かつて「後進国」とか「発展途上国」と呼ばれたグローバルサウスの国々が、世界のなかで存在感を強めている。これらの国々は経済成長が著しく、GDPが伸びてG7のGDPと逆転した。また、ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、欧米が主導したロシア非難決議を棄権し、経済制裁に加わらなかったし、欧米主導の国連安保理が機能しないなか、イスラエルによるパレスチナ・ガザ地区の民間人虐殺を国際法違反だとして強く非難している。
東京大学名誉教授の著者が書いた本書は、この新興国の登場と成長、そしてそれが世界にとって持つ意味をとりあげて分析したものだ。
著者によれば、グローバルサウスの国々が注目され始めるのは、21世紀に入るころからだ。1997年にアジア通貨・経済危機が発生し、それがラテンアメリカやロシアに波及するなか、この危機に対処するために、それまでのG7財務大臣・中央銀行総裁会議を1999年から20カ国・地域に拡大して開催するようになった。これがG20の始まりで、新たに加わった国の多くは「新興工業国」だった。
そして、新興国が世界的プレイヤーとして広く注目されるようになったのは、2008年のリーマン・ショックに端を発する世界金融危機だった。このとき、危機脱出のためには、高成長によって世界経済におけるシェアを拡大していた新興国の協力が不可欠――という認識が、G7の間で広がっていた。英仏首脳の働きかけで、2008年11月にG20初の首脳会談がワシントンDCで開催され、各国が強調して経済刺激策をとることで合意した。
かつて「後進国は農畜産物や鉱物資源の生産と輸出に特化させられているから、先進国との格差は構造的に縮まらない」という評価が定説だった。ところがG7の力が衰退した結果、G7の危機を救うために新興国の力を借りなければならなくなるという逆転現象が起こったのだ。
そしてG20の合意を受けてIMFや世界銀行の財源を増やすための増資が決まり、その結果、中国が米国、日本に次ぐ3番目の出資国に躍り出、ブラジル、インド、ロシアも上位10位以内の出資国になった。世界恐慌からの脱出のためには、新興国が持つ資金を動員することが緊急に必要であり、そのために先進国も、新興国が長年要求してきたIMFの改革――ポストや投票権の再配分を受け入れざるをえなくなったのだ。
このときBRICs4カ国(2011年に南アフリカが加わってBRICSに)は、G7諸国がリーマン・ショックで大混乱に陥っているのを尻目に、2009年6月に初めての首脳会議を開催して、世界的危機への対応を論議した。
そして2014年のBRICS首脳会議で、新開発銀行と緊急時外貨準備基金を創設したことは注目に値する。新開発銀行は世界銀行のBRICS版で、インフラ整備や経済開発への融資に主眼を置く。また緊急時外貨準備基金はIMFのBRICS版で、短期的な外貨不足に陥った国に外貨を供給して支援することが目的だ。BRICSには来年から6カ国の新規加盟が決まっているが、現在では自国・現地通貨による貿易決済を広げ、ドル支配からの脱却をめざしている。
かつて第二次世界大戦後の世界秩序は、イギリスにとってかわったアメリカが盟主となって一極支配をするもので、国連やIMF・世界銀行、GATT・世界貿易機関(WTO)によって体現された。
だがその実態は、巨額の資金を貸し付けて膨大な累積債務を負わせたあげく、IMFが乗り込んでその国の政府に緊縮政策をとらせ、国営企業の民営化を強制するなど身ぐるみ剥ぐやり方だった。また、アメリカに従わない政府には経済制裁を科し、国家主権を踏みにじって軍隊を派遣し政権を転覆するなど、やりたい放題だった。新興国は長年にわたりこの不平等な世界の仕組みを変えることを切望してきた。
一方、1990年代に経済のグローバル化はいっそう進み、世界のGDPに占める貿易の比率は39%(1990年)から52・3%(2000年)、さらに57・7%(2015年)と急拡大した。新興国はこのグローバル市場と結合し、天然資源の輸出を通してか、産業の技術力向上と工業製品の世界への輸出を通して経済成長を実現した。G7の多国籍企業が、コスト削減を優先し、企画開発やコア部分の生産のみ母国に残し、その他の生産を世界的なサプライチェーンでおこなうようにしたことが、新興国の成長に拍車をかけた。
こうして資本主義の不均等発展の結果、G7が衰退し、グローバルサウスが台頭しており、いまやそれは経済的な力関係の逆転から、世界の政治的枠組みの転換へ進もうとしている。物事を静止的・固定的に見る見方では、この世界の変化をとらえることはできない。
問題は、日本がこの新しい世界とどう向き合うかだ。著者によれば、日本の物品の総貿易額(輸出入の合計)の対GDP比は、2000年には17%強だったが、2006年以降は25%以上で推移している。貿易依存度は高まっている。
しかも貿易相手国を見ると、米国とEUのシェアは1998~2000年の42%から、2018~2020年の27%へと激減している一方、近隣のアジア新興国のシェアが伸びている。中国が最大の伸びを示し、今や日本の最大の貿易相手国であり、ASEAN諸国やインド、ロシア、メキシコなどもシェアを伸ばしている。
今後、新興国の重要性はさらに増していくと考えられる。日本が戦後の対米従属一辺倒を見直し、アジア諸国との平和、友好、貿易関係の発展に進むかどうかが問われている。
(中公新書、244ページ、定価860円+税)