中東のパレスチナ自治区・ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが7日、イスラエルに対して数千発のロケット弾を発射するとともに、ハマスを含むパレスチナ側の戦闘員が初めての越境攻撃をおこなって人質を拘束した。これに対して、イスラエル政府も宣戦布告し、両国は交戦状態に入った。50年以上続くイスラエルとパレスチナの紛争について、中東・アラブ情勢に詳しい現代イスラム研究センター理事長の宮田律氏は、自身の見解をフェイスブックで発信している。氏の了承を得て全文紹介する。
■イスラエルとハマス「戦争状態」に(10月7日)
7日、ガザ地区を実効支配するイスラム勢力の「ハマス」はイスラエルに侵入したり、ロケット攻撃を行ったりして、イスラエル軍・市民に100人ぐらいの犠牲者が出て、他方、イスラエルもガザに空爆をおこない、200人近いパレスチナ人が死亡した。ガザ地区からイスラエル領内にハマスのメンバー60人余りが侵入し、イスラエルの兵士・市民を拘束してもいる。パレスチナの武装勢力がイスラエル領内に侵入し、イスラエルを直接攻撃するのは異例だ。
アメリカのバイデン大統領はイスラエルの自衛権を支持すると語り、欧米諸国は一斉に「ハマスのテロ」という言葉を使ってハマスの攻撃を非難した。他方、カタール外務省は事態のエスカレーションの背景に、エルサレムのイスラムの聖地であるアル・アクサー・モスクにイスラエル政府関係者が侵入するなど国際法違反の行為があると、イスラエルの姿勢を非難した。
今年1月にイスラエルで極右を含む連立政権が成立すると、極右のイタマル・ベン=グヴィール国内治安相は、イスラエルの安全のためにはパレスチナ人を殺すといってはばからないし、またエルサレムのイスラムの聖地であるハラム・アッシャリーフにユダヤの神殿を建設すると主張するなどパレスチナ人の神経を逆なでする発言をくり返してきた。ネタニヤフ首相はパレスチナに「これまでにない代償を」と述べているが、イスラエルが国際法を遵守し、パレスチナとの共存を視野に入れない限り、暴力の連鎖は止むことがないだろう。ネタニヤフ首相にはパレスチナ国家を認める姿勢はなく、パレスチナはイスラエルだけが支配するという発言をくり返している。
一昨年あたりからパレスチナ人の間で若い世代の新たな武装勢力「ライオンの巣」「ジェニン軍団」などが台頭してイスラエルに対する武装闘争をおこなうようになった。イスラエルはパレスチナ人家屋の強制立ち退きや破壊を行って東エルサレムやヨルダン川西岸のイスラエル人入植地を拡大するようになった。また、イスラエルの極右入植者たちはパレスチナ人に対する暴力をふるっている。さらに、イスラエルは2007年よりパレスチナ・ガザ地区に対する経済封鎖を継続し、ガザに対する空爆をたびたびおこなっている。
若い世代の新しいパレスチナの武装勢力は、和平や安寧を達成しないパレスチナ自治政府など既存の政治組織を信頼していないが、「パレスチナ解放人民戦線(PFLP)」からは支持を得て連携している。PFLPはかつてハイジャック作戦をおこない、日本赤軍などとも連携していた左翼の政治・武装組織だ。イスラエルのパレスチナ人に対する人種差別(アパルトヘイト)的傾向が強まり、さらにガザ封鎖は16年も継続している。今年はイスラエル軍によって8月末までにパレスチナ人200人が殺害された。
パレスチナ問題の平和的解決に絶望を感じた若いパレスチナ人たちは新たな武装闘争に着手するようになったが、これらの運動がイスラエルの治安にとって新たな脅威となることは間違いなく、イスラエルは今回の攻撃のように、この脅威に対してあらためて注意やエネルギーを傾注していかなければならない。
2005年に制作された映画『ミュンヘン』は1972年のミュンヘン・オリンピックの際のイスラエル選手・コーチが犠牲になった事件後に、イスラエルの治安・軍機関がイスラエルの安全保障のためにパレスチナ人指導者たちをヨーロッパ諸国やレバノン、キプロスなどで次々と殺害していく様子を描いている。この映画はパレスチナ人の心情も描いたために、ユダヤ系のスティーヴン・スピルバーグ監督はイスラエル右翼から「反イスラエル」との批判を受けた。映画『ミュンヘン』でスピルバーグ監督は暴力の連鎖がいかに意味のないものであるかということを描きたかったと述べているが、今回のハマスによるイスラエル攻撃や、現在のパレスチナの武装集団の台頭にもまさにいい得ることだと思う。イスラエルの暴力の行使や国際法違反の行為がパレスチナ人の新たな暴力をもたらし、その応酬を果てないものにしている。
■ガザ住民の苛立ちを強めたイスラエル極右勢力(10月9日)
