個人情報はすべて米諜報機関へ
共謀罪法案の国会審議が参院入りするなか、同法案が国民生活にどのような影響を及ぼすのか注目を集めている。すでに日本国内では盗聴法や秘密保護法に加え、国民に12ケタの番号をつけて管理するマイナンバー法も始動した。「テロ対策」「防犯」のかけ声で生活空間の隅隅に多様な監視ツールが入り込んでいる。急速に利用者が増えたスマホやパソコンは個人情報の塊であり、メンバーズカードやポイントカードなどもその一つだ。「利便性」の陰に隠れてどのような監視ツールが陣地を広げ、そこで収集・蓄積した個人情報をだれがどのように使おうとしているのか? 監視体制強化とセットですすむ共謀罪法案の動向は決して他人事ではなくなっている。
米国指揮下の戦時体制づくり
どの都市でも子どもたちの通学路付近の街頭や電柱に監視カメラが目を光らせている。遠方の勤務先へ通うサラリーマンが車で高速道路に乗れば入場ゲートに監視カメラがあり、走行途中にはいくつもNシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)やオービス(自動速度違反取締り装置)に遭遇する。駐車場へ車を入れるときも、徒歩でコンビニに立ち寄っても監視カメラがある。郵便局や銀行のATM(現金自動預け払い機)、JRの自動券売機、官公庁や小中学校入り口、商店街や繁華街…あらゆる場所に監視カメラが溢れる。タクシーやバス、電車内まで監視カメラやドライブレコーダーが設置され、今年春には羽田空港などの保安検査で服内を透視するボディスキャナも導入している。
こうした監視カメラは主としてオービス、Nシステム、防犯カメラの3つに分類される。オービスは全国に約600カ所あり、スピード超過車両があれば即座にナンバープレートと運転手の顔を撮影し、30日以内に警察が出頭通知を送付する。これと別に移動式オービスが約120台ある。物陰に隠れてスピード違反を摘発する「ネズミ獲り」が移動式オービスだ。
Nシステムは警察に登録された犯罪容疑車両のナンバープレートと走行車両のナンバープレートを瞬時に照合し、一致すれば捕捉に動くシステムだ。スピード違反をとりしまる機能はないが、ターゲット車両を追跡する役割がある。これは全国に約一五〇〇カ所設置している。
もっとも多いのは「防犯カメラ」だ。警察が設置する「防犯カメラ」(捜査用監視カメラ)は全国各地に330万台、JR駅等に5万6000台設置しているという。それ以外に全国に5万店あるというコンビニをはじめ、各地の自治体や自治会、企業などが設置した監視カメラが山ほどある。暴力団対策が動く北九州市内では市が設置した監視カメラが約200台あり、市が補助して自治会や町内会が設置したカメラが約150台あり、テロ対策で港湾設備に設置したソーラス条約対応の監視カメラ(場所も台数も非公表)がある。いずれも一定期間で映像を消去・更新していく方式だが、警察の依頼があれば即座に情報を提供する。無数にある監視カメラの全画像はみな警察が使うしくみになっている。
この「防犯カメラ」の精度は年年高くなっている。街頭の会話を録音したり、急に動いたものを自動的に察知し警察署に送信するカメラもある。近年重視しているのは警察が保有する膨大な被疑者写真と、運転免許証写真のデータを監視カメラとつなぎ、新たな情報を得る体制だ。
2011年3月以後、東京都内20カ所に設置した民間の防犯カメラと警視庁の写真データベースを結ぶ顔認証・照合システム(3次元画像識別システム)の試験運用を開始し、2014年には雑踏や群衆にビデオカメラを向けると瞬時に特定の人物を見つけ出すことができる「顔認証装置」を全国五都県(警視庁、茨城、群馬、岐阜、福岡)の警察に導入した。それは「10人以上の顔を同時に検知」「サングラスやマスク姿、正面でない場合も探知」「被写体の動きを追跡」「10万件のデータベースを一秒以内に照合できる」という。
