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英国で看護師10万人が一斉スト“公的医療守るために賃上げを” インフレで生活苦、人手不足で現場激務「働く者が生きられぬ」

イギリス国内でストライキをおこなう看護師たち(昨年12月15日)

 イギリスでは現在、医療、鉄道、高速道路、空港、港湾、郵便、バスなどさまざまな公共サービス労働者が国内全土でストライキをおこなっている。2年以上もの間続いている新型コロナウイルスによる経済的疲弊、ウクライナ戦争の下でロシアからのガス供給ひっ迫によるエネルギー価格の暴騰、高インフレなどにより国民の生活費負担が急増している。こうしたなか、王立看護協会(RCN)は昨年12月から、106年の歴史上初めてストライキを実施している。医療現場では人手不足、物価高騰に賃上げが追いついておらず、実質賃金は2010年に比べ20%も下落している。こうした状況を変えるため、10万人をこえる看護師が行動し、国と直接対峙してインフレ率に対応した19%の賃上げや医療現場の救済を求めている。これに呼応するようにあらゆる公共サービス職員によるストが全国に急拡大している。

 

◇     ◇

 

 記録的な物価の上昇が続くイギリスで昨年12月15日、国営の国民保険サービス(NHS)の看護専門職による労働組合「王立看護協会」(RCN)が、106年の歴史のなかで初となるストライキを決行した。看護師たちはそれぞれの病院前にピケを張り、国による公正な賃金の確保と、国民にストライキ支持を訴えている。こうした姿に道行くバスやタクシー労働者がクラクションを鳴らして応える姿も珍しくない。ピケに加わるNHS看護師も日に日に増えているという。

 

 RCNは、世界最大の看護組合であり専門家団体だ。50万人近くの看護師、助産師、看護支援従事者、学生が協力して専門職の向上にとりくんでいる。今回のストについてRCNは、看護師たちが直面する「生活費の危機」がさらに悪化するなか、インフレ率を5%上回る19%の賃上げを政府に求めている。

 

 NHSに所属している看護師たちは、低い給与を理由にその多くが離職しており、現場では深刻な人手不足と過重労働が続いている。昨年9月末時点で、英国内では常勤相当の看護師4万7496人が欠員し、欠員率は11・9%となっている。

 

 新型コロナウイルス感染拡大のなか、英国内の医療従事者は人手不足による激務のなかで医療に貢献してきた。英国政府は医療従事者への感謝とねぎらいのため国民に拍手を呼びかけるなどしてきたが、賃金自体は一貫してインフレ率を下回っている。看護師たちの給料は現在、昨年と比べて実質約5000㍀(約83万円)も減少している。また、実質賃金は2010年以降20%も低下している。

 

 エネルギー価格をはじめとした物価高騰が深刻化するなかで「1カ月分の給料がすべて家賃で消える」という看護師も少なくない。さらに職員の3人に1人が自宅の暖房代や家族の食費をまかなえていないという。

 

 複数の国民保健サービスの病院を運営する国内各地の「NHSトラスト」は現在、その4分の1以上が、職員たちを飢えさせないためにフードバンクを運営している。また、自宅の光熱費を抑えるために職場に寝泊まりする看護師もいるという。

 

 こうした状況を改善するべく昨年12月12日、RCN書記長兼最高経営責任者のパット・カレンは、スティーブ・バークレー保健長官と会談し、正式な賃金交渉の開始を求めた。だが保健長官は報酬について話し合うことを拒否したため、RCNは予定通り12月15日、ストに突入した。

 

 RCNは今回のスト実施の理由について、「看護師や職員が燃え尽きてしまえば、患者の看護と安全に対する懸念が生じるため」だと説明している。RCNは、106年の歴史のなかで初めて踏み切った今回のストをめぐり「看護師は、ヘルスケアのなかでもっとも安全性を重視する職業であり、患者ケアにおいて重要な役割を担っている。にもかかわらず、国による投資不足が長年続き、看護師は依然として人手不足で、過小評価されている。政府は看護職を守り、患者ケアを守るために早急に行動する必要がある」と訴えている。

 

