やし 

 そして今回の工場閉鎖は会社経営が立ちゆかなくなってのことではなく、さんざんもうけたあげくに、もっともうかる事業に転換するという三井金属資本のやり方を示している。
 1989年に三井金属が100%出資する子会社として設立されてから約20年。パソコンやプラズマテレビが普及するなかで、ここ10年ほどのあいだに急成長し、一時はTABテープの世界シェアの50%を生産しているとされていた。
 ピーク時の05年には約3000人の労働者が働いていたが、正社員は500人程度で、現場のほとんどを準社員や期間社員、ワールドインテック(大手派遣会社)の派遣社員が担っていた。派遣社員でも30万、40万という手取りだったため、地元中小企業で勤めていたのをやめてMCSに入った人も多い。そして高い給料に目をつけた銀行や住宅メーカーが、ローンを組ませて家を建てさせ、彦島内には「MCS団地」と呼ばれる新興住宅ができていった。
 MCS本体が採用するのは半年ごとに契約を更新する期間社員ばかりで、1年以上働けば社員試験を受けて正社員になれる可能性があるというシステムだったが、正社員の試験を受けられるのはごくわずか。03年頃にTABテープの特許が切れ、海外の競合企業が製造販売をし始めた後は期間社員もあまり採用せず、派遣社員ばかりを増やして、量をこなしてもうけていったことが語られている。
 この間、MCSの利益を吸い上げた三井金属の株主への配当は、05年7円から06年10円、07年12円、08年12円(いずれも3月期)と急上昇しており、大株主である金融機関や外国法人はおおもうけした。
 ある関係者は「当初A棟・B棟の2工場で生産していた頃はまだいい物をつくろうというのがあったが、大量生産の方針に切り替えて、C棟・D棟をつくってから、不良品が続出するようになった。上の人たちは量産すれば利益も倍増すると計算していたが、現場は机の上の計算通りには動かなかった」と話す。
 大量生産するために非正規雇用を大量に雇用し、入れ替わりも激しかった。「正社員がもう少し必要だということで、少ししか経験のない者が正社員になった。上から気に入られた者が引き上げられたので、いかにいい物をつくるかというより、いかに上に気に入られるかという空気が蔓延した」という。製品の質はどんどん落ちていき、返品もあいつぐようになった。
 多くの関係者が「まともな会社ではなかった」といっているが、まともな生産の体制をつくるのではなく、粗製濫造方式をとっていた。特許を持って独占的にもうかるあいだ、もうけにもうける後は野となれという方針で、はじめから長期に生産する意志がなかったことを暴露している。三井金属はまさに下関に植民地主義的な略奪精神でMCS工場を建てたことを示している。これは外国に生産移転する試験的な試みだったと見ることもできる。規制がゆるい外国ではもっと無責任なことをやることが想定され、最後は大変な恨みを買うことは疑いない。

 五年前から既定事実に MCS閉鎖 

 MCSの閉鎖は、三井金属の関係者のなかでは5年ほど前から既定事実だったと語られている。それはリーマン・ショックや円高の前からだったと語られている。リーマン・ショックや円高は撤退のチャンスとみなしただけであった。
 地域の人人は、「足し算もできないような子がたくさん入っていたが、昔だったら企業が育てて、終身雇用で社員を大事にして、いい物をつくるというのだったが、小泉が製造業への派遣を解禁してから育てなくなった」「いい物をつくるというのがだんだんとなくなってきた。どんなに小さな企業でも大きな企業でも、下で働く人がいてこそだ。それが今の日本では変わってきた」と語っている。
 そして「三井、三菱、住友というのが日本の三大資本ということで、これらがつぶれたら日本がつぶれるという意識でやってきた」と語っているが、現実はこのような財閥企業がもうけるために社会がつぶされているという関係である。三井資本といっても今では外資に抑えられ、株価至上主義で追い立てられ、生産労働をどうしっかりしたものにするかとか、社会的な依存と責任をどう果たすのかなどどうでも良くなっている。しかし「こんなことをやっていたら、大三井といえどもつぶれるほかはない。お粗末の限り」という意見もあった。
 MCSの工場閉鎖問題は、さんざんだまされ、もてあそばれて解雇される労働者の問題であるが、それだけではない。最高時3000人もの労働者を支えた商店やアパートなど地域への社会的責任の問題である。しかも誘致に当たって市民の血税四億円をとりこんでおり全市民の問題である。また現在全市的に雇用がなく、あふれる失業者のなかで、それら全体の就職をさらに困難にする。さらに現在の就業労働者の地位もさらに悪化させることになる。MCSの工場閉鎖問題は、下関全市民の問題としてあらわれている。
 それだけではなく、下関では神鋼や三菱などの大企業も工場の縮小と海外移転の動きがあらわれており、また山口県全体でも光市のドイツ資本による半導体工場の閉鎖、出光徳山精油所の閉鎖、山陽小野田市のNEC工場の解雇などがあらわれており、全国的に大企業の工場閉鎖・海外移転が雪崩を打ってすすんでいる。三井金属によるMCS閉鎖問題はこれら全体と共通するものとしてあらわれている。
 大企業が250兆円を超える内部留保をためながら、円高をチャンスとして海外で生産し日本に逆輸入をして大もうけする、そのために労働者を路頭に迷わし、日本社会をつぶしていくことを仕方がないといってあきらめていくわけにはいかない。
 MCSの設立・閉鎖を決めているのは親会社の三井金属であり、三井グループ資本である。それに対して、労働者の雇用を確保させること、社会的な責任を負わせること、それを要求するのは当然のことである。そのためには、MCSの労働者だけではなく、西山地域だけではなく、下関のすべての労働者の問題であり、下関地域全体の問題であり、さらには全県的、全国的な共通利益にたつ問題として、社会的な運動として追求することが求められている。
 さらに山口県の二井県政、下関市の中尾市政の責任が追及されなければならない。かれらはハローワークとともに、「連携して再就職先の斡旋をおこなっていく」などとしている。しかしいくら斡旋しても働く場が下関市内にないことが一番の問題である。
 誘致のために市民の血税を出したり、MCSの迂回路のために県民の血税を使って海岸道路をつくってやったりした、その責任をとらなければならない。MCSの理不尽な閉鎖を撤回させるよう要求すべきであり、三井資本に労働者の地元雇用について、責任をとらせなければならない。
 さらに下関の大企業が軒並み逃げて下関がつぶれかねない緊急事態のなかで、市役所建て替えに200億円を使うとか、150円かけて下関駅前の駅舎や商業施設をつくるとかのノー天気なハコモノ事業は中断すべきであり、地域に仕事を回すこと、雇用をつくることを最優先にさせなければならない。老朽化した学校の建て替えや上下水道の老朽化対策など地元企業に仕事を出して雇用をつくることである。またとくに地域の経済は水産業や造船、鉄工、そして農林業などの地場産業こそ重要である。これらの地場産業で若者の雇用助成をやったり、それらの振興のための施策に力を入れる必要がある。そのような中尾市政の責任を追及する全市民的な運動が求められている。

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。