国際政治や紛争解決の専門家グループによる第3回シンポジウム「今こそ停戦を!Cease All Fire Now!」が21日、東京・永田町の衆議院第1議員会館国際会議室で開かれた。和田春樹・東京大学名誉教授、羽場久美子・青山学院大学名誉教授、伊勢崎賢治・東京外国語大学名誉教授らの呼びかけで今年4月から始まった同シンポジウムは、ロシア・ウクライナ戦争の即時停戦と東アジアに戦火を広げないための声明や提言を発信してきた。3回目となる今回は10月に始まったイスラエルによるガザ戦争も含め、その背景や原因、停戦の可能性を検討し、国際的な世論と連携して停戦の声をいかに広げていくかについて議論した。
アフガニスタンで日本政府代表として武装解除を担当した伊勢崎賢治氏は、みずからもかかわったアフガン戦争をはじめ、イラク戦争、ウクライナ戦争、ガザ戦争に至る直近25年間の戦争を概括し、停戦の道筋やそれを実現する世論醸成の課題について問題提起した【全文別掲】。
世界国際関係学会(ISA)アジア太平洋会長の羽場久美子氏は、今年世界各地で開催された国際会議に出席した経験を交え、「世界の大転換。今何が起こっているか?我々は何をすべきか?」をテーマに発言した。
世界の地域別人口割合では、米欧の15%に対して、アジア・アフリカ・ラテンアメリカは80%を占め、GDP(国内総生産)予測でも、中国やインドをはじめとするアジア諸国が急成長し、数十年後には欧米の先進国と入れ替わる趨勢にあることを経済指標から明らかにし、「これらの新興国は戦争継続ではなく、停戦、平和、繁栄を求めている。200年に1度の大転換が起きるなかで、アメリカはその“歴史の必然”を軍事力で阻止しようとしている。それが現在、世界中で起きている戦争の背景にある」と指摘した。
また、「中国やインドが牽引するアジアは、過去1800年間、世界経済発展の中心にあったが、19世紀の欧米による植民地化によって搾取され発展を拒まれた。だが、第二次大戦後に植民地から解放されると再び成長に転じ、もはや2030年にはアメリカを抜くことが確実だ。だが、バイデン米大統領は、ウィルソンやルーズベルトの手法を踏襲し、『民主主義vs専制政治』という価値の同盟で世界を二分し、最大の競争相手である中国を排除するため、QUAD(日米豪印4カ国戦略対話)、QUADプラス、AUKUS(米英豪の軍事同盟)、ファイブ・アイズ(米英、カナダ、豪州、ニュージーランドの軍事諜報網)など米英アングロサクソン主導の軍事同盟で封じこめようとしている。その最前線にある日本は、43兆円に防衛費を膨らませ、ミサイル配備を全土に進め、中国、ロシア、北朝鮮を封じこめるための歩兵の役割を担わされようとしている」と強調した。
さらに、世界150カ国が参加する中国の「一帯一路」構想、ロシアのスラブ・ユーラシア経済共同に加え、インドは近隣の貧しい国々とともにSAARC(南アジア地域協力連合)やBIMSTEC(ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ)を作り、地域協力でアジアを発展させる試みを進めていることに触れ、「これが1800年間続いてきたアジアの“生きる知恵”だ。ASEANもお互いの境界線の対立をはらみながらも重層的地域協力を進めている。そのなかで今や沖縄は、ミサイル配備ではなく、経済協力で東アジアの平和と安定を作ろうと動き始めている。沖縄を中心に中国(14億人)、ASEAN(6・6億人)、日本(1・2億人)を含む約20億人の経済地域ができる。私たちは中国やロシアに向けてミサイルを配備し、再びこの地域で戦争を起こすべきなのか? ミサイルを突きつけあうのではなく、文化や経済協力による発展を目指す――それを自治体や市民の力でつくっていくことが今最も必要なことだ」と行動を提起した。