 RCNは今回のキャンペーンで以下のことを目的としている。

 

 ▼看護専門職の給与は一貫してインフレ率を下回っており、生活費の危機によってその事実が悪化していることを認識するとともに、それを反映させ大幅に引き上げること。
 ▼看護職員が日々発揮している訓練、資格、技能、責任、経験を大切にすること。
 ▼看護師が魅力的でやりがいがある職業とみなされるようにし、何万もの未充足の看護師ポストの確保に取り組むこと。
 ▼インフレ率よりも5%高い賃上げを確保すること。

 

 RCN側は、「この要求に対する政府の対応は、NHS以外で働く看護職員にも当然与えられるべきものである。看護職員が職場や部門に関係なく、同じように公平な賃金を受ける資格がある」としている。また、看護師の賃上げと患者の安全のために、自身の1日分の賃金をも顧みずストに立ち上がった看護師たちを支援するための「ストライキ基金」への寄付を呼びかけている。 こうした看護師たちの要求に対し、スコットランドでは、政府が平均7・5%の賃上げを提案し妥結を図った。しかしRCN側はこれを「圧倒的多数」で拒否しており、組合は新年にストライキの日程を発表する予定だ。

 

 イギリスでは昨年12月20日、スコットランドを除くイングランド、北アイルランド、ウェールズで再びRCNのストライキがおこなわれた。最大10万人の看護スタッフが、何年にもわたって実質賃金が減り続けていることや、NHSにおける患者の安全が脅かされていることに抗議した。

 

 RCN側は「首相は、看護スタッフが病院の外に立つ動機は何なのかを自問する必要がある。彼らは自分たちの懸念を聞いてもらうために、1日分の給料を犠牲にしている。彼らの決意は、個人的な苦難よりも、患者の安全とNHSの将来に対する懸念から生じている」と訴えた。

 

 さらに「英国政府がストライキ終了から48時間以内に対応しない場合、2023年1月のさらなるストライキの日程を発表せざるを得なくなる」と警告。これに対し英国政府はまたも交渉に応じることはなかった。

 

 ストライキに対しスナク首相は12月23日の声明で「本当に悲しいし、特にクリスマスの時期に、非常に多くの人々の生活に混乱が生じていることに失望している」とし、労働現場の要求に応じない構えを示した。

 

 政府の姿勢を受けRCN側は、1月にも18日と19日にストライキを実施することを発表。今後の政府の対応次第では5月まで続くことを予告している。

 

 看護師たちに呼応するように、昨年12月21日にはイングランドとウェールズで、1万人以上の救急隊が少なくとも9カ所でストをおこなった。救急隊は職場を離れてピケの列に加わり、賃金の引き上げとより良い労働条件、人員配置を要求した。

 

 こうした現場の抗議に対し、政府は賃上げに対応せず、代わりに軍を救急現場動員するなど対応に追われている。運転手などの救急業務の一部を代行するため、事前の訓練などもおこない750人の軍人を待機させた。

 

 政府が賃上げを拒否したことを受け、救急隊員たちは今年1月にも11日と23日にストを予告している。生命を脅かす「999番通報」や、もっとも重大な緊急電話には、引き続き対応する。

 

 救急隊のストに関わっている労組の一つ「UNITE」の書記長は「このストライキは厳しい警告だ。私たちは政府から国民保険サービス(NHS)を救うために立ち上がっている。患者の命はすでに危険にさらされているが、政府は傍観者として座ったままで、危機を救う責任から逃げている」「閣僚たちは、膨大な数のNHS労働者の生活を守るという切実な必要性に対処できていない」と批判している。救急隊員によるストは28日にも予定されており、英国政府は軍の派遣を1200人に増員した。

 

 NHSイングランドの最新データ(昨年12月20日現在)によると、昨年12月から看護師や救急隊員によるストライキが始まって以来、約3万5000件の手術と外来予約がキャンセルされているという。

 

空港や鉄道、郵便局でも ストの波が急拡大

 

