下関市安岡沖に4000㌔㍗×15基の洋上風力発電を建設しようとする前田建設工業(東京)の計画に対して、昨年から下関市民の強力な反対運動が発展してきた。しかし経済産業省の後押しを受ける前田建設工業はこの民意にまったく耳を貸さない。4月には反対運動のリーダー4人を下関署に告訴するとともに、5月には県漁協副組合長を通じて、風力反対で頑張っているひびき支店(旧安岡漁協)の漁師たちに「アマ操業禁止」の攻撃をかけ、地元住民や漁師を恫喝して、昨年実施できなかった環境調査や海のボーリング調査を強行しようとしている。あらわれているのは、多くの住民が風力をやめろといっているのに一向にやめようとせず、それどころか警察や裁判所、海上保安庁なども動かして住民に圧力をかける前田建設工業の強引な姿勢である。なぜそれほどしつこいのか、背後でいったい何が動いているのか、この間の動きを整理してみた。
両岸で住民挙げた大運動を
この間の経過を振り返ってみて浮き彫りになるのは、前田建設工業が、下関市民の8万人に迫る風力発電反対署名、1200人の市民による風力反対デモ、毎月300人近くになる横野町の風力反対アピール行動、安岡や綾羅木の自治会、医師、漁師、商工会や住宅建設業者など数多くの団体の風力反対の陳情にまったく聞く耳を持たず、あくまで工事着工に必要な環境アセス調査をごり押しする、民主主義などクソ食らえの姿勢である。
4月、前田は昨年9月の環境調査が妨害されたといって、威力業務妨害と器物損壊で「安岡沖洋上風力発電建設に反対する会」のリーダー4人を刑事告訴し、これを受けて山口県警が4人宅を家宅捜索し、パソコンや携帯電話などを押収した。前田側が警察を使って反対運動のリーダーたちを萎縮させ、あわせて「数百万円以上の多大な損害」といいつつ恫喝告訴をおこなったもので、住民を脅して大衆行動を封じ、昨年できなかった夏と秋の環境調査を実施することを狙ったものである。警察による告訴された住民のとり調べは今も続いている。
5月には、下関外海漁業共励会会長の廣田弘光が、安岡の漁師たちのアマ漁を「違法操業」だとして禁止を通告した。その後、即操業禁止になるような問題が起こっているわけではないことが明らかになり、ただの脅しやハッタリにほかならないことが暴露された。しかし引き続き6月には、前田建設工業が廣田弘光を通じて海の環境調査をやると通告し、これが安岡の漁師の行動で中止になると、今度は海上保安庁を使って漁師を呼び出すとともに、7月2日、ひびき支店の代表が出席していない共励会の会議で、7月6日から8月31日まで前田の潜水調査とボーリング調査を認めると急きょ決定させた。これに対して安岡の漁師が漁船を出して抗議すると前田は海上保安庁に通報して抑え込もうとし、「話しあいを持つ」というので行ってみると「環境調査は住民の同意がなくてもできる」といい、調査中止の訴えに一切譲歩しなかった。
環境アセスは「調査するだけで、住民に良くない結果が出れば工事はやめる」というようなものではない。事業者自身が実施する工事着工に向けての手続きにすぎず、それが終われば着工になる。下関市環境審議会も意見は出すが、工事をストップさせる役割を果たしていない。前田建設工業・下関プロジェクト準備室は、7日の安岡の漁師との会合で、「まだ着工するかどうかも決まっていない」「これだけ反対の声が強いのだから、着工できるとは思っていない」といいながら、ボーリング調査が何のためかは明らかにしなかった。専門家は「今回のボーリング調査は環境アセスには含まれず、どこに風車を建てるか、基礎は直径何㍍にするかなどを決める調査であり、アセスの結果がどうなろうと必ず着工しますよという意思表示にほかならない」と指摘している。
さらに最近、市内の企業に、「下関市洋上風力発電事業推進のための説明会を13日、下関生涯学習プラザ・海のホール(800席)でやるので、参加されたい」「7日までに参加人数をFAXされたい」という文書が回された。昨年八月におこなわれた推進側の説明会は、関門港湾建設が協力会社を動員して開いたが、今年3月の説明会は、より弱い立場にある下請の住吉工業を前面に立てて旗を振らせた。今回の説明会を呼びかける文書は住吉工業によるものと、もう一つは東亜建設工業(東京)下関営業所によるもので、それには「山口県漁協の廣田運営委員長から参加依頼があった」と書かれてある。
関門港湾建設は安倍首相の有力な後援者で海洋工事では関西以西で鳴らしていることで知られている。加えて同じマリコンの東亜建設工業が同じ説明会に下請・関連企業の動員をかけている。安岡沖の風車一五基にとどまらず、相当な利権が動いているのではと話題になっている。
地域住民がこれだけ反対しているのに、前田建設工業はまったくあきらめようとせず、何度もしつこくやってくる。それどころか警察や海上保安庁を動員してまで力ずくで押し切ろうとする。それは一私企業の判断でできるような代物ではない。背後の経済産業省が、安岡沖や川棚沖だけでなく関門海峡・響灘全体をおもちゃにしようとしているからにほかならない。
北九州市 風力モデル地域に指定
現在、下関の対岸の北九州市若松区響灘地区で、日本最大級の5000㌔㍗風車を合計140基も洋上に建設する計画が浮上している。
