(2025年3月3日付掲載)

政治的理由で無償化から除外され、自治体からの補助金が凍結されている朝鮮学校(大阪市)
国による高校無償化の拡充策で、4月から公立・私立問わず年間11万8800円の就学支援金を一律(所得制限なし)に支給し、公立高校が実質無償化されることになった。2010年に導入した高校無償化制度では、国内の外国人学校やインターナショナルスクールも対象としている。だが、全国に90以上ある朝鮮学校は「拉致問題の進展がない」などの理由で除外したまま13年経過している。これを憂慮した知識人や支援団体は2月28日、国会内で声明を発表し、日朝関係改善のためにも「子どもを政治の道具にすべきではない」として朝鮮学校を無償化対象に戻すことを求めた。
学校を制裁対象にするな
現在、在日朝鮮人の教育機関については、幼稚園から大学校まですべてが公的支援措置の対象外とされている。全国の朝鮮学校の学校法人や元生徒たちは、国を相手取って裁判を起こし、地裁での判決は分かれたものの、最高裁は「適正な学校運営」の要件が満たされていないなどとして国の処分を適法とする判断を下している。
また、朝鮮学校は全国の自治体からも補助金をうち切られ、運営が維持できない状態にまで追いこまれた。今回の高校無償化拡充策の3党合意(自民・公明・維新)にあたり、維新の吉村洋文代表(大阪府知事)は「どんな家庭環境でも学校に行ける」ことが必要とのべたが、自治体として朝鮮学校への補助金を最初にうち切ったのは大阪府(当時・橋下徹知事)だ。朝鮮学校の無償化排除を見直す論議は国会でもなされていない。

和田春樹、田中宏、伊勢崎賢治、上村英明の各氏
声明発表会見には、日朝国交正常化や拉致問題の解決にとりくんできた和田春樹・東京大学名誉教授や田中宏・一橋大学名誉教授、また伊勢崎賢治・東京外国語大学名誉教授、れいわ新選組の上村英明衆議院議員、立憲民主党の水岡俊一参議院議員、その他支援団体の代表らが出席した。
「高校無償化拡充策決定の報に接し、朝鮮高校排除をあらためて憂う」と題する声明【全文別掲】を読み上げた後、田中宏氏は「高校無償化から朝鮮学校が排除されて13年、国連でも問題になって是正勧告が出されているにもかかわらず、今回の拡充策では朝鮮学校の扱いについて最初から話題にもされていないことは看過できない」と、声を上げた動機をのべた。
れいわ新選組の上村英明衆議院議員(恵泉女学園大学名誉教授)は、「国が他民族の子どもたちを人質にとるような行為をしてはならない。現在、政府は学校教育現場での政治的行為を厳しく制限するが、この(朝鮮学校)問題に関しては堂々と政治的理由を掲げて介入する。このようなダブルスタンダードが許されるわけがない。“子どもを政治の道具に使うな”ということを改めて確認したい」と訴えた。
「法治国家として恥ずべき措置」
元国連職員でもある伊勢崎賢治氏は「子どもに罪はない」と原則をのべ、政府による朝鮮学校排除措置の法的問題を概略次のように指摘した。
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国家が特定の教育機関(朝鮮学校)に対して介入(教育政策からの排除)する場合、その法的根拠はなにか?
国際法には、教育の自由と国家の介入に関する原則(制限)が存在する。
その一つ、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(日本も批准)は、おこなわれる教育の内容が(国連憲章や国際人道法・国際人権法などが規定する)国家の国際的な義務・価値に反しないようにすることを求めている。つまり、ある教育機関が、その国家の「外交方針」に反する内容を子どもたちに教えている場合、その教育機関に国家が介入する基準は、その教育内容が、国家が果たすべき「国際的な義務・価値」に反するかどうかだけだ。あくまで国際法が謳う価値が基準であり、特定の国家の身勝手な基準ではない。
次に、国内法だ。日本の教育基本法(第16条)は、「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべき」と定めている。
この「不当な支配」の基準とは二方向ある。教育内容に対する国家の介入を制限する一方で、その教育が国民の「公正な意思」に基づいておこなわれるべき、としている。
したがって、国家が教育に介入する場合は、教育内容が公正な意思に反する場合や、国家の外交方針に明らかに反する場合に限られると解釈されるが、国家の介入は慎重におこなわれるべきであり、あくまで「教育の独立性」を尊重しつつ、必要最小限に限られるべきだと解釈される。
つまり、特定の教育機関を公的支援から排除する政策決定にさいしては、その教育内容が国家の安全保障や外交政策に与える影響について、十分な検証と証拠の積み上げが「公正な意思」に基づいておこなわれるべきである。その公正な意思は、国際法の価値を基盤に形成されるべきだ。
その検証は、第三者機関を設けたうえで、その教育機関のカリキュラム全般、校則、採点基準、入学基準、そして教師の評価基準、採用基準まで広範囲にわたる客観的で透明性のある評価が、十分な時間をかけておこなわれるべきと考える。
