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なぜ今「台湾有事」が煽られるのか―作られる危機と加速する戦争シナリオ 岡田充・共同通信客員論説委員の講演より

「ノーモア沖縄戦」の会がシンポジウム開催

 

 米インド太平洋軍司令官が昨年「6年以内」と公言した台湾有事をめぐり、日米政府は全国民の頭越しに対中国を想定した共同作戦計画の策定を水面下で進めている。政府やメディアが台湾有事を煽るなかで、南西諸島一帯で着々と進行する戦争準備は、日本列島全体の運命を握るものであり、看過することはできない。情勢が緊迫する沖縄では、沖縄を再び戦場にさせないために活動する市民団体「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」が連続的にシンポジウムを開催している。同会が9月25日におこなったシンポジウム【本紙8866号既報】に先立ち、6月26日に那覇市で開催したシンポジウム「南西諸島有事を勃発させないために」より、共同通信の元台北支局長で、客員論説委員の岡田充氏による基調講演「軍事大国化とミサイル要塞化――『台湾有事』を煽る狙い」の内容を紹介する。

◇        ◇

 

 日米政権は今盛んに台湾有事を煽っている。「有事論」は中国の台湾侵攻を前提とした論理だが、これは日米政府とメディアによって「作られた危機」だというのが私の結論だ。大きく4点にわたってお話する。

 

 一つ目に、なぜ米国はこの危機を作ろうとしているのか。それを知るためには、米国の中国・台湾政策を知る必要がある。

 

 二つ目に、それに沿って去年3月から4月にかけて開かれた日米2プラス2(外務・防衛閣僚会合)、同じく4月の菅前首相とバイデンによる日米首脳会談で確認された「日米同盟の強化」の中身について。


 三つ目に、果たして中国は本当に台湾に武力行使をしようとしているのか。それを中国の大きな戦略から明らかにする。

 

 最後に、「命どぅ宝(命こそ宝)」にとって重要なテーマとして、この戦争シナリオが進行するなかでわれわれはどういう選択をするべきかについて。

 

「6年以内」の根拠は? 台湾危機の発信源を探る

 

 今、台湾海峡で起きていることを簡単に説明する。これは台湾の国防省が作成した図【地図参照】で、台湾(中華民国)を囲む四角い大きな枠が台湾の防空識別圏(ADIZ)だ。見てわかるように中国大陸にも大きく張り出している。ここには中国の福建省、北に浙江省、西に江西省の一部が含まれている。中国の戦闘機がこの台湾の防空識別圏に入ったとたん、台湾空軍は領空に侵入しないようにスクランブル(緊急発進)をする。だが中国大陸にも張り出しているため、台湾対岸の福建省、浙江省などにある中国軍基地から中国軍機が飛び立ったとたんにスクランブルがおこなわれるという不思議な線でもある。防空識別圏は領空や、領域に基づく排他的経済水域(EEZ)とは一切関係なく、国際法の定めもない。

 

 ところが台湾国防部は、米中関係が緊張した2年前から毎日のように「中共の戦闘機がわが防空識別圏に進入した」と発表するようになった。地図を見てもわかるように進入しているのは防空識別圏ギリギリの場所(地図内の色付き矢印)だ。これが「台湾の空域を侵した」という説明になる。

 

 中国大陸にまで張り出している台湾防空識別圏は、1952年、日本が沖縄を切り離して独立したサンフランシスコ講和条約が結ばれた年に米軍が引いたものだ。当時、まだ米国と中華民国(現・台湾)には国交があり、同盟関係があった。したがって中国軍の侵入を阻止するために米軍が引いたわけだ。台湾はいまだに米国が引いたこの防空識別圏に沿って、中国空軍の行動に対する対応計画を進めている。

 

 2年ほど前から騒がれている台湾海峡周辺の緊張というのは、まさにこの防空識別圏に中国機が入るたびに問題になり、これが「中国軍による明らかな台湾に対する脅しだ」「台湾海峡の緊張が激化している」という状況の説明に使われる。

