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安倍派の弱体化を露呈 安倍事務所なき後の必然 下関市議選の結果を分析 本紙記者座談会

 5日に投開票を迎えた下関市議選は、これまでにない激戦がくり広げられた。この選挙結果について、記者たちで分析してみた。

 

  下関市議選が終わって、早速、今回の選挙結果の分析や評価について「記者座談会でじっくり解説しろ」という要望が各方面から届き始めた。下関市内のそれこそ自民党安倍派や林派の面々も面白がってリクエストしてくる有り様で、各地の戦況報告みたいなものも情報としてはいただいてきた。今後の衆院山口新3区の国盗りとも関わった前哨戦だっただけに、関心を持って眺めていた人も少なくないようだ。

 

 選挙後、朝日新聞が間髪入れずに「安倍派退潮」の特徴を捉えて記事にしていたが、「もっとディープに突っ込んで描いてくれ」というものだ。本来なら、13日以降の議長選まで水面下のバトルを傍観したうえで、それとあわせて振り返って見る方が良いかと思ったが、「早くやれ!」の圧に耐えきれず急遽前倒しすることにした。期間中やその後に耳にしてきた情報をすり合わせてみたい。

 

  まあ、今回の選挙結果は衆院山口の新3区への再編を前にして「安倍vs林」も隠れた争点ではあった。その側面から見ると、誰がどう見ても安倍派敗北を印象付けるものになった。一方の林派はテコ入れした候補者が幾人か当選を果たして微増となった。ただ、大喜びできるほどのものかというとそうでもない。微妙だ。単純に「創世下関」(安倍事務所の直結会派)と「みらい下関」(安倍派冷や飯組・林派の寄り合い所帯)の人数だけ比べても意味がない。みらい下関をイコール林派の会派だと認識するのも少し異なる。議員同士の好き嫌いや軋轢(あつれき)等もあって経緯が複雑だからだ。

 

  選挙によって、これまで最大会派として君臨してきた創世下関が弱体化したことが最大の特徴だろう。創世下関は改選前に9人が所属していたが、そこから高齢の亀田博(議長)が引退して直前に不出馬となり、吉田真次が衆院山口4区の補選に立候補することから不出馬。残りの7人が市議選に立候補したが、そのうち2人、安岡地域を地盤とする福田と吉見地域を地盤とする濵﨑が落選してしまった。従って改選後に生き残ったのは、江村、井川、吉村、阪本、林透の5人になった。亀田がやむなく引退したのも地盤を同じくする新人の金子(安倍派)が出てきたからだが、こちらも1000票に届かず落選した。

 

  安倍派としては綾羅木や伊倉方面の亀田の地盤をものにしておかしくなかった金子、横野・安岡地域を地盤にした宮野、彦島地域からは直前まで自民党県連職員で、安倍政権下で清和会の頭数確保のために衆院比例で担ぎ出されていた古田圭一(早鞆学園理事長)の秘書をしていた長本が新人として立候補していた。現職に加えてこれらが順当に当選したなら創世下関は10人の会派になるはずだった。ところが新人で当選したのは宮野1人となり、この宮野が爆勝ちしたおかげで地盤が隣り合う現職2人が落選してしまい、改選前に9だったのが6へと弱体化した。

 

 1人の安倍派新人にあまりにテコ入れし過ぎたことが災いして、本来なら引き上げることも可能だったはずの現職や新人が沈んでいった関係だ。新人としては飛び抜けた数字を叩き出したのが宮野陣営で、安岡地域のPTAや若い親たち、さらに横野地域を中心としたコミュニティが強力にバックアップしていた。そこに吉見地域を地盤とする西本健治郎(安倍派県議)もついていた。

 

 西本からすると、自身の県議選でとり込みたい支持母体なのだろう。一方で吉見地域には前回選挙で地域を挙げて担ぎ上げた濵﨑がいた。同じ安倍派所属なのに、この西本と濵﨑との間に確執みたいなものがあって、今回の選挙直前に開いた県政報告会では濵﨑を呼ばずに宮野だけを紹介したとか、ちょっとした波紋を呼んでいた。濵﨑が西本ではなく同じく県議会議員の平岡(安倍事務所秘書から県議に転身)に近づいたのが気に入らなかったとかで、とにかく吉見地域を巡って、同じ安倍派の市議、県議のそりが合わずに揉めていたわけだ。

