2022年、米国が創り出したウクライナ戦争に加担し、日本は戦争当事者となった。岸田文雄政権は、「防衛装備移転三原則」の運用指針を変更し、交戦中の紛争当事国であるウクライナに防衛装備品やドローンを供与し、ロシア対西側連合の経済・イデオロギー戦争では主要な役割を担い、世界の分断を助長している。昨年12月16日に閣議決定された安保関連3文書の改定は、日本が「積極的平和主義」という名のもとに、米国の侵略戦争に加担し続けることを意味する。
第二次大戦後、米国は世界各地で定期的に戦争を引き起こし、「絶対正義」である米型の自由民主主義を各国に贈り届けるために、他国民の自由、人権、生存権を奪い続け、「リベラル独裁」体制を築き上げてきた。21世紀に入っても国際法を無視し、力による主権国家の政権転覆を繰り返し、2003年に「大量破壊兵器がある」という嘘をついて始めたイラク戦争では、50万人とも200万人とも言われる犠牲者を出した。
2014年にはウクライナでも暴力的な政権転覆を成功させた米国は、新政府と極右過激派がロシア語話者を弾圧・虐殺し続けるのを容認し、自国の覇権を守るため、ウクライナ人とロシア人の命を犠牲にする戦争を創り上げた。ロシアの軍事介入後、ウクライナのポロシェンコ前大統領とドイツのメルケル前首相は、ミンスク合意(東部紛争をめぐる停戦協定)はウクライナ軍を増強させるための時間稼ぎだったと認めたが、米ウ・NATO(北大西洋条約機構)は8年かけてロシアとの戦争準備を整えてきたと言えよう。
日本の主要メディアのほとんどは、ウクライナ戦争の当事者である米英ウの戦時プロパガンダ(宣伝)を一方的に垂れ流し、客観的な報道を放棄して市民の「知る権利」を侵害し、「専門家」と共に偏った戦争報道に徹している。今、日本の政治家とメディアは、80年前の戦時中と同じく主体的に宣伝の犠牲者となり、戦争に加担することで停戦の機会を奪い続けている。真理を真摯に探究するはずの研究者たちでさえ、未だに「大義のないロシアによる侵略戦争だ」という思い込みから抜け出せないでいる。
一体、この思考停止状態は、いつ、どのようにして生まれたのだろうか。
「吉田ドクトリン」で米国依存に陥った日本政治
戦後、日本は無謀な戦争をしたことへの反省もあり、日米同盟のもとで安全保障は米国に依存し、防衛費を制限して経済の復興・発展を追求する国家方針を打ち出した。吉田茂元首相が築いたとされるこの基本路線は「吉田ドクトリン」と呼ばれ、冷戦後も今日に至るまで、日本の政官財・メディアの中で踏襲されてきた。
経済復興するまでの一時的な政策だったなら、現実主義的な国家戦略と評価できたかもしれない。だが、1968年に西側諸国ではGNP(国民総生産)第2位の経済大国になってからも、日本の政官財は米国に依存し続け、やがて自分たちが対米追従という思考停止状態に陥っていることすら忘れられていった。
1980年代に日本が米国に匹敵するほどの経済大国になれたのは、朝鮮戦争とベトナム戦争の特需があり、冷戦期に西側・反共陣営の砦になることで戦後賠償の負担が軽減され、経済の復興と発展に全精力を傾けられたからだった。右肩上がりの経済成長下、重要なのは物質的な充足感であり、精神的な自律性は無視され、主体的に独立国家としての哲学を構築するという課題は放置され続けた。
冷戦が終焉してバブルが崩壊し、外交・経済で日本が迷走し始めた1990年代以降、「日米同盟の強化、憲法改正、集団的自衛権の行使を通して、日本は米国と共に世界平和維持のために積極的に貢献すべきだ」という「吉田ドクトリン」の変異形と言える立場が出現した。その立場の代表者だった安倍晋三元首相は、「積極的平和主義」を掲げ、2015年に集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法を成立させた。
安倍政権の外交を継承する岸田政権は、昨年12月16日に改定した「国家安全保障戦略」に先制攻撃を可能にする「反撃能力(敵基地攻撃能力)」の保有を明記し、米国と一体化して軍事行動を行う準備を整えている。日本は今、「アメリカ・ファースト」の原則を保ったまま、安全保障を強化して米国と共に戦争ができる「普通の国」に変わりつつある。
