参議院議員会館で14日、あきたこまちRを考える実行委員会が「放射線育種米(重イオンビーム突然変異米)」についての院内集会を開催した。秋田県は2025年に、県内で生産される米の約73 %を占める「あきたこまち」を、人体に有害なカドミウムを土壌中からほとんど吸収しないよう遺伝子操作した放射線育種米「あきたこまちR」に全量転換する方針を示している。また、秋田県だけでなく山口県を含む10以上の府県でも放射線育種米を採用する動きがあり、国も「自然放射線の作用によって起こる突然変異と同じ」として安全だと宣伝している。集会ではこうした問題を全国に広く発信するため、「OKシードプロジェクト」事務局長の印鑰(いんやく)智哉氏が問題提起をおこなった。印鑰氏は、重イオンビームによる放射線育種米が問題になっている背景には日本国内における銅・亜鉛鉱山開発や産業利用によるカドミウム汚染の歴史的経緯があることを指摘。これまでの汚染対策などにも触れつつ、放射線育種米の問題点や、それが表示もないまま有機米として販売可能になっていることなど、消費者が知らない間に計画が進められようとしていることに専門的見地から警鐘を鳴らした。以下、印鑰氏の講演内容要旨を紹介する。
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深刻なカドミウム汚染の歴史
カドミウムという物質は自然界に元々存在しており、体の中に入ると腎臓を痛めてしまう。そのカドミウムによる最大の健康被害が「イタイイタイ病」であり、これは富山県神通川流域で起きた公害だ。
イタイイタイ病を引き起こすカドミウム汚染は、国策の結果生み出された。日本は明治以降、富国強兵政策をとった。鉄砲の弾などを作るには銅や亜鉛が必要となるため、兵器生産に不可欠な鉱山資源をすべて国有化した。そしてすぐにその鉱山を民間企業に払い下げ、財閥が形成され開発が進んだ。
日露戦争の頃まではよかったが、アメリカと開戦すると禁輸になり、必要な銅の1割、亜鉛の4割しか自給できなくなったため無理な増産体制をとるようになった。カドミウムという物質は、銅や亜鉛の鉱床の中に含まれているが、戦前はカドミウムは不必要ということで川に棄てられていたため河川が汚染された。その結果、銅山や亜鉛鉱山がある地域でカドミウム汚染が深刻化し、青森から九州まで全国的な問題になった。またこうした汚染地域のなかには、鉱山がある地域だけでなく、鉱山資源を使う精錬工場があった地域も含まれている。
アメリカでは戦後、カドミウムは危険だということでいっさい使われなくなったが、日本はその後も乾電池製造などに使い続けた。そのためさらに汚染も広がったが、日本では企業責任をごまかすために、カドミウム汚染について様々な誤った情報が意図的に流されてきた。
例えば、「日本は火山国だからカドミウムの値が高い」といわれる。だがこれも土壌学者からすると正しくないという。なぜならカドミウムは沸点が低いため、火山噴火の場合は気化してしまい火山灰の中に残らない。故に、阿蘇や桜島などの活火山地域はカドミウム汚染地域に指定されていない。
こうしたことからも、カドミウム汚染は鉱山開発や、鉱山資源の産業利用によって引き起こされたものだということは明白だ。カドミウムに半減期はなく、蓄積し続ける。開発をおこなってきた企業やそれを進めた政府の責任は大きい。
イタイイタイ病を生み出した富山県神通川流域の人々はものすごいたたかいを経験している。カドミウムが体内に入った影響でカルシウムが吸収できなくなり、骨がスカスカになるおかげで母親の身長が30㌢くらい小さくなって亡くなったりもしたという。そのような苦しみのなかで、交通が不便な富山から東京の大資本三井や国を敵にしてたたかった。当時は大変な風評被害もあり、被害を告発する人を封じ込めようとする非難もかなりあった。それでも地元の人たちが三井と国に責任をとらせるため団結してたたかった。
