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限界点に来た日本の畜産  食政策センター・ビジョン21代表 安田節子

 2024年2月時点の畜産統計によれば、酪農家は700戸減、肉用牛では2100戸減、養豚では240戸減と離農、廃業が加速し、畜産・酪農危機が深刻化している。

 

 なかでも酪農は危機的だ。10月に初めて酪農家戸数は9960戸と1万戸の大台を割り込んだ。9月時点で酪農家の6割が赤字と回答。酪農家の約半数が離農を検討していることも分かった。酪農家の4割以上は1カ月の赤字が100万円以上、86%が借入金を抱え、そのうち6軒に1軒は「1億円以上」という(一般社団法人中央酪農会議「酪農経営に関する実態調査」)。

 

輸入飼料で成り立つ日本の畜産

 

 畜産で特に経営を圧迫しているのが生産費の3割から4割を占める飼料の輸入価格の高騰だ。輸入飼料は濃厚飼料(トウモロコシ・大麦・小麦・大豆と油を絞った後の油粕など)で、主に米国から輸入している。濃厚飼料自給率(令和4年度)は13%しかない。濃厚飼料は近代化畜産に不可欠であり、ほぼ自給する粗飼料(青刈りトウモロコシの実と茎葉を発酵させるサイレージや牧草など)では不可能な、短時間での肥育、莫大な産乳・産卵を可能にしてきた。日本の畜産は飼料を米国に依存しなければ成り立たなくなっている【表1】。

 

 米国は日本に関税撤廃させて飼料穀物の輸出を推し進めた。その後、自由化交渉を通して畜産物も輸入せよと迫った。輸入は増え続け、いまや畜産物のほぼ半分を輸入が占めるようになった。

 

 牛肉の場合、1991年牛肉オレンジ自由化で数量規制から関税化に移行し牛肉輸入量は増大した。さらに日米貿易協定(2020年1月1日発効)により米国産牛肉に対する関税率がこれまでの38・5%から26・6%に引き下げられた。関税率は2023年度まで下げられ、最終的に9%となる。今後も輸入牛肉の価格は下がり続ける。

 

 酪農家の経営を圧迫するのが乳製品の低関税輸入枠(カレントアクセス)だ。

 

 この枠は、農産物の自由貿易を推進するGATTウルグアイ・ラウンド農業交渉の1993年の合意を基に95年度から設けられた。現行(カレント)の輸入実績に基づき、輸入の機会(アクセス)を他国に開き続けるというもの。日本の場合、生乳換算で13万7000㌧もの輸入枠が設定され、義務ではないのに毎年全量を輸入し続けている。

 

 コロナ禍による需要減で生乳がだぶつき、ウクライナ戦争や円安を背景とした飼料価格や電気代の高騰で、酪農家の経営が一段と悪化した。生乳の需要減との「ダブルパンチ」で疲弊しているのに、政府はカレントアクセス枠の全量輸入を続ける一方、酪農家には減産を強い、2023年3月から、乳牛を殺処分すれば1頭あたり15万円を交付するとし、4万頭を目標にした。余れば減産、不足には即輸入で酪農家を疲弊させてきた。

 

 また推進されてきた大規模化によってこの30年強の間で酪農家の戸数は5分の1ぐらいに減り、1戸あたりの頭数は3倍強にまで増加している。しかし、高価格の設備が負債となり、毎日搾乳が必要なのに生乳が売れない事態になれば日持ちできない生乳は廃棄するしかないなど、もろ経営に行き詰る【グラフ1】。

 

 政府は一貫して米国の工業的畜産に倣い、大規模化や肥育促進を進めてきた。しかし、今や、その弊害が露わになっている。

 

 品種改良では、「成長率の向上」や「乳量」、「産卵数」の増加、「肉質改良」、より多く産ませる「繁殖能力の向上」といった生産性の向上が追求されてきた。しかし、人為選抜をくりかえした品種改良(改変)によって、家畜や鶏が、本来備わっていた自然免疫力を失い、薬や抗生物質が不可欠となっている。

 

鶏の品種改良

 

 「ブロイラー」は鶏種ではなく米国の食鶏規格の用語で、孵化後2カ月半以内の若鶏の呼称だ。品種改良によって高速で成長し、通常、成鶏に達するのに4~5カ月かかるところを40~50日で成鶏の大きさに達する。

 

 【図1】では2005年のブロイラーの場合、44㌘の雛が56日目には4202㌘に高速で成長している。

 

海外依存の改良品種

 

 日本の養鶏事業は、原種鶏や種鶏をほぼ海外に頼る構造になっている。1963年から欧米の育種大手が開発した採卵鶏やブロイラーの種鶏の雛が大量に輸入されるようになった。たくさんの卵を産むように品種改良された採卵鶏、また短期間で急激に成長するように品種改良された肉用のブロイラー鶏が市場を席巻し、養鶏業は欧米企業依存の構造となった。輸出元の育種企業は種鶏・原種鶏を雄または雌の一方しか販売せず、そのため利用者は再生産を行うことはできない。

 

品種改良で病気に弱いブロイラー鶏

 

 肉用のブロイラーは骨格構造が成熟するよりも速い速度で体重が増加するため、脚弱、歩行困難に陥ることも珍しくなく短命だ。病気やウイルスに対する抵抗力も弱い。

 

