(2025年2月26日付掲載)

ゲノム編集によって肥大化したトラフグ(上段)
遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン、OKシードプロジェクト、日本消費者連盟の主催で2月21日、「ゲノム編集魚は安全でサステナブルなのか? リージョナルフィッシュ社への公的支援のあり方を問う院内集会」が衆議院第1議員会館であった。政府が2019年10月に「ゲノム編集」食品にゴーサインを出し、世界で唯一、日本だけで「ゲノム編集」食品の流通が始まっている。そのうちマダイやトラフグなどの「ゲノム編集」魚を開発・生産・販売しているのがベンチャー企業リージョナルフィッシュ社だ。同社は京都府宮津市にゲノム編集魚の陸上養殖場を設置し、2021年から同市のふるさと納税返礼品として出品しているが、安全性や自然界への流出などに不安を持つ市民に対する情報公開・対話に応じないままであるばかりか、「名誉毀損」「信用毀損」「偽計業務妨害行為」をはじめ、刑事告訴をもちらつかせる文書を複数回送りつけて恫喝し、萎縮させようとしている。院内集会では現地の市民からの報告があり、「ゲノム編集」魚の問題に加えて、このような企業が多額の公的支援を受けるに値するのかという問題が提起された。

ゲノム編集魚の一般流通のための公的支援のあり方を問う院内集会(2月21日、東京)
陸上養殖は届出のみで規制なし
リージョナルフィッシュ社が開発した「可食部増量マダイ(マッスル真鯛)」や「高成長トラフグ(巨大トラフグ)」などのゲノム編集魚は、2021年から政府に届出が出され、流通を始めている。陸上養殖の舞台になっている京都府宮津市では、女性たちが立ち上げた市民グループ「宮津∞麦のね宙ふねっとワーク」が、ゲノム編集トラフグをふるさと納税返礼品から削除することや、海上養殖の禁止を求める署名活動をおこない、1万人をこえる署名を集めて提出。2023年には92団体・355人の賛同のもと「ゲノム編集魚を考える市民集会in京都」が開催され、「ゲノム編集」魚の問題提起がおこなわれている。しかし、同社にはさらなる公的支援が決まり、NTTと設立した合弁会社も含めて全国各地・海外に向けて事業を展開しつつある。
院内集会では、河田昌東氏(分子生物学者、遺伝子操作食品を考える中部の会)が最新の研究をもとにゲノム編集魚の科学的問題点について話し、印鑰智哉氏(OKシードプロジェクト事務局長)が、「リージョナルフィッシュ社への公的資金の問題点」と題して、膨大な公的資金がリージョナルフィッシュ社の事業展開をバックアップしている実態とその問題点を明らかにした。宮津市の「麦のね宙ふねっとワーク」からは井口NOCO氏と矢野めぐみ氏が、宮津市で起こったことを報告した。
あまりに拙速な政府決定 印鑰智哉氏が報告

印鑰智哉氏
印鑰智哉氏は、ゲノム編集食品の流通を解禁した経緯にもふれながら、どのようにリージョナルフィッシュ社に公的支援が注がれ、事業を拡大しているかを明らかにした。
2019年10月、日本政府はゲノム編集食品について、特段の安全性審査は必要なく、表示もせずに任意の届出のみで販売できると決定した。印鑰氏はこの日本政府の決定は、同年6月にアメリカのトランプ大統領(1期目)が、バイオ食品(遺伝子組み換え食品やゲノム編集食品など)の規制を可能な限り撤廃し、開発・生産を加速させることに方向転換する大統領令に署名してから、わずか四カ月後だったことを指摘した。4カ月で安全性を調べる時間などあるはずもなく、数回の検討会を実施したのみでゴーサインを出したということだ。
こうした経緯にふれた印鑰氏は、「アメリカのトランプ大統領の命令に真っ先に答えたのが日本だ。今、EUで議論をしており、“流通するなんてとんでもない”という人も多いが、“流通するのであれば必ず表示が必要”といっている」とのべ、日本政府の決定は、世界的に見ても問題を抱えていることを指摘した。