 

  前回、濵﨑の選対を回していた中心人物が病気になって動けなかったり、綾羅木に引っ越していったりで、前哨戦段階から選対が体を成していないことを危惧する声は地域でも強かった。そして、「西本が濵﨑を見捨てて宮野にべったりだ」「吉見地区から市議がいなくなったら西本のせいだ」と随分話題にされていた。それほど埋まらない溝があったのだろう。そうして、案の定、濵﨑は前回選挙から1000票以上も減らして落選となった。まあ、選挙である以上、「西本のせいで落選した」というのもお門違いではあるが、濵﨑は地域票を宮野に食われて沈んでいった。

 

 そして創世下関のベテランだった福田も同じく宮野に食われて沈んでいった1人といえる。今回の選挙では横野地域が一丸となって宮野支持に回っていたし、あそこは連合自治会などのコミュニティー結束力が元々強い。前回選挙では洋上風力反対で住民の側に身を寄せていた福田は、横野・安岡地域に他に候補者がいなかったこともあって押し上げられた。同派閥の井川典子に多少は持っていかれたが、それでも落選はしなかった。今回の選挙でも、当初から「福田が危ない」といわれていたが、いつもそういわれながら落選を免れてきたこともあって、街の選挙通たちのなかでは「どうせギリギリで踏みとどまるんだろう」と楽観視もされていた。

 

 ところが現実は想像していた以上に宮野に勢いがあって、焦ったのか選挙期間後半は1日に6回も7回も安岡・横野地域を福田が走り回って、「風力反対運動が勝ったのは私のおかげ」みたいに自分一人の手柄にして演説まで始めたことが話題にされていた。洋上風力反対は何年もかけて住民運動で展開してきたし、前田建設工業に訴えられたりもしながら、住民たちは難儀ななかを乗りこえてやってきた。それをオレの手柄みたく叫ぶものだからみんなが呆れたし、怒った。候補者の焦りから来る言動だったのかも知れないが、恐らく逆効果になったのだろう。その点、宮野の方が「みなさんと共にたたかってきた」と低姿勢で訴えていたのが印象的だった。地盤が完全に食われた結果が福田のあの得票といえる。これまた700票以上も減らしたのだから、誰のせいにもできない。

 

  斯くして、隣合った吉見・横野・安岡地域で同じ安倍派所属の新人や現職が凌ぎを削った結果、新人の宮野が当選して創世下関としては1人稼いだかも知れないが、逆に濵﨑、福田の現職2人を頭数としては失った。この戦犯は「西本だ!」と安倍派のなかで口にする人は少なくない。濵﨑、福田のみならず、長本も含めて安倍派のなかで宮野一極集中の割を食った陣営がぶつくさと文句を垂れている。ただ、この状況を宮野、西本の立場になって考えてみると、「甘ったれたこといってんじゃねぇ!」と思うのも当然だろうし、選挙である以上、敗北した側が何をいってるんだ! という話でもある。弱いから負けたのであって、人のせいにするな! と――。

 

 宮野については安倍事務所が機能していた前回選挙でも若手を中心に担ごうとする動きはあったが、今回のように現職の福田を脅かすことが目に見えていることから、安倍事務所が支援を蹴ったという事情があった。安倍事務所が存続していたなら、果たして吉見・横野・安岡戦争を放置していたのか? とも思うが、そのような出馬抑制の力は効かず、選挙戦にもつれ込んだのだ。ならば、出馬抑制すれば良かったという話ではなく、そんなものは安倍派の好きにしやがれ! と部外者としては思うが、統率する司令塔がいなくなったことが露骨に反映した。

 

