バングラデシュの首都ダッカの飲食店で起きたテロ事件で、日本人7人を含む20人が犠牲となった。バングラデシュは親日的な国といわれてきたが、これまでのように日本人であれば安全という常識が通用しなくなり、むしろ日本人だからこそ狙われる危険性が高まっていることを事件は浮き彫りにした。リーマンショック以後、日本の多国籍大企業はタイやミャンマー、ベトナム、バングラデシュなどの後進国に次次と進出し、そうした国国の低賃金労働に寄生してきた。この海外進出を支援する形で日本政府はODA(政府開発援助)による円借款事業を現地政府に持ちかけてインフラ整備をやり、ゼネコンや商社がつかみ取りをくり広げてきた。事件は単純に「人道支援」に出向いた日本人が殺されたから「けしからん」では何も解決しない。コンサルタント会社の社員一人一人の良心の如何にかかわらず、日本の大企業や欧米企業によるひどい搾取収奪の現実があり、その矛盾が激化した結末にほかならないからだ。
ただ同然で児童まで働かせる 標的になる外国人 ODAでゼネコンつかみ取り
今回の事件では、武装集団は10代から20代の富裕層の若者たちだったとされている。彼らは「外国人を殺しに来た」といい、日本人7人とイタリア人9人、アメリカ人1人、インド人1人を殺害した。イスラム教の聖典コーランを暗唱できるかどうかで人質を判別し、バングラデシュ人に対しては丁寧な対応をしていたと報道されている。襲撃の最中に「私は日本人だ! 撃たないでくれ!」と何度も叫ぶ男性の声が聞こえたという。昨年10月にも北部ランプル近郊で、農業開発にかかわっていた日本人男性が射殺されたが、そのときも「十字軍の一員」である日本人を殺害したのだと「イスラム国」は表明した。
事件を受けて、大手メディアは「途上国の発展のために頑張っていたのに許せない」「バングラデシュの貧しい子どもたちを助けたいという気持ちだったのに…」等等の報道に終始し、テロリストの凶悪さに問題を収斂(れん)してしまい、それを「邦人保護」の課題と結びつけるものが大半を占めた。なぜ日本人なり外国人が狙われたのか、恨みを買っていたのか、「イスラム国」の標的になっているのかという問題について迫るものは乏しく、いわんやバングラデシュに海外進出した企業がどのように見なされているのか等等生生しい矛盾に食い込むものは皆無である。
「イスラム国」がテロの標的として名指ししたのは、安倍晋三がイスラエル国旗を背景にして「イスラム国とたたかう国に資金援助する!」と演説したことが一つの契機になった。おかげでシリアで人質になった二人の邦人は首をはねられ、その後もシリアから離れたバングラデシュで、「イスラム国」を名乗る武装集団が二回にわたって邦人を殺害した。安倍晋三が中東に出かけ、イスラム欧米の矛盾に関係もないのに首を突っ込んで邦人に災いをもたらしているのは疑いないが同時に見なければならないのは、海外進出した大企業なりODA事業が何をもたらしているのか、中東や東南アジア諸国でどのような矛盾を引き起こしているのかである。
日本のアパレルも進出 紐つき援助で後押し
もともとイギリスの植民地だったバングラデシュは、日本の4割ほどの国土に約1億5000万人の人人が住んでいる。中国や韓国などの賃金水準が上がっていくなかで、2000年頃からアジアで最安値の豊富な労働力に目をつけた欧米のアパレル業界が進出を始め、ザラ、H&M、ウォルマート、ギャップなどのメーカーが急速に生産拠点を移していった。バングラデシュは一気に中国に次ぐアパレル輸出国となり、その輸出総額は年間250億㌦にのぼっている。近年ではインドの人件費高騰にともなって、アンドロイドやiPhoneのアプリ開発、ウェブ開発など、IT企業もバングラデシュに移転している。
日本のアパレル企業も、ユニクロ、夢企画、東レ、小島衣料、ナカノ、マツオカコーポレーション、ロウリン、YKK、ハニーズなどが進出。生産拠点や消費市場として着目したそのほかの業界でも、味の素やロート製薬、伊藤忠商事、NI帝人商事、住友商事、蝶理、豊田通商、丸紅、三井物産、三菱商事などの大手商社が軒並み進出し、物流として川崎汽船や近鉄エクスプレス、日本通運、日本郵船など240社(2016年2月)が進出している。
