秋田に伝わるわらべ唄に、次のような歌詞がある。
「上見れば 虫っこ
中見れば 綿っこ
下見れば 雪っこ」
上を見れば虫が飛んでいるように見え、ふわりふわりと下りてくる雪を見れば綿のように見える。雪は朝から1日中降り積もり、私が子どもの頃は、雪で窓が塞がってしまうこともあった。外に出てみると、家々の屋根は夜の間に積もった雪で、一面真っ白になる里山の冬。
春の訪れ。雪どけ。日中の太陽に照らされ、ぽたぽたと水滴が落ちた地面の上から雪どけが始まる。山に積もった雪もゆっくりとけ出し、田畑を潤す。
私は、四季の移り変わりが見える里山で育った。まさか風力発電に関係する建物が建つことはないだろうと安心していたが、送電線を支える送電鉄塔が9基も建設されることになった。雪どけと同時に工事が始まり、里山近くの斎場の前に巨大な姿をあらわした。小高い牧草地を利用しているため、里山のどこから見ても、送電鉄塔は風車のように視界に入ってくる。里山の空は澄み切った青空、緑豊かな山々だった。金属の不気味な色が九基もその景色に入り込む景観と、環境に与える影響には不安を抱く。
私が「由利本荘・にかほ市の風力発電を考える会」で活動を始めたのは、秋田県に国内初の大型洋上風力発電が建設される2021年に、秋田港湾で基礎工事を見学してからである。今でも、基礎杭の打設音(打ち込みの音)は脳裏に焼き付いている。というのも、予定時刻が変更に次ぐ変更と延長で、夜の帳が下りた頃に、突然腹の底に響き渡る銅鑼の音のような打設音が、真っ暗な秋田港湾に共鳴したからだ。見学の人々も、呆気にとられ、呆然と暗闇を見つめていた。後日、近隣住民から苦情や問い合わせが寄せられたと報道があった。今では秋田港湾の13基、能代港湾の20基、合わせて33基が稼働している。
先日、能代港湾の風車を見る機会があった。強風を受けながら風車が回る様子を見て、洋上ではバードストライク、海底では海の生き物への影響を痛いほど感じざるをえなかった。
能代市の田畑では、巨大風車(高さ147㍍)の工事準備をしていた。その様子を見て、やがて由利本荘市も、何十㌧もの工事用重機等を運ぶための分厚い鉄板を無数に敷き、土地を破壊することになるだろう。「やはり建設を許してはいけない」と怒りがわいてきた。
先日、山田征氏(環境活動家)の講演で、2013年に「農山漁村再生可能エネルギー法」が閣議決定され、地域の自然資源(森林・水・土地)で再エネ事業ができるようになったこと、2018年までに全国100カ所に増やす計画があったことを知った。だから最近は、いとも簡単に風車が乱立し、自然破壊が進んでいるのではないか。久しぶりに由利本荘市を来訪した人も、「風車の音がうるさい。あちこちに増えて気持ちが悪い」と話していた。本来は自然豊かな里山のはずなのに、森林は伐採されてはげ山になり、自然と共存してきたわが故郷はどうなってしまうのだろう。心が痛むことばかりだ。
心が痛むことは、風車による健康被害も同様だ。これまで風車による低周波音や超低周波音の被害は表に出ていなかった。2022年に健康被害者が集まって「風力だめーじサポートの会」を立ち上げた。私たちは、個々に現状を聞きとり、仲間に寄り添いながら活動している。症状もさまざまで、動悸や心臓の痛み、鼻血が出るなど、体調不良のひどい会員。風車に近づくと、めまいや頭痛、そして動悸や息切れを感じる会員。風車から離れた距離にいても低周波音を感じる会員。
由利本荘市は、海岸線付近に風車の乱立が多い。居住地が小型風車に囲まれている会員宅に、実際に宿泊させていただいて体験してみた。風車が回らないと何も感じないが、風車が回り出すと軽い頭痛を感じた。会員の家族は、風車が建ってからずっとこの状況にさらされ、苦痛に耐えてきたのだ。心が痛む。
環境省は認めていないものの、実際に由利本荘では、低周波音や超低周波音の影響は風車稼働後3~5年で顕著にあらわれている。会員以外でも、「この頃風車の音がうるさくて夜は眠れない」「体調不良を感じるようになった」といった声が多くなってきている。
2030年からは、本荘マリーナの海岸で65基の巨大洋上風車が稼働し始める。既存の風車と合わさって低周波音の影響は地域住民に広がり、やがて風車の健康被害は水俣病のような公害になるだろう。
海外では、風車の影響で体調不良の症状が出た場合、風車病と認められているが、日本ではないもの扱いである。政府は科学的なデータがないことを理由に、風車と健康被害の因果関係を認めないと決めているからだ。確かに、現在の生活に電気は欠かせない。自然の力を利用した発電が必要なことは分かる。しかし、地球の自然を破壊し、人間の健康を害してまですることなのだろうか。地球にも人間にも本当に優しい電力を生み出す方法を考えるべきだと思う。
ため息が出るような雄大な海、自然。まもなくその風景に無機質で血の通わない巨大な風車が隙間なく立ち並ぶ。海は誰のものになったのだろうか。私たちの会は、声を上げられない被害者をつなぎ、これ以上新たな被害者が出ないようにするために、引き続き活動を続けていく。