 公務員組合(UNISON)のクリスティーナ・マカネア書記長は組織のホームページで「NHS全域のストライキに政府は真剣に耳を傾けるべきだ。パンデミック時に国を救った勇敢なNHSスタッフが、現在のNHSの深刻な危機に注意を喚起するために、この困難な労働運動を起こしている。政府は我々と建設的な交渉をせずに責任を押しつけてくるだろう。しかし、給与や人員配置、そして最終的には患者のケアを改善するという私たちの目標をあきらめるつもりはない」とコメントした。

 

 さらに全国でストライキをたたかう職員に対して「NHSの現状と、その結果引き起こされた今回の労働争議は、あなたたちのせいではない。今日の政府は、過去12年間の自身の行動に対する責任から目をそらしている。国民に安全で信頼できる一流の医療サービスを提供できなかっただけでなく、衰退させた。給与について話すことを拒否するだけでなく、まともで建設的な労使関係を築くことができないことも証明している。今は、私たちの行動が合法的で正しいものであることを忘れないでほしい。NHSの未来は、私たち全員のたたかいにかかっているし、たくさんの個人や組織から支援のメッセージが届いている。多くの国民が私たちを応援している」と訴えている。

 

 UNISONは、教育、地方自治体、NHS、警察サービス、エネルギーの分野で公共サービスを提供する現場で130万人をこえるメンバーを擁する英国最大の組合だ。

 

 英国全土のあらゆる公共サービスで連帯してたたかわれているストには、UNISONや、看護専門職の組合「RCN」、鉄道・海事・運輸組合「RMT」など、国内の大きな組織が一致し、インフレ率上昇に合わせた公正な賃金を支払うこと、職場環境改善や人員配置を国に求めている。

 

 医療現場以外の公共サービス現場でも、年末年始にかけてストの波が急速に広がっている。

 

 現在、ロンドンのヒースロー空港では、昨年12月23日から26日までと、同28日から31日までの期間に、英国出入国管理局のストライキが実施されている。日本にも影響があるため、全日本空輸(ANA)と日本航空(JAL)は、この期間中に英国に入国する場合、入国審査カウンターでの待ち時間が通常よりも長くなる可能性があるとの注意喚起をおこなっている。

 

 ヒースロー空港では入国審査官の約75%が組合員であるため、ストによって入国ゲートは大混雑が予想される。冬の休暇は空港が混雑する時期で、影響は数十万人に及ぶ見込みだ。政府は軍人600人以上を投入し、パスポート審査を代行するために訓練をおこなっている。

 

 イギリス国内の空港や港湾で働いている国境警備隊職員、空港の手荷物取り扱い職員もストをたたかっている。公共商業サービス組合(PCS)は昨年12月23日、政府が賃金交渉を拒否し続ければ、争議行為がさらに激化すると警告した。PCSは、政府が今年国境警備隊職員に2%アップの給与を提示したがこれを拒否し、賃上げ10%を要求している。

 

 クリスマスシーズンを通して鉄道労働者によるストライキも実施されている。その結果、車で移動する人が増えており、道路が通常よりもはるかに混雑する事態となっている。しかし同時に高速道路のメンテナンスや保安職員なども連帯してストライキをたたかっているため、今後かつてない混乱状況を招くことが予想されている。交通事故や道路の落下物などに対応する職員や、管制センターの職員が少なくなれば、交通規制や通行の再開を円滑におこなえなくなり、さらなる混乱を招くこととなる。

 

 現在国内では道路の渋滞を避けるために、のべ何百マイルもの道路工事がストップし撤去されている。ストの影響はこうした他業種にも及んでいる。それでも大幅な渋滞は避けられず、すでに一部地域の道路では深刻な渋滞が発生している。

 

 これらのストを組織している全国鉄道・海運・運輸労組(RMT)は、生活費の上昇に合わせて値上げを要求している。今月のストライキは、何百万人もの人々が家族や友人に会いに旅行したり、観光目的でイギリスを訪れたりする時期に実施される。鉄道会社は、イギリス全土のサービスが縮小され、一部の地域では完全に停止すると警告している。

 