 やり方によっては、宮野の初陣プロモーションを控えめにして、ものの50票ずつでも組織票が回っていたら福田・濵﨑は引き上げられて、共産党とバリスタが落選していた。最下位争いで次点、次々点に創世下関の現職が並んだことは安倍派内の揉め事の結果であって、自業自得といえる。コントロール不能で共食いが激化したことが、今回の結果を生み出したのだ。しかし、選挙とはこうしたしがらみや衝突、得票の食い合いのなかでどこの誰から1票をもらうかを争うわけで、一度紛争が勃発してしまうとなかなか治めようがない。感情的なしこりにもなる。

 

安岡・吉見・彦島戦争 分かれた明暗

 

  割を食ったのは福田と濵﨑だけではない。宮野本人というより西本が彦島地域にまで手を突っ込んだもんだから、これまた驚かれていた。西本は父親こそ吉見出身の県議会における安倍派ボスだったが、母親は彦島12苗祖のうちのU一族の出だったはずだ。吉見・安岡だけでは飽き足らず彦島にまで突撃してきたわけで、あっちもこっちもぶつかって感情的になっている。この戦後処理は大変だろう。和平交渉の仲介は安倍事務所亡き今、いったい誰がやるというのだろうか。

 

  結局のところ、そのように個人戦が放置されて派内の衝突が解消されず、いわれるように「安倍事務所亡き後の選挙」をもろに浮き彫りにした。

 

  彦島地域を地盤にした安倍派新人の長本がずっこけたのも印象的だった。終盤に彦島公民館で開催した立会演説には会場いっぱいに人が押しかけて、後援会長も感極まっていたのに、蓋を開けたら驚天動地の落選だった。選挙前から「当選した気になっている」と本人の言動について危惧する声はチラホラ耳にしていたが、しばらく人間不信になってもおかしくないような結果だと思う。清和会所属の杉田水脈とか江島潔が応援にかけつけて、自民党国会議員からの為書きを事務所にも掲げて自慢げに披露していたが、選挙とは本当にわからないもので、表面的には「当確」のように見なされていた陣営も上滑ったときにはずっこけることを証明したのではないか。

 

 むしろ同じく彦島地域の地盤を争った小熊坂(林派)の後継・山野(林派)の方が手堅くまとめたといえるのだろう。こちらは広銀が連れて回っていた。林昂史も含めた彦島戦争といわれて、こちらも保守系同士の奪い合いが激化していたが、明暗はくっきりと分かれた。

 

安倍vs林の私物化争い 市民からは厳しい視線

 

  西本の大暴れが端的な例だが、安倍派として全体のバランスを考えられる者がおらず、リーダー不在で統率もとれず、そのもとでちびっ子たちが好き勝手に大暴れして奪い合いをしたことが、今回の派としての敗北を招いた最大の要因だろう。同派閥の殴り合いに発展して自爆しているのが実際の姿なのだ。こんなことも分からないのが今後「一番票をとった」からといって安倍派を率いていくには無理があるし、安倍派内で「西本をどうにかしろ!」という声が上がっているのも無理はない。酷いいわれ様だが、そうなっている。

 

  この結果を裏返して見てみると、林派からしたら西本は安倍派敗北に誘った張本人であり、恩人であり、勲章をやってもいいくらいの関係だ。安倍亡き後に仮に林派に寝返るようなことがあった場合、それは今回の選挙における振る舞いは相当な策士だったと評価することもできる。敢闘賞ものだ。しかし、おそらく感情にまかせて動いた結果というだけだろう。そこまで先読みして立ち回っているようには思えないし、安倍派のなかで「林派の手先になってコイツは安倍派解体に手を貸したんじゃないか?」と疑心暗鬼が生じていることについては、「おそらく何も考えていないんじゃないかな…」と思ってしまう。

 

 ただ、立場を変えた視点から見てみると、新3区に林芳正が帰ってこようかというタイミングにおいて、安倍派にとっては権力ポストを渡してなるものかという重要な選挙で、結果的に何人もの安倍派候補者を沈めていったのだから、林派がとり込んで仕込んでいたというならたいした芸当ということになる。よほど頭が切れるのか、もしくは大変なバカ野郎なのかは安倍派の方々に評価を委ねたい。いずれにしても、宮野本人にはなんの関係もないし、「戦犯は西本」が安倍派の共通認識になっているのが現実だ。みんなオコ(怒)になっていて、これは県議選にも引きずるのではないかと思う。