顔認証は映像から人の顔の部分を抽出し、目、耳、鼻などの位置やパーツを瞬時に数値化し自動的に照合するシステムだ。この技術は複雑なパスワードを打ち込んで入室しなければならない重要施設の入退去を容易にしたり、鍵を忘れやすい高齢者や幼児向けのオートロックキーに利用され、使い方によっては便利な機能となる。だが現在進行しているのは利便性を隠れ蓑にした住民監視の強化である。町中に溢れる監視カメラは、夜も昼もレーダーや赤外線で鮮明な画像を収集し、地域住民の動向を無条件で捜査機関へ提供するデジタル式多機能スパイ機器に変貌している。
そして日本の警察が力を入れているのはDNA(デオキシリボ核酸)データの蓄積だ。DNA型鑑定は遺伝情報の継承と発現を担う高分子生体物質であるDNAを比較して個人を識別する。日本人でもっとも出現頻度が高いDNA型のくみあわせでも約4兆7000億人に1人の確率で識別できる。DNA型鑑定を実施した鑑定資料は増加し、2012年段階で警察庁は約30万人分を持っている。地域でなにか事件が起きれば現場近くの住人、家族、親戚、友人など少しでも関係がありそうな人のDNAデータをかき集める動きも露骨になっている。
メールのやりとりまで 「監視の黄金時代」
だが監視網構築の本命は目に見える監視ではなく、国民に気付かれないように監視するシステムの構築である。それはパソコンやスマートフォンに情報を送る軍事偵察衛星や基地局で情報を収集する体制だ。パソコンやスマートフォンをはじめとするコンピュータの普及が進むなか、この大本を米軍や米諜報機関が直接押さえ、日本国内の全情報を操作するしくみが強化されている。
スマホをインターネットにつなげばすぐに個人情報が外部へ流出する。閲覧したウェブサイト、クリックした広告、入力した言語データはみな閲覧履歴として、グーグルなど大手通信会社のデータベースへ流れていく。無料のセキュリティソフトをインストールすれば、すぐ米マイクロソフトなどコンピュータ大手にも情報は流れる。家族や友人、知り合いと電子メールや、携帯メールでやりとりした内容、フェイスブックやツイッターなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やメッセージアプリを使った通信はすべて通信データとして残り、アメリカに本社を置く通信大手やNSA(アメリカ国家安全保障局)に流れていくしくみだ。
ただ町を出歩くだけでも、スマホを持っていれば携帯電話会社が常に最寄りの基地局を規準にして現在地を特定している。携帯電話を使えば、電話をかけたり受けたりした相手の電話番号、やりとりの内容、通話時間が履歴に残る。GPS(全地球測位システム)機能がついていれば基地局より詳細な位置情報が筒抜けになる。精度は基地局が600㍍で、GPSは半径5~8㍍だ。米軍は軍事偵察衛星を使って北朝鮮のミサイル発射動向を克明に捕捉するが、日本国内でも個個人が持つスマホの発信情報で誰がどのような動きをしているかをリアルタイムで捕捉している。
GPSは地図アプリのグーグル・マップ、タクシー配車サービスのウーバー、レストランなどのレビューサイトであるイェルプ、ゲームアプリのポケモンGOなど世代をこえて使われている。サン・マイクロシステムズ(現在オラクルに吸収)のスコット・マクネリーCEOは1999年段階で「どっちみちプライバシーはゼロだ。それを前提に行動するしかない」と豪語している。
コンビニや店で物を買えば、その記録も自動的に残っていく。「200円買えば一ポイントつき、買い物に1円として使える」というポイントカードを提示して購入すれば、カードのデータにいつどこで何を購入したかが、日時場所とともに購買記録として残る。携帯電話で決済すればその記録も筒抜けだ。近年はそうした購買記録や顧客情報を匿名で販売する会社も増えている。
車の運転も監視カメラの監視に加え、内蔵コンピュータにも運転記録という形で監視される。最近の自動車はみなコンピュータ制御で、どれだけスピードを出したか、どれだけペダルを踏んだか、どんなハンドル操作をしたかが、みな「ブラックボックス」に記録され事故解明の判断材料に使われる。フォード・モーターの幹部は「私たちは誰が法を犯したかを知っている。いつ違反したかもわかっている。私たちは皆さんの車にGPSを搭載しているので、皆さんの行動を把握している」と発言している。