リージョナルフィッシュ社は、日本政府が「ゲノム編集」食品の流通を解禁したのと同じ2019年に設立された京都大学・近畿大学発のベンチャー企業だ。2021年9月にゲノム編集マダイで最初の届出をおこない、現在までに五系統のゲノム編集魚の届出をして販売を開始している【表①参照】。
しかし、現在のところゲノム編集魚はスーパーなどでの取扱いはなく、販売はオンラインのみ。価格帯も高額で、「22世紀フグ」×「下鴨茶寮」贅沢セット1万2980円、「22世紀鯛」贅沢鯛めし3500円などのほか、新宿高島屋が2023年7月におこなった食フェアで販売したラーメンは2食2980円だったという。宮津市のふるさと納税返礼品も、「ゲノム編集」トラフグの焼きフグセットが4パック3万2000円、鯛めし(2~3人分)が1万7000円などとなっている。
印鑰氏は「高級食でありながら、マダイの場合、筋肉のつき過ぎを抑制する遺伝子を壊したので、食感が違うそうだ。刺身にこだわりのある人が刺身で食べると違和感があるから、加熱してくれと書いてある。それで普通の養殖マダイより高い。これは売れるのだろうか? と非常に疑問を持っている」と語った。
販売量がわずかにもかかわらず、リージョナルフィッシュ社は全国に陸上養殖場を拡大しつつある。印鑰氏の調べでは、九州地域のほか、東日本大震災の被災地である気仙沼市でも陸上養殖場を建設する計画が持ち上がっているという【地図参照】。当初15人だった社員も63人まで増加している。ただ、陸上養殖は現在のところ認可不要で、基本情報を水産庁に届け出るのみとなっているため、だれが、どこで、なにを養殖しているのか、全体像の把握が困難な状況にあるという。
とくに「ゲノム編集」魚など、遺伝子操作した生物の陸上養殖がおこなわれていることを地方自治体が把握していなければ、自然災害などでバイオハザード(生物災害)が起きた場合の対策を講じることができない問題も抱えている(水産庁は、届出は都道府県を通じておこなう仕組みであり、都道府県は把握していると説明したが、市町が把握しているかは不明)。
印鑰氏は「だれも買っていないのにリージョナルフィッシュ社がなぜこれほど拡大できるかというと公金だ」と指摘した。農林水産省、経済産業省、中小企業庁、文部科学省など各省庁から、「スタートアップ支援」などの名目で各種の補助金が同社に注がれており、採択された事業だけでも最大で合計37億円規模にのぼる【表②参照】。このうち、実際にどれだけの金額が支払われているのか明確ではないものの、多額の公金が投じられていることは間違いない状況となっている。さらに、京都府(技術支援、補助金)、宮津市(ふるさと納税返礼品への採用)など地方自治体もバックアップしている。印鑰氏は、リージョナルフィッシュ社が民間投資も40億円獲得し、スタートアップから本格操業に移行しつつある状況を明らかにし、その後ろ盾になっているのが公的資金・支援であることを指摘した。
同社はさらに海外進出も計画しており、それを経産省が後押ししている。インドネシアは漁民の反対で頓挫、現在タイへの進出を計画しているという。印鑰氏は「タイはアジアの水産大国だ。そこでゲノム編集魚が広がれば、アジア全体が変わってしまうという大きな問題を秘めている」と警鐘を鳴らした。
「対話には応じない」 スラップ訴訟ちらつかせ

【参考】ゲノム編集によって開発された「マッスル真鯛」(左側)
こうした多額の公的資金を受けて事業展開しているリージョナルフィッシュ社が市民に対しどのような対応をしているか、宮津市の市民団体「麦のね宙ふねっとワーク」の井口NOCO氏がこの間の経験を要旨以下のように話した。
2019年に京都府からの助成を受けて宮津市にリージョナルフィッシュ社が参入してきた。2021年12月に宮津市のふるさと納税返礼品にゲノム編集トラフグが出品され始めてから、今まで一度も市民との対話に応じていただいていないことを念頭に置いてほしい。