その結果、彼らは世界に誇れるものを次代に残してくれた。1970年、通称「公害国会」で「農用地の土壌汚染の防止等に関する法律」と「公害防止事業費事業者負担法」が成立した。これにより、汚染を引き起こした企業に公害防止事業の費用を負担させるという「汚染者負担原則」が確立され、いまや世界の原則になっている。
こうしたとりくみの結果、あれほど汚染されていた神通川流域で大々的な汚染対策がおこなわれて環境はほぼ自然レベルまで回復。多くの地域で汚染されていない米が生産できるようになった。
一方で、こうした汚染対策が実ったのは国内では神通川流域だけだ。カドミウム被害は生野(兵庫県)、梯川(石川県)、小坂(秋田県)、太田(群馬県)でも起きているが、被害認定されているのは神通川流域だけだ。イタイイタイ病は全国様々な地域であらわれているし、イタイイタイ病の前に出る「カドミウム腎症」も大きな問題だが、公害認定されていないため症状が出ても何の補償もなく泣き寝入りをよぎなくされた人は多数いる。
汚染解決せず、品種開発へ
全国的に神通川流域と同レベルの徹底した対策がとられなかったことが、現在私たちが直面している「放射線育種米」問題の原因になっている。
カドミウムは除去しない限り表層30㌢の表土に留まり続ける。さらに降雨によって地下水帯まで達する可能性もある。そのため神通川流域では「埋め込み客土工法」という対策がおこなわれた【図①】。この工法はその場に穴を掘って汚染土壌を埋め込み、その上から他の土(客土)を被せ、さらにその上から耕作用の土を敷きならすというものだ。これによって神通川流域では汚染が大幅に改善された。
一方、秋田のカドミウム汚染地域では「上乗せ客土工法」という対策がとられた。この工法では汚染土の上から他の土を被せただけで、その被せた土の層がかなり薄い。そのため植えた植物の根が下層の汚染土まで届き、カドミウムを吸い上げてしまう危険性が高くなる。こうした地域が日本にはいくつかある。
カドミウム対策は本来、消費者への影響を心配し、健康被害を防ぐためのものであるはずだが、日本の場合、実際にはそうではないと私は思っている。
2001年3月に国際食品規格を決めるコーデックス委員会でカドミウムの国際的な基準値を0・2ppmにするとの議論が始まった。しかし当時、日本における基準値は1・0と新しい基準値の五倍だった。そのため日本政府はコーデックス委員会に対して、基準値を0・2にしないよう全力で働きかけ、その結果コーデックス委員会は2006年に基準値を引き上げ、0・4ppmに決めた。だがこの基準値も一定期間経つと改定される。今後の改定でさらに基準が引き下げられることを見越した日本政府は、それへの対策として現在低カドミウム米の品種開発に力を入れていると考えられる。
日本政府はカドミウム汚染米への対策から徐々に手を引き始めている。その変遷を見てみる。
1970年に食品衛生法規格基準で「玄米中にカドミウムとして1・0ppm以上含有するものであってはならない」と決まり、以来1・0ppm以上は焼却処分、0・4~1・0ppmは国が買いとるようになった。
しかし2004年、食糧法改正で国による買取が終了し、国のかわりに「全国米麦改良協会」を通じた買取に変わった。さらに2011年にはその買取事業すらも終了となり、以後、地方自治体が国からの交付金をもらいながら責任を持って買いとる方式へと変わった。
こうした話を聞くと皆さんは「私たちが食べているお米はそんなに危険なのか」と思うかもしれない。だが実際に国内産米のうちカドミウム濃度が0・4ppmを超過するものの割合は0・3%しかない。また0・2ppm以上も3・3%で、国際的基準から見ても低水準の汚染に留まっている。
ただ、日本人の食品群別カドミウム摂取割合【図②】を見てみると、米が43・4%を占めており、今後も対策は必要だ。一方で、残りの食品で汚染があるのも事実で、米だけ対策をしていてもだめだと私は思う。
放射線育種とは何か?