 

  どうしても地方選になると身内こそ敵になる。自民党候補者なら自民党の地盤のなかで奪い合いになるし、その他の野党とて同じだ。あるいは同じ地域のなかで抗争が起きたりもする。今回の選挙では、副議長だった井川もあっちこっちに手を突っ込んで、他の自民党候補たちの地盤をつまみ食いして煙たがられていた。余程焦っていたのだろう。企業によっては、誰の目から見ても他の候補者の支援者なのがわかりきっているところにも手を伸ばしていた。やられた側からすると、この野郎! となる。

 

 創世下関としては、阪本、吉村、井川、江村、林透(元議長)の5人に宮野が加わるのだろうが、どう見ても手薄で、市長の前田晋太郎が慌てて各所に電話をかけまくっている。しかし、あの会派が存続したとして、今後は誰が引っ張っていくんだろうかとも思う。

 

  今回の選挙戦では誰もが前回比で数百票減らすのが当たり前ななかで、江村(前回次点で落選)については逆に700票以上も増やした。これは本人というより、選対の「中の人」が面子にかけて大暴れしたのだろう。いったいどこに手をつっこんだんだろう? と思うし、選挙テクについて教えてもらいたいくらいだ。まあ、前回選挙でサボり過ぎたというか、それこそ食われただけともいえるが、今回については全力で食い返した。この選挙で増やしたという点については、相手がいかなる政党の候補者であろうとすごいと思う。江島潔のブレーンだった星出についても微増ではあるが増やした。彦島戦争を勝ち抜けた林昂史もしかり。林透については、吉田真次の地盤を引き継ぐとかいっていた割には上積みが少なすぎる。

 

  とにかく、現職はほとんどの候補者が前回選挙よりも数百票単位で得票を減らした。大乱立で票が割れるのだから、当然といえば当然な結果といえる。それで林派はどうだったかというと、今回の選挙で林事務所は現職でいえば関谷、板谷、村中、安岡、香川の5人、新人では勝本、下村、山野を支援している節があった。

 

 関谷については議長時代や会派会長時期のいざこざがあって自民党会派には入れてもらえず、議会ではのけ者扱いされてきたが、中尾vs前田の市長選で林派支援に寝返った功績が認められているのだろう。おかげで議長ポストを引きずり下ろされたが、林派としては一定の恩義もある関係だ。香川も元々は安倍事務所の隠し球といわれ、実兄は江島潔の市長時代に社会人採用で市職員となり秘書課長だった。これも市長になりたくて仕方がないが前田晋太郎に先をこされ、安倍派に属しても芽が出ない。ひょっとしたら林派の支援を受けて市長選に挑むつもりなのだろうか。いずれにしても林派がついていた。

 

  安岡、香川については得票を減らしたとはいえ安定の上位当選で、これまた「さすが」の一言だと思う。選挙がうまい。林派は新人としては若手の勝本が鳴り物入りで登場した割にはずっこけた印象だ。選挙最終日に勝本の選挙カーがレッカーで運ばれていくのを見て不吉な予感がしていたが、「上位当選!」なんて前評判を口にする人もいたのに余り得票が伸びなかった。杉村は林派がついているかのように周囲に吹聴していたが、結果は何もついていなかったことを証明した。163票なんて、逆にどうしたらそんな得票になるのかわからない。いったい何をしたんだろうかと思う。

 

 山野は小熊坂の急逝で急遽擁立になったが、なんとか食い込んだ格好だ。下村も林派が企業群をつけて支援に回り、頭数の1人として引き上げた。純粋に林派と呼べるのは、関谷、板谷、村中、安岡、香川、下村、山野、林真一郎くらいではないか。

 

会派再編のバトル激化 議長選めがけて

 