鳥インフルエンザの蔓延

 

 年々、鳥インフルエンザの規模が拡大している。

 

 2024年11月、高病原性鳥インフルエンザの発生のシーズンとなり、発生が相次いでいる。過去最多だった2022年シーズンに匹敵するペースで発生。2022年は1771万羽という過去最大の殺処分となった。全国の養鶏場が大規模化しているからだ。大量の殺処分で鶏卵がひっ迫する事態となったが、ヒナから育てるわけだからすぐに不足分を補うことはできない。

 

 無症状の鶏も関係なく全殺処分というやり方に批判がある。分散型鶏舎にすることで全殺処分しない海外の取組もある。

 

密飼いの大規模工場養鶏が強毒性のウイルス変異を生む

 

 野鳥や渡り鳥がウイルスの運び屋とされ、農水省主導でウィンドレス(無窓)鶏舎建設が推奨されてきた。ところが、鳥インフルが発生した鶏舎の多くがウィンドレスの鶏舎だった。ウィンドレスで、ウイルスの侵入を100%防げるわけではない。ウイルスやこれを運ぶ小動物からみれば穴だらけなのだ。

 

 農業情報研究所の記事(2005年11月15日)によると、オタワ大学のウイルス学者アール・ブラウンがカナダの鳥インフルエンザ発生後に「高密度飼育は強毒性鳥インフルエンザ・ウイルスを生み出す完璧な環境である」と指摘。同年10月、国連タスクフォースは、鳥インフルエンザ・パンデミックの根源のひとつとして、“巨大な数の動物を小さな空間に密集させる”農業方法をあげている。

 

 鳥インフルエンザ・ウイルスが大規模養鶏場に侵入すると、密飼いされ免疫力の低い鶏たちの間で感染が次々と繰り返されていく。そのうちウイルスは高病原性の鳥インフルエンザ・ウイルスに変異してしまうのだ。

 

ブタの場合

 

 国の「家畜改良増殖目標」は、「増体性に関する遺伝的能力の向上を図る」ことを掲げてきた。成長の早さ(高増体率)で選抜を重ねた結果、急速成長するブタが肢に骨軟骨症を発症しやすくなっている。また、繁殖率の向上は子豚の死亡と母豚のストレスを増加させる。多くの研究が、産子数の増加は豚の福祉の低下の危険因子であると結論付けている。現在、日本の母豚一腹当たりの産子数は9~10頭。豚はイノシシが家畜化されたものだが、イノシシは4~5頭ほどの産子数なのでその倍になっている。政府の家畜改良増殖目標は令和12年度に11・2頭(ランドレース種)とし、さらに上を目指す。

 

増え続ける乳量

 

 農水省家畜改良増殖目標(2020年3月)によれば、乳用牛の1頭あたり年間乳量は図のように増加し続けている。2022年は8840㌔㌘に達し、1年間に9㌧近くもの牛乳が搾れる。驚異的な量だ。産まれた子牛が年間に必要な乳量は、1000㌔㌘ほどだ。肉用牛の年間乳量が1000㌔㌘ほどで、これが本来の乳量なのだ。

 

 農水省「家畜改良増殖目標」の2030年目標は9000~9500㌔㌘としている。「すでに乳量の伸び悩みが見られ、受胎率の低下や供用期間の短縮傾向が続いている」と記述されているが、それは限界点に来ていることを示している。配合飼料を多給する乳量偏重から長命の強健な乳牛への転換が求められる【グラフ2】。

 

 ホルスタイン種は、乳肉兼用種だったのを、米国やカナダでたくさん乳が出る乳専用種に「品種改良」された。乳専用種といっても人間と同じで出産しないと乳は出ない。人工授精し、出産させ、産まれてすぐに子牛を引き離し、人の消費のために乳を搾る。そうした乳用牛が「乳牛」だ。

 

 乳量の多い牛ほど病気が多い。原因は、大量の乳を出すことにエネルギーを費やし、代謝機能が阻害されるためだ。

 

 土着の在来種は経済性が低いとして飼われなくなって消え、人為的に作り出された限られた品種に人類の食料を依存している。

 

 鳥インフルエンザ、トンコレラ、口蹄疫等感染症の蔓延が家畜を襲っている。在来種が持っていた強靭さを失い免疫力が低下しているうえ、人為的選抜と近親交配によって同じ偏った遺伝子を保有する群れは、壊滅する危険性をはらんでいる。

 

 食肉検査で、病変のある内臓などを廃棄した一部廃棄率が6割を超えることに驚く。一部廃棄の肉は健康な畜産物とは言い難いが市場流通する【表2】。

 

 ストレスのある飼育と免疫力低下に対し薬剤が多用され、飼料は輸入の遺伝子組み換えの大豆やトウモロコシでグリホサートなど農薬も残留、それらが家畜や鶏の健康に悪影響を及ぼしている。

 

 飼料の輸入依存から脱却し、自給の飼料米や粗飼料に、さらに放牧にすれば、牛も豚も鶏も健康になる。耕作放棄地対策にもなる。欧州ではゆっくり成長する在来の鶏種を採用する動きが広がっている。動物福祉に配慮した幸せな飼育で強健な家畜・鶏を育てることがいま、日本の畜産に求められている。

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