 

 この中国軍の台湾防空識別圏への侵入は、米国の閣僚級高官が台湾訪問したり、意識的に米軍艦船が定期的に(月1回ペース)台湾海峡を通過したり、米国の台湾への大量の武器売却など、米国側の台湾海峡両岸の「現状変更」に対する中国側の「報復」であると私は理解している。

 

 「台湾有事が近いぞ」という言説が振りまかれ始めたのは昨年3月だ。米インド太平洋軍の前司令官フィリップ・デービッドソンが、昨年3月9日に米上院議会の軍事委員会で次のような証言をする。「今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」。

 

 そして現在のアキリーノ司令官も同月23日、「台湾侵攻は大多数が考えるより間近である」と説明している。だが、デービッドソンは「6年以内」の根拠について説明しているわけではない。

 

 この発言の時期を考えてみると、一つは2プラス2(日米外務・防衛閣僚会合)が開かれる直前であり、台湾有事を煽って日本国内世論に危機感を高める狙いがあった。さらに米国防予算が議会で議論されている時期でもあった。米国の国防予算は議会が作り、米政府が上書き・修正して議会承認を得る。有事の危機感を煽ることによって、軍事防衛費の増額を図るために米軍の司令官たちは駆り出されているわけだ。これが「台湾有事は近い」発言の政治的背景だ。

 

覇権後退に焦る米国 日本を対中の「主役」に

 

アキリーノ米インド太平洋軍司令官と岸田首相(2021年11月)

 米国は、中国が台湾海峡をめぐる「接近阻止」能力(台湾海峡に米軍の空母が近づいたときに阻止する軍事能力)を向上させているため、もはや日本の支援なしには米国一国では中国には勝てないと認識している。そこまで米国の力が相対的に後退していることへ危機感を強めている。

 

 そこでの一つの狙いは、日米首脳会談でも明らかにされたように、台湾問題では「脇役」だった日本を米軍と一体化させ、「主役」の地位に躍り出させる。

 

 二つ目の狙いは、日本の大軍拡と南西諸島のミサイル要塞化を加速させる。いずれ米国の中距離ミサイルを配備する地ならしの役割もある。米国の中距離ミサイルはいままでは配備されていないが、ここ数年以内に、おそらく沖縄を含めた第一列島線(日本列島から南沙諸島にかけての米国の対中防衛ライン)、またグアムを含む第二列島線にある米国の軍事基地、パラオにも配備する可能性が高い。

 

2021年6月5日、台北松山空港に着陸する米軍輸送機

 三つ目は、北京を挑発することで、中国が容認できない「(武力行使の)レッドライン」を探る狙いだ。この写真は、2021年6月、台湾の国際空港(台北松山空港)の上空を飛ぶ米軍輸送機だ。米台が断交してからは、米軍機が台湾上空を飛んだり、空港に着陸することはほぼなかった。大地震の救援以外ではこれが初めてのことだ。米国議員一行を乗せていたのだが、わざわざ米空軍機を使ったのは中国に対する挑発だ。

 

 米国のインド太平洋戦略は、2月にバイデン政権が初めて発表した。主な内容は次の通り。

 

 ①対中(軍事)抑止が最重要課題。同盟国と友好国がともに築く「統合抑止力」(つまり日本)を基礎に、日米同盟を強化・深化させ、日米豪印4カ国の戦略対話「QUAD(クアッド)」、新たにつくった米英豪3カ国の軍事パートナーシップ「AUKUS(オーカス)」の役割を定める。

 

 ②「台湾海峡を含め、米国と同盟国への軍事侵攻を抑止する」ことを明記。中心は日米。軍事的な対中抑止の前面に台湾問題を据える。

 

 そして次が重要だ。
 ③米軍と自衛隊との相互運用性を高め、「先進的な戦闘能力を開発・配備する」と明記。台湾有事を想定した日米共同作戦計画に基づき、作戦共有や装備の配備、最新技術の共同研究などを想定している。

