現在世界各地で多くのユダヤ人が、ガザの即時停戦、占領の終結、パレスチナの解放を求めてデモ行進などをおこない、イスラエルのジェノサイドへの批判を強めている。ドイツではガザの虐殺に抗議したことで逮捕された人々のなかに、元イスラエル人を含む多数のユダヤ人がいた。ところがこれらのユダヤ人も「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られて非難を受けているそうだ。
この本は、どうして世界の多くのユダヤ人がシオニズムを拒絶し、イスラエルを非難しているのかを理解する助けになる。ユダヤ教のラビ(宗教指導者)たちや知識人たちは、シオニズムがこの世に誕生した19世紀末から、「ユダヤ人国家」という思想そのものを、ユダヤ人にとってもアラブ人にとっても命取りになりかねないものとして批判してきた。著者は、1945年に旧ソ連に生まれ、モスクワのソ連科学アカデミーで学んだ後にカナダに移住し、モントリオール大学教授としてユダヤ教とシオニズムおよびイスラエルを研究してきた人だ。
ナチス思想と酷似 ユダヤ人に嫌われた主張
著者によれば、19世紀半ばのオスマントルコ領パレスチナは、平和な辺境の属州で、宗教、種族、言語の異なる様々な集団が共存して生活していた。当時パレスチナに住んでいたユダヤ教徒、ムスリム、キリスト教徒にとって、ナショナリズムは馴染みのない外国思想だった。
米国のユダヤ教専門家、ラビのジェイコブ・ニューズナーは、「存在するあらゆる宗教のなかで、イスラームとユダヤ教ほど共通点が多く、相互理解のチャンスに恵まれた二つの宗教は存在しない」といった。中世のユダヤ教は、文法、哲学、科学など多くの要素をイスラームから吸収した。ユダヤ人はアラブの知を、ルネッサンス期のキリスト教徒の思想家たちに伝達するうえで重要な役割を果たした。
変化が起きたのは、19世紀末のシオニズム誕生からである。シオニズムの目的は、ユダヤ人をその出身国からパレスチナに移住させ、パレスチナに政治的経済的支配を確立することだったが、その主張があまりにも欧米の反ユダヤ主義者と似ていたので、大半のユダヤ人はこれを嫌った。聖地への帰還は日々の儀礼の一部をなしていたとはいえ、それは政治的な、いわんや軍事的な目標などではなかったし、ユダヤ教の教えはパレスチナに向けて集団で運動を起こすことを、たとえ「諸国民の同意」があっても一切禁じていたからだ。
ところが第一次大戦後、イギリスが領土を中東に拡大する意図から、「パレスチナにおけるユダヤ人の民俗的郷土」への支持を表明すると、それがシオニストたちへの援護射撃となった。
注目すべきは、初期のシオニストの大半が、ロシアや東欧にいた無神論者のユダヤ人であり、彼らが「神の代わりにユダヤ民族を信じていた」ことだ。つまりシオニズムが体現しているのは、数千年間に発展してきたユダヤ教ではなく、19世紀末にヨーロッパの植民地主義が持ち込んだ企てに共鳴した連中の、東欧(ポーランドやウクライナ)の種族的ナショナリズムに影響を受けた思想であり、それはアラブ人の非人間視を特徴としていた。
当時、多くのユダヤ人は、その思想がナチスのドイツ民族至上主義とうり二つだったことから、これを拒絶した。80万人以上といわれるパレスチナ難民を生んだ1948年の第一次中東戦争の最中にも、パレスチナのラビたちが白旗を掲げてシオニズムに反対するデモ行進を敢行したことも、この本の中に記されている。
シオニズムの特徴は、世界中に四散したばらばらの集団から、一つの「新しい民」を人工的につくり出さねばならないことに由来すると著者はいう。しかも、すでに地元に住んでいるパレスチナ人を追い出して入植する入植植民地主義を実行するわけだから、シオニストはアメリカ大陸にやってきた清教徒と同じようにみずからの「道徳的優位性」を信じ込み、原住民は抹殺しなければならない部外者とみなした。それが今につながっている。
このようにユダヤ教とシオニズムの間には巨大な溝が広がっている。そのシオニズムの暴力が最初に向かったのが、ユダヤ人だった。ユダヤ人の弁護士ヤコブ・デ・ハーンは、ユダヤ教超正統派やアラブ人の名望家と結びついて、シオニストは少数派に過ぎないことを英当局に報告し、パレスチナにユダヤ人の民族的郷土を建設する計画を破棄させようとして、1924年に暗殺された。
イスラエル国内の教育は、アラブ諸国に包囲されているという恐怖を煽動し、「祖国のための死」を教え込む狂信的なものだ。そして、ガザ地区での民間人の犠牲を教えようとした歴史の教師を逮捕するなど、真実から目を背けるよう強いている。そうして肉弾として駆り出された戦場は、米軍需産業の新兵器の実験場だ。それは、中国の脅威が煽られ、米本土の盾にされようとしている日本にとっても他人事ではない。
ガザで示した本質 自ら墓穴掘ったイスラエル
しかし、と著者は強調する。ガザの壊滅は、世界中のユダヤ人に入植植民地としてのイスラエルの性格をはっきりと焼き付けた。イスラエルの行動がユダヤ教の教えのすべてに、とりわけ慎み、共感、親切という基本的価値に反するからだ。そして1世紀以上前にシオニズムを拒絶した父祖たちのことを思い起こし、全世界でパレスチナ人を支持する行動に参加している。イスラエルはみずから墓穴を掘ったに違いない。
今、イスラエル国家内外からの声は、「シオニズムの実験は悲劇的な誤りだった。それを停止するのが早ければ早いほど、それだけ全人類のためになる」と呼びかけている。このことが意味するのはヨルダン川と地中海の間のすべての住民に平等を保障し、現在の植民地支配をすべての市民の国家にかえることだ。
その批判は、イスラエルに武器弾薬を供与し続け、パレスチナ人やレバノン人の虐殺を支え続けるアメリカやG7の諸国にも向けられている。これら一握りの国々こそが、国際法を踏みにじり、国際法廷の判決に目をつぶり、他国を侵略して社会全体を荒廃させ、自国民の福祉も完全に無視して、平和な世界をつくる障害になっているからだ。
(岩波ブックレット、88㌻、定価800円+税)