さらに新しい家電市場としてあらゆるものとネットをつなぐインターネット・オブ・シングス(IOT)という新技術も陣地を広げている。サムスンのIOT冷蔵庫はカメラを内蔵しドア表面は大型タッチスクリーンが付属し、ドアを閉めたままスマホで中身を確認しインターネットで食材の注文ができる。ネスレ日本のIOTコーヒーメーカーはスマホで好みのコーヒーの味を覚え込ませたり、遠隔操作で子どもや高齢者の見守りに使える「友だちリスト」の機能が付いている。auのIOT傘立てはスマホと連動し外出前に光で天気を知らせる。サンスターのIOT歯ブラシはスマホと連動し正しい磨き方をしているか確認できる機能がある。買うたびにスタンプがたまり、15スタンプで1本無料となるスマホ自販機もすでに実用化されている。
こうしてあらゆるものにコンピュータが埋め込まれる動きに拍車がかかっている。現在地球上にあるインターネットと接続した機器は約100億台と推計されるが、IOT機器が増えれば、あらゆる物がインターネットと連動した監視ツールの目や耳となることを意味する。
世界的な暗号研究者ブルース・シュナイアー氏(ハーバード大学法科大学院フェロー)は「NSAとイギリスの政府通信本部(GCHQ)も位置情報を監視の手段として用いている。NSAは携帯電話が接続する基地局、ログインするWi―Fiネットワーク、GPSデータを用いるアプリなど、さまざまな経路から携帯電話の位置情報を取得する。NSA内の二つのデーターベース“HAPPYFOO”と“FASCIA”には、世界中の端末の位置情報がごっそり記録されている。NSAはこれらのデータベースを使って対象者の居場所を追跡したり、誰と接点があるかを調べたり、ドローンで攻撃する場所を決めている。NSAは携帯電話の電源が切られていても居場所を特定できるといわれる。以上にあげたのは、あなたが持ち歩く携帯電話から取得される位置情報に関連した監視活動だけだ。これは今実行されている監視活動のごく一部にすぎない。あなたが日日使うコンピュータは、プライベートな個人データをひっきりなしに生成し続けている。例えばあなたが何を読み、何を観て、何を聴くかもそうだし、誰と話すかもそうだ。ネット検索で何を調べるかに反映される範囲では、あなたの頭の中も明らかになる。要するに私たちは監視の黄金時代に生きている」と指摘している。
マイナンバーで紐付け 盗聴法改悪も
こうした動きのなかで安倍政府は2015年10月、赤ちゃんを含む全国民と在日外国人に一生変わらない番号をつけて管理するマイナンバー(社会保障・税番号)制度を始動させた。すべての人に12ケタの個人番号、会社にも13ケタの法人番号をつけ、顔認証機能もついたマイナンバーカードを持たせる計画だったが、いまだに普及率は8・4%にとどまっている。
「ワンカード化」に応じたら職歴、家族構成、所得、不動産などの資産情報、今までに受けた医療情報、失業保険、公営住宅を借りた記録、児童扶養手当など各種手当、生命保険、個人の銀行預貯金、住宅ローン、犯罪歴など国民一人一人の情報は丸裸になる。ポイントカードや図書館カードとも連動すれば「どこで何を買ったか」「どこへ旅行へ行ったか」「どんな本を読んだか」などの履歴が一目でわかるからだ。
もともと国が想定しているのは、住所が変わり名前が変わっても同一番号で個人を特定し監視し続ける体制で、「公平公正な社会の実現」「国民の利便性の向上」「行政の効率化」の宣伝文句は方便でしかなかった。
そのためマイナンバー法は、住基ネットで実現できなかった警察や公安機関のデータ利用を認め、「利用範囲」で「刑事事件の捜査」と「その他政令で定める公益上の必要があるとき」と明記した。「政令」では、独占禁止法の犯則調査、少年法の調査、破壊活動防止法の処分請求、国際捜索共助法の共助や協力、組織犯罪処罰法による共助、団体規制法に基づく調査などを列記している。最初から警察や国家権力が国民監視の強化を意図していたことは明白である。