 

アーミテージ

 6月24日付の『日本経済新聞』が、米国のアーミテージ元国務副長官のインタビュー記事を掲載した。そこで彼は「台湾有事に備えて、米国は台湾に供与する武器をまず日本に送る」とのべている。そんなことを誰が認めたのかと驚くべき発言だが、ジャパン・ハンドラーといわれる対日政策にかかわる米元高官がこんなことを平気で発言している。つまり台湾に供与する武器をまず日本(おそらく一番近い沖縄)に入れ、いざ有事となれば、その武器を台湾に輸送するという構想だ。恐ろしいことだ。

 

 そして、④インド太平洋経済枠組み(IPEF)の創設。貿易・ハイテクを巡るルールづくりで主導権を確保する。つまり、中国に依存しない部品のサプライチェーン(供給網)づくりをアジア各国に求める。これにはアジア14カ国が参加したが、台湾は参加させなかった。その理由は後で示す。

 

有事シナリオの具体化 日米共同作戦計画

 

 昨年3月16日、日米2プラス2の共同発表では「中国の行動は、日米同盟及び国際社会に対する政治的、経済的、軍事的及び技術的な挑戦。ルールに基づく国際体制を損なう威圧や安定を損なう行動に反対」とした。

 

 さらに昨年4月17日の日米首脳会談(菅とバイデン)の共同声明では、台湾問題を半世紀(52年)ぶりに明記した。52年前の1969年、佐藤栄作首相(安倍晋三の叔父)が渡米してニクソン米大統領と沖縄返還の約束をした日米首脳会談で「台湾海峡の平和と安定は極めて重要」という言葉を共同声明に盛り込んで以来のことだ。

 

 これまで「日米安保」の性格をフィリピン以北からオホーツク辺りまでの極東の範囲における「地域の安定装置」といっていたが、これを「対中同盟」に変質させた。

 

 さらに共同声明の冒頭では、菅前首相が「日本は軍事力を徹底的に強化する決意を表明した」と書いている。こんなことを書くのは初めてだ。

 

 そして、台湾有事に備えた日米共同作戦計画の策定について合意した。戦争シナリオだ。わずか1年もたたないうちに共同作戦計画の原案が作られ、その検証のための日米合同演習が、私が数えただけで7、8回、日本周辺でおこなわれている。まるで坂道を転がり落ちるような速さだ。

 

 そして今年1月7日の日米2プラス2では、「共同計画作業(戦争シナリオ)の確固とした進展を歓迎」すると共同発表した。共同計画作業とは、台湾有事の初期段階で、米海兵隊が自衛隊とともに沖縄などの南西諸島一帯に臨時の拠点基地を機動的に設置し、中国艦船の航行を阻止するという日米の軍事作戦計画だ。

 

 去年の2プラス2では「安定を損ねる行動に反対」とするだけだったが、今回は「(日米が)かつてなく統合された形で対応するため、戦略を完全に整合させ」、「安定を損なう行動を抑止し、必要であれば対処のための協力」するとまで踏み込んだ。岸田首相はこの言葉が大好きで、その後も「対処のための協力」と何度もくり返している。

 

 昨年12月末、『共同通信』(石井暁記者)がスクープした記事によると、「共同作戦計画」原案は概略以下の通りだ。

 

 中国軍と台湾軍の間で戦闘が発生すると、日本政府は「重要影響事態」と認定する。この台湾有事の初動段階で、米海兵隊は自衛隊の支援を受けながら、鹿児島から沖縄の南西諸島に臨時の攻撃用軍事拠点を設置する。
 拠点候補は、陸上自衛隊がミサイル部隊を配備する奄美大島、宮古島、配備予定の石垣島を含め40カ所の有人島だ。


 米軍は、対艦攻撃が可能な海兵隊の高機動ロケット砲システム「ハイマース」をこれらの拠点に配備する。これは今ウクライナ軍がロシア軍の侵攻に対して欧州各国に配備を要請している兵器でもある。