 郵便業務を担う「ロイヤルメール」もクリスマスイブからストに突入しており、クリスマスカードが届かない事態となっている。また、運転免許試験官たちも年末から年始にかけ毎週5日間ストをおこなう。そのため国内の運転免許試験場では試験や指導が受けられなくなるなどの影響が予想されている。

 

 英「フィナンシャル・タイムズ」によると、多業種にわたるストの影響で、12月の労働損失日数は100万日をこえる見通しとなっている。サッチャー政権時の1989年以来33年ぶりの高水準だという。

 

300万人が光熱費払えず ウォームバンク設立も

 

 英国内でこれほど公共サービス労働者の賃上げ要求が高まっている背景には、大幅な物価上昇による生活苦がある。英国内のインフレ率(前年同月比)は、昨年10月に市場予想(10・7%)を上回る11・1%をつけ、1981年10月以来、41年ぶりの高水準となった。エネルギーおよび食品価格の高騰が主因とされ、先進国でも最悪の事態となっている。英中央銀行・イングランド銀行は昨年11月末、統計開始以降最長の景気後退に直面していると指摘。「経済は非常に困難な2年間に見舞われる可能性がある」と警告した。

 

 英国内の消費者物価は昨年1月から11月までで8・9%上昇したが、エネルギー価格においては46・3%も上昇している。うち電気は62・4%、ガスは73・5%、液体燃料(ガソリン・灯油など)は実に110・9%も価格が上昇している。こうした負担増に対しては、政府補助がもうけられているものの、電気ガス代が月に400㍀(約7万円)をこえる家庭も珍しくないという。

 

 昨年10月1日には、政府がエネルギー価格の上限を80%引き上げ、平均エネルギー料金は年間3549㍀(約57万円)と暴騰している。さらに日常生活に必要な牛乳や植物油、パンやパスタなどの食品価格もじりじり上昇している。家計への圧迫を理由に、光熱費を滞納している人は、英国内で少なくとも300万人いるといわれる。

 

 また、金利の急上昇がくり返されたことにより、住宅ローンの支払いが大幅に増加している人も急増している。さらに、家主が住宅ローンの請求額を増やしているため、賃貸料は過去最高の割合まで上昇している。

 

 そのため英国内ではこの冬、「Heat or Eat」(食うか暖をとるか)といわれており、全国各地にフードバンクならぬ「Warm Bank(ウォームバンク)」の設立が急増している。ウォームバンクとは、電気代高騰のなかで自宅の暖房を使用する余裕がない場合に、無料で暖をとることができるスペースのことだ。現在、英国内の慈善団体や教会、コミュニティセンター、図書館、美術館、企業などが、計約3700ものウォームバンクを開設している。多くの施設が食事や温かい飲み物、インターネットアクセスを提供しており、ウェブサイトにマップを掲載して利用を呼びかけている。

 

 英国内における物価高騰の主な原因は、ウクライナ戦争により、ガス価格が記録的な水準にまで上昇したことだ。

 

 イギリスだけでなく、EUの平均家庭用電気料金も急激に上昇した。ヨーロッパはエネルギーの約34%をガスから得ており、ロシアはウクライナとの戦争が始まる前に、EUのガス輸入のうち40%を提供していた。しかしウクライナ侵攻後、ロシアは最大の輸出先である欧州への天然ガス輸出を大幅に削減した。主要パイプラインであるノルドストリームを通じた供給停止も加わり、今年秋時点で欧州への供給量は9割減少した。昨年1年で見ても前年比7割減となる見通しだ。

 

 欧州全土でエネルギー価格が高騰し物価高が深刻化するなか、フランスでもストライキがたたかわれている。クリスマスの週末には、国内の列車の車掌の半数近くがストライキをおこなった。国立鉄道当局によると、昨年12月23日には予定されていた列車サービスの30%がキャンセルされ、週末にはさらに40%がキャンセルされた。

 

 他にも、EU圏内ではイタリア、オーストリア、オランダなどの鉄道労働者が賃上げを求めたストライキをおこなっており、来年以降も断続的におこなわれる。ドイツでは昨年11月末から12月にかけて、医療従事者が生活費に見合った賃上げを求めたストをおこなっている。

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