戦後77年が経っても、日本は自律した独立国家としての戦略や外交哲学を持っていない。結局、「吉田ドクトリン」は国家戦略とは言えず、米国に依存し続けるための理由づけにすぎなかった。にもかかわらず、日本政府や外務省は、あたかも日本独自のビジョンを持って国際社会の平和に積極的に貢献しているかのように振る舞って国民を欺き続け、未だに「米国依存」と「対米追従」という思考停止状態から脱却できていない。
ウクライナ戦争の犠牲になった真実
「戦争の最初の犠牲者は真実だ」という教訓を、人類は古代から受け継いできた。だが、昨年2月24日にロシアが「特別軍事作戦」を開始すると、民主主義の先進国とされる米国・西側諸国では「ロシアは絶対悪、ウクライナは絶対正義」という戦時宣伝が洪水のように垂れ流され、真実を追求するメディアは少数派になった。
今後、米国が東アジアで戦争を創り出すのを防ぐためには、昨年2月にウクライナ東部で実際に何が起こっていたのかを客観的な情報に基づいて理解する必要がある。
ミンスク合意(東部紛争をめぐる停戦協定)の遵守を監視していた「OSCE(欧州安全保障協力機構)ウクライナ特別監視団」の日報によると、ドネツク・ルガンスク地域における1日平均の砲撃数は、2021年は約70発、昨年は2月14日までは約50発だった。2月15日は76発だったが、16日には316発と急増する。その後は、17日―654発、18日―1413発、19~20日―2026発、21日―1481発、22日―1420発だった。
この客観的データから、2022年2月16日以降にドンバスは戦争状態になっていたこと、砲撃数が1481発まで激増した2月21日になってからウラジーミル・プーチン大統領がドネツク・ルガンスク両共和国の独立を承認したことが分かる(2月15日にロシア議会から両共和国の独立を承認するよう求められたが、プーチン氏はミンスク合意の履行を求め続けていた)。
また、昨年2月11日にジョー・バイデン大統領はNATOとEUの指導者に「プーチン氏がウクライナの侵攻を決定し、16日にも攻撃する」という嘘をつき、米国・NATO加盟国の一部は自国のOSCE監視員をウクライナあるいは2共和国から退去させた。その後、2月16日から約12万のウクライナ軍と約4万の共和国軍が激しい戦闘状態に入り、軍事力で圧倒していたウクライナ軍が両共和国内に攻め込んで民間人に対しても激しく砲撃していた。
2月21日にプーチン大統領は2共和国の独立を承認してレッドラインを引いたが、1962年に米ソが妥協して核戦争を回避したキューバ危機の時とは異なり、米ウはロシアが集団的自衛権を行使することを知りながら、22日もロシア語話者の住民を集中砲撃し続けた。ロシアとの戦争を望んでいたとしか思えない無責任で残虐な行為だった。
米国が昨年2月16日から狡猾にロシアを戦争に巻き込んだことを裏付ける国連・OSCEなどの情報・データがあるにもかかわらず、なぜ岸田政権はヒステリックな対ロ制裁を実施し、人類を滅亡させかねない戦争に加担し続けるのだろうか。日本の政治・外交の出発点が無条件で「アメリカ・ファースト」であり、米国率いる西側の価値観だけが絶対に正しいと信じ込んでいるからだ。冷静に分析すればロシアが戦争を望んでいなかったことは簡単に理解できるはずだが、「米国依存」と「対米追従」により、日本の政官財・メディアの多くは客観的な事実を認識できないほどの思考停止状態に陥ってしまったと言わざるを得ない。
東アジアで米国の暴走を防ぐために
「パックス・アメリカーナ(米国による平和)」の時代は終わった。近い将来、経済・軍事力で中国が米国を抜く時代が来るかもしれない。今、欧州でウクライナ人とロシア人を戦わせている米国が、完全に覇権を失う前に、東アジアで日中台韓朝の市民の命を犠牲にする戦争を創り出す可能性はゼロではない。
米上院外交委員会は昨年9月14日、台湾への軍事支援を大幅に強化し、台湾を「NATO(北大西洋条約機構)非加盟の主要な同盟相手」に指定する「台湾政策法案」を可決した。ウクライナ軍をNATO化してロシアとの戦争を始めたように、既に台湾への武器供与と台湾軍の訓練を拡大している米国が中国との戦争を創り出した時、集団的自衛権の行使と先制攻撃が可能になった日本は米国の軍事行動によって「東アジア戦争」に巻き込まれ、第三次世界大戦の戦場になる可能性がある。
国際社会の平和と秩序に対する最大の脅威は米国だ。なぜ、米国の利益のために東アジアの市民が血を流さなければならないのか? 覇権維持のためには日本を「沈没させてもいい使い捨ての空母」だと考えている米国に追従することは、日本の国益にかなうのか?