この問題が起こった当初、私は賛成・反対どちらの意見も聞きたいと思った。本当にこの技術が安心安全なのか、宮津の海に影響を及ぼす心配はないのか、企業や国から「絶対に安心だ。責任はとる」と面と向かっていっていただける、または賛成・反対の双方の意見を持つ人たちと開かれた場で公平な議論がなされたのであれば、今日ここに来ることはなかったと思う。
ゲノム編集について話してほしいとお願いしたところ、印鑰智哉氏、河田昌東氏は快くすぐ来て下さり、心ゆくまで疑問に答えて下さった。山田正彦氏にもお越しいただいた。一方で、3人の方が宮津に来られるさいに、リージョナルフィッシュ社に来てほしいといったときも、施設の見学もすべて断られた。同社は対話を拒むだけでなく、『日経ビジネス』の取材で、私たちの「会って話してほしい」「情報公開をしてほしい」という要望に対して、「われわれのいうことにも聞く耳を持ってほしい」と答えている。こちらは手を広げて待っているので、いくらでもそのチャンスはあったのではないかと思う。
反対の声を上げている市民に対するミスリードは、いわれのない誹謗中傷をひき起こすことがある。インターネットでも私たち「麦のね宙ふねっとワーク」に対し、「科学のわからない頭の悪い市民だ」「宗教団体か」「またお気持ち表明か」などなど、相当数のコメントが寄せられたこともあった。
また、宮津市で一度だけ、市民限定で同社の代表と国の安全委員会の委員による講習会が開かれたが、そのときにも同社の代表から、私たちが営業妨害をする過激な市民団体であるかのような発言があった。一問一答形式であったため訂正も叶わず、オンラインでもライブ配信されたため、宮津市民には今でもそのように思っている方もいると思う。人間関係の近い地方都市なので、とても辛い思いをした。
昨年はさらに、追い打ちをかけるようなできごとがあった。2023年末にリージョナルフィッシュ社代理人弁護士から、共同代表の2人に書簡が届いた。第1通目の内容は、私たちの活動に対し、「名誉毀損行為」「信用毀損行為」「営業妨害行為」の3点の侵害行為をおこなっており、万が一、今後も誤った事実認識にもとづく情報の発信を続ける場合は法的措置も検討せざるを得ないという内容だった。
署名活動や請願、インターネットで個人の考えや情報を発信することはれっきとした権利であるうえに、その前に相互理解を得ようとする機会を持たなかったのは同社であったのを踏まえていただければと思う。
その後も、「対話によって相互理解を得ましょう」という提案を書面にて送ったが、その答えは「対話に応じるつもりはない」というものだった。その理由は「対話のための基礎が欠如している」「民事責任のみならず刑事上の犯罪行為が含まれる」「事業者としての遵法精神が欠如している」「最低限の社会理念と考えている事項すら理解いただけない」などというもので、謝罪・撤回しなければ、さらに損害賠償請求を検討しているということだった。その後さらに3通目、4通目と、能登半島地震で被災し、半壊した施設への不法侵入、不正競争防止法などにもとづき損害賠償請求するなどと書かれた書面が内容証明にて送られてきた。
私だけでなく、共同代表の矢野に対しても、私の名誉毀損等の不法行為への加担をおこなわないようにという文書が送られている。「さらなる誹謗中傷が確認された場合は共同被告とする法的手続きをとる」と続いているが、そうした文章には事実でないことや事実誤認が多く含まれていた。
現在正式な訴状は届いていないが、私たちは今後も分断をはかろうとする、また言論封殺をしようとする圧力に屈することなく事実を積み上げ、信念を持って活動を続けていきたいと思う――。
