全国導入前に重要な教訓
10月に関門海峡沿いの埋立地に移転した下関市消防局で、「搬送ミス」が連続する出来事が起こり、当初は現場隊員たちの怠慢やたるみが原因であるかのような報道がされ、隊員の処分までが検討されていた。ところが解明が進むなかで、9億円かけて導入した高機能指令センターのシステムに原因があり、この運用をめぐって頻発している事実が明らかになった。「高機能」と名の付いた最新のデジタル機材を導入したものの使い物にならず、消防の現場がまるで詐欺にあったような印象すらある。全国的に行政分野で合理化をともなう「高機能」化がもてはやされているなかで、高値の機材を売り込む企業側と、それに弄ばれてひどい目にあう行政の姿を象徴する出来事となった。高機能指令システムは山口県内では下関消防局が先行導入し今後は萩市消防局が同じ沖電気のシステムを導入する予定で、宇部市や岩国市など他市もそれに続くと見られている。「平成28年5月末までに導入せよ」という国の指示にもとづいている。人命がかかわる消防・救急の現場を舞台にして、いったいなにが起きたのか問題点をあぶり出し、教訓にすることが迫られている。
実態は搬送ミス製造システム
搬送ミスがあいついだ後、下関消防局では従来方式を徹底して、119番通報があった際は司令室で電話を受ける隊員が住所をメモし、その横でもう1人の隊員が告げられる住所を画面の地図と付き合わせ、さらに背後で3人目の隊員(ベテラン)が2人の作業を客観視して、間違いがないか確認する3人体制をとっている。これまで通り、確実に出動ポイントを割り出すようにしてミスは消えていった。
その横で瞬時に「目的地」かどうかわからない場所を高機能指令システムが割り出すが、おかげで搬送ミスがあいついだこともあって、隊員たちは安易に信用することができない。高機能化するのを理由に総額35億円も費やして移転したのに、システムは実質的に神棚に飾られ、いっそのこと沖電気にシステムを丸ごと返還して、九億円の返金を求めた方がよいのではないかと思われるような状態だ。
異なる場所に隊員誘導 「高度化」の現実
「高機能指令システム」とはどのような代物だったのか。
11月はじめに明らかになった「搬送ミス」では、システムに誤った場所が示され、現場に向かった救急隊員が、似たような共同住宅があったうちの同姓の別人の住宅を現場だと思い込んだことが、場所の特定に手間取った原因とされた。
その前日にも誤った場所がシステムの地図上に示され、現場に急行した隊員たちが困惑することとなった。今月4日には固定電話からの通報を受けて現場に向かったが、システムが表示したのは同じ地区内にある別の集合住宅で、救急隊員たちは340㍍離れた別人宅を現場と誤ったとされている。
関係する人人に取材したところ、高機能指令システムは通報者が固定電話からかけた場合、NTTに登録している住所が表示される仕組みになっている。現住所と違った場合でも登録住所が表示され、判定に戸惑うことも少なくない。ゼンリン地図では空き地になっているのに、NTT登録住所では人が住んでいることになっていたり、電話口で救急車を求める人の住所には旧住人の名前が登録されてあったりで、ゼンリンとNTTデータとの整合性もない。農漁村地域の「大字」になると詳細な番地がわからないために表示されない。
しかも、下関市内に13万世帯あるうちの4万4000世帯が登録されておらず、そうした情報がない場合は電話番号が類似するおおよその周辺場所を候補地として示すようになっている。その結果、システムが表示する場所を信じて向かった出動先で、大混乱が生じた。およそ全世帯の三分の一が無登録、つまりシステムの蚊帳の外に置かれ、しかも登録情報も古いものが含まれており、どこまで信用できるかわからない。
なお、固定電話から逆探知して場所を特定する際、NTTから顧客データを購入する仕組みで件数が多ければ多いほど行政からNTTに対して毎月支払われる金額も増える。全国で同様のシステムが導入されることから、NTTの固定収入アップにもなっているようだ。