「東アジア戦争」を防ぐためには、米国が日本を利用しているように日本も冷徹に日米同盟を利用しながら、隣国との外交・経済関係を強化し、アジア太平洋地域で二度と戦争を起こさせない全アジア型安全保障システムを構築することが不可欠だ。その際、日本は独立した主権国家として同盟国の米国が過ちを犯した時にはその都度糺(ただ)し、「アメリカ・ファースト」ではなく「人類ファースト」で世界の破滅を防がなければならない。
2・24後に明らかになったのは、西側社会における知性の劣化だ。日本でも現実理解のために知的貢献をするはずの「知識人」の多くが「西側のリベラルな理想」に囚われ、「国際社会の現実」が見えなくなってしまった。ウクライナ危機で戦時宣伝に簡単に騙され続けている彼らは、「台湾有事」で中国との緊張が高まった時、また米国政府に騙されるだろう。その時、「専門家」が領土問題などを利用して上から目線で煽る反中感情に惑わされてはいけない。世界大戦で日本が滅亡の危機に晒された時、彼らは戦争を煽り続けた責任を取ることなどできないからだ。
残念ながら、日米両国の権力に溺れる政治家と官僚は、これからも「国益」という決まり文句を振りかざし、虚勢を張って「生存闘争」を演じ、「ただ平和に暮らしたい」という一般市民の願いとは乖離した政策をとり続けるだろう。彼らが戦争を始めるのを防ぐためには、思考停止状態に陥っている無責任な政治家とメディアを批判し、戦争を煽る人間に抵抗し続けなければならない。今、良心ある市民一人ひとりができることは、日常生活で家族、友人、同僚とアジアでの戦争を避けるために何ができるか話し合い、ブログやSNSなどで客観的な事実を共有して連帯し、冷静に議論を深めることだ。
2023年、世界の市民が人類の一員として国境を超えて連帯し、米国政府の冒険主義的外交とリベラル独裁に反対して立ち上がることができれば、世界は徐々に灯を取り戻せるだろう。ウクライナ危機で世界が混乱する今こそ、「~人」という国籍を越え、同じ人間として理解し合い、相手の世界観を尊重する勇気が求められている。
(寄稿)
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おおさき・いわお 1980年東京都生まれ。政治学者。国際関係学博士。慶應義塾大学法学部政治学科卒。立命館大学大学院国際関係研究科博士課程修了。サンクトペテルブルク国立大学、モスクワ国際関係大学に留学。極東連邦大学(ウラジオストク)客員准教授を経て、2020年9月〜22年3月まで同大東洋学院・地域国際研究スクール日本学科・准教授。専門はロシア政治、日ロ関係。「ロシア政治における『南クリルの問題』に関する研究」(博士論文)など日ロ関係に関する論文多数。
【大崎巌の『ヒトの政治学』(ブログ)】https://ameblo.jp/iwao-osaki/
【Twitter】https://twitter.com/iwao_osaki