「日本は旧宗主国であるヨーロッパなどに比べると人脈などで遅れをとっている」(関係者)といわれるなか、日本企業の進出を後押しするためにインフラ整備などのODA事業を強めてきたのが安倍政府だ。安倍首相は2014年に、IHIや清水建設、三菱重工業など約20社を引き連れてバングラデシュに行き、円借款を中心に4、5年で6000億円の支援を約束し、国際協力機構(JICA)が政府開発援助(ODA)事業を本格化していた。今回犠牲になった7人の日本人も、その事業の一つである「ダッカの交通渋滞解消」の事前調査にかかわっている建設コンサルタントの社員たちだった。
現在、日本側の提案で、インド洋に面したベンガル湾沿岸部での、産業地帯建設が進んでいる。日系企業向けの経済特区の整備や、超超臨界圧と呼ばれる高効率の石炭火力発電所の建設、5都市の都市インフラの整備、石炭・液化天然ガス(LNG)基地などを含めた広域開発でこれらの事業に日本の企業が乗り込んでいる。石炭火力などは、東京電力や東電設計が長年かかわっており、来年以降の入札には東電グループや伊藤忠商事、住友商事、丸紅なども参画に関心を示しているとされる。また最近でも建設コンサル大手の日本工営が新空港の事業化調査を約16億円で受注。空港ターミナルの計画は日建設計が委託を受け、事業費は数千億円規模になる予定だ。
海外進出した企業が日本国内と同じようなインフラ環境で生産に励めるよう、日本政府が膨大な予算を注ぎ込んで支援する。ODAが決まると、日本企業が現地政府に「こんな事業はどうか」と根回しし、現地政府が日本政府に実施する事業を要望する。実態を知る人人は、実施する順位を上げるために、そこにまた「汚い世界がある」と指摘する。日本政府からバングラデシュ政府に資金援助が決まると、正式に「事前調査」(すでにほぼ調査などは終了している)のためにコンサルタントが入って計画をつくり、事業にとりかかる。ODAにかかわるコンサルタント最大手のパシフィックコンサルタントをはじめ日本工営、そのほか清水建設や日揮なども自前のコンサル部門を持ってODA事業をおこなっている。そして最終的には「債務救済措置」として、返済を免除するというのがお決まりのパターンだ。日本政府が「別に返さなくてもいいよ」という調子で現地政府に資金を貸し付け、現地政府が発注する体裁でゼネコンや商社がつかみ取りをやり、最終的には返済免除する。ODAに絡んで政治家が裏金を調達するというのは安倍晋太郎はじめ歴代の自民党が使い古してきた手口としても知られている。
東南アジアにかかわっている企業の男性は、「とくに外務省の天下り先になっているコンサルタントは法外な金額を手にしていく。ニュースで“途上国のために…”と報道されているが、そんな甘いものではない」と指摘する。コンサルが請求した金額の三割、多いときには五割を現地の大統領など政治家が手にし、コンサルが利益を得て、実際に橋の建設や道路整備にかかるときにはわずかな金額になっているという。橋や道路などの強度の規制も日本国内に比べると整備されていないため、「橋が架かっていればいい」という状態で、崩落しても当たり前のでたらめな工事も横行しているという。
別の関係者は、「JICAの青年海外協力隊で現地に行った若者のなかでも2年の任期を終えたあと現地に残り、現地政府などと結びついてODAの手配役を務める“シニア”と呼ばれる人たちもいる。最初の動機は純粋なものがあったかもしれないが、実際にやっていることは決してきれいなものではない」「途上国に行くコンサルの社員などは、現地の人からすると高級住宅街に住み、いい生活をしている。今回の場合もラマダンの最中なのだから、あまり外に出なければいいのに、わざわざ外にくり出している。亡くなった人たちには申し訳ないが、現地の人との関係では反感を買う関係だ」と話す。
残酷な労働現場の実態 工場崩落や火災も
こうして政府の後押しを受けて進出したグローバル企業が何をしているか。現在、世界の主だったアパレルメーカーは、低価格・大量生産の商品のほとんどをバングラデシュで製造するようになっており、5000以上の縫製工場で400万人ともいわれる人人が働いている。その8割が農村出身の10代後半から20代前半の女性たちであり、さらに格安労働力として使われているのが子どもたちだ。児童労働も当たり前の世界となっている。
2013年に起こったダッカの縫製工場ビル「ラナ・プラザ」崩落事故は、先進国の企業が途上国の貧困と低賃金に寄生し、やりたい放題をしている実態を暴露した。もともと4階建ての建物をつぎ足し、8階建てまでに拡大していたラナ・プラザには、イギリスの激安ブランド「プライマーク」をはじめ欧州ブランドの工場が入居し、約4000人の労働者が働いていた。