さらに安倍政府は昨年5月、複数ある刑事訴訟法改定案の一つに盗聴法改悪を潜りこませ、ほとんど国民的な論議がないまま成立させた。以前の盗聴法は強い批判世論を背景にして対象犯罪を典型的な組織犯罪である①薬物犯罪、②銃器犯罪、③集団密航、④組織的殺人の四類型限定だった。これも共謀罪審議と同様「一般人は関係ない」と主張し、盗聴方法も「第三者の立会人がいないと傍受できない」と規定していた。ところがほとぼりが冷めると改定を強行し、盗聴対象を窃盗、強盗、詐欺、恐喝、逮捕・監禁、略取・誘拐など組織犯罪と違う一般犯罪に広げた。全国警察が立会人なしでいつでも盗聴できるようにもした。携帯電話のGPS機能を使った警察の捜査も、当初は電話会社が利用者に事前に通知するとしていたが、2015年5月に改定し、いつのまにか利用者本人が知らないまま警察が位置情報を得ることを野放しにしている。
米軍基地が監視拠点に 日本の法整備に圧力
こうした住民監視体制の強化は戦時体制づくりと無関係ではない。戦前の日本では治安維持法に「共謀罪」に相当する「協議罪」があり、罪のない人が多数逮捕・投獄されたが、今は戦前の比ではない多様な監視ツールがとり囲んでいる。さらに今回の「共謀罪」はかつての治安維持法と異なり、アメリカの指図で具体化していること、国家権力や大企業に関連した犯罪を対象外にしていることが特徴である。
「共謀罪」新設に先駆け、2013年に強行成立させた秘密保護法もアメリカが下案をつくったものである。アメリカ政府による情報収集活動にかかわった元CIA局員のスノーデン氏やジャーナリストは、米軍横田基地内にあるNSAの総合評議室には約100人の法律家が配置され、このグループが秘密保護法制定を妨げている国内法の縛りをどうやって解くか、機密情報をどうやって公衆の面前から隠すかなどを具体化していたことを暴露している。そこでは、アメリカが日本に「これが目指すべきことだ」「必ずすべきだ」と法案の内容まで提案していた。
横田基地内の国防総省日本特別代表部(DSRJ)は日本のNSA本部にあたり、膨大な個人情報が集中する。「NSAが日本政府のVIP回線や経済産業大臣、財務省や日銀、三菱、三井系の企業を盗聴していた」とウィキリークスが2015年に暴露したが、盗聴で得た通信内容はすべてアメリカのスパイ機関へ流れていき、そこを日本の官僚や政治家が秘密裏に訪れて指図され、さまざまな法整備が進行していく対米従属構造が現在も続いている。
スノーデンは日本でアメリカのスパイ機関のために信号諜報(シギント)、情報工作、インターネット監視などに携わる人員が総勢約1000人規模で配置され、主要拠点は横田基地、米空軍三沢基地、米海軍横須賀基地、米海兵隊キャンプ・ハンセン、米空軍嘉手納基地、アメリカ大使館の6カ所であることも明らかにしている。またNSAが外国との関係を3グループにわけ、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏を「ファイブ・アイズ」と呼んで情報共有対象にする一方、日本は大規模な諜報活動で利用しつくす格下扱いの限定的協力国であることも明らかになっている。
アメリカは情報戦で常に日本より優位に立っており、そのもとで「テロの危険が迫っている」「日本が狙われている」などの情報で扇動しつつ、「法整備が進めばさらなる情報共有ができる」と圧力をかけ、日本国内で戦時立法や弾圧立法を整備させるのが常套手段である。
日本国内では、すでに自衛隊や米軍による土地強制接収などを認めた有事法や国家権力の軍事機密情報などを守る秘密保護法が動き出している。「米軍再編」で米軍司令部を自衛隊の司令部と一体化させ「集団的自衛権」を認める安保関連法も整備している。いずれも「対テロ」「国防」を掲げて実行された法律だが、現実は日本がアメリカの指揮棒で戦争にかり出される危険、テロの報復を受ける危険が迫っている。
ここまでくればなぜ秘密保護法をつくり、マイナンバー法をつくってきたのかは一目瞭然である。秘密保護法は軍事機密や国家権力の秘密を守る制度であり、マイナンバーは国民一人一人のビッグデータを権力側が素早く収集するためである。
共謀罪法案はその延長線上にあり、国民の反抗を警戒し弾圧する意図を持っていることは歴然としている。