このように話した井口氏は、リージョナルフィッシュ社がNTTと立ち上げた新会社も含めて全国に大規模なプラントを広げつつあること、宮津市でも関西電力エネルギー研究所跡地をサステナブルパークとして再開発し、同社が土地を購入する計画が持ち上がっていることを明らかにし、「宮津も心配だが、とくに津波被害のあった場所で復興をうたって陸上養殖をすることを大変心配している。気仙沼ではゲノム編集技術をもちいるかどうか、まだわからないが、事業内容が情報公開されないままだったら、いつの間にかゲノム編集魚の養殖が始まってしまう可能性もある」と警鐘を鳴らした。
また、能登半島地震で富山県射水市の近畿大学実験場(リージョナルフィッシュ社)が半壊したさいにも、農水省や環境省は現地確認に出向いていないことを指摘。「いったいどなたが現在の飼育状況を把握しているのだろうか。実際問題、無法状態なのではないかと近くに住む私たちは大変不安に思っている」とのべた。
3月8日に記者会見 麦のね宙ふねっとワーク

院内集会で語る井口氏と矢野氏
最後に、能登半島地震以後、何度か宮津の魚を持って炊き出しに行ったことにふれ、「能登の復興はまだまだ進んでいない。海底が隆起した能登半島でも、もしかしたら大規模な陸上養殖が始まってしまうのではないかと心配している。安全性も生産性も不確かなゲノム編集魚に公金をつぎ込むことよりも、能登の漁業、市民の暮らしをまずとり戻すことに注力いただきたい」「各省庁や議員のみなさんには、今後も多額の公金を出すのに値する企業なのか、ゲノム編集技術に対しても、国が安心安全を担保できるだけの十分な知見があるのかどうかをしっかりと検証していただき、企業には情報公開と市民に対する説明責任を果たすよう強く求めていただきたい」と訴えた。
共同代表の矢野めぐみ氏も、「京都の北の小さな町でのできごとで、本当に心細い思いをしているなかで、こうして集まっていただき、応援していただいて心強く思っている」と挨拶した。
「麦のね宙ふねっとワーク」は3月8日(土)午後2時から、リージョナルフィッシュ社代理人からの内容証明文について、印鑰智哉氏や有志の弁護士の同席のもと、正式に記者会見を開催する予定だ。
有志の弁護士の一人は、「身近な安全や食、環境について声を上げ、議論をする、みんなで意見を出してルールをつくっていくことは、民主的な社会のために非常に重要なプロセスだ。そのプロセスのなかで国に規制を求めたり、企業等に技術の開示を求めたり、署名を集めるといったことが付随してついてくる」と指摘。それらの活動のうち、どこまでが合法で、どこからが権利侵害かという判断は立場によってさまざまであるとしたうえで、「ただ、一番怖いのは萎縮することだ。なにか違和感があると思ってもだれも声を上げず、黙っているような社会がいいのかどうかということだ」とのべた。
また、「市民がよりよい社会を目指して自分たちの自由や権利のためにたたかうこと、不断の努力をすることは憲法12条でも定められている市民の責務。市民のみなさんには自信を持って声を上げてほしい、議論をしてほしいと思っている」とし、院内集会に参加した省庁職員に対し、「最近は企業活動の自由に重きが置かれていると思う。市民が市民の声を政府や役所に届けるのは非常に重要なことだ。それは社会がきちんと機能していることの証拠なので、真摯に耳を傾けてほしい」と投げかけた。
「麦のね宙ふねっとワーク」の記者会見は以下の日程でおこなわれる。
■日時/3月8日(土)午後2時~
■場所/クロスワークセンターMIYAZU(宮津市鶴賀2164-2)
■取材・参加申込/090-4303-1730(井口NOCO氏)まで。
オンライン申し込みフォーム:https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfqPh4a11xVEEH4HBU9pnChSgoVW231__-joycp2e4H69BOdQ/viewform
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