岸田文雄首相は8日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスによるイスラエルへの攻撃を非難し、X(旧ツイッター)に「罪のない一般市民に多大な被害が出ており、強く非難する」と投稿した。岸田首相はイスラエルによるヨルダン川西岸への占領の継続、占領地でのイスラエルによる入植地の拡大などを批判したことがあっただろうか。現在ヨルダン川西岸には70万人ぐらいのイスラエル人が不法な入植をおこなっている。かつイスラエルが建設する入植地は東エルサレムを取り囲むように建設され、イスラエルはパレスチナ人たちが将来のパレスチナ国家の首都と考えているエルサレムへの実効支配を一段と進めている。
イスラエルは、エルサレムは古代ユダヤ王国の首都だからイスラエルの首都であると主張する。しかし、アラブ・イスラム勢力はエルサレムを1200年間にわたって支配したのに対して、ユダヤ支配は424年間にすぎない。エルサレムは、第一次世界大戦中の1917年11月にイギリスが占領するまでイスラム支配が継続していた。
国際法では軍事的に占領した土地から軍隊は撤退しなければならないし、また占領地住民の土地や財産を奪ってはならないことになっている。イスラエルはこの国際法(=ジュネーブ第4条約)を破り、パレスチナ人の土地や財産を奪い、イスラエル人のための住宅(=入植地)を次々と建設している。
2018年にガザの人々は帰還のための大行進をしたが、それにイスラエル軍は発砲し、2018年3月30日から2019年12月27日までの間に223人のガザ市民が亡くなっている。ガザ住民の75%の家族は現在イスラエル領となっているビールシェヴァやスデロットなどイスラエル南部の出身で、国連決議によれば帰還権を認められているが、イスラエルはこの帰還をいっこうに認めることがない。
2014年7月8日から8月26日までのイスラエルによるガザ攻撃では、パレスチナ保健省によれば、パレスチナ人2310人が犠牲になったが、そのうち70%が市民だった。ガザは「世界最大の監獄」とも形容され、パレスチナ人たちの移動や、物資の搬入に厳格な制限があり、建築物資の不足のためにインフラや住宅の整備も極端に滞ってきた。パレスチナ人たちがガザで利用できる清潔で、飲料に適する水は全水量のわずか4%とも見積もられている。さらに電力の制限もあり、1日数時間しか電力の使用ができない状態になっている。
国際法ではパレスチナ人には民族自決権があるが、イスラエルはこの民族自決権の行使であるパレスチナ国家創設を認めず、アメリカのトランプ政権は、パレスチナ国家創設を後押しする姿勢などまるでなく、ネタニヤフ首相が主張するパレスチナのイスラエル一国支配でもよいというスタンスをとった。
7日から始まった戦闘で、パレスチナ人は300人、イスラエル人は少なくとも600人が犠牲になった。今回の戦闘で異例なのはイスラエル人の犠牲の多さだ。少なくとも第4次中東戦争(1973年)が終わって以降、これだけ多数のイスラエル人が犠牲になったことはない。
今年1月にイスラエルで極右を含む政権が成立すると、3月に極右の宗教シオニスト党の指導者であるスモトリッチ財務相は3月1日、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区のフワーラ村(人口7000人)を「消滅させる必要がある」と発言した。また同じ月、スモトリッチ財務相は、パリで開かれたユダヤ人らの会合で「パレスチナ人など存在しない」「歴史も文化もない」などと発言した。
同じく極右政党「ユダヤの力」のイタマル・ベン・グヴィール国内治安相も「岩のドーム」やアル・アクサー・モスクなどがあるイスラムの聖地であるハラム・アッシャリーフの敷地内に足を再三踏み入れ、パレスチナ人ムスリムの宗教感情を逆なでする行為を繰り返している。6月23日、ベン=グヴィール国内治安相は、イスラエルの治安状況を安定させるために数十人、あるいは数百人、さらには数千人のパレスチナ人を殺害することがイスラエル政府の責務であるとも語り、彼はパレスチナ人を「テロリスト」と呼んでいる。イスラエルの治安の安定のためにパレスチナ人殺害を唱道するのは異様な心理だ。
こうしたイスラエルでの極右閣僚たちの言動もパレスチナ人たちの反発や危機感を招き、今回のハマスによる攻撃の一つの背景になったことは間違いない。イスラエルには約4500人のパレスチナ人捕虜が拘束されていて、そのうち約310人が裁判を受ける権利もなく行政拘留されている。今回ハマスは100人余りのイスラエル人を誘拐したと見られているが、ハマスはこうしたユダヤ人たちをパレスチナの政治犯の解放のための「手段」として用いる可能性がある。