しかし、朝鮮学校に関しては、それらがおこなわれた形跡はない。むしろ、朝鮮学校の公的支援からの排除は、政治動向や国際情勢に応じて、極めて膝蓋腱(しつがいけん)反射的におこなわれてきた。たとえば、拉致問題や朝鮮半島情勢の緊張が取り沙汰されると、朝鮮学校の子どもたちまでも「日本の脅威」と見なす世論が形成され、それが政策に反映している。これは法治国家として、恥ずかしい状況だ。
とくに拉致問題は、その世論形成に非常にシンボリックに影響を与えてきた。この拉致問題解決のために石破首相は北朝鮮への「連絡事務所」の設置を提案し、日朝間政府交渉の再開を目指すとしているが、交渉を有利に進めるためにも、国連の人種差別撤廃委員会からも「差別」であると指摘を受けているこの国内問題(朝鮮学校排除)の解決は必須だ。
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【声明】高校無償化拡充策決定の報に接し、朝鮮高校排除をあらためて憂う
1. 「高校無償化」は民主党政権の2010年4月に発足した制度で、後期中等教育をうける生徒に授業料を給付するものです。普通高校に限られず、専修学校、外国人学校をも対象とする画期的なものでした。だが、この「高校無償化」制度から朝鮮高校が排除されたため、以後長くこの問題が係争の種となり、関係者を苦しめてきました。
2. 2010年の制度では外国人学校については、(イ)本国の高校に相当するもの、(ロ)国際教育評価機関の認定するもの、(ハ)その他文科大臣が「高校に類する課程」と指定したもの、に三分類され、審査の上、適用の対象に選定されることになっておりました。朝鮮学校は、このうち(ハ)に含まれるとされ、審査がおこなわれました。審査中に、北朝鮮による韓国・延坪島砲撃事件がおこると、2010年11月24日、菅直人首相が、朝鮮学校の審査「凍結」を指示しました。菅首相は退陣を前に2022年8月29日、凍結「解除」を指示しましたが、つづく野田政権のもとでも審査は進みませんでした。
2012年12月、第2次安倍晋三政権が誕生すると、下村博文文科大臣が朝鮮高校は対象から除外すると発表しました。下村大臣は会見で、「拉致問題に進展がない」こと、朝鮮高校は朝鮮総連と密接な関係にあり、…その影響が及んでいること」を理由として、前述の(ハ)を省令から削除し、朝鮮高校「不指定」を通知したと説明したのです。
3. この決定が発表されるや、朝鮮高校生への適用を求めてきた同高校の生徒、保護者、学校関係者らは、強くこの差別措置に抗議し、是正をもとめて、熱心な運動を開始しました。日本人の市民も同調し、「朝鮮高校に無償化措置を適用せよ」と求める運動はその時から今日まで13年にわたり、たゆまず続けられています。
4. この問題は国際的にも注目を集めました。朝鮮高校排除を最初に取り上げたのは、2013年4月の国連人権条約委員会の社会権規約委員会です。政府が「拉致問題に進展がない」ことを理由としたことから、審査では「日本人を拉致したことは恐ろしい犯罪ですが、朝鮮学校に通う子どもとは何の関係もない」、教育を受ける権利を侵すことになるとして、是正勧告が出されました。2014年8月の人種差別撤廃委員会でも、朝鮮学校に対し就学支援金による利益が適切に享受されること、ユネスコ教育差別禁止条約への加入検討も勧告されました。
5. ところで、このたび2025年度予算を巡る審議の過程で、自公両党と日本維新の会の折衝がおこなわれ、日本維新の会の提案で高校無償化の拡大措置(2014年導入の所得制限撤廃を含む)が合意され、予算化される形勢となったことが報じられました。従来2010年の無償化措置の恩恵をうけていた高校生に対して一層手厚い支援措置がなされるようです。このことは教育の無償化をさらに進めることで、慶賀すべきことであります。
6. しかしながら、広く一般の日本人高校生、多数の外国人学生に対してすでに実施されている高校無償化措置をさらに手厚くするのであれば、従来の措置から排除してきた朝鮮高校の生徒たちに対する差別措置をやめ、この人々の高校進学にも当然適用する必要があると考えるべきです。現在、在日朝鮮人の教育機関については、高校のみならず、幼稚園から大学校まで、全て教育支援措置の対象外とされています。この機会に朝鮮高校を手始めに教育無償化措置の対象に加えることが望まれます。
このままでは、目下石破内閣がめざしている日朝政府間交渉再開もおぼつかないことは明らかです。二重の意味において国益をそこなう施策を、これ以上つづけることは許されません。
2025年2月28日
〈よびかけ人〉 田中宏(一橋大学名誉教授)、伊勢崎賢治(東京外国語大学名誉教授)、板垣竜太(同志社大学教授)、上野千鶴子(東京大学名誉教授)、内田雅敏(弁護士)、内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授)、岡本厚(元雑誌『世界』編集長)、康成銀(朝鮮大学校朝鮮問題研究センター研究顧問)、小林知子(福岡教育大学教授)、外村大(東京大学教授)、前川喜平(元文科省事務次官)、マエキタミヤコ(サステナ代表)、森本孝子(朝鮮学校無償化排除に反対する連絡会共同代表)、矢野秀喜(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動)、吉澤文寿(新潟国際情報大学教授)、和田春樹(東京大学名誉教授)