 

高機動ロケット砲システム「ハイマース」

 アーミテージの前述の発言も、こういう計画を念頭においたものだ。だから、今後沖縄に配備される米軍関係の弾薬、兵器の一部は「台湾向け」であるということは頭に入れておく必要がある。

 

 それで何をやるかといえば、自衛隊に輸送や弾薬提供、燃料補給などの後方支援を担わせ、空母が展開できるよう中国艦艇の排除にあたる。事実上の海上封鎖だ。

 

 作戦は台湾本島の防衛ではなく、あくまでも部隊の小規模・分散展開を中心とする新たな海兵隊の運用指針「遠征前方基地作戦(EABO)」に基づくものだ。

 

 移動軍事拠点の候補40カ所は有人島であり、シナリオ通りに計画が展開されれば、これらの島々が中国軍のミサイル攻撃の標的になることが当然想定される。住民が戦闘に巻き込まれることは避けられない。まさに「戦争シナリオ」である。このようなことが果たして日本国憲法に合致するのか。

 

 今夏の参院選では立憲民主党の幹部議員でさえ「台湾有事が起きれば、当然日本が中国の攻撃対象になる。だから日本は一定程度の軍事力を強化すべきだ」と発言していた。まさにこれが台湾有事の最大の落とし穴だ。 「台湾有事が起きることを前提に軍事力を強化し、対中軍事抑止と対応力を強化しなければならない」というのが岸田政権の言い分なのに、それに第一野党が同調する発言をしてどうするのかと思う。

 

 制服組が「最悪のシナリオを想定し、作戦を練るのは当然ではないか」という議論もある。確かにそうだ。だが日本には70数年にわたって、専守防衛(相手から武力攻撃を受けたときに限り防衛力を行使するという原則)の基本的な憲法精神がある。このような戦争シナリオを議論もなく、わずか1年足らずで作るというのは、明らかな憲法違反といえる。

 

「代理戦争」に導く意図 急速な軍拡の背景

 

バイデン米大統領と岸田首相(9月21日)

 今年5月におこなわれたバイデン米大統領のアジア歴訪の目的は、中国との戦いを有利に展開するうえでアジア太平洋地域が「主戦場」になるというメッセージを発信することにあった。岸田=バイデン会談のポイントは以下の4点だ。

 

 ①日米同盟の抑止力、対処力の早急な強化
 ②日本の防衛力を抜本的に強化、防衛費増額を確保
 ③日米の安全保障・防衛協力の拡大・深化
 ④米国は日本防衛関与を表明。核を含む拡大抑止を約束

 

 共同声明では、「軍事力強化」について、日本政府が年末までに改訂する国家安全保障戦略に盛り込む「敵基地攻撃能力(反撃能力)」保有、防衛予算のGDP比2%への増額に含みを持たせる「相当な増額」と表現した。防衛費のGDP比2%とは、今の5兆円(1%)を2倍の10兆円にするということだ。ウクライナ戦争において米軍がウクライナ軍に提供した兵器の総額は11兆円。これに相当する規模だ。増額された防衛費の大半の使途は、これまで日本が米国の軍産複合体から買った兵器代金の未払い分返済に充てられる。

 

 さらに日米首脳会談後の記者会見でバイデンは、中国が台湾を攻撃した場合は「軍事的に関与する」と明言した。

 

 従来米国は中国軍への対応をあいまいにする「あいまい戦略」をとってきたが、その変更を意味する。だが米国務省、国防総省ともに「政策変更ではない」「“一つの中国政策”を支持する」とすぐに火消しをした。ところがバイデンは去年から少なくとも3回「軍事的に関与する」といっている。これは失言ではなく、直後に役人が否定すれば大騒ぎになることはないと踏んだうえでの意図的な発言だ。

 

