「今日、われわれは“移行期”の入り口にいる。すなわち、グローバル化の新自由主義段階からポスト新自由主義への移行である」。冒頭、こうした提起から始まる本書は、ラテンアメリカ政治を長年研究してきた立命館大学名誉教授の著者が、最近の「左派ドミノ」といわれるラテンアメリカの変化も念頭に置きながら、「われわれは今どこにいるのか、なにをめざして、どこに向かっているのか」を考えることを試みたものだ。
新自由主義が世界を惨憺たる状況に追いやったことは、この40年あまり、世界の人々が深刻に経験したことだ。
新自由主義は、アジェンデ政権を軍事クーデターで倒したピノチェト軍事政権下での「残忍な実験」から始まり、レーガン・サッチャーが西側先進国で推し進め、ソ連崩壊後のロシアやアパルトヘイト体制後の南アフリカにも「ショック・ドクトリン」によって持ち込まれた。
それは、一握りの権力者の「略奪による蓄積」を意味し、「世界の大富豪のトップ26人が、世界人口のうち経済的貧困に陥っている半数、約38億人の総資産と同額の富を所有している」という事態が生まれた。世界中で非正規雇用が拡大し、それは今世界の約15億人の労働者(世界の労働力人口の約半数)を占めるまでになった。国家の機能の中心が市場化促進となり、国民の福祉は大きく後退した。
アメリカでは刑務所の民営化が進み、刑務所の囚人人口は過去40年で900%増大し、2018年には230万人に達した。その多くが移民である。刑務所内には多くの多国籍企業が工場を設置し、移民は獄産複合体の格好の餌食になっている。ヨーロッパでは、難民危機とEUの「国境を守る」プログラムが、国境軍事力や監視システムの市場を拡大し、軍事・安全保障企業がボロもうけしている。世界各地で戦争が放火されるのにつけこむ、米軍産複合体や民間軍事会社も同じだ。
アフリカやアジア、ラテンアメリカでは、多国籍企業がその国の土地を強奪し、アグリビジネスのプランテーションをつくったり、鉱物資源採掘をおこなっており、小規模農家や先住民が追い出され、村落や自給自足経済の破壊が進み、多くの農民が都市のスラムに移住したり難民化している。土壌は劣化し、生態系は破壊されている。
ここまできて、世界各地で、自分たちに襲いかかる新自由主義のシステムに異議申し立てをおこない、それにとってかわる新しいシステムが模索され始めたのも当然のことだ。ラテンアメリカを見ても、エクアドルやボリビアでは先住民の「ブエン・ビビール」運動が広がり、ブラジルでは土地なし労働者の運動が高まった。水問題を契機に「コモンズ(所有権が共同体や社会全体に属する資源)」を奪い返すたたかいが広がり、ボリビアのコチャバンバでは労働者や農民、先住民がベクテル社の水道民営化を頓挫させた。
「公共」を奪い返すたたかい
本書はこのように、新自由主義の「国家・社会」関係を具体的に分析するとともに、脱新自由主義をめざした底辺からの多様な自立的社会運動とその担い手について具体的に分析している。そこが非常に興味深い。
そこに、左派ドミノといわれる現象の根底にある、ラテンアメリカの人々の、資本主義にとってかわる次の社会に対する問題意識や願いを垣間見ることができるからだ。
そのいくつかをここで見てみると、まず「ブエン・ビビール」は、新自由主義がもたらす最大限利潤の追求や大量生産・大量消費、環境破壊的開発主義に対置する概念として注目を集めている。「ブエン・ビビール」は良い人生や良い生活といった意味だが、それはアンデスで暮らしてきた先住民の世界観で、自然と人間の調和、生活の質を高めること(生産システムと生態系の供給能力との関係を理解する)、コミュニティを基礎にした共生社会を実現することなどを旨としている。
ボリビアとエクアドルの政府はこの概念を憲法に盛り込んだ。しかしその後、政権側がそれを開発のための新しいスローガンにするという事態も生まれた。そこから人々は、社会運動は国家からの自律性を確保し続けること、真に根本的な変革は下からの解放と自己決定にもとづく必要があること、同じ方向をめざす世界中の力と連帯することを教訓にしているという。
ブラジルの土地なし労働者運動(MST)は、1984年、土地を奪われた農民自身が非生産的な土地の利用と所有を要求する草の根型のたたかいを起こしたことに端を発する。2000年までには35万家族(約400万人)が、MST主導の占拠によって分配された土地から利益を得た。最近では国際的ネットワークを広げている。
また、市場経済にとってかわるものとして社会連帯経済を広げている。その目的は「金融的利益に奉仕するのではなく、その構成員やコミュニティに奉仕する」「社会連帯経済企業は国家から自立している」「規則や行動規範は民主的意志決定を旨とし、利用者や労働者の参加を必要とする」「収入と剰余の配分では資本より民衆と労働者を優先する」などだ。
次に「ヴィア・カンペシーナ」について。これはラテンアメリカの2億人以上の農民を代表する農民運動連合で、世界69カ国の148の農民組織によって構成されている。多国籍アグリビジネスによる各国農業ののっとりに対抗し、「食料主権(土地改革を通じて食料自給のための土地の分権化と民主化を進める)」、小規模土地所有者の擁護、協同組合や連帯、アグリビジネスの撤退を課題にしたたたかいの最前線にいる。
ブラジルではヴィア・カンペシーナについて、「かつては大地主やプランテーション所有者に対してのみたたかっていた農民が、今や多国籍大資本に反対する主要なアクターに変わってきた」といわれているそうだ。
このようにラテンアメリカの人々は、この間の新自由主義とのたたかいのなかで、市場経済の無政府状態にとってかわる新しいシステムと、それを実行する政治組織を試行錯誤しながら生み出していることがわかる。著者はこの運動について、抽象的なビジョンやイデオロギー的課題ではなく具体的な運動として発展しており、下からの大衆運動を基礎にして政治を主権者である国民のものにとり戻すこと、それぞれの地域の固有の歴史性をもった運動を基礎にしつつグローバルな連帯を求めていること、などの特徴をもっていると指摘している。
(あけび書房発行、A5判・214ページ、定価2000円+税)