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破綻するシオニズム――ガザ戦争でイスラエルを離れる人々 現代イスラム研究センター理事長・宮田律

(9月11日付掲載)

宮田律氏

 昨年10月7日のハマスによる奇襲攻撃は、イスラエルの安全保障に対する信頼を動揺させることになり、イスラエルで活動していた企業にも資本を引き揚げる動きが見られるようになった。ガザでの戦争の継続、ヨルダン川西岸の不穏な情勢はイスラエルの安全への信頼を低下させたことは否めない。イスラエルはスタートアップ産業などで世界の注目を集めていたが、ガザ戦争で予備役を招集したことはイスラエルの産業から労働力を奪うことになり、経済の低迷を招いている。

 

 イスラエルはシオニズムのイデオロギーに基づいて世界中からユダヤ人を移住させてでき上がった国だが、昨年10月以来50万人もの国民が国外に流出した。ガザ戦争によって治安が安定しないイスラエルに見切りをつける、シオニズムとは逆の人の動きが顕著になっている。

 

 イスラエル政府は国民の国外への流出や移住が国家の存立にとって脅威であることをよく認識している。国の安全保障のために、住宅、職業、財政援助を通じてユダヤ人をイスラエルに集めてきた。国民の支持が政府から離反しないように、ガザ戦争で戦費が嵩むようになっても、その戦費を増税という措置でまかなうことを避けるようにしている。

 

 ユダヤ人の国民の流出によって、国内のアラブ人やヨルダン川西岸・ガザのパレスチナ・アラブ人との人口比が逆転してしまうのではないかという恐懼(く)がイスラエル政府の指導者たちにはある。さまざまな誘惑的措置によってユダヤ人たちをイスラエルに集めようとはしているものの、イスラエルの総人口は東京都の人口よりも少なく、1000万人にも満たない。イスラエルから流出していったユダヤ人たちが現在のイスラエル社会について語ることも、それが否定的なものであれば、今後のイスラエルへの移住に影響を及ぼすことだろう。

 

 ネタニヤフ首相やイスラエルの極右閣僚たちはガザでの戦争を継続するつもりでいるように見えるが、たとえガザでの戦争が終わっても、イスラエルがハマスやレバノンのヒズボラなど周辺に脅威を抱え続けることは確かで、周囲が敵に囲まれた環境の国に魅力を感じるユダヤ人は決して多くないだろう。イスラエルでよほどの生活の改善が約束されない限り、イスラエルへの移住を決意することは容易でない。イスラエルでは男女ともに兵役があり、また兵役が終わっても予備役としての招集もある。イスラエル政府はユダヤ人移民を呼び込むために、今月から新たな移民に対して、評価額が200万シェケル(54万6142㌦)未満の住宅からは税金を徴収しないと発表した。

 

 ネタニヤフ首相をはじめイスラエルの政治指導者たちにはパレスチナ国家を認める様子はないが、パレスチナ人をイスラエル人の国家に含めれば、やがて人口比の上でユダヤ人が少数派になることは十分考えられ、多数派のパレスチナ人をアパルトヘイトの下に置くのは、かつての南アフリカのように世界中から強い非難を浴びることになる。

 

 南アフリカのアパルトヘイト体制は国際的な非難によって孤立して、崩壊を余儀なくされた。国民の流出と、イスラエルへの移住の減少はイスラエル国家生存の根幹にも関わる問題で、シオニズム思想の欠陥や破綻を示すものでもある。

 

ネタニヤフ政府に即時停戦と人質解放交渉のの合意を求めるイスラエル市民の抗議行動(1日、テルアビブ)

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