東京大学名誉教授の和田春樹氏は、体調不良のためオンライン参加で、コメントを寄せた。和田氏は、「今こそ、50年続いた戦争に敗北し、平和国家に生まれ変わった日本の国民は、立ち上がって叫ばなければならない。第三の戦争を防げなければ、それはわれわれの責任だ」とのべ、停戦や戦争反対の声を強める必要性を訴えた。
また、ウクライナ戦争のさなかに岸田首相が「今日のウクライナは明日の東アジアだ」といって、敵基地攻撃用巡航ミサイルを米国から購入することを決定し、G7広島サミット後の8月、米韓首脳とともに「キャンプ・デービット原則」なる文書を発表したことを強調。「それは、北朝鮮は人権抑圧国家であるとして徹底的に非難し、攻撃する。そして自由で平和な統一朝鮮半島をめざすという、きわめて戦闘的な宣言であり、北朝鮮への進軍を認めた1950年10月7日の国連総会決議を彷彿とさせる。このような危険な戦争瀬戸際政策に対抗して、日本海を戦争の海にしないためには、とりうる手段はただ一つ、日朝国交正常化だ」と主張した。
ウクライナ戦争の現局面 東郷和彦氏の分析
静岡県立大学グローバル地域センター客員教授の東郷和彦氏(元外務省欧亜局長、元オランダ大使)は、ウクライナ戦争の現状分析について概略以下のようにのべた。
ウクライナ戦争が始まってからまもなく2年になる。事態は今非常に早いスピードで動いている。停戦の機会が訪れているのかもしれない。
この間、1回だけ停戦の可能性があった。それは開戦1カ月後、昨年3月29日のトルコ・イスタンブールでの交渉だ。ここでウクライナ側の提案は、ウクライナのNATO非加盟を認める、そのための集団安全保障体制にロシアを含めることも認める、さらにロシアの実効支配下にあるクリミア半島については現状を15年棚上げして協議を継続することなどだ。この提案は、ロシアが完全に呑める内容であり、停戦合意はほぼまとまりかけていた。
最近明らかになった事実では、当時ゼレンスキーは停戦実現に向けて必死であり、仲介者にはトルコのエルドアン大統領だけでなく、プーチンにも信用が厚いドイツのシュレーダー元首相、イスラエルのベネット元首相まで招聘してロシアとの交渉を進めていた。この2人が最近話し始めた内容によると、ほとんど合意しかけていたところで、「待て。そんな合意をしてはならない」と横やりを入れたのがアメリカとイギリスだ。米英は「そんな合意をしたら、プーチンを二度と立ち上がれないまでに弱体化させることができなくなる。だから、もっと戦え!」というメッセージを出し、同年4月9日にジョンソン英首相(当時)がキーウに飛び、ゼレンスキーと面会した。
もう一つは、同時期にメディアによって取り沙汰された「ブチャの虐殺」(キーウ近郊ブチャで無数の遺体が散乱していた事件)だ。当時、これがロシア軍の仕業であり、これによって停戦交渉に亀裂が入り、合意が頓挫したというストーリーが作られたが、数々の証言によってそのカラクリが解け始めている。
3月29日時点でロシア軍はブチャから一斉に撤退を始め、完全に撤退してから入れ替わりにウクライナ軍が入ってくる4月2日まで、3日間の空白があった。その間、ブチャ市長は「虐殺があった」とは一言もいっていない。ブチャ虐殺の報道後、ロシアのラブロフ外相は、「それはおかしい。そんなことがあれば市長がすぐにいうはずだ」と即座に反応した。
最近、確実視されているのは、ウクライナ軍のブチャ入り直後に死体が散乱していたという事態は、ウクライナの極右民兵団(アゾフ部隊)が仕掛けたというものだ。アメリカのゴードン・M・ハーン博士が2020に年5月10日に詳細な調査から結論を出している。また同年10月22日、イギリスのスコット・リッター(元国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会主任査察官)もそれに言及した。