放射線育種とは、放射線照射によって突然変異を引き起こす「育種」であり品種改良の一種だ。核兵器が使われた後の1950年代から「原子力の平和利用」ということでIAEAやFAOが国際的に推進してきた。これにより存在したことのない色や形をした花、病気に強い果物などができ、この技術が品種改良に使われてきた。
しかし実際に放射線育種技術を利用した国は中国や日本、インド等と少なく、アメリカでは使われていない。さらにガンマ線による放射線育種は、効率の悪さと維持経費が大きな問題になり、世界的には終わったと見て良い。農水省は「放射線育種は昔からやっていて安全が確認されている」というが、世界のほとんどの国が施設を閉鎖している。農水省のガンマールームも閉鎖している。
世界で放射線育種はほぼ止まっているが、日本は「重イオンビーム」という新たな放射線育種に着手している。この重イオンビームは国産技術で、加速器を使う。ガンマ線による放射線育種では、1万個くらいに放射線照射してもほとんど製品にならないほど効率が悪かった。一方、重イオンビームはガンマ線照射に比べて破壊力が大きくピンポイントで照射できるため、効率的に変化を起こせる。
今回秋田県で全量転換計画が問題になっている「あきたこまちR」の元となった放射線育種米「コシヒカリ環1号」はどのようにできたのか。
この研究は2010年ごろから始まった。この時点では稲がカドミウムを吸収するメカニズムは分かっていなかった。そこで、3000個のコシヒカリの種子に重イオンビームを照射して栽培してみると、そのなかで3つだけカドミウムをほとんど吸収しない品種が見つかった。それを遺伝子解析すると「OsNRAMP5」という遺伝子が壊れており、この遺伝子が壊れるとカドミウムをほとんど吸収しないということがわかった【図③】。
この品種を「コシヒカリ環1号」と名付けた。ただ、同品種と元のコシヒカリを比較してみると、たしかにカドミウムをほとんど吸収しないが、それだけでなく「マンガン」を吸収しづらくなった。マンガンは稲の発育に重要な役割があるが、コシヒカリ環1号はマンガン不足により「ごま葉枯病」などの病気になりやすくなってしまった。このことは農水省も認めている。そして、秋田県が全量転換しようとしている「あきたこまちR」はこのコシヒカリ環1号の遺伝子OsNRAMP5をすべて受け継いでいる。
秋田県内におけるカドミウム汚染地域は約2割なのだが、汚染されていない残りの八割の地域もすべて2025年からあきたこまちRへの転換を進めるという。これは、一部の地域だけであきたこまちRを生産すると、「高カドミウム汚染地」という風評被害が広がるのを恐れてのこと、また「低カドミウム対策米以外はカドミウムが高いのではないか」という逆の意味での風評被害が懸念されているからだと考えられる。
ただ、秋田県だけでこうした全量転換が進むとどうなるか。秋田県は日本3位の米の生産地で、全国で生産されているあきたこまちの73%を担っている。さらにあきたこまちの生産量は、コシヒカリに次ぎ、ひとめぼれと並んで全国2番目に多く、47都道府県のうち31府県で作られている。こうした府県のなかには秋田県から種籾の供給を受けているところもあり、秋田県での全量転換の影響を受ける可能性がある。
農水省は、2018年に今後の米主要品種を低カドミウム米にする指針を発表しており、そのなかで2025年までに3割の都道府県で低カドミウム対策実施を目標にしている。実際に、農水省は交付金を地方自治体に出してとりくみを促しており、すでに宮城県、秋田県、新潟県、石川県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、島根県、山口県、宮崎県が動いている。
さらに他でも試験栽培や品種開発において動きが出ている。すでに22品種が開発済みで、北から南まで各地域に向けた品種が準備されていることが情報公開によって判明している。ただしその資料に記載された品種の情報はすべて黒塗りだった。
ゲノム編集とも一体化
汚染物質の問題はカドミウムだけではなく、ヒ素もあるしPFAS(有機フッ素化合物)もある。とくにヒ素は今後の大きな焦点になり得る。コシヒカリ環1号を開発した農研機構は、ヒ素を吸収しない米の開発を進めており、その研究に使われているのが「ゲノム編集」だ。将来的にはカドミウムもヒ素も吸収しない品種の開発がおこなわれる可能性もあり、そうした過程で放射線育種からゲノム編集へと移行していくおそれもある。そのため、イオンビーム育種とゲノム編集は一体のものとして見る必要がある。