 その狙いは何か?
 米国は、ウクライナ危機でウクライナに「軍を派兵しない」という方針を明確化した。これが米国の台湾防衛に対する台湾側の疑念を高めた。今年3月、台湾の世論調査(TVBS)では、「もし(台中)両岸で戦争が起きた場合、米国は台湾に派兵し、防衛すると信じるか?」という質問に、55%が「信じない」と回答。「信じる」は30%(「強く信じる」12%、「まあまあ信じる」18%)に止まった。

 

 11年前(2011年)の調査結果と比較すると、「信じる」は27㌽減り(当時57%)、「信じない」が28㌽(同27%)増えたことになる。バイデンとしては、これを打ち消したいわけだ。

 

 だがバイデンは、「軍事的に関与する」とはいったが、「米軍を投入して台湾とともに中国と戦う」など一言もいっていない。私はここがポイントだと見ている。

 

マーク・ミリ―米統合参謀本部議長

 つまり、台湾でも、おそらく米国は米軍を投入しない。「代理戦争」をやる。それを裏付ける重要な証言を、米軍制服組トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長が4月7日の米上院公聴会でのべている。次の3点だ。

 

 ①「台湾は防衛可能な島であり、中国軍の台湾本島攻撃・攻略は極めて難しい」
 ②「最善の防衛は、台湾人自身がおこなうこと」
 ③「米国はウクライナ同様、台湾を助けられる」

 

 これを読み解くと、台湾有事でも米軍を投入せず、ウクライナ同様の「代理戦争」をやることを示唆しているとも解釈できる。それなら米国は自分の手を汚さずに済む。中国と台湾、それに日本の「アジア人同士」を戦わせるシナリオもある。
 米国は台湾問題では直接参戦せず、「主役」となる日本が、場合によっては「ハシゴ外し」にあうかもしれないという危機感を持った方がいいのではないかと思わせる発言だ。

 

中国は台湾侵攻するか 習近平が描く統一とは

 

 では、中国は台湾への軍事侵攻をどう考えているのか。

 

習近平国家主席

 中国にとって台湾統一は、帝国列強に分断・侵略された国土を統一し、「偉大な中華民族の復興」を成し遂げるための重要な戦略目標であり、「三大任務」の一つだ。三大任務とは、習近平によると、①平和的な国際環境づくり、②四つの近代化、③祖国統一(台湾統一)だ。優先順位は「近代化建設」と「平和的環境」にあり、「台湾統一」の優先順位は高くはない。中国的思考には「大局観」というものがあり、まず平和的な国際環境づくりや近代化という大局を優先させる。

 

 さらに習近平は、2019年1月に自身の台湾政策を表明した。


 第一に、あくまで平和統一を実現させるとのべている(平和統一宣言)。
 第二に、台湾統一を「中華民族の偉大な復興」とリンクさせている。

 

 中国は、2049年(中国建国100周年)に中国を「偉大な社会主義大国にする」「偉大な復興を実現する」という目標を掲げている。つまり米軍がいう「(台湾有事は)6年以内」はほとんど根拠がないが、中国側のスケジュールからみると、少なくとも2049年までの統一を目標に据えているととれる。

 

 少子高齢化の加速で成長に陰りが見える今、プライオリティーは「体制維持」にあり、リスクの高い武力による台湾統一は、それを危険に晒すものだ。

 

 一方で、中国は武力行使を否定していない。否定すればいいものを、なぜ否定しないのか?

 

 日中平和条約が結ばれた1978年、来日した鄧小平副総理が当時の福田赳夫首相との会談で、次のようにのべている。

 

 「我々が武力を使わないと請け負えば、かえって台湾の平和統一の障害となる。そんなことをすれば、台湾(独立派)は恐いものなしで、尾っぽを一万尺まではねあげる」と。つまり、台湾独立に歯止めをかけなければ、逆に平和統一は遠ざかるという意味だ。

 

 では、中国はどういうときに台湾に武力行使するのか? これは法律で定めがある。2005年3月に中国で成立した反分裂国家法(日本語では反国家分裂法)では、中国が台湾に非平和的方式(武力行使)をとる3条件を次のように定めている。

 