下関市議選のポスター掲示板

  安倍急逝後、下関市議会では会派再編が起こった。それまでは創世下関が安倍事務所の庇護のもとで天下をとっていたが、林派の面々が仕掛ける格好で安倍派冷や飯組だったみらい下関と合流し、最大会派が入れ替わった。今回の選挙結果を巡って、事情を知らない人たちがみらい下関を林派みたく決めつけているけど、タクシーチケットを使いたい放題だった戸澤だって、木本、星出、田中、吉村といった面々だってそもそもが安倍派だ。元々みらい下関は豊浦郡4町を地盤にした安倍派会派だったが、創世下関と公明党ががっつり組んで牛耳るため、議会では面白くない立場を強いられていた。そして仲間だった林透が議長選のこじれでみらい下関を裏切って創世下関に入ったり、これまたグチャグチャな経緯がある。従って、安倍派と林派の頭数比べは単純ではないし、新議会では会派再編とセットで事が動く。今がその真っ只中だ。

 

  みらい下関の股割きが始まっている。林派も引っ張れば安倍派も引っ張る。いずれもが思い切り引っ張るため、当選後に顔面が引きつっているのが2、3人いる。恐らくどんな顔をしたらいいのかわからないのだろう。衆院山口の新3区を巡るバトルも本格化するのがわかりきっているし、そのなかでどっちについた方が得かを考えるのだろうが、かといって裏切れば代償も大きい。それをものの数日で決めろといわれても困惑するのが当然だ。安倍派が力を失っていく過程で、林派が端っこにぶら下がってきた面々を引き剥がしていけるのか否かといったところだろう。

 

 林派としては新人を2人ねじ込んだうえで、この会派再編を経て議長ポストをもぎとりにいくつもりだ。ただ、議員同士の好き嫌いもひどいから、「アイツがいるなら嫌だ」とかも多分に含まれる。それこそのけ者にされている関谷だって、のけ者にされ続けるのか、はたまた自民党会派に復帰できるのかはわからない。すべては会派再編のバトルの行方次第なのだろう。

 

 公明党はいつも強い方の味方で、常任委員会の委員長・副委員長ポストや監査委員ポストなど役職がとれればそれで良し。そうやって自民党会派が公明、市民連合を従えてポスト争いをするというのが下関市議会では毎度のパターンだ。立憲民主とか社民といっても自民党会派の紐みたいなものなのだ。

 

 目下、月内の議長選めがけてその動きが活発化している。数日後には形が見えてくる。どう見ても林派が仕掛ける局面だろう。前田晋太郎が気が気ではないのもわかる気がする。2年後の市長選にもつながる大きなプレッシャーとなるのだから。

 

 D 安倍派の創世下関といっても、もう安倍事務所は解散してトップも亡くなったのだから正式には「旧安倍派」ということになる。その旧安倍派に属していても将来性はないと見切りをつけた者から順に林派に糾合されていくのか、はたまた弱体化しつつ旧安倍派の抵抗が続くのかといったところだ。4区補選に吉田を擁立したのも安倍派の意地みたいな側面があって、林芳正を新3区に戻すな! 安倍派の牙城を守れ! というものでしかない。できあがった支配のピラミッドの構造を死守したい面々が、利害を守るために必死なのだ。要するにこの街の覇権争いであって、どっちの私物であるかを競っている。多くの市民は置き去りにして、いつもそんなことばかりやっている。

 

  いずれにしてもこの市議選の結果を見ると、他人事ではあるが、このようにして派閥というのは崩壊していくのか…という思いがしてならない。ある意味勉強にもなる。これはわざわざ林派が手を突っ込まなくても、放っておいたら勝手に崩壊していくのではないかという気すらしてくる。全体を動かして、バランスを保ちつつ利をとっていくのではなく、安倍事務所というコントローラーがいなくなったら勝手につぶし合いを始めるのだから世話ないではないか。

 