イオンビームによって破壊された「OsNRAMP5」という遺伝子は米にしかないが、「NRAMP5」という遺伝子は植物に共通して存在しており、この遺伝子を壊すことでカドミウムを吸収しない大豆なども作れてしまう。こうした形でどんどん対象が広げられていってしまう危険性がある。
ゲノム編集というのは、遺伝子の構造がわかっていてそこをどうやって壊すかというところまで設定しなければならないやっかいな技術だ。一方、放射線育種は放射線を当て、その中からランダムに良い物を選べば作物が作れる。そのため簡易な遺伝子操作方法として重イオンビームが様々なものに使われていく可能性がある。実際に、小麦やみかん、海藻などで急速に広がろうとしている。だがこれらが本当に安全だというデータを私は見たことがない。
また日本政府は、放射線育種米について有機認証も容認している。これは納得できない。人々が農薬や遺伝子操作されていない安心できる食べ物がほしいということでできたのが有機認証だったはずだ。しかし農水省は、「有機認証のルールブックのなかに“放射線育種をしてはいけない”と書かれていないから有機認証できる」というスタンスだ。実際にあきたこまちRを有機栽培すれば、有機米として国内で販売できる。そのさい、あきたこまちRは「あきたこまち」との表示で販売される計画になっており、消費者の知る権利を否定することになる。異なるものを同じものとする行為が強行されれば、「品種群として同一視するには特性も同じである必要がある」という農産物検査の大義が崩れる。
それだけでなく、海外にも有機米として輸出できることになっている。そうすると、海外からの日本の有機認証に対する信頼が崩壊しかねない。
こうした問題は山積みだが、本来の「あきたこまち」を守る方法はまだある。秋田県はあきたこまちの種籾を供給しないというが、他から種籾を手に入れることができれば、自家採取も可能だ。また、販売する米があきたこまちRではないことを知らせるために、「放射線育種していないオリジナル商品」だと表示することも可能だ。
また、カドミウム対策には放射線育種米以外の方法もある。例えば、インドのケララ州で3000年前から栽培されている在来種の「Pokkali」という米がある。この品種は塩の濃い地域で特異に進化した米で、多くのマンガンとカドミウムをとり込む。しかしカドミウムだけは根の液胞に留まって米にはとり込まれずに、マンガンは豊富にとり込む。これを栽培して米を収穫し、根を処分すればカドミウム低減(植物浄化)も進められる。すでにPokkaliとコシヒカリとの交配種もあり、収量や味もコシヒカリと遜色ない。
土壌汚染解決こそ急務
そして私が訴えたいのは、汚染地域の住民のことも考えてほしいということだ。このままカドミウムを吸収しにくいカドミウム対策米を導入したところで、その地域の土壌のカドミウム汚染はまったく解決しない。
現在、お米以外の作物は実質ノーチェックで、ヒ素もPFASもチェックがない。そしてその地域の住民たちは汚染の脅威にさらされ続けることになる。カドミウム汚染は神通川周辺地域のように徹底して対策をおこなえば除去できる。それをやらないのは政治の怠慢だ。
汚染に対しては住民参加の下、補償を前提にした汚染軽減のための長期的・総合的なとりくみが必要だ。福島では原発事故の後、菜の花を育てて土壌のセシウム汚染を吸収するとともに、セシウムが入らない種から安全なナタネ油を作っている。こうしたプロジェクトを現地の農家がみずから参加しておこなっている。こうしたとりくみを国が支援しながら続けていけば、汚染問題も解決に向かっていくはずだ。
下水汚泥の問題も無視できない。農水省と国交省は、ウクライナ戦争以降化学肥料が高騰していることを受け、広域下水道汚泥を肥料の原料に活用する計画を立てており、非公開の検討会を実施している。下水汚泥の中にもカドミウムはあり、他にもヒ素や放射性物質、PFASも含まれている。
アメリカでは、メイン州が2022年に下水汚泥の肥料利用禁止を決定したが、アメリカ国内では日本の農地総面積の倍近い800万㌶でPFAS汚染が起きている。残念ながら日本はこれを推奨しようとしている。一度汚染された土壌を元に戻すことは大変だ。
カドミウム汚染は過去のものではない。足尾銅山や神岡鉱山はすでに閉山しているが、鉱山開発のさいに出たカドミウムや有害な重金属は「鉱滓ダム」のなかにいまだに残っている。そのためダムの老朽化で鉱滓が漏れたり、集中豪雨や地震で汚染が再び拡大する可能性もある。こうした問題を知り、より汚染の少ない未来を次の世代に引き渡すことが私たちの責務だ。