携帯電話の場合は、「端末に搭載されているGPS発信情報をキャッチして場所を特定できる」という説明が事前にされていた。こちらも導入後にわかったのは、携帯端末にもさまざまあって、GPS情報の発信力が弱い機種も多く含まれているため、高機能システムの地図上に緯度経度で示される赤い円(携帯発信源)たるや、半径2~3㌔圏内という大ざっぱな場所を指すこともしばしば。実際に半径14㌔圏内を表示したことがあり、そうなると直径28㌔圏内で、「下関全域のどこかにいるよ」という指示になる。スマートフォンなどのGPS機能をオンにしていない場合は、さらに場所の特定が困難を極め、電源が消されると発信情報も消える。
一連の特性がわかったうえでたどりついた結論が、住所をしっかりと聞いて地図上で付き合わせる従来方式の徹底だった。それなら何のために九億円をかけて導入したのか? という疑問にもなっている。高機能どころか、「搬送ミス」製造システムといわれても仕方がないのが実情で、少なくとも市民から見たときに下関消防局が「高機能」「デジタル化」で手玉にとられたような印象が拭えない。どれだけ「高機能」であろうと、安心して使えないような代物が、どうして人命をかけて一刻を争うような職場に持ち込まれたのか、曖昧にできない点となっている。
一瞬にしてはじき出す位置情報に当たり外れが多分に含まれ、本来向かわなければならない現場とは異なる場所に隊員たちを誘導してしまう。現場の隊員たちは緊張感を持って身体を張って向かっているのに、おかげで処分されかねないような本末転倒した事態が続いてきた。システムの特性が明らかになって以後は、職員による確認作業がおこなわれたか否かが追及される点になっている。しかし、それなら従来方式で十分であり、確認作業をされなければならない高機能システムというのは、いったいなにが高機能なのかを問わなければならない。五年ごとにシステムを更新するための費用も決して小さな金額ではなく、このような代物と何十年共存していくのか、解決策はあるのかも問われている。
消防の現場では、2分以内に場所を特定して出動していくのを目標にして、常に全国平均の数値と比べられながら「もっと速く出動せよ」といわれてきた。今回のデジタル化によって一瞬にして場所を特定でき、飛躍的に時間短縮につながると思われていたが、本当かどうかわからないシステムを相手にして、場所があっているかどうかの確認作業からはじまるという非効率が持ち込まれたことに、愕然とした思いが語られている。出動時間や到着時間が早いことに超したことはないが、都市部もあれば地方都市もあるなかで、一概に全国平均と比較して数値目標だけを追いかけることの無意味さも浮き彫りになった。
議会に事実と違う説明 市長や当時の局長
それにしても、どうして事前にシステムの特性が現場に把握されず、運用が始まった段になって大慌てしなければならなかったのか。
中尾市長は「携帯電話やIP電話、NTT固定電話からの発信者の位置を瞬時に特定し、指令台の地図検索画面上に表示する統合型位置情報通知システムなど、最新鋭のシステムを整備する」(昨年3月議会)と豪語し、当時の金子消防局長も「固定電話や携帯電話から119番通報された方の位置特定に威力を発揮します」と自信たっぷりに説明し、所管の総務委員会での議員の質問に対しても「携帯電話からかかってきても、その場所が瞬時にわかって駆けつけることができるんです」と、時に高圧的になったり、議場では無所属議員を小馬鹿にするなどして説明していた。
ところが実際には、安心してフル活用できない技術だった。「新システムによって119番通報から瞬時に位置情報を割り出し、ピンポイントで出動できる」という事前の説明はいったい何だったのか? 議会に事実と異なる説明をして30億円の予算を執行し、今になって「やっぱり使い物にならなかった…」で済まされる問題なのかは、厳重に問われなければならない点となっている。