 西本が「安倍派の一番を獲ったどー!」をやった結果、「あのバカがそれ以上の議席を潰しやがった」が安倍派の人々から見た評価なのだ。そして議長選でも端から形勢不利に追い込まれている。西本は派内の批判を受け止めるしかないのではないか。私らに書かれたからといって腹を立てても仕方がない。理不尽ではあるかも知れないが、一番を獲って褒められないことだってあるのだ。

 

野党系にも厳しい審判 その他の特徴

 

  自民党の内紛はだいたいそんなところだろう。その他の特徴を見てみると、公明党は前回選挙における5人の合計得票は1万4200票あったのが1万2000票を下回った。年を追う毎に組織が弱体化していることがわかる。信者二世問題ではないが、支持層が高齢化していて二世が選挙に行かないのだという。当選ラインが下がっているのもあって5議席は押さえたが、弱体化の趨勢には歯止めがかからないようだ。

 

 共産党も同じで、10年くらい前には合計得票が1万票をこえて市議会に5議席を要していた時期もあったが、今回の4人の候補者の合計得票は6500票もなかった。そして1人が落選した。これまた政党としての支持基盤の崩壊ぶりは目を見張るものがある。それがなぜなのかは自分たちで考えるべきだろう。とくに安倍・林代理市政のもとでの日頃からの生態について真面目に考えた方がいい。西岡の落選が何をあらわしているのかだ。やっぱり市民はよく見ていると思う。

 

  野党系にも厳しい審判が下されたと思う。社民党・山下の700票減も衝撃的な数字だった。立憲民主の秋山が1700票台でかつがつ当選したが、これまた鉄鋼労連等々が支援したといっても少ない数字だ。労働組合の体力も弱まっているなかで、これまたジリ貧傾向に歯止めがかからないようだ。

 

 そのなかで、今回初めてれいわ新選組が下関市議会に議席を得たことは、一つには今後への期待のあらわれだと思う。あの翼賛議会でどのようなポジションでやるのか注目されている。これは候補者本人がどうこうよりも、れいわ新選組をあの議場に引き上げていく力が働いた。そのことへの自覚は恐らく本人にも陣営にもないし、意味がわからないのかも知れない。最終的にはれいわ新選組のネームバリューだけで押し切ったような格好ではある。これは4年間の議員活動が見られると思う。選挙は2期目が鬼門といわれるように、この1期目でどのような議員活動を展開するかで峻別されることになる。

 

 本紙記者の本池との共闘を望む意見もたくさんいただいているが、本気でたたかうならもちろん共闘もするし、あとは本人次第ではないか。「みんな仲良く」といってその他の野党ともども翼賛議会に群れていくとか折衷していくというのなら、恐らく今回の選挙でいただいた1789票はたちまち崩れると思う。まずは初当選、おめでとうではあるが、気を引き締めて挑んでもらいたいものだ。それだけこの街の皆さんの目は厳しいものがあることについて、現段階で釘を刺してあげるほうが親切だと思う。しっかりやってもらいたい。

 

 A 本池については、各方面から削られているな…というのは陣営も自覚はしていたが、そうはいっても持ち堪えた方だと思う。この選挙で公用タクシーチケット問題をはじめとした市議会の実態について街頭でガンガン暴露できたことは、得票になるかならないか以上に大きな成果があったと思う。市民に実態を報せることができた。そして相応の審判が下されている。

 

 2882票の付託は大きい。政党や企業、団体といった組織票など何もないなかで、無所属でこれだけの得票を積み重ねるというのは本当に難しい。市民会館の大ホール(1300人収容)2つ分以上の人々が1票を入れてくれたわけで、それは決して小さな数字ではないことを自覚しないといけない。涼子ちゃんもっと暴れろ! 頑張れ!といって街頭からみんなが背中を押してくれたことに対して、2期目の議員活動でしっかり応えていくのみ。選挙期間中の街頭からの声援はちょっと鳥肌が立つくらいのものがあったし、「オマエら突き抜けていけ!」という声を多くいただいた。選挙だけに甘くはないが、そうした街のみんなの力に押し上げられたのだと思う。


 選挙の分析評価はこんなところだろうか。

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