衣・食・住は人間が生活していくうえでの基本であり、そのうち雨風をしのげる住居はなくてはならないインフラと見なされてきた。ところが今東京では、マンションが高額になりすぎて、現役世代が家を買おうにも二の足を踏んでいるのだという。2023年に東京都区内で供給された新築マンションの平均価格は、1億円をはるかにこえる1億1483万円となった。値上がりを牽引しているのがタワマン(タワーマンション、地上20階建て以上の超高層マンションのこと)だ。
タワマンを買う4種類の人
今、都心部では、三井不動産の東京ミッドタウン八重洲や森ビルの麻布台ヒルズに続いて、東京五輪選手村跡地にできた「晴海フラッグ」など湾岸部を中心にタワマンの建設ラッシュが続いているという。ある調査では、2004年から2023年までに首都圏で供給されたタワマンは約22万戸にのぼる。同時期に首都圏に供給されたマンション全体の戸数が約92万戸なので、ここ20年間の新築マンションの約24%、4戸に1戸が「超高級マンション」と呼ばれるタワマンだった。
不動産にかかわる事業をやってきた著者によると、タワマンを買っている人は以下の4種類に分けられる。
第一に、所得収入が多い富裕層で、みずからのビジネスにおける成功の証としてタワマンのオーナーになる場合。別に自宅を持っている人が多い。
第二に、富裕層のなかでも、相続が心配になった高齢者が買う場合。「タワマン購入は相続の場合の節税効果が絶大(タワマンは同じ敷地内に大量の住戸があるため、土地評価額算定のさいの土地面積が小さくなる)」といわれる。相続を終えたら、お役御免で売り払うわけだ。
第三に、国内外の投資家が買う場合。投資家はタワマンに投資し、値上がりを待って売り払い利ざやを稼ぐ。その多くはテナントに賃貸して当面の運用益を確保しつつ、時期を見て売却する。空箱のまま持っている投資家もいる。
この三つの場合、タワマンはもはや住むためのものではなく、投資や節税でもうけるための金融商品になっている。資材高騰や人手不足もあるだろうが、著者は今の不動産価格高騰の原因はこのマンションの金融商品化にあると指摘している。
そして第四に、世帯年収1500万円ごえの「パワーカップル」で、彼らが実際に住んでいる人だ。夫婦の世帯年収を1500万円とすると、住宅ローンを組める総額は年収の25%以内なので、期間35年・金利2%で9433万円借りることができる。だがそのことは、毎月31万円余りのお金を35年間払い続けなければならない(ボーナス払いなしで)ことを意味する。この先、今の日本経済の状態がそのまま続くことはありえないし、首都直下や南海トラフ地震も取り沙汰されている。とくに湾岸部は津波や液状化に脆弱だ。
国が再開発への規制を緩和
こうして首都圏に高層ビルや高層マンションが乱立するようになった背景に、30年前からの政府の規制緩和があるのも見逃せない点だ。1990年代半ば以来、都市計画や再開発に関する各種法規制が改定され、東京都心部の容積率(敷地面積に対する延べ床面積の割合)は大幅に緩和された。また、建物の高さ規制も緩和・撤廃されていった。
工業地帯であった湾岸エリアでは、容積率が200%だったものが、400~600%にかさ上げされた。「もっと高く、もっと大きなビルを」が可能になったわけだ。
著者は「晴海フラッグ」の現状も報告している。五輪選手村跡地に、分譲19棟4145戸、賃貸四棟1487戸を建て、周囲に商業施設や介護住宅、保育施設を併設した。
通常、自治体などが分譲する場合、投機的な動きを防ぐために「一定期間の転売禁止」「不動産業者など法人による購入禁止」などを課すが、晴海フラッグはなんの制限ももうけなかった。その結果、物件引き渡しと同時に部屋を転売する者があらわれた。引き渡し直後に賃貸募集を出す物件も100件をこえたという。ここでも金融商品化の弊害があらわれている。
深刻化する空き家と老朽化
その一方で、全国では空き家が急増している。総務省によれば、2023年に全国の空き家は約900万戸となり、前回調査(2018年)から約51万戸も増えた。総住宅数に占める割合(空き家率)は13・8%だ。東京都は空き家率が10・9%で、全国平均よりも下にあるが、実数では90万戸とダントツ1位である。
敗戦後、日本は1960年代の高度成長期に、若い人材が全国の農漁村から東京、大阪、名古屋などの大都市・工業地帯に集中した。その世代は都心にある職場から離れた郊外にマイホームを持ち、田舎とは疎遠になり、やがて田舎の親が亡くなると実家は空き家化した。しかも家を解体して更地にすると固定資産税が跳ね上がるので、空き家のまま放置する例が増えた。そして地方は少子高齢化が進み、住民生活に不可欠なインフラも乏しくなっている。
さらに高度成長期に首都圏に出てきた人たちも、いまや後期高齢者となり、その子どもたちは多くがみずからの家を持って、郊外の実家に帰る予定はない。こうして大都市圏郊外の空き家問題、郊外マンションの老朽化問題が深刻化している。
「住宅が足りない」「家が買えない」といわれる一方で、国内にも首都圏にもたくさんのまだ住むことができる空き家があるわけだ。
かくて、全国的に空き家が増え続けているのに、首都圏では住むためでなく利ざやを稼ぐためのマンションの建設ラッシュがやまず、お陰で住宅価格が高騰して一般庶民は家が買えない。政府が国民の生活を守る責任を放棄し、大企業や富裕層ばかり優遇してきた結末である。被災地の人々が、まともな住む家もないまま放置されていることがそれを象徴している。
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