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『ヤジと民主主義』 著・北海道放送報道部、道警ヤジ排除問題取材班

 2019年7月の参院選期間中、安倍晋三元首相が自民党候補の演説を始めたとき、安倍やめろ 増税反対 とヤジを飛ばした聴衆数人を北海道警察数十人が力ずくでその場から連れ去り、声を封じようとした。その後、排除された男性らは裁判に訴えた。この事件をしつこく追った地元の北海道放送は2020年に報道特番を2回放送し、今年3月、札幌地裁は原告完全勝訴の判決を出した。

 

 本書は、この番組を取材した現場記者とプロデューサーが事件の顛末をまとめたもの。 読み終えて、これがたんに北海道のちょっと過激な人がやった行為だとか、道警の現場の警察官が行き過ぎた…といったことではすまされない、全国的な普遍性を持つ事件であることがわかる。

 

全国的普遍性持つ事件

 

 事件の顛末はこうだ。2019年7月15日午後4時半頃、札幌駅南口に安倍首相(当時)が演説に立った。 歩道沿いには「頑張れ安倍さん」と書かれた横断幕があり、「安倍総理を支持します」と書かれたプラカードを掲げる人も数多くいた。

 

 そのとき、ソーシャルワーカーとして生活困窮者を支援する男性は「安倍やめろ」と声を上げた。わずか数秒で20人以上の警官が襲いかかり、強制排除された。その場にいた女子学生も、思わず「消費税増税反対です」と声を上げたが、さらに大勢の警官がとり囲み、50㍍以上引きずられた。「年金改悪反対」のプラカードを掲げていて排除された女性たちもいた。

 

 男性は12月、札幌地検に「ヤジを飛ばしただけで強制排除した警察官の行為は特別公務員職権乱用罪などに当たる」として刑事告訴。続いて札幌地裁に行き、道警を所管する北海道に対して国家賠償訴訟を起こした。完全ボランティアの弁護士9人による弁護団が結成され、弁護団長は元札幌市長の上田文雄弁護士となった。北海道弁護士会や東京弁護士会も抗議声明を出した。

 

 道警は事件翌日、法的根拠を「公職選挙法の“選挙の自由”違反」としたが、その翌日にはこれを撤回し、警職法4、5条の「周囲の人とのトラブルや暴行・傷害事件を未然に阻止」を挙げた。しかし、明らかに無理があった。

 

 2年間の審理を経て今年3月25日、札幌地裁は警察官の行為は違法だとして道警側の主張を全面的に否定し、 道警が男性らに損害賠償金を支払うことをいい渡した。

 

官邸レベルからの指示

 

 問題はその先にある。今回の事件を、元北海道警察釧路方面本部長の原田宏二氏は次のように解き明かしている。原田氏は2004年、実名で道警の裏金問題を告発したことで知られる。

 

 原田氏はまず、こうのべている。「ヤジ排除が“現場のとっさの判断”なんてことは絶対にありえない。首相が来るときの警護計画を立てるのは旭川方面本部であり、警察庁のオッケーが必要だし、警察庁は自民党サイドと打ち合わせをするはずだ。ヤジがあった場合、“排除せよ”という指示が官邸かどのレベルかから来ているはずだ。2017年の秋葉原で首相はヤジに閉口して“あんな人たちに負けるわけにはいかない”といっており、ヤジを嫌がっていた可能性はある」

 

 だが、物理的な力を使って相手の自由を奪い、拘束するためには、なんらかの法的根拠が必要だが、それがない。公職選挙法の中に選挙の自由を妨害してはならないという規定はあるが、ヤジを飛ばしたりプラカードを掲げるのが選挙の自由妨害になるわけがない。案の定、道警は直ぐに撤回した。警職法にしろ緊急性がないとできないが、今回の場合は緊急性もない。犯罪行為でないものに強制力を使っているのだから、それ自体が違法行為だ。

 

 安倍政権になってから、特定秘密保護法(2013年)、通信傍受法の強化(2016年)、共謀罪(2017年)、重要土地利用規制法(2021年)と、警察の権限を強化する法律が次々に成立した。そしてデジタル化といって、以前の 聞き込み が防犯カメラの映像集めになり、検問 がNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)に変わり、個人からDNAを採取してデータベースに蓄積しDNA型鑑定をやるなどがどんどん進行しているが、それを規制する法律はない。

 

 相手の車にGPS(全地球測位システム)の発信器をこっそりつけて位置情報をつかむ捜査手法は、尾行のデジタル化といえるが、これだけは2017年の最高裁で違法が確定した。つまり警察は現在、法律的に根拠がない仕事を公然とやるようになり、警察内部に、治安維持のためなら多少の違法行為をやっても許されるという風潮が広がっている。それがたまたまあの場でバンと外に出たのであって、突然起きた特異な問題ではない、と前述の原田氏はのべている。

 

 法治国家を崩した政権のもとで、警察の捜査や国民監視でも違法行為が横行していること、それをメディアも裁判所も公安委員会も開けて通していることに対して、 もっと注意が喚起されてよい。

 

  (ころから発行、 四六判・272ページ、 定価1800円+税)

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