日本の注目論文は、1位中国の7%。イランに抜かれ、過去最低の13位に転落した。引用された回数の多い論文の数で、注目度が高いことを示す。
これは文部科学省の科学技術・学術政策研究所が各国の2019~2021年の平均論文発表数などを分析したもの。同研究所は毎年、世界の研究動向などをまとめている。
このうち2019年からの3年間に世界の国や地域で発表された自然科学分野の論文で、他の論文に引用された回数が各研究分野で上位10%に入った注目度の高い論文の数は、多い順に、1位の中国が5万4400本、2位の米国が3万6200本、3位の英国が8800本だった。
日本は3700本で、過去最低だった前回の12位よりも順位を一つ落として13位まで後退し、データが残る1981年以降で最も低い順位になった。日本は20年前は4位だったが、それ以降は順位が下がり続けている。
また「引用数が極めて多いトップ1%論文数」でも、日本は前回の10位から12位に落ちた。イランよりも下位に落ちたわけになる。
同研究所は、日本の低迷の主な要因として研究開発費を挙げる。最新のデータで、年間の研究開発費は米国が82・5兆円、中国が48・5兆円に達するのに対して、日本は18・1兆円で、米中には遠く及ばない。
研究者数も伸び悩んでいる。年間の博士号取得者は米国が9・4万人、中国は7・ 1万人で増加傾向の一方で、日本は1・6万人と、2010年代半ばから伸びは止まっている。
これは日本の科学の凋落を示している。
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しかし政府はとんでもなく間違った方向に舵を切ろうとしている。大学を選別し、大学のトップから大学の向きを変えようとしているのだ。
臨時国会でひっそり審議入りした「国立大学法人法改正案」に、関係者から強い反対の声が上がっている。国民はおろか大学関係者にも知らされることなく、当事者間の開かれた議論もないまま、わずか1カ月で法案化された。
改正案が成立すると、一定規模以上の国立大の上に「運営方針会議」が設置され、政府や財界の近視眼的な意向による大学支配が可能となり、大学の自治が脅かされる恐れがある。
「特定国立大学法人」に指定される見通しにあるのは、東北大学、東京大学、東海国立大学機構(名古屋大学・岐阜大学)、京都大学、大阪大学の5法人だ。旧制帝大がほとんどだ。そのほかの大学もそれにならうに違いない。
国立大学法人法改正案の主な内容は、一定規模の国立大学に政令で「運営方針会議」という新たな合議体を置くことを義務付け、中期目標・中期計画の作成、予算決算に関する事項の決定権を持たせるというものだ。これまで学長や理事など、「大学内の人員」で構成される役員会が持っていた大学の運営権限を、この新たな合議体が握り、そこで決めた方針通りに大学運営を実行させるためのトップダウン体制の強化になっている。
国立大学法人法の改正案が参院本会議で成立したときに、何で徹底抗戦しないのかと立憲の参院議員の秘書に問うと、この国会で旧統一教会被害者救済法案を成立させなければならず、「抱き合わせ」でとんでもないものをつかまされた、会期末に参議院を止めるわけにいかないとの理由が第一とのこと。野党のだらしなさがここにも現れている。
国立大学法人法改正案は、一定規模の国立大学を「特定国立大学法人」に指定し、最高意思決定機関として文科大臣の承認を要する委員で構成される「運営方針会議」の設置を義務づけるもので、大学の自治、大学の運営のあり方を根本的に変えるものだ。
運営方針会議の委員は文科相の承認を得た学長が任命し、これまでは役員会と学長が担ってきた予算・決算、大学の6年間の中期計画などを決議し、大学が決議内容に従わなければ、学長への改善措置の要求が可能になる。さらに学長選考にも意見できる。
一方、アメとして、国が10兆円規模の基金を活用し、世界最高の研究水準を目指す大学を支援する「国際卓越研究大学」の認定要件にもなっている。2022年9月に東北大学が初の認定候補に選出された。これには当の東北大学をはじめとして、反対も強い。
国際卓越研究大学制度とは、国が10兆円規模の基金(ファンド)を設立し、その株式運用益をエサにして政府直結の「稼げる大学」をつくるという構想で、関連法が2022年5月に成立した。
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今年は国立大学を法人化する(国立大学の独立法人化)法律が制定されてから20年目になる。大学の自律性を高めるための「改革」なのだという「表向きの説明」とは裏腹に、法人化後、国立大学の自治と自律性は次々に破壊されてきた。
第一に、国は大学運営にかかわる基盤的経費、つまり運営費交付金を10年近くかけて1割以上減らしてきた。国立大の「運営費交付金」は減らされ続けている。2004年度の1兆2400億円から徐々に減り、2023年度は13%減の1兆780億円だった。
次に、国立大学のトップである学長の選考について、政財界の意向が及びやすい仕組みを作った。大多数の国立大学で、学長を投票により選出する権利が剥奪された。
さらに国立大学法人法改正案を進めて、「運営方針会議」という合議体を設置し、大学の運営や研究や教育にかかわる方針、つまり中期目標とか中期計画や予算配分のあり方を決定する権限を与えると定めている。しかも委員の任命にあたっては文科大臣の「承認」を必要とするとしている。
これは、学生や教職員と、政府の方針に忠実な「経営判断」をおこなう少数者(運営方針会議委員、学長、学長選考・監察会議委員)とを分離し、学生や教職員の意見を無視や否定できる制度を完成させようとするものである。
このほか「選択と集中」の名の下に国が一方的に定める評価指標の達成度に応じて、基盤的経費を増減することにした。そのため、多くの学長は、予算を少しでも増やすために文科省の意向を忖度するようになった。
この20年間をみると、政府や財界の狙いは、バブル崩壊後の産業界の国際競争力を立て直すために、大学を「活用」することにあった。これに限らず、大学を「稼げる大学」に変えようとするのは、学生を授業料の額に応じてサービスを受けるべき顧客、教職員を従順な従業員へと変質させようとしている。日本学術会議の昨年からの問題もこの一環であろう。
さて、この方向に進めば日本の大学はかつての栄光を取り戻し、世界の国や地域で発表された自然科学分野の論文に追いつけるのだろうか。研究者のほとんどは疑問視している。
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しまむら・ひでき 1941年東京に生まれる。東京大学理学部卒業。北海道大学地震火山研究観測センター長、国立極地研究所所長を経て武蔵野学院大学特任教授。世界に先駆け海底地震計の開発とそれを使った海底の地下構造や海底地震の解明につとめた。著書に『「地震予知」はウソだらけ』(講談社)、『人はなぜ御用学者になるのか―地震と原発』(花伝社)、『直下型地震 どう備えるか』(花伝社)、『「地球温暖化」ってなに? 科学と政治の舞台裏』(彰国社)、『多発する人造地震―人間が引き起こす地震』(花伝社)など多数。