崩落の前日、建物に亀裂が入っていることに恐怖を感じた労働者たちはいったん外に避難したが、そこに地区選出の政治家でもあるオーナーがあらわれ、労働者たちを工場内に追い込んだ。納期が遅れ、ヨーロッパなどの主要顧客が取引停止もちらつかせながら、連日催促していたからだ。
翌日、女性たちは仕事に行くかどうか悩んだものの、月給4000円の仕事を失えば家賃も払えず、家族への仕送りもできないため行かざるを得ない。数千台のミシンが稼働し始め、公共電力の限界に達すると四基の発電機が動き、その振動が、ミシンの振動に加わって、ビルはわずか5分で崩落した。労働者は逃げる時間もなく、死者1100人以上、負傷者2500人という同国史上最大の事故となった。
前年の2012年11月にも、ウォルマートやシアーズなど大規模衣料品店やディスカウントストアで販売される製品を生産していたタズリーン・ファッション縫製工場で火災が発生して112人が死亡した。この工場も労働者の逃亡を防ぐといって出口には鍵がかけられ、避難用の非常口や外階段もない建物だった。工場監督者たちは火災警報が作動した後も労働者の避難を禁止し、死者の多くは工場内に閉じ込められて焼死した。窓を割って七階から飛び降りた労働者も多くいた。しかしウォルマートは「発注先と知らなかった」「この工場とは手を切っていた」といいはった。同様の火災で犠牲になる労働者は後を絶たない。
ラナ・プラザ崩落事故をきっかけに、工場経営者や劣悪な労働・安全環境を放置しているバングラデシュ政府に対する抗議デモがあいつぎ、ダッカ近郊の日系企業の縫製工場が投石で大量のガラスが割られたり、別の日系企業の車が襲われて窓ガラスが割られるなど怒りが向いていた。日本にもかつて女工哀史があったが、激安ファッションのグローバル競争はそれに輪をかけた残酷な労働実態を生み出している。
事故以後、労働者の斗争によって最低賃金は月4000円から7000円程度に引き上げられたが、月給1200円、3000円といった低賃金の工場も依然として存在し、7割の人人が1日2㌦(200円)の貧困生活をしている。労働法が改定され、日本や欧米などの企業は、「労働環境の監督を強める」といっているが、今なお暴力、強制的な残業、産休の拒否、給料の遅配などが横行し、労働組合を結成しようとすれば殴る蹴るの暴力的報復措置がとられるなど、前時代的な搾取がまかり通っている実態も暴露されている。
そしてさらなる低賃金労働力として使われているのが、日給40円で明け方から夜遅くまで働く子どもたちだ。学校にも行かず、1週間のうち休みは半日だけ。完成した衣料品にタグをつけたり、生地を染めたり、ミシンの修理をしたりと、どんな仕事でもこなすという。仕事が終わると工場の敷地内でシャワーを浴び、食事をして眠る。10歳から14歳の児童労働は100万人ともいわれるが、低年齢化が進むなかで、その全体像は把握されていない。
「バングラデシュは独立国」といいながら、その実態はまさに先進諸国が植民地奴隷をこきつかうものにほかならない。最貧国に乗り込み、その資本主義的な発達の遅れを逆手にとって、欧米や日本企業が自国ではできないような奴隷労働をやらせている。この暴力的な搾取こそが「人道支援」等等の衣で覆い隠すことなどできない矛盾を激化させ、義憤にかられた若者たちが反抗する構造にもつながっている。
今回のテロ事件を受けて、「グローバル展開を加速する日本企業にとって、海外で働く日本人従業員や現地雇用のスタッフ、海外出張者がテロに巻き込まれるリスクが高まっている」「日常生活の場がテロの標的となる。対策が必要だ」といい、何なら「邦人の生命」を守るといって自衛隊の海外展開を実現し、軍事力によって海外権益を守ろうとする向きもある。安保法制で政財界が守ろうとしているのは、一般的な「邦人の生命」ではなく、海外進出によって築き上げているみずからの海外権益である。そして、資本が海外を舞台に引き起こしている矛盾のなかへ技術者なりが放り込まれ、一人一人の意図や良心とは裏腹に、手先と見なされて殺害される。
日本社会に見切りを付けて出て行った大企業が、国内でやっていた以上の強烈な奴隷労働を強いて、「日本人」が恨みを買う。この構造にメスを入れなければ、第2、第3の悲劇はくり返される。「邦人の生命」と同様にバングラデシュ人の生命に無頓着であってはならず、強欲資本が世界を股にかけて引き起こしている矛盾の本質に目を向けることが求められている。