 ①台独分裂(台湾独立推進)勢力が、台湾を中国から切り離す事実をつくったとき(たとえば独立宣言など)。
 ②台湾の中国からの分裂をもたらしかねない重大な事変が発生したとき(外国の干渉を含む)。
 ③平和統一の可能性が完全に失われたとき。

 

 これ以外の状態では、法的には武力行使はできない。


 そこで問題なのは、中国は現在の台湾との関係性をどのように認識しているのかだ。


 中国側の現状認識は「中国と台湾は統一していないが、中国の主権と領土は分裂していない」というものだ。つまり現状では分裂しておらず、実効支配しているのは台湾だが、主権と領土は中国のものであると認識している。だから台湾が独立宣言をしたり、現状を破壊しない限り、中国は武力干渉しないということを約束している。

 

 それでは今、中国がこのような条件を破って一方的に台湾に対して武力攻撃すると仮定した場合に何が起きるか?

 

 まず第1に、中国は艦船数では米国を上回るものの、総合的軍事力では大きな差がある。米軍の保有核弾頭が5000発弱であるのに対して、中国は500発ほどだ。キッシンジャー(米元国務長官)は昨年4月30日、米中衝突は核技術と人工知能の進歩で「世界終末の脅威を倍増させる」と核戦争について警告した。米国も中国も、直接的な軍事衝突は絶対にしたくないというのが本音だ。

 

 第2に、台湾の世論調査で「統一支持」は1~3%に過ぎない。将来的な独立を望む人、あるいは統一を望む人も含めて80%は「現状維持」を望んでいる。この台湾の民意に逆らって武力統一すれば台湾は戦場化する。たとえ武力制圧しても、新しい分裂勢力を抱えるだけであって、「統一の果実」はない。

 

 第3に、武力行使への国際的な反発と経済制裁は、「一帯一路」構想にもブレーキをかけ、経済発展の足を引っ張る。ウクライナ戦争におけるロシア制裁どころではない打撃を受けるだろう。結果的に一党支配が揺らぐ可能性がある。つまり武力攻撃は中国共産党にとって最悪の選択だ。

 

米国に同調しないアジア 翼賛化する日本

 

 5月のバイデンによる東アジア歴訪は、日米豪印のクアッドだけでなく、新しいアジアにおける経済安保枠組み(IPEF)をつくるためにおこなわれた。そのためにアジアを説得するのが目的だった。

 

 だが日米豪韓、インド、東南アジア諸国など14カ国が参加したものの、インドを含めてASEAN(東南アジア諸国連合)との溝はまったく埋まらなかった。なぜかといえば、ASEANの国々は米中対立において「米国を選ぶか、中国を選ぶか」「民主を選ぶか、独裁を選ぶか」という二項対立論に巻き込まれるのを非常に嫌がっている。たとえば10年前の日本のASEANに対する経済力と、今の経済力とを比べると、10年前はASEANに対する日本の輸出入はトップだったが、今は中国がトップであり、それも日本の3倍以上だ【グラフ参照】

 

 ASEANにとって中国は、政治的、経済的な生存にとって欠かせない関係にある。その中国との関係を切るなんて「冗談じゃない」というのがアジアの本音だ。

 

 インドの場合は、兵器の大半をロシアに依存しているという現実的課題もある。世界の軍事力の比較でいえば、1位は圧倒的に米国、2位が中国、3位がインド、4位が日本だ。日本は防衛予算を2倍以上にするとインドを抜いて世界3位になる。日本も相当な軍事大国になりつつある。

 

 いずれにしてもアジアは日米の対中戦略にとって「アキレス腱」であることが、今度のバイデン訪日で明らかになった。

 

 その一方、日本では政治と世論の翼賛化が急速に進んでいる。強国化する中国への反発をベースに、ロシアのウクライナ侵攻が決定的な役割を果たした。

 