もっとも驚いたのが、6月13日のフランス人のエイドリアン・ポーク(元仏軍人)の証言だ。彼はウクライナで医療ボランティアとしてアゾフ部隊と行動を共にし、この部隊が何をしたかを克明に記録している。それによると、アゾフ部隊は意図的にウクライナ人を殺し、あるいは別の死体を運んできて「ロシアによる虐殺」を演出した。停戦合意に水を差すためだ。もともとアゾフはウクライナ政府に反抗する民衆を弾圧するために創設された民兵団であり、たとえばロシア兵に水をあげたというだけで「利敵行為」として住民を処刑したというような事例がずらっと出てくる。
このように米英と国内の超過激派の両方から圧力を受けた結果、ゼレンスキーは停戦のもっとも良い機会を失した。4月にウクライナは新しい停戦案を出すが、要であるクリミア問題を棚上げする項目が消えたことで交渉は膠着する。そのためウクライナは、ひたすらアメリカとNATOに武器援助を求めて今日に至っている。
ウクライナ見捨て始めた米国 戦況はロシア優勢に
続けて、東郷氏は「戦争が2年目に入ってからは、当初はまったく予見できなかった事態が少なくとも四つ起きた。一つは、ロシア軍の防御線強化による、ウクライナの反転攻勢の失敗。さらに10月から始まったハマスとイスラエルの戦争。これによって世界の関心はパレスチナに移るとともに、アメリカの支援はイスラエルに向かい、ウクライナへ支援は先細りとなった。三つめは、ウクライナ政府の内紛だ。10月30日の米『タイム』誌は、ゼレンスキーだけが最後まで戦うといっているが、政府内の実務当局者たちはそれが不可能とわかっているので、“裸の王様”だと表現した」と指摘した。
「四つめは、米国議会、欧州及びNATOの変化だ。ゼレンスキーは12月12日に米議会に飛んで上下院議員と懇談したが、共和党のジョンソン下院議長は“これ以上ウクライナに支援することはできない”と一蹴。条件として無理難題をゼレンスキーに押し付けている。NATOも一枚岩ではなくなっており、その結果、すべてがロシアに好転している。そのためプーチンは、ウクライナの非ナチ化、非軍事化、中立化を改めて軍事目標に掲げた。年末の長時間会見では、“(停戦合意を)米欧がストーブに投げ込んでしまったではないか”とのべ、ウクライナ南東部(黒海沿岸全域)までの領有権を主張し、その一方で、アメリカに対して“今ならば対話の用意がある”というメッセージを暗に送っている」とのべ、「太平洋戦争を経験した日本は、アメリカに対して“国の命運にかけて相手を理解する努力をし、対話に向かえ”ということを説得力を持っていうことができるはずだ。解決策は対話しかない」と提案した。
シンポジウムには、与野党の国会議員らも参加し、パネリストの意見に聞き入るとともに、ガザ停戦の超党派による国会決議の模索や、核拡散防止条約(NPT)再検討会議でアメリカの「核の傘」に従う日本への国際的批判や、東アジア非核化に向けた議員レベルの国際会議を積み重ねていることなどを報告した。
最後に、羽場久美子氏が「イスラエルによるガザ侵攻は、すでに国連でもグローバルサウスやアジアの国を含めて世界150カ国以上が即時停戦を要求しており、停戦が実現されるべきだ。だが、ロシアに対して経済制裁や非難を呼びかけるアメリカは、その停戦決議にすら拒否権を発動し、武器を送ってイスラエルの横暴を支持している。このアメリカの拒否権を阻止するような国際世論をつくっていかないといけない。国際社会が戦争を止められないのではなく、戦争を止めたくない勢力がいるから止まらない。それをどう変えていくかということが我々に試されている」とのべ、さらに具体的行動を広げていくことを呼びかけて会を締めくくった。