発端は環境省が今年3月、北九州市響灘地区を「国の洋上風力発電推進のモデル地域」に指定したこと。この「モデル地域」は、これまで事業者単独で進めてきた風力発電の立地を行政主導でおこなうようにし、それによって環境アセス(方法書の手続き以降)や各種手続きを合理化・短縮する、従来は構想から着工まで5~7年かかっていたものを最大3年程度短縮するとしている。
これを受けて北九州市は、約2000㌶もの埋立地がある響灘地区をエネルギー産業の拠点とする計画を具体化。現在、響灘地区には10万㌔㍗の太陽光発電や2万㌔㍗の陸上風力発電設備があるが、西部ガスの天然ガス火力発電所(160万㌔㍗)、オリックスやFパワーのバイオマス火力発電所(共に約11万㌔㍗)の計画が動き、これに最大70万㌔㍗の洋上風力発電計画を加えて、九州電力玄海原発を上回る260万㌔㍗規模の発電拠点とするとしている。5月に発足した「響灘エネルギー産業拠点化推進期成会」の発起人には安川電機や西日本鉄道など財界の代表とともに、麻生財務相実弟の九州経済連合会・麻生泰会長や北九州市・北橋市長も名を連ねた。
その最大の目玉は洋上風力発電で、「洋上風力発電の立地可能性の高いエリア」として、東端は下関の沖合人工島付近や安岡沖、彦島沖などを含み、西端は白島備蓄基地のある男島や女島を含んでおり、下関の六連島、北九州市の馬島や藍島などの小島は島自体がエリア内に入っている。
また、風力発電を長期的に使用していくため、風車やタワー、基礎工事部品等2万点の関連部品をつくる裾野産業を響灘地区の埋立地に集積させ、それを海外に輸出していく計画も立てている。関連して、三菱重工業は洋上風力発電に本格参入することを表明しているが、最近福島県いわき市沖に建てた7000㌔㍗の風車は、下関工場が発電装置の基幹部分をつくっている。また、白島備蓄基地沖での洋上風車の実証実験は、丸紅がおこなうことも決まっている。
さらに最近明らかになったこととして、来年五月開催の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)に先立って、北九州市で各国エネルギー相の閣僚会合がおこなわれることが決まった。北九州商工会議所の利島康司会頭(安川電機特別顧問)は歓迎するコメントを出した。陸上風力に行き詰まり洋上風力重視に舵を切った欧米の大臣たちを前に、郷土をオモチャにした安倍晋三なり麻生太郎が、響灘洋上風力を「国際公約」しかねないことが懸念されている。響灘を洋上風力だらけにして、「エネルギーの先進地」というのである。
安岡沖に計画されている4000㌔㍗の風車でさえ、高さは下関駅前にある海峡ゆめタワーの1・5倍あり、その基礎を据え付けるために直径60㍍近くの大きな穴を掘らなければならない。それよりも大きな5000㌔㍗の風車をこの海域に140基も建設するなら、響灘はもはや海ではなくなる。140基に加えて安岡の15基、川棚沖の20基など、想像しただけでもゾッとするような「洋上風力にぎわいプロジェクト」が動いている。関門地域は低周波浴び放題の地域と化すことを意味している。
風力発電は低周波音を出すことが特徴である。低周波は、頭蓋骨を貫通して、吐き気やめまい、頭痛といった自立神経失調症に似た症状を引き起こすことが、国内外の立地点から報告されている。騒音と違い、低周波音は二重サッシにしても、コンクリートの壁をつくっても無意味で、転居以外に解決策はないといわれている。140基の風力発電による低周波でいったいどれほどの人が苦しむことになるか。影響は若松にとどまらず、15㌔離れた対岸の下関また戸畑、八幡、小倉など北九州全域に及ぶことは必至である。
風力発電について多くの著書がある三重県の医師・武田恵世氏は、「今ヨーロッパやアメリカでは、風力発電は40㌔以上離さないと住民の同意は得られないというのが常識になっている。関門地域全体に影響は出ると思う。とくに漁業の被害は大きいのではないか。また、関門海峡のように海流が早く、台風が来るような場所に洋上風力を建てた例は世界になく、世界初の実験となり何が起こるかわからない。そもそも九州電力は太陽光発電が増えすぎて買取を拒否するほど電力が余っており、そこに140基というのは、電力の必要からやる事業だとは思われない。モデル事業として補助金や低利融資が得られるからとしか考えられない。何のための洋上風力発電なのかが一番の疑問だ」と語っている。
安倍、麻生といった地元選出の国会議員が中央政界で出世するのと歩みを同じくして、響灘が風力発電のために売り飛ばされ、国策によって関門地域の住民はモルモットにされ、郷土を追われることすら現実味を帯びている。下関と北九州の全住民にとって死活問題である。
安岡沖洋上風力反対の運動は、政党政派・思想信条をこえ、わずか一年で強力な運動になった。この問題を下関の30万市民全体に広げるとともに、北九州100万市民に実情を知らせて、各地域の住民がそれぞれの持ち場で立ち上がり、連携しながら、関門地域全体の大運動にすることが求められている。略奪商売で後進国に襲いかかるのと同じように、東京の大企業が関門地域を狙い撃ちにしているのに対して、下から世論と行動を広げ、国をして諦めざるを得ないほどの力を見せつけることが求められている。
1000人デモを2000人デモ、3000人デモに広げ、関門両岸を挟んで万単位の市民集会を開催するなど、スケールの大きな斗争にすること、民主主義を圧殺する思い上がった政治に痛打を加えることが待ったなしになっている。安保法制の大暴走とそっくりな政治が郷土でも露骨に顕在化し、これとのたたかいが発展している。