 台湾は、日米にとって中国を軍事抑止するためのカードにすぎない。だが実は日本も米国にとってはカードにすぎない。別に「民主主義の同盟だから死んでも守る」などという気は一切ない。これは戦後の米国の軍事行動を見れば一目瞭然であり、南ベトナムを見捨て、フィリピン、台湾、韓国を見捨て、イラク、アフガンも泥沼にしたあげく見捨てたのが米国だ。

 

 米国の一極的な覇権を維持するために軍事力を強化し、それを行使する。これが米国の世界戦略の目的であり、そこにおいて台湾や日本は利用できるカードの1枚にすぎないのだ。台湾問題で語られる「民主」とは、中国抑止のための「価値観外交」宣伝ツールにすぎないということを肝に銘じておくべきだろう。

 

 日本の国会では3月23日、ウクライナのゼレンスキー大統領にオンライン演説を許し、500人をこえる超党派国会議員が集結した。一方の戦争当事者のトップだけに演説を許すのは問題である。だが政権トップから共産党を含めた野党のリーダーたちまでが「祖国防衛戦争の正義」を絶賛した。これは憲法精神に違反している。

 

 確かにロシアのウクライナ侵攻は明らかな国連憲章違反だ。だが、一方で今ロシアと戦うウクライナのナショナリズムを煽って、防衛的兵器なるものを売却し、供与することも明白な戦争行為だ。このような戦争行為である「祖国防衛戦争」を絶賛する。ゼレンスキーの国会演説の実現によって、日本の「翼賛政治」は完成したといえる。

 

 問われるのは日本の対アジア・ポジションだ。外交と安保政策において米政府方針に忠実な日本の姿勢は、多くのアジア諸国の支持を得られていない。岸田首相は経済衰退とともに影響力が薄れている日本の現状を無視しことあるごとに「日本はアジアで唯一のG7メンバー」と強調する。

 

 ところが、アジアを見下すその視線は、日本の近代化以降、戦後を経ても一切変わっていない。日本(人)のアイデンティティが、もし「G7メンバー」という「名誉白人」的虚像にあるなら、「中国に次ぐ二番手」というアジア諸国とのイメージ落差は開く一方である。このような自他認識のギャップを埋めなければ、日本がアジアでの対中抑止や包囲戦略を強化しても成功しないだろう。成長著しいアジアのなかで、日本再生へ向けたチャンスも逃してしまうことになる。

 

日本が選択すべき道は 軍拡か、外交努力か

 

 戦争状態を前提にした「有事シナリオ」の策定は、まさに外交の敗北である。

 

 2年前の2020年3月、新型コロナ・パンデミックで日本中が打撃を受けている最中、4月に予定されていた習近平の訪日はコロナを理由に延期された。それ以後、対中政策は一切手つかずのままだ。有事シナリオを作るのみならず、中国との外交を同時に進め、中国の軍事力強化の意図とわれわれの意図をすり合わせ、できるだけ可能な限り共通認識を得ることこそが対中外交努力だ。

 

 安全保障とは共通の敵を作って包囲することにあるのではない。現実にアジアと世界で圧倒的な市場と資金力を持つ中国を包囲することなど不可能であり、外交努力から中国との共存、地域安定を確立することこそわれわれの選択だと思う。

 

 第一に、中国の敵視政策をやめること。
 第二に、「一つの中国」政策を再確認すること。
 第三に、首脳相互訪問の再開と幅広い安全保障対話を両国間で進めること。
 これなくして戦争シナリオが独り歩きすることを止めることはできない。

 

【動画】シンポジウム「南西諸島有事を勃発させないために」

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 岡田充(おかだ・たかし)  1972年慶應義塾大学法学部卒業後、共同通信社入社。香港・モスクワ・台北の各支局長、編集委員、論説委員を経て、2008年から客員論説委員。著書に『中国と台湾―対立と共存の両岸関係』(講談社現代新書)、『尖閣諸島問題―領土ナショナリズムの魔力』(蒼蒼社)、『米中新冷戦の落とし穴―抜け出せない思考トリック』(花伝社)など。

 

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