また、現場が認識していないほど、事前にシステム運用の落とし穴が強調されていなかった点についても無視できない。ミスにつながる危険性ほど過剰なまでに説明されておかしくないのに、どうして伝わっていなかったのかは検証が求められている。「素晴らしいシステムだ」といって企業側の説明を鵜呑みにして推進した、市長及び当時のトップの責任も問われている。
またそのような製品を納入する企業も企業で、その社会的責任も問われている。
人員を増やす方が先決 基準より147人不足
高機能消防にするために移転したのに、鳴り物入りで登場したシステムがさっそく多くの問題点を露呈することとなった。高潮の脅威にさらされなければならない埋立地に移転させ、高潮や津波対策として80㌢ほど盛り土を施したり、津波が抜けていく構造に設計したり、台風が来れば防潮板をはめる作業に追われたり、目的や役割がずれたまま進められた消防移転事業の結末を象徴する出来事となっている。
一連の消防庁舎移転、高機能システムへの移行に道筋をつけた手柄で、消防局長だった金子氏は今春に定年を迎えた際、中尾市長が新たに部長待遇のポストとして設置した防災危機管理監として迎えられた。自然災害だけでなく、親分の安倍首相が力を入れる朝鮮ミサイル対応などで市役所を采配する担当部署のトップに出世した。今になって「議会に説明するときは、素晴らしいといわなければ予算を執行してもらえないから仕方がないではないか」と開き直るような無責任が通用するのか、議会にも召致して経緯を明らかにすることが求められている。
消防、救急の現場ではこの間、人員不足が深刻な問題として語られてきた。高度な機械以上に人員を増やすことが先決課題となっている。出動件数は1万5000件前後を推移し、隊員たちは朝8時30分から翌朝まで24時間体制で出動に備え、指令が出る度に火の中であろうと飛び込んで人命救助に努めている。そして出動すれば報告書の作成が必要になるため、24時間勤務を終えた後に書類作成にあたったり、多忙な毎日を送っている。農漁村部の消防でも人員が足りず、1カ所で火事が起これば他署から留守番をお願いしなければならないような実情があり、限界にあることが指摘されている。
下関消防局の職員数は331人で、市条例に定めた定数は満たしている。しかし消防庁が示している基準値の定員478人から見ると147人も不足している。議会の場では、「十分に足りています」と答えるのが消防局長の優等生答弁になり、行政効率化に抗えば議員たちからも袋叩きにされる構造がある。しかしその結果、現実とかけ離れた体制をよぎなくされ、しわ寄せがみな末端や現場に向かっている。終いにはいい加減なシステムが持ち込まれ、いったい何の嫌がらせかと思うような事態となった。9億円のシステム以上に、中央消防署にもう1台ほど救急車を設置することや、人員体制を見直すことの方が、はるかに市民の生命と安全を担保することは疑いなく、下関消防局の実際にもとづいた体制に早急に切り換えるよう、中尾市長や議会の責任ある対応が求められている。
消防・救急は市民の生命を守ることを使命にしてきた。ところがこの間、海峡沿いの埋立地で仮に高潮等に襲われれば消防車や救急車が高台に避難しなければならないような移転事業が真顔で実行され、市民の生命・安全よりも箱物建設に没頭する行政の腐敗ぶりが暴露されてきた。今回のシステム騒動はそうした移転事業の延長線上で発生した案件にほかならず、市場原理で突っ走ってきた市民不在、聞く耳のない下関市政の姿を象徴する出来事となった。
消防指令室は2人体制から3人体制に増員が迫られ、ただでさえ人員不足のなかでミスが起こらないように監視役が起立して見守り役に徹している。「人員は足りている」と豪語してきた元局長や中尾市長こそ、反省の意味もこめてバケツを持って立っていてもおかしくない。下関市政上層部やその虚偽の説明を鵜呑みにしてきた議会ともども、いったい何をしていたのか検証されることが求められている。