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『首都直下 南海トラフ地震に備えよ』 著・鎌田浩毅

 2011年の東日本大震災を経て、日本列島は地震の活動期――「大地変動の時代」に入ったといわれる。とくに喫緊の課題は、首都直下地震、南海トラフ地震とそれに誘発される富士山噴火だ。この本は、地球科学を専門とする著者が、3・11以降に内陸地震が増えている事実、再び活発となっている活火山の状況など、最新の科学的知見をとり入れて、自身の『地震と火山の日本を生きのびる知恵』(2012年)、『首都直下地震と南海トラフ』(2021年)を全面的に見直した改訂版として著したものだ。

 

寝た子起した東日本大震災 軍備より防災を

 

 東日本大震災の放出エネルギーは、1923年の関東大震災の約50倍、1995年の阪神淡路大震災の約1400倍である。著者はいう。「東日本大震災は、いわば寝た子を起こしてしまったようなもので、プレートに溜まったエネルギーは震源域を次々と広げながら今後も解放される可能性が高い」。

 

 懸念される第一は、M7クラスと予想される首都直下地震だ。
 東日本大震災の直後から、震源域から何百㌔も離れた内陸部で規模の大きな地震が頻発している。熊本地震や北海道胆振東部地震、能登半島地震がそうだ。これは太平洋プレートと北米プレートの境界で起きる海溝型地震とはまったく別の、内陸型の直下型地震で、活断層がくり返し動くことで発生する。

 

 東日本大震災で、日本列島は5・3㍍東側に移動し、太平洋岸の地盤は最大1・6㍍沈降した。つまり東北や関東が乗っている北米プレートが思い切り水平方向に引き延ばされたわけだ。そして地殻の弱いところが断層として動き出す可能性が高まった。この正断層型地震がいつ、どこで起こるかは予測がつかない。日本列島には活断層が2000本以上あるうえ、未知の活断層も多いからだ。日本はどこにいても地震からは逃れられない。

 

 この内陸型の直下型地震が直撃する地域のなかでもっとも心配されているのが、東京を含む首都圏だ。首都圏では人と資本の一極集中が加速し、現在、総人口の3分の1、約4434万人が暮らしている。

 

 政府の中央防災会議は、首都圏でM7・3の直下型地震が起こった場合、死者1万1000人、全壊・焼失家屋61万棟、経済被害93兆円と想定している。政府の地震調査委員会は、今後30年間の首都直下地震の発生確率を70%程度と発表した。下町といわれる東京23区東部では、軟弱地盤のために建物の倒壊と液状化が深刻化し、木造住宅が密集する西部では大火によって被害が拡大するとしている。

 

 東京都は2022年に首都直下地震の被害想定を見直し、「災害シナリオ」を加えた。それによると、発災直後には、帰宅困難者も避難所に殺到(首都圏で最大800万人の帰宅困難者が発生)。3日後から、自宅にいた人も加わり物資不足。1週間後から、高齢者の病状が悪化。1カ月後から、略奪や窃盗など治安が悪化する、としている。能登半島地震後の政府対応を考えるとゾッとするような想定だ。

 

 また、政府の地震調査委員会は、今世紀の半ばまでに、太平洋沿岸の海域で、東海地震(静岡沖)・東南海地震(名古屋沖)・南海地震(四国沖)の三つの巨大地震が連動する、M9・1クラスの巨大地震が起こると予測している。それはフィリピン海プレートが西日本に沈み込む南海トラフで起こることから南海トラフ地震と呼ばれる。

 

 著者は、日向灘も連動する4連動地震となる可能性もあり、その場合には高さ20㍍の津波も予想されるので、防災対策も見直す必要があるとのべている。

 

 そして、この南海トラフ地震が富士山の噴火を誘発する可能性がある。海溝型の巨大地震が発生すると、地下で落ち着いているマグマの動きを刺激するからだ。1707年の宝永地震(M8・6)のときがそうで、49日後から富士山はマグマを噴出し、江戸の町に大量に火山灰を降らせた。また、噴火にともなう山体崩壊・土石流の可能性を指摘する研究者もいるが、数十万人と予測される被災住民の避難計画はない。

 

 ただし、突然マグマが噴出する心配はまずないこと、噴火の1カ月前から前兆は観測されるので、直ちに周辺住民に周知して態勢をとればよいと著者は指摘している。問題は、111個ある活火山のうち24時間体制で監視されている活火山が50しかないことだ。世界の他の火山国に比べても防災体制がいかにお粗末か、である。

 

 必要なことは、今動いている原発はすべて停止して巨大地震に備えることである。再稼働や新増設は正気の沙汰と思えない。また、戦争になれば原発が狙われて日本は終わりなので軍備増強などももってのほかで、その予算を防災・減災対策に回さねばならない。

 

地震列島に必要な「長尺の目」

 

 この本の中で著者は、何千年も「地震の巣」の上に住みついてきた日本人として、長いスパンで自然をとらえる「長尺の目」を持つべきだと提案している。

 

 著者の住む京都は、三方を山に囲まれた盆地にあり、その盆地の縁にはいくつもの活断層があって、数千年おきに直下型地震を引き起こしてきた。そして、そのたびに山は隆起し、降雨のたびに表面の土砂は流され、長年月をかけて盆地に流入し、豊かな堆積層をつくった。盆地の下には大きな水瓶ができ、豊富な水がこんこんと湧き出しており、そこで酒や豆腐や湯葉をつくり、京友禅を洗ってきた。何千年に一度起こる地震の営力が生みだした恵み――豊かな土壌と豊富な地下水を求めて、私たちの祖先は京都に都を造営し、産業を生み出し、伝統と文化を育んできたわけだ。

 

 著者のこうした視点は、「地球温暖化問題」にも向けられる。もし地球の大気にCO2などの温室効果ガスがまったく含まれていなければ、地表の平均温度はマイナス10度以下だったと考えられている。それは海洋のすべてが凍り付いた状態だ。46億年にわたる地球の歴史のなかでは、それが数回あった。現在のような温暖な地球になったのは、大気中のCO2の濃度が上昇したためだということが証明されている。長い目で見れば、CO2は悪者でもなんでもなく、地球の環境を一定に保つための重要な「メンバー」なのだ。

 

 しかも、何十万年という地球科学的な時間軸で見れば、現在は寒冷化に向かう途上の、短期的な地球温暖化状況にあるということが知られている。そこから著者は、もともと自然界にあるさまざまな周期の変動現象と、人類の生産活動が引き起こした短期的な現象とを区別して評価しなければならないと強調する。そうした「長尺の目」で捉えなければ、今の国際政治・経済のなかで幅を利かせる「地球温暖化ビジネス」に振り回される事態から、いつまでも脱却できないからだ。

 

 (SB新